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「THE CALENDAR」 3-5






 数十隻の出港準備を一からするとなると、一朝一夕でできるものではない。

 ワーレンから同盟軍に提供された船に新しいものはなく、例外なく修繕を施さねばならない上、物資を集めるのも積み込むのもおそろしく人手と時間がかかる。あらかじめ計画が決まっていたならば、こんなへまはやらかさないと自負できるワーレンの人々だが、そうでないものに手間取ったのは仕方のないことだった。

 それでも翌日の一九日には第一陣となる二千人分の船が出港できそうだということで、ダロスは夕焼けに照らされながら、手下の者達と共に自分達の船に乗り込む準備を整えていた。

 ガルダから来ている他の船は既にワーレンを離れ、遊撃のために展開している。同盟軍の本部と最後まで確認事項を話し合っていたせいで、ダロスの船だけが遅れていたのだった。

 ダロスが懸念していた海上での横の統率役は、ワーレンの沿岸警備隊が務めることで話がついた。海賊上がりの身分のせいでダロス達が敬遠されたのではなく(そう思った者がいたことはいたが)、各船長との流儀がより近い方をということで、こうなったのである。

 ところで、今回のダロス達の航行にはひとりだけ部外者がいる。

 今日の昼にタリス義勇隊の長オグマに連れられてやってきたカシムは、小柄な体に矢筒をふたつ背負い、普通の弓とボウガン、それと手荷物を持っていた。

「この戦いの間、カシムをお前さんの船に乗せてくれないか? 海戦の経験も若干あると言っていたから、足手まといにはならんと思う」

「へ、へえ、それは構いませんが……」

 続く言葉の中に適当なものが見つからず、曖昧に濁しているとその心中を推し量ったようにオグマが続けた。

「こいつは病気の母親のために、どうしても前線に出て手柄を上げなきゃならないんだが、なかなかいい機会をやれずにいてな。弓の腕前はタリス随一――いや、もっと上だと保証できるが、猟師の子供なんて身の上じゃ、どうしても騎士のおこぼれで手柄を上げるようになる。それじゃ気の毒なんでな、今はお前さんの元で使ってやってほしいんだ」

「親心って奴ですか」

「そんなようなもんだ。そこまで年は食ってないけどな」

 そこでお互い豪快に笑って交渉は成立し、オグマに凄腕と評された少年は一時的にダロスの手下となった。

 そうなったからにはまず準備を手伝ってもらおうかと思ったが、ほんの少し好奇心がうずいてカシムに訊いてみた。

「オグマの旦那に口添えしてもらえば、ちゃんとした弓隊に入れたんじゃねぇかい? アリティアの連中なら、悪いようにはしねえだろ」

 ダロスの科白に対し、カシムは首をそっと横に振った。

「あの人達は騎士ですから、僕なんかが入るのは無理なんです。もし入れたとしても、多分従者扱いになってしまうし、周りからは浮いてしまうと思います」

「でも、今のままじゃおっ母さんの金を稼ぐのに不自由してるんだろ?」

「……ええ。だから、ワーレンに逗留している間は闘技場に入って稼ごうと思ったんですけど、こんな事になってしまったから……」

 大きな街には必ずあると言っていい闘技場は、基本的には剣闘士同士の戦いに金をかける遊戯の場だが、飛び入りで戦いに参加することもできる。これで勝利を収めれば、賭けの時とは比較できないほどの金を手にできるものの、命を引き換えにして戦わねばならない。

「そこまでして、稼がなきゃならねぇのか……」

 感嘆気味に呟いて、ダロスはふと或る事を思いついた。

 今回は本隊が城へ行くための航路を開くだけだが、ここまでやっておいてペラティとの戦にならないわけがない。全面的な抗争まで発展すれば、海賊相手の戦である。海に強いダロス達の需要はますます高くなるだろう。

 そして、ペラティはそうした事がぴたりと当てはまるように、南部の離れ小島に物見を兼ねた巣窟を抱えている。これを叩けば、貢献度の高さはちょっとやそっとでは揺るがないはずだ。

「なぁ、物は相談だが、本隊が東の城を落としてからもこっちに居ねぇか?」

「?」

「ちょっと荒っぽくなるが、おれ達にでかい仕事が来るはずなんだ。もちろん、同盟軍のためになる事だ。大暴れすりゃ、報奨金をたっぷりと貰える」

 どうだ? とダロスが問うのに、カシムは遠慮がちに、だがしっかりと頷いた。

「しばらく、お世話になります」

「おうよ、タリス随一の弓の腕、期待してるからな」

 呵々と笑うダロスを船長とする船は、明朝、暁の頃に出港する予定だった。





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