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「THE CALENDAR」 3-4






 グルニア軍に対して威嚇行動に出たのは騎馬第五大隊の騎馬騎士やホースメンだったわけだが、他の歩兵らは暇を持て余していたわけではない。馬が通った形跡を消したり、偽の足跡をでっち上げたり、時には数人がかりで追手一騎を撃退したりと主役よりも忙しい思いをしている。

 そんな中でマチスはといえば、本当の意味で替えがいないからという理由で、騎馬騎士でただひとり戦線から外されていた。

 それこそ暇といえば暇だが、心中は穏やかではない。

「何か間違ってるような気がするんだよな……」

 受け止める相手のない言葉は、ボルポートが出した策や戦況を示したものではなく、マチス自身に向けられたものである。

 前線に行けないのが不満なのではない。それに関しては、逆に足を引っ張らずに済んで良かったとさえ思っている。問題にしているのは、騎馬第五大隊の面々にこんな行動を取らせてしまっていることだった。

 マチス自身にはっきりとしたこの方面での目標があるのならまだ納得はいくし、これも経過のひとつなのだとまだ言い聞かせられる。けれど、彼らにはこんなつまらない事で死んでほしくない。死ぬべきではないと思ったから、先月の事件の時も柄にもない事だとわかっていながら、自分から走り回ってしまったのだ。

 しかし、今の自分が人を死地に送り出しているのも事実だった。この作戦は生き残ることを徹底的に重視することになっているが、それが叶わない可能性は否定できない。

「おれは、みんなに何をさせたいんだろうな……」

 もしこの場に、或る特定の――それは幾人かの候補がいるのだが――人物がいたら、彼の心奥に眠り続ける言葉を引き出したかもしれなかったが、今はそこまで至らず最初の威嚇から帰ってきた部下達の帰還を耳にすることになった。

「まー、けったいなもんだぜ!」

 埃なのか煤なのかわからないくらいに汚れた姿で帰ってきたのは、愚痴るシューグばかりでなく威嚇行動に参加したほぼ全員に共通している。

「どっかの誰かが死ぬな殺すななんて言うもんだから、ほとんど逃げ回る羽目になっちまった。こりゃ、戦をしてた方が楽だぜ」

 おやとマチスは首を傾げる。

 先程までの深刻な顔は、すでに消し去っていた。

「一応、そうしなくてもいいって言ったと思うけど」

「積極的には賛成しなかっただろうが。どうせまともな戦闘じゃねぇから、同じことだけどな。
 そういや、いつかの魔道の紙縒こよりってやつはもうねぇのか?」

「なんで?」

「派手に威嚇すんなら、アレを矢にくくりつけて射かけちまえば、知らない奴は驚くだろ。丁度いいじゃねぇか」

「……。まぁ、ねぇ……そりゃそうだろうけど」

 呟きつつ、どうしてもそういう使い道になるのかとマチスは内心でため息をつく。そういう事はあまり好きではないのだ。

 こうなると魔道の才能がなかったのは本当に良かった事なんだなと、この場ではどうでもいい事を思ったが、話相手を無視していたわけではない。

「あの紙縒りはもうないよ。あんまり騒がれたんで、司祭に返しちまった」

「そうか。ま、アテにはしてなかったけどな。
 けどよ、巧いこと見極めて退くなり何なりしねぇと危ねぇぞ。数が多いせいかもしれねぇが、向こうの方が二枚も三枚も上手に見える。ともかく、行動が速ェ」

 シューグと同じような危惧は他の騎馬騎士達も抱いていたようで、補佐役に回っていた歩兵が帰ってきたその日の夜には方法に再考の余地ありと断じて、再協議に入った。

 一時ほどをかけて色々と意見を取り交わした結果、明日一八日は準備期間に充てて、一九日の威嚇行動では戻る道に罠を仕掛けておいて、追いかけるグルニア軍を自滅させる方法をとることで、次回の計画はまとまった。

 協議を終えて野天の下、皆が毛布にくるまって就寝につく中、マチスが身を起こしてぼんやりしていると、ボルポートに声をかけられた。

「まだお休みになりませんか」

「今日は動いてないから、まだいいと思ったんだけど。それに、寝りゃいいってもんでもないし……別に何するってわけじゃないけど」

 ボルポートがいつの間にか丁寧語で話してきている事を今になって気づいたが、そのことは言わないでおいた。

「そっちこそ寝たら?」

「言われずともそうします。
 ただひとつだけ言わせてもらえば、起きているのは別段構いませんが、今は考え事をしない方がよろしいと思います」

「……」

 心を見透かす鏡でも持っているかのように、ボルポートの言葉は的を射ていた。

 口の端を曲げるマチスを見て、ボルポートが彼の向かいに腰を降ろす。

「ここに居る者のほとんどはマルス王子やニーナ王女ではなく、あなたを見上げて戦場に出ています。少なくともご自分への疑心を隠しておかねば、いずれ皆が困ることになりましょう」

「……疑心ね」

 うまいことを言うものである。

 やられたと思いながらも感心して頷いていると、ボルポートが呆れたように肩をすくめてきた。

「全くあなたという方は、普遍からとことん外れないと気が済まないようですね」

「……何が」

「その態度がです。配下を疑う主というのはよくある事ですし話になりませんが、ご自分を疑っておいて尚堂々とするのですから性質たちが悪い。
 ただ、あなたに普通の将をされると、それはそれで非常に困ります。謎かけのような事を言って申し訳ありませんが、あなたが同盟軍のお偉方にへりくだるところは見たくありません」

「……はぁ」

 自分から言っていたが、ボルポートの言うことはまるで謎かけである。

 少し冷静になって考えれば別次元の事を並べているのだとわかるが、いきなり言われたこの場で、そんな余裕はない。

「おれは今まで通りじゃいけないってわけ?」

「そうとは言いません。――これ以上の事を言ってしまうと、わたしがあなたを操ることになるので、言えませんが。
 今は、わたしがつまらない愚痴を言っているくらいに留めておいてください」

 そう言って大隊の『軍師』は毛布を持って、マチスの前から立ち去っていった。





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