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「THE CALENDAR」 3-1




(3)


 普段から戦事全般が苦手だと言ってはばからないマチスだったが、さすがに今回の命令には首を傾げていた。

 多勢のグルニア軍を刺激しろというだけの命令書では埒が明かずに斥候を放って前線の様子を探ると、ワーレンに入る唯一の道の前に騎馬ばかりのグルニア軍が陣取っていて、完全に塞いでしまっている。その山道の向こうで同盟軍が頑張っているから、こんな状態になっているのだろう。

 攻撃を仕掛けたところで、大した効果が望めるとは思えなかった。

「これ、下手すりゃ返り討ちになるんじゃないか?」

「おそらくは、そうなるでしょう。
 本隊との連携で、という前提なら話は変わってきますが、こうして完全に分断されてしまうと、推測の上に推測を重ねることになります」

 深慮の末の推測であっても、味方の害になればそれは間違った予想以外の何物でもない。だからそれだけは決してしてはならないと、念を押すようにボルポートがつけ加えた。

 グルニア軍来襲の報せから一夜明けた七月一六日の朝。昨晩の夜営地まで引き返した騎馬第五大隊は、各部隊の隊長と副隊長を集めて協議に乗り出していた。

 さてこの面々、各々の身に纏う物の規格が全て異なるせいで、素性を知らぬ者には統一感のない小集団に見えてしまうが、これにはちゃんとした理由がある。

 この騎馬第五大隊は大隊と名はつくものの、今は騎士と従者を主にした単純な構成ではなく、少数ながらもそれぞれ得意分野の異なる部隊を幾つか抱えている。オレルアン奪還後に元鉄騎士団の人間が多く入隊したせいで、全体の半数以上に上る徒歩の兵の半分は重歩兵、もう半分は騎馬騎士を手助けする役目も負う軽歩兵となっている。残り百五十余はというと、これの四分の三ほどが遊撃を果たすホースメンで、残りの四十弱が騎馬騎士だった。少し前まではホースメンの数がもっと多かったのだが、アカネイア進撃に際しての再編成でほぼ半数の軍馬がオレルアン騎士に渡ったため、本職の「騎馬」の力が弱体化している。機動力よりも、様々な局面に対してある程度の機転がきく事を重視していると言えなくもなく、今のところは騎馬大隊の名前だけが残っている状態だった。

 わからないなりに思うんだけど、とマチスが切り出してきた。

「あんな命令をしてくるってことは、本隊の方も戦況を把握しきれてないんじゃねぇかな。だから、ちょっとつついて反応を見ようとしてる」

「……やはり、乗り気ではありませんか」

 そう言ったのはホースメンの部隊長だった。その隣に座る副隊長と共に、オレルアン南部で加わった時からその座に収まり続けている人である。ボルポートやシューグほど近しくはないが、その次にマチスとの付き合いは長い。この大隊長が戦事に関して大方消極的なのは、それなりに理解している。

「でしたら、我々ホースメン隊だけで仕掛けたらいかがでしょうか。かなりの少数になってしまいますが、その分機動性が上がりますし、本隊への注意を少しでも逸らすには適していると思います」

「それでも、人死には出ちまうんだろ?」

「絶対にとは言いませんが、失敗するつもりは――」

「そうじゃなくて、グルニア兵の方。
 できれば、敵とか味方とか関係なく、人死にを出さないようにしたいんだよ。死んだら、そいつの人生そこで終わっちまうだろ」

 前線を臨んでおいて何を言うか、といきり立つ者はいない。この面々のいずれもその程度の慣れはある。そう来たか、と思った者もいるだろう。

「そう言うけどよ。どう対応するつもりなんだ?」

 こんな時の質問役に収まっているシューグに訊かれ、マチスは軽く唸った。

「それなんだよな。これといっていい手があるってわけじゃないし……ただ、向こうさんも気まぐれみたいな攻撃で死にたかないだろうって思うんだよ。一万対七千の戦いなら、だいたい勝てるはずだから生きて帰りたがってるはずだし、四百を相手にするなら死ぬのなんか冗談じゃないって考えるもんだろ」

「随分と、グルニア軍に同情しているんですね」

「……。そうかな……?」

 口ではそう言いながら、なんでだろうとマチスは心の中で首を傾げた。

 今の状況では、騎馬第五大隊の方が圧倒的に不利である。もしグルニア軍がこちらの二倍以上の兵を差し向けてきたら、不利どころではなくほぼ間違いなく全滅してしまう。負けることを疑わないほど、この隊は強くないのだ。

 なのに、マチスの思考は何故か敵の心理へと向かってしまう。

「あんな大勢と戦いたくないってだけなんだけどねぇ」

「あんたの場合、誰とでも戦いたがらないだろうが」

「確かに」

「しかし急がねば、お輿の方の介入を招くやもしれませんな」

 唐突な発言に、全員の目がボルポートに向けて一斉に集まった。

 その多くが疑問符を投げかけていたが、マチスだけは顔をしかめている。

「あの王女か」

「ええ。あなたが剣を捧げることを拒否した、六百年の歴史を背負う姫です。
 今はオレルアンの王城に留まっているでしょうが、この事態に何も言って来ないとは思えません」

 アカネイア王女ニーナは同盟軍の進攻において、何がしかの用件がない限り最後尾からついて来ることを義務づけられている。アカネイアを奪還する時は別としても、それまでは安全のために最前線からは離れているのだ。戦闘には全く縁のない人だから普段はそれでいいだろうが、本隊の危機に何もしないほど無責任ではないだろう。

 同盟軍の人間にとってニーナの激励はありがたいもののはずだが、この隊に関わると『介入』という言葉に化ける。

「別に、わざと拒否したわけじゃないんだけど……」

「あれだけの事をしておいて、今更何を言うんです。
 ――それはともかく、あまりのんびりとできる状況にはないということです。オレルアンからここまで進軍旅程で約八日、おそらくはそれ以上かかるでしょうが……短期決戦で決めねば、非常に厄介な事になるでしょう」

「そう言ったって、俺達ができる事は限られてるじゃねぇか。全滅させんのはどう考えたって無理だぜ?」

「この場合、戦いを回避するのと同じくらいに難しい事ですからね」

 シューグとホースメンの部隊長が畳みかけるもっともな正論に、一同は重く唸らずにはいられなかった。これを論破するのは至難の業である。

 誰も言葉を発しないまま、やや間が空いて、これまで黙っていた重歩兵隊長がぶ厚い手をのそりと挙げた。

 いいか、と問うのに全員がばらばらに頷いて、了承を示す。

「話を蒸し返すようで悪いんだが、大隊長がそこまで敵に肩入れをするのは何故だ? 我々そのものが寝返りを打った集団だからか」

 矛先が自分に向いたのに少し驚きながらも、マチスは軽く頷いた。

「半分は、そう。もう半分はさっき言った通り」

「まさかとは思うが、あのグルニア軍から寝返りを打たせようと……」

 歩兵部隊長が言い終わる前に、マチスは目を見張って言い放った。

「その手があったか!」

「ちょっと待て、非常識人」

 真っ先にマチスを咎めてきたシューグの顔は、これでもかというほどに苦りきっている。どうやら、度々の発言に関しても我慢してきていたらしい。

「だから、それもどうやってやるんだ。俺達の場合とは違うだろうが。仮に捕虜にできたとしても、同国人じゃねぇから説得が通用しないだろ。――その前に、捕虜にするよか殺した方がまだ楽だがな」

「確かに正論だな」

 ボルポートが頷くものの、言葉の雰囲気には含みがある。

 案の定、一同を見回して続けたものだった。

「だが正論を頼みにしていては、この状況からは抜け出せぬ。まともに命令を遂行しようとすれば捨て駒にされ、これを無視し違反に及べば、今度こそお輿の方が黙ってはおるまい」

 そこで一旦言葉を切って、マチスの方を向く。

「生憎ですが、両者一兵も失わずに済む絶対の解決策はありません。我らが生き残ることを優先するならば、そこは曲げて頂く必要があります」

「……」

「ご不満ですか?」

「取り敢えず、最後まで聞くよ。おれには、どうすりゃいいかわからないからな」

 表面上の肯定を受け、ボルポートは、では、とひとつ咳払いをして一案の全容を話し始めた。

 この大隊が最優先すべき事項――と言うかマチスの基本方針は、味方の人的損害を最小限に留めることにある。それを基本にして、本隊から下された命令をできるだけ遂行する方向性として、攻撃はせず威嚇行動のみを取ることにする。その期限は、前線の状況が変化するまで。ただし、隊の全てでこれにかかっていては簡単に返り討ちに遭うため、実行するのは騎馬騎士など騎乗する兵のみとなる。

 もしグルニア軍が動いてくれば、その時はレフカンディの城塞まで誘い込んで、これを叩く――と言う目的も据えておくが、こちらは威嚇行動だけで済ませて同盟軍本隊が動いてくれるのがやはり理想である。

 誠実な態度とは言えないかもしれないが、生き残ることを大前提にするのだからむしろふてぶてしく在るべきだろう。

「案としては先程のものと方向性は同じですが、ここに逃げ切るまでを徹底的にするという点が違います。
 とはいえ、どのみち、あとは運任せでしょう。グルニア軍の瓦解に本隊が付け入ってくれることと、我々が潰されないことを願うしかありません。完璧な策など、存在しないようなものですから。もっとも、これはわたしからの案に過ぎませんから、この方法でなくとも構いませんが」

 ボルポートはそう言って一歩退いた形の提案をしたが、これに対抗する意見は出て来なかった。

 代表してマチスが言ったものだった。

「そんだけの説明しといて、他にはって言われてもねぇ……」

 それでなくても、騎馬第五大隊における事実上の『軍師』に、この手の論戦で勝てる人間は皆無と言っていい。

 ボルポートの原案に威嚇行動はともかく派手にという事と、最初のうちは相手の反応を待たずに逃げるという項目が付け加えられて、最終目標を全員生存に置いた作戦開始の日時は、明日七月一七日の朝ということで決まった。





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