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「THE CALENDAR」 2-7






 七月一三日、早朝。

 シーダは騎士見習いの少女セシルを伴って、天馬を放しているワーレンの山裾に来ていた。街門から南に沿ってしばらく歩いた所である。

 天馬は軍馬とは違って厩舎に入らないから、駐留期間の長さを問わずどこか広い場所を見つけて放牧してやらねばならない。その代わり、天馬は馬以上に臆病で他者の気配に敏感だから、よほどの事がなければ天馬泥棒に捕まったりしないので、広ささえ確保できれば場所に困ることはあまりなかった。

 だから、こうして駐留している間は、シーダは愛馬の無事を確認するためではなく、だいたいは空中散歩を互いに楽しむために毎朝通うことにしているのだ。

 ただし今日のシーダは散歩をしようという身支度ではなかった。拡張の少ない天馬騎士の鎧と腰の剣――槍と兜はセシルが持っている――それと、長い髪を兜に収めるために複雑に結い上げ、更に首と顔の下半分に白い布を巻く、天馬騎士の完全武装をしていた。

 この時分、平服ならまだ涼しいものの、この格好はさすがに少し暑い。

「今日みたいな日は散歩日和なのに、勿体ないわね」

 布の下からくぐもった声で言うと、セシルが心配そうにシーダを見やる。

「シーダ様、やはりおやめになった方が良くはありませんか? 昨日も日中は暑かったのですから、無理はなさらない方が」

「でも、今日行かないと明日出発するみんなが困るわ。もし伏兵が潜んでいたら返り討ちにあっちゃうでしょ?」

 ダロスを帰してから行われた昨日の軍議で、ジェイガンとウルフが提案したカナリス討伐の案がほぼそのままの形で通過し、その成り行きの中でシーダが偵察役に名乗りを上げたのである。

 これには反対の声が多く上がったが、海上を直線距離で移動できる天馬の強みに対抗できる代案が挙がらなかったため、シーダの希望は叶えられた。今回の場合、海賊を刺激しなければ危険はほとんどなかろうという判断が上乗せされて生じた結果だったのだが。

 シーダは愛馬の元に寄って、手袋をしていない手で背を叩き、まずはスキンシップに努める。一方のセシルは預かっている槍と兜を置いて、放牧しているもう一頭の天馬へと恐る恐る近づいた。

 同盟軍唯一の天馬騎士であるシーダの天馬は、オレルアン奪還までタリスから連れてきていた愛馬一頭だけだったのだが、マケドニア軍が撤退した際に残していった負傷の天馬を治療し、シーダの持ち物に加えたのである。それが、セシルの近づこうとしている天馬だった。

 予備の天馬を得たシーダは、セシルを誘ってにわか天馬騎士にすべく画策したのだが、これが失敗に終わり、なお悪いことに新しい天馬の方はセシルに対して心証を悪くしてしまっている。

 そうなってしまってからはシーダがとりなしながら、セシルに慣れさせて(乗れなくても世話はできるように)いたのだが、最近ではできるだけセシルひとりにこの天馬の面倒を見させるようにしている。

 だが、後ろ脚で蹴り飛ばされたとか、そんな悲惨な経験をしたわけではないのに、セシルはへっぴり腰になってしまっていた。

「シ、シーダ様ぁ〜」

「はいはい、今行くわね」

 男には厳しくなってきているシーダだったが、女性には幾分甘いようで(特にセシルの場合、年が近い唯一の『前線の女性』である。大事にしなくてはならない)、助けを呼ぶセシルに手を貸してやる。一緒に天馬に近づいて、セシルが世話をするのを最初だけ手伝い、あとはセシルに任せて、少し危なくなったらシーダが機嫌を直そうとする、といった具合だ。

 こわごわと天馬に接するセシルだが、アリティアの騎士見習いの中では年上の少年さえも打ち負かすかなりの有望株である。彼女に負けっぱなしでいる大多数の少年にとてもこんな姿は見せられない。ギャップが激しすぎる。……じゃなくて、気の毒すぎる。少年少女のどちらにとっても。

 ひとしきり毎朝恒例・挨拶の儀式を済ませて、後から追わせていた従者達が愛馬に鞍などを着けている間に、シーダはセシルに手伝ってもらいながら兜を被り、手袋と小手を身につける。

 最後に槍を受け取って天馬に跨がると、手綱を緩めに持って体重を少し前にかけて愛馬を駆けさせた。草地にやや深い蹄の跡をいくつか残し、一際深く緑を抉るや、翼が空気を孕む気配と共にシーダの体が後ろに傾きかけ、均衡を取り戻そうとした時には、すでに天馬は地表から身を離していた。

 愛馬が今日の空の感覚を掴むまで自由に翔ばせ、安定してきたところでシーダは天馬を上昇させた。

 ワーレンの全貌と湾を眼下に見下ろしたところで、思わず息を呑む。

「……凄く、綺麗……」

 絶好の季節のせいか、海の青が際立つ。彼女の故郷タリスの海も美しいが、ここの海とは趣が異なる。前者が淡い美しさなら、後者は青そのものだけで強烈に彩る力強い美しさだった。

 北へと進路を取りながら、シーダはため息をつく。

「これを独り占めなんて、ほんと、勿体ないわ……。セシルも天馬に乗れれば良かったのに」

 本当ならセシルを連れるのではなく、マルスを後ろに乗せてこの景色を満喫したい、と言う方が正しいのだが、彼女の想い人はそんな心境ではない(そもそも今日は、本来の任務を放り出してはいけないのだが)。

 セシルに天馬騎士の真似事をさせようとしたのは、単に寂しくて仲間が欲しかったからだ。しかし、天賦の才で天馬を乗りこなすに至ったシーダは教師役には向かず、うまいこと実を結ぼうとはしない。セシルの様子を見ていると、普通の馬と同じように扱ってしまうのが原因だとわかり、もっと天馬に任せるようにとアドバイスしたものの、当のセシルにはその感覚がわからず困惑させるだけだった。

「でも、乗れるだけじゃ駄目なのよね……」

 シーダの脳裏に、オレルアンで戦ったマケドニアの天馬騎士の姿とその名を戦場に轟かせるペガサス三姉妹という言葉がよぎった。

 戦いそのものには不慣れなシーダと違い、地上の騎士を相手に槍で渡り合い、なのに、マケドニア天馬騎士はシーダと齢の変わらない少女であるという。ペガサス三姉妹に至っては、騎士という点ではシーダにとって雲の上の存在だった。レフカンディで彼女達と戦うかもしれなかったという事実は、過ぎた今でも少し身を震わせてしまう。

 先月の祝宴の機会にマケドニア出身のマチスが教えてくれた話では、天馬騎士というものは、偵察をこなしたり上空から槍を落とせるだけでは半人前でしかないのだという。もちろん偵察を専門とする天馬騎士はいるが、マケドニアにおいては地を疾る騎士とほぼ同じように槍を振るうのが普通で、女性であることの力不足は、上から攻撃することと割合いに天馬の小回りが効くことで当人の腕力以上に打撃を与えられるから、それで充分補われているという。

 シーダとしてはそちらの訓練も重ねて、早く一人前に近づきたいのだが、偵察役として重宝されているが故に、それ以上の事をなかなかさせてもらえないのが実状である。

 湾に沿って北から東に進路を取る頃、太陽は真南にさしかかりつつあり、地上にいれば暑さに辟易しているはずだが、上空に居るのと風を身に受けていることで、シーダは鎧を身につけていてもさほど苦しい思いはしていなかった。見渡す限りの好天は、地上に居る者には恨み節の対象だろうが、今のシーダには先程見た海と同様に美しいものとしてしか映らない。

 しかし、前の休憩から一時半以上休みなく翔び続けている天馬は、少しずつ疲労を蓄積させている。そろそろ休ませてやりたいとは思うものの、眼下の岩山には水場はおろか、いい足場さえ見当たらない。

 今回は東の城までの道程の安全を確認すればいいのだから、空高くから観察して帰路を急げば、一時半ほどでワーレンの港町に戻れる。可哀想だけど、それまでは辛抱してもらおう―――そう思ったところで、シーダは城への道から二か所、北へと平地が伸びていることを思い出した。

 その地点は、地図上ではいくつかの×印で埋められていて、海賊の襲撃が激しかった頃にワーレンの軍隊が砦を築いていたところで、現在は廃墟になっているという。組合の豪商の話では全く使いものにならないとのことだった。

「だったら心配はないわよね……」

 自分の頭の隅々まで行き渡らせるように意図的に呟き、岩山の更に上から様子を見ようと上昇した先に、シーダは目の覚めるような光景を目撃することになる。

 上空からの遥か彼方、視認できるぎりぎりの所、廃墟と言われていた砦とおぼしきものの前に、何かが固まっているのが見えた。ここからは一塊のような大きさにしか見えないものだが、距離が遠ければ遠いほどそれは大きいものである。

 それが何であるかよりも、そこに何か大きなものがあることを確認したシーダは、一瞬の逡巡も見せずワーレンへと引き返した。





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