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「THE CALENDAR」 2-5






「ありゃ、ワーレンの警備隊の傭兵だよ。海賊か何かと間違えられたんだな」

 再会するなり、豪快に笑ったのはタリスの戦士マジ。ダロスがラディを追っているところを捕まえて、同盟軍の部隊長クラスの人間では一月ぶりのダロスとの再会を(無理矢理だが)最初に果たした人間だった。

「ま、木こりが山賊に間違えられるのと一緒なんだから、そんなに気にすんな」

 豪快に肩を叩かれて、ダロスは慰められているのかただ単に痛いだけなのかわからないまま、島国産の男に言い返す。

「元海賊と海賊の見分けなんかつくのか?」

「つかないかもしんねえなぁ。そんなもんだろ」

 そう言って、もう一度豪快に笑う。

 服装はもちろん、顔つきまで似通っているタリスの戦士は区別がつかないと、同盟軍の中では言われているが、比較的近しいつき合いをしてきたダロスはそんな間違いを犯すことはない。彼らの区別は顔の造形でつけるのではなく、身捌きが醸し出す各人の雰囲気で察するのが一番早いだろう。三人の部隊長を例に取れば、凄腕の剣士でタリス隊の隊長オグマの右腕をつとめるバーツは冷静かつ繊細で、二人で手が足らないところを補佐するサジは忠実まめで気配りを欠かさない、マジはというと隊全体の士気を盛り上げるのに長けている、という具合だった。一旦そういう括りをつけると、見方は大きく変わってくる。

 そんなことはともかくとして、疲労の蓄積がある今のダロスに、ひたすら豪気なマジの陽気さは少し辛いところだった。オレルアン奪還直後にガルダに引き返して人を集め、ペラティの海賊を警戒し、時には通行料を出しながら身を潜めてワーレンに入り、その後も忙しく動き回って、ここまでの一月以上、もっと言えばガルダを出てから一切休みなしである。

 そんな事も手伝って、思わずこんな科白がダロスの口から出た。

「あんた達、いつまでオレルアンに居たんだ?」

「六月一杯までだな」

「それまで、ずっと休みだったのか?」

「休みというか……ま、そうだな。色々あったが」

 注釈つきとはいえ、ダロスが動き回っていた間のほとんどはゆったりと過ごせていたわけである。人の事とはいえ、少し恨めしい。

「あんたらがそんなに休んだんだったら、おれも少しは休ませて欲しいもんだ」

「でもなァ、ウチの中で海の事に一番強いのはお前さんなんだから、ここが腕の見せどころなんだぜ?」

「言うのはいいよな、楽で」

 軽口を叩きながら歩いていると色々と見慣れた顔に出くわし、親しい者は手を挙げて挨拶してきた。用事があるから足は止められないが、ダロスは少し懐かしい思いにとらわれた。

「これは全部が来ている……わけじゃないよな?」

「そうだな。レフカンディを守ってるのとか、後発で来る連中もいるし」

 それでもアリティアとオレルアン、タリスの主だった顔触れはすでにこちらに来ているというから、大抵の用事はこの面子で事足りる。

「いつまでここに逗留するんだ?」

「それなんだけどな」

 マジの表情がわずかに暗くなった。

 何げなくした質問だったのだが、痛いところを突いてしまったらしい。

 部下には言うなよと断りを入れてマジが続ける。

「まだ決まってないんだよ。マルス様とハーディン公の間で進攻路の意見が割れちまってな、海か陸か両方かわかんねぇけどともかく決定されないことには、俺達も動けねぇ。とりあえず後続が来るまであと五日はかかるだろうから、まずはそいつら待ちだ。
 あと、ちょっと気になるんだが、騎士さん達のほとんどが海戦の経験がねぇんだよ」

 マジが最後に言った言葉は、すぐにはダロスの頭で理解されなかった。

 何を言ったのか、それがわからなかったと言えばいいだろうか。突き詰めて言えば、その科白はここに来ておいて聞いてはならないものだった。

「――何だって?」

「だから、同盟軍の騎士のほとんどは海戦ができねぇんだよ」

 船に乗っての戦は、地上とは勝手が違う。

 海上では大きな船でも揺れから免れることはできず、小回りのきく舟はよほどの凪が来なければ揺れ続けるものだと思っていい。戦自慢の騎士でも、海戦が素人ならば矢の狙いは外れ続け、剣を振るうつもりが奇妙な踊りを披露する羽目になってしまう。鎧を着けたまま船から落ちれば泳ぐどころか浮かぶのさえ難しく、鮫などに喰われてしまうことも珍しくない。海戦の素人集団にとって、いいところ全くなしの戦場と言えよう。

「まさか、そんなんで海路を行こうとしてるのか……?」

「逗留している間にみっちり訓練すりゃあ、少しはマシなんだがな。ま、それでも海路を考えちまうくらい陸路が厳しいってことよ」

「その事、マルス王子に言ったのか?」

「いんや。気づいたの、今日だからな。行路が決まってからでもいいかと思ってたし。お前さん、報告する時に言ってやったらどうだ? 外海は荒いとか何とか言ってやれば、面子大事の騎士さん達も話を聞く気になるだろ」

 そう締めくくったところでふたりがたどり着いたのは、ダロスが予想したものよりかなり地味……というか質素な屋敷だった。だが、大きな同盟軍の旗がこれ見よがしに翻っているのだから、ここに首脳が集まっているのは間違いない。

 門を預かる衛兵に用向きを告げると、ひとりが邸内へと走り、別の衛兵が案内人を引き受ける。ここでマジとは別れ、一階の奥にあたるらしい部屋の前までダロスは歩かされ、案内人と扉の横についていた兵士とのやりとりの後、両開きの扉は開いた。

 七歩ほどで端まで歩けてしまいそうな、さほど広くない部屋の中は作戦会議の様相を呈していた。ただし、規模は小さい。

 窓際の横長の大机にアカネイア全領土の地図が置かれ、その周りにひとり分の小さな机を二、三つけて書記らしき文官が羊皮紙を前に積み上げて真面目に何事かを書きつけている。

 地図をよく見れば、レフカンディの南、アカネイア・パレスに最も近い陸路を取る所には、平地山地を問わず十数本のピンが立てられている。対する海の方にはピンが置かれているものの、立ててはいない。

「ここで、この書記さん達に報告すりゃいいんですかい?」

 案内役の兵士に小声で問うと、彼は小さく首を横に振った。

「今しばらくお待ち下さい。もうすぐ……」

 そう言って廊下をのぞき込むや、兵士が即座に背筋を正し敬礼する。

 そうして従者を連れて現れたのは、タリス王女シーダだった。やや小ぶりながらも同盟軍の看板役者のひとりである。

「ダロス、久しぶりね。この一月見なかったけど、海を渡ってこっちに来たんですって?」

「へ、へい。そういう命令だったもんで」

「でも、まだ海は危険なんでしょう?」

「そうですね。ペラティの海賊がのさばっていやすから、隠れて入らなけりゃなりませんでした」

 タリスの連中と親しくしていた(というか、打ち解けるのが早かった)せいか、ダロスにとってシーダの存在は他の王族より近く、普通に話すのに抵抗は少ない。シーダの方が平伏されることを好まないこともあって、こうした会話も成立しているのだった。

「もしかして、シーダ様が吟味役なんですかい?」

「いいえ、わたしは聞いているだけ。もう少ししたら来ると思うけど……ちょっと揉めていたから、先に来ちゃったの」

「てぇ言いますと?」

「ダロスが来たのを聞いて、マルス様とハーディン公がここに来ようとしたのだけど、報告を聞くのに御大が行くものじゃないってジェイガンとザガロが止めてて、でもお二方はそれでは二度手間になるって言っているの。ご自分の耳で聞かないと気が済まないみたい」

 ころころと笑いながら話すシーダの口調は、しょうもない年下の男の子の事を語るような感じだった。マルスはともかく、ハーディンに対してそれは言い過ぎのような気がしたが、ダロスは敢えて黙っておいた。

「そのくせ、わたしが行こうとすると『君は最後の軍議の時に聞けばいいから』って言われちゃうの。お二方揃ってね。たったひとりの天馬騎士なのに、なかなかそうは見てもらえないみたい。結局、無理を通して来ちゃったんだけど。
 マルス様のお役に立ちたいと思ってついてきているのは変わらないけど、最近、みんなのための飾り物になっている気がしてて、それで我儘言ったの」

「そうなんですかい?」

「……多分。こういう所でこそ天馬騎士は役に立てるのに、忘れられちゃってるみたい。
 あ、ごめんなさい。こんな愚痴こぼしちゃって」

「い、いや、そんなことはねえです」

 頭を下げ返して、ダロスはちらと大机の地図を見た。

 ワーレンで戦闘が起こる可能性は低いからこれは置いておくとしても、仮にペラティと戦うとしたら、島の連なりから成る海賊の住処を観察するのは、空からが一番楽で、真正直に橋を目指して捕らわれる失敗がないというおまけがついている。陸路の戦いでも似たようなものだが、偵察の最中に発見されても、逃げた先が海ならば船がいない限り、弓で射落とされることは絶対にない。敵の陣容を完全に、かつ安全に調べられるわけだ。

 そして、そのためには最終決定の軍議にだけ出席するのではなく、こうした途中経過の場にいて地理や状況を頭に叩き込んでおく必要がある――そういうつもりで『天馬騎士は役に立てる』と言っていたのだろうか。

 十四歳の少女、しかも王女がそう言うのにそら恐ろしいものを覚えていると、新たな人の気配がした。

 吟味役のジェイガンとウルフ(アリティアとオレルアンの騎士が立ち会うことで、報告を一方的に都合よくねじ曲げるのを防ぐためらしい)が少しだけ疲れた様子を見せて入ってくるのに、シーダが「男の人って大変ね」とでも言わんとばかりに微笑んでみせる。

 ……何となくタリスとアリティアの未来に不安を覚えながら、ダロスが王国騎士ふたりに参上の挨拶をすると、ジェイガンが型通りに応え、書記に指図して作業を中断させて大机の周りにつかせる。

 ダロスら四人も地図を囲み、報告会は始まった。

 この先、ダロスが何かを報告するたびに地図上のピンがいくつも立ち、ジェイガンらの質問が飛び、書記が書き取っていくわけだが、その一々を記していくわけにはいかないので、内容だけを箇条に記すことにする。



・進攻路に海路を前提とする場合、ワーレンから海岸沿いに航行してゆく際の障害はペラティの海賊のみであり、グルニアやマケドニアの水軍が出張ってい るという話はない。マケドニア竜騎士が妨害をかけてくるかどうか、といった 程度である。

・ただし、アカネイア南西にある海の玄関口は厳重警戒下にあることが予想さ れているため、別の突破口を探す必要がある。

・船の確保はできるが、漕ぎ手の負担が大きく、手空きの兵をそちらに回すこ とができれば、その分を武器の提供に回すと協力者の豪商は申し出てきている。

・現在のペラティは頭領が取り仕切っているのではなく、竜人族の血を引くと 噂される『王』によって統治されている。



「竜人族の血を引く王だと?」

 怪訝そうにダロスの報告を中断したのはウルフだった。

「気に喰わんな」

「だが、いかにもドルーアが画策しそうなこと。海賊とはいえ、人間を下に置いて奴らが支配するには都合がよかろう」

「けれど、これは噂に過ぎねえんです。もしかしたら、竜人族そのものじゃねえかって声までありますが、そう言ってた奴は少数派でした」

 この当時、竜人族について詳しく知る者はほとんどいない。人の姿に変身して、世に紛れて生活しているとはいうものの、多くはドルーア地方におり、そうでない者はひたすら身を隠して竜人族であることを明かさないようにしている。竜であった彼らが、何故人の姿を取るようになったのかという疑問の答えは、十数年後に常識の形を取ることになるが、取り敢えずこれは先の話である。

 竜人族そのものであるか、血を引いているだけなのかについての明確な違いを知る者もまたいない。後者の方は竜になれないかもしれない、という推測ができるだけだ。

「そういえば、わたし達にも竜人族の方がいるじゃない。バヌトゥさんが。もしかしたら、ペラティ王の事を何か知っているかも」

 シーダが手を叩いて提案したが、ウルフは渋面まじりに首を振る。

「あの爺さんがあてになるとは思えませんよ、シーダ姫。あの石が竜石だっていうのも信じられないし、竜になったところも見たことないんですから。もっとも、変身されても困りますけど」

 そんなやりとりの後に、取り敢えず報告事項がなくなったところで地図を見ると、ワーレン周辺とアカネイア南部のごく一部だけがピンが刺さらず真っ平らになっている。

「ワーレンと……ここはディールっていうのよね。ここは上陸できないの?」

「おそらく城の真正面は無理でしょうな。調べがついていませんが、多少の兵は居るでしょう。山脈を越えるか、海路であれば東の端から少し上陸して迂回すれば、この城塞の後背方面には回れますが。
 ただ、ここを獲ることはあまり意味はないのです。ディールはアカネイアの中では分離されているような土地で、他のどこかへ行くには船を使うか、ごく細い山道を踏破するか――あるいはまた山脈を越えるしかありません。船を使うのであればディールを落とす意味はほとんどなく、山道を通るにしても大勢の軍が通過するには時間がかかり過ぎます故、その先が手薄だったとしても時が経つうちに敵の兵が集結してしまい、結局は大打撃を受けてしまうのです」

「……なんか、八方塞がりなのね」

「さようですな。いずれも道は厳しいと見るべきでしょう」

「そういえば」

 と、ウルフがある一点にピンを刺す。

 ワーレンの湾を沿った先にある東の城、即ちカナリスを指すことになる。

「これを放っておくと、後々面倒になる気が致しますが」

「そこか」

「二百の手勢しかいないという話が当たり前のようにまかり通っていますからね。冗談としか思えませんが。
 これを討っておけば、少なくともペラティと連携を取って厄介な戦法を取りはしなくなるでしょう。人質としての使い道もなさそうですし」

「おお、おそらく軍議も通るであろう。明後日辺りに、千か二千を発たせてかかれば五日程で落とせるだろうからな。盤石に固めるのに越したことはあるまい」

 話がまとまったところで報告会は終わり、引き続きペラティへの工作任務の命令を受けて屋敷を出た時、ダロスはある事を思い出して舌打ちをした。

「そういや、海戦の訓練をしとけって言うのを忘れてたな……」





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