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「THE CALENDAR」 1-2




 シューグと入れ替わる形で、薪を抱えた従者が通りかかる。

「まだ薪は要りますか?」

「もらおうか」

 すでに夜は更けていたが、もう少し話を続けるつもりでボルポートは軽く頷いた。と、

「その枝だけでいいよ」

 マチスが思いがけない横槍を入れ、枝を受け取って従者を行かせてしまう。

 そろそろ終わらせるつもりでいたのかとボルポートは思ったが、そのまま言葉を発したりはしない。

「それだけで、よろしかったのですか?」

「無駄遣いはしないに越したことはないから」

 マチスは今まで使っていた薪の燃えていないところを炎に混ぜるようにすると、右手に枝を持ち替えてじっと炎を睨み始めた。

 そういえばさっきまで炎を見つめていた時と同じだなと思いながらボルポートは見守っていたが、これが意外と長く二分ばかり続いた。

 いつ終わるのかとボルポートが思い始めた頃、何げない手つきで枝を置き、ようやく顔を上げる。

 今の行動に何の意味があるのかと問いかけたいのはやまやまだったが、不意に他の事へ思考が向いたのだと無理矢理解釈し、その点は無視して本題を尋ねた。

「――前々から伺おうと思っていたのですが」

「何?」

「あなたが王侯貴族をそこまで軽視する理由は何です? 人気取りではなく、本心からそう思っているようですが」

 マチスが変わり者扱いされる理由のひとつが、貴族出身のくせに王侯貴族を嫌っている事である。制度を否定していると言ってもいい。

「軽視っていうよか嫌いなんだけど……そんなに、連中を重く見なきゃいけないわけ?」

「大多数の常識ではそうでしょう」

 歴史の重みが増せば増すほど、その国の常識もまた重みを増す。マケドニアは建国から百年ほどの国だが、やはり身分の違いは公人私人問わずに厳しい。

「じゃあ、おれがそうでないってだけのことだよ。気にすることないじゃない」

「あなたの行動が常識から外れているからこそ訊きたいのです」

「そんな大層なもんじゃないって」

「生憎ながら、十二分に大層なことです。そもそも、貴族を否定することはご自分を否定することになるのではありませんか」

「らしいね」

「それでも否定なさる?」

「血筋に頼ってまで人を見下したくないからね。それだけだよ」

 軽く言ってのけたが、貴族が発するには異例の発言だった。

 しかし、この科白(せりふ)でボルポートはある事に思い至る。シューグ達部下にあれだけの態度を許すのも、やたらと実力のなさを強調するのも、それが原因なのだ。そこにいる、鋭角の要素が少ない青年だけを見て人品を判断してくれ、と。

 無体な事を言うものである。平民の間でさえ身寄りがあれば相手の判断材料になるというのに、社会的地位が高い貴族に対してそんな事ができるのは、俗世を離れた者か余程の胆力がある者だ。何より、信用の証となる血統を使わぬ手はない。だからこそ、今のマチスの立場はあるというのに……。

 だが、鑑みればこの人は立場なんぞ必要としていないのである。無論、今を生き抜くためには必要なのだが、どうもそれ以上のものを望みそうにはない。

 ボルポートもこの軍で手柄を立てたい欲はないから、丁度いいと言えなくもないが、全く覇気がないというのはそれはそれで問題だった。

 そんな事を思っていたせいか、つい挑発めいた言葉が出て来てしまった。

「同盟軍に居ることは、全く逆の事になりませんか?」

「だろね。下手したら、新王の後見人にされちまうらしいから。
 なんだって、手前てめえの手で神様なんか作らなきゃいけないんだか」

「……神、ですか?」

「王族ってのは神様の代理みたいなもんなんだろ? おれにはタチの悪い人間にしか見えないけど」

「……はあ」

 乱暴な論理が飛び交い、ボルポートは微妙な混乱の中に叩き込まれていたが、一方のマチスはといえばそ知らぬ顔でまた焚き火の中に視線を投じている。

 顎を支えるのをやめた左手が先程置いた枝をそっと抜こうとした時、一瞬だけ炎が強く高く燃え上がった。

 炎の端で、小さい火の粉が闇踊る天へと消えたかと思うと、ふたりの囲む焚き火の方は一気にしぼんで、薪が燃やし尽くされた残り火だけがちらちらと申し訳程度に、お互いの胸元までを照らすのみとなっていた。

 突然の現象にボルポートは唖然としたものの、原因を見失いはしなかった。

 焚き火にちょっかいを出していた張本人を睨み据える。

「今、何をしました?」

「おれ?」

「他に誰が居るんです」

「……そうか。そらそうだな」

 顔が見えないから表情は窺えないが、動揺のかけらも感じられない声音だった。

「先程からやけに炎が強かったのもそうですか?」

「まぁ……勘だったんだけど」

 さすがにばつが悪いのか、完全にとぼけてはいない。

 だが、理解できるかどうかは全く別の話である。

「勘でどうやってあんな炎になるんです。先程から随分と熱い思いをさせられましたが」

「あぁ、やっぱり」

「……」

 分かっている本人はいいかもしれないが、訳知り顔で済まされるこちらはたまったものではない。

 異変に気づいて駆けつけてきた従者に新たな火種を頼んでその場を立ち去らせると、ボルポートは二回り近く年下の主を再び睨みつけた。

「ご説明願ってもよろしいでしょうな」

「あまり大した事じゃないと思うんだけど……」

 乗り気のなく、だがぽつりぽつりとマチスが話し出したのは、オレルアン駐留時にカダインの高司祭ウェンデルと知己になって、私的に長話をした時のことだった。

 最初はとりとめのない話だったのがカダインでの魔道士修行経験の話に移り、先月末の事件で大いに役立った魔道の紙縒こよりを作った後、司祭が言ったものだった。

「魔道を挫折したとは言っても、嫌いになったわけではなさそうですね」

「嫌いじゃないけど、使う方に向いてなかったから」

 魔道の行使には精霊との契約が不可欠である。少年時代のマチスは幾度となく最も契約を結びやすい炎の精霊との交渉に挑んだものの、その悉くが失敗し、挫折したのである。それもただ失敗したのではなく、ラーマン寺院の霊験あらたかな宝珠に莫大な金を積んで触らせてもらったり、当時のカダインの高司祭にかけあってもらったりと、相当の出資をした末での事だったので、才能のなさは完璧に近いほどだった。ただし、本人が落胆していたかどうかは全くもって別問題である。

「――こう言うのは何ですが、一人前の魔道士になることは環境さえあれば難しいことではありませんよ。魔道の資質というのは、ある程度まではえこひいきされていませんから。特別な魔道となると少し話は変わってきますがね」

「司祭の弟子みたいに?」

「ええ。そういえば、マリクが不思議がっていましたよ。風の精霊の音が『聞こえる』のに魔道の資質がないのは、どう考えてもおかしいとね。わたしもそういう方には今までお目にかかっていませんから、どうとも言えませんが……もしかしたら、あなたは精霊の気配を感じ取る方に長じているのかもしれませんよ」

「別に、まぐれで済ませてもいいんじゃないかな……」

「それでも良いかもしれませんが、取り敢えずは試してみることですよ。身近なところで、精霊の影響が及ぶ物もありますから。例えば……松明とか篝火などがわかりやすいでしょう。そういった物を観察しているうちに、何かしら掴んでいくかもしれません」

 そうして勧められたのを今夜になって思い出して、じっと焚き火を睨んでいたというわけである。魔道に未練があるというよりは、もしできたら儲けもの、という程度の軽い気持ちだったのだろう。

「まさか……その、精霊の気配がわかったとか……」

「そんなのわかるわけないじゃない」

 才能ないんだから、と肩をすくめる。

「適当に睨んで突ついてたら、火の勢いが強くなっただけなんだよ。……まぁ、消えちまったのは、おれがやっちゃったのかもしれないけど」

 いつの間にやら火種が持ち込まれ、不完全な闇の中でふたりの表情は明らかになっている。片や平然と、片や悄然と。

「ま、しくじったんだから、まぐれだったんでしょ。やっぱり」

 度々の事象を全てまぐれで片付けるのは大いに問題ありなのだが、ボルポートは敢えて言い返しはしなかった。というか、その気力がわいてこない。

 あらかじめ断っておいてくれと言うのも馬鹿馬鹿しく、だからと言って、やるなと言うのもおかしい。せめて、誰にも迷惑をかけるなというのが妥当だろうが、そもそもこんな事を咎めることそのものがおかしいと思えてくるのである。

 自分達がいる場を忘れるような、そんな思考に陥っていた時に、その闖入者は慌ただしく割り込んできた。

「失礼致します! 東方前方より周辺の住民が逃げて参りまして、近々大規模の軍勢がワーレンに向けて進軍するとのことです!」

 真面目を絵に描いたような兵士がそう締めくくったものの、突然の予想外すぎる報せにマチスとボルポートは目をちょっと丸くするだけで、特別な反応は示さなかった。要はピンと来なかったのである。

 ここから東には港町ワーレンを有する区域しか存在せず、その先は海である。現在、同盟軍の本隊が逗留しているワーレンはドルーアから自治権を買っているため、街から離れた所にある城に申し訳程度の兵が送り込まれているに過ぎない。海から船団で攻めてくるのなら話が分かるが、それでも逃げてくる地元住民よりも同盟軍の伝令の方が先に到着するはずである。

 ただし、これらの前提は覆されるのも常のことで、全てが情報通りであるはずがない。起こってしまったことの真偽を見極めつつ、直視しなければならなかった。

「大規模って、ドルーアの事だよな……多分」

 報せの重要性がじわじわと頭の中に染み込んできたマチスが呟くのに、件の兵士がいちいち踵を合わせて応じてくる。

「はい、話を聞いた印象だけですが、グルニアの騎兵と重装歩兵団ではないかと思われます」

「逃げてきた住民というのは?」

 ボルポートの問いに、兵士は上官ふたりを誘って数十人の農民達に引き合わせた。

 彼らのおおまかな居住地やグルニア軍の出所などを聞いて、彼らに金を渡して放たせると、一同の間に重苦しい空気が漂った。

 今までの情報そのものが間違っていたことと、手強い相手が出てきたのがどうにも痛い。グルニアを代表する黒騎士団が直々におでましになるよりはマシだが、それでも騎馬第五大隊の手に余り、大規模という言葉が重くのしかかってくる。

「取り敢えず、捕捉されないよう退きますか?」

「……そうだな。突っ込んで行ったら、いいようにやられるだけだろうし」

 これはマチスの弱気ではなく、現実そのままの結論である。グルニアの騎兵はアリティアやオレルアンの騎兵と競って、お家芸とさえ言えるほどの上質の軍隊だった。数でおそらく劣り、技巧では差がついている。このままワーレンに向かって行って正面衝突するのは、愚の骨頂としか言いようがない。

 就寝している者を起こして急いで撤収するようにとの指示を飛ばし、四半時ほどで慌ただしく作業を終えて、ひとまず騎馬第五大隊が西へ転進して半時と満たないうちに、ワーレンに駐留している同盟軍本隊からの伝令が東から追いついてきた。

 同盟軍総司令の捺印がある命令書には、西から遊撃をかけてワーレンへの注意と戦力を殺ぐべしという、騎馬第五大隊には荷の勝ちすぎるものが記されていた。

 その後に本隊から来た追加の伝令の情報では、東から来るグルニア軍の総勢は一万。つまりは、二十倍もの相手に巧くちょっかいをかけてこいと命令されたのである。





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