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FIRE EMBLEM 暗黒竜と光の剣(5) 「THE CALENDAR」
(2002年12月)



Novels FIRE EMBLEM DARK DRAGON AND FALCION SWORD
5
604.07-08
[WARREN]




(1)


 夜を迎えた七月のレフカンディの谷は、自然の姿には似つかわしくない幾つもの篝火によって煌々と照らされ、少し不自然なまでに活気づいていた。城を拠点にして、敗残兵狩りなどの戦後処理に追われる同盟軍の後続部隊が昼夜を問わず右往左往しているのだ。

 そんな彼らを尻目に、マチス率いる騎馬第五大隊は谷の出口で野営を張っている。最前線を兼ねる同盟軍の本隊に遅れること三日、補給路を確保する第二陣の輸送部隊と共にオレルアンを発ったのだが、レフカンディの城塞で別れ、彼らだけが本隊の逗留するワーレンへと向かうことになった。これがアカネイア解放同盟軍がグルニア・マケドニア混成のドルーア帝国軍と交戦し、全面的な勝利を収めてレフカンディの城塞を通過した七日後の七月一五日のことである。

 更けゆく夜にあっても真の闇とは無縁の夜営地で、周囲を一際赤々と照らす大きめの天幕の前にある焚き火が、ぱちり、と大きな音を立てて爆ぜた。

 決して大きくない、しかし勢いの強い焚き火を囲む男達は炎に照らされながら、それが他の焚き火よりも際立って燃えていることを知らずに向かい合っている。

「敵前逃亡たぁね。竜騎士の国マケドニアの王女が聞いて呆れるぜ。オレルアンを制圧した時の勢いはどうしたんだか」

 と毒づいたのは騎馬騎士隊副長のひとり、シューグ。

 そんな彼をたしなめるは、大隊の副官ボルポートである。

「あれは逃亡ではなく、撤退だ。間違えるな」

 赤い竜騎士とまで讃えられ、かつては彼らの敬愛の対象だったマケドニア王女ミネルバが、ドルーアの将のひとりとしてレフカンディに現れはしたものの、戦わずして去っていったのである――地上の兵が隊列を自由を取れない谷の地形は、竜騎士にとって絶対的有利であったにもかかわらず。

 騎士道に反する戦法だという理由で彼女が帰ってしまったなどと同盟軍の者は夢にも思っていない。それは騎馬第五大隊でも例外ではなかった。

 ともかく、王女の出現と撤退は同盟軍内のほとんどのマケドニア人に、動揺と困惑をもたらした。同国人を敵に回した事は身に染みており、王女が戦線に現れる事も予感としてはあったのだが、実際に現れた事実への緊張と意図の読めない撤退が交錯して、兵士の間では小さくない混乱が起こった。

 そうして騎馬第五大隊の兵士が浮足立つのに、隊の主だった者達は部隊の前後を奔走し、短くない時間をかけて騒ぎを収めたが、肝心の自分達はというとまだ心の整理がつかずにいるという体(てい)たらくである。

 シューグの口の悪さは今に始まったことではないが、この時は特に威勢を張っていた。

「撤退だろうが逃亡だろうが似たようなもんだろうが。恐れをなして逃げたのに形式なんざ関係ねぇよ」

「どうだかな。平原ならいざ知らず、隊列の自由が利かない谷では天空の騎士の方が圧倒的優位に立てよう。負の要素などほとんどないようなものだ」

「じゃァ、実際にいなくなってるのはどう説明づけんだ?」

 素面のくせに絡むシューグに乗せられるでもなく、ボルポートは少し伸びている顎髭をついと引っ張る。

「往々にしてこうした事は、我々の理解の外に在るものだろう」

「ケッ、理解の外なんかで生殺しにされたグルニア人はいい面の皮だぜ。アカネイアへの玄関口の攻防がただの消耗戦にされちまったんだからよ。奇襲もかけたのに返り討ちに遭ってたっていうしな」

 不貞腐れるように顔をしかめるシューグは誰の方を向くでもなく、勢い増す炎を見詰める。

「全く、赤い竜騎士が敵に回るなんてあの頃は考えただけでも震え上がってたってのによ……拍子抜けもいいところだ」

 そう吐き捨てるシューグの右肩は少し盛り上がっている。先月末に負った怪我が完癒に至らないまま出立の日を迎え、半ば強引に同行しているためだ。

 今回行軍している騎馬第五大隊の戦力は四百名ほどで、シューグのように怪我をおして参加している者は全体の三割程度。負傷者がついて来ているのは、同盟軍内における他国の騎士に脆弱だと思われたくない気持ちが半分、オレルアンに残ることの不安がもう半分といったところだろう。

「ミネルバ王女が恐るるに足る方なのは、今でも変わらないと思うがな」

 ボルポートは髭から手を離して、熱い炎から少し身を反らす。

 今日は昼に降った雨のせいで薪は思うように燃えてくれないはずだし、小さい燠だけではこれほどの焚き火になるはずはないのだが、どうもこの火はよく燃える。

 焚き火の方を向き続けるシューグは熱くないのかと思っていたが、よく見れば彼はボルポートよりも焚き火から離れていた。

「あんた、まだマケドニアの王族にへりくだるのかよ」

「お前こそ、ここで戦死したグルニア人に肩入れしているではないか。今では敵だろうに」

 お互いに敵対行為じゃないかと指摘して軽く睨み合ったものの、それも長くは続かずどちらからともなく目を逸らした。こんな事で言い合っても仕方がない。

 何だかんだ言って、同盟軍、ひいてはアカネイアについていくというよりも、捕虜の身から数奇な偶然によって命拾いして出来上がった隊である。先月の事件で隊が半壊しかけた事情があったとはいえ、今回の先発はおろか本隊からも外され、それでなくても同盟軍内での地位は芳しくない。個々の者に訊けば、ほぼ全員が好きでこちら側にいるのでない事は明らかになるだろう。

 だからそれらしい目のない所では、こうした本音も漏れるというわけだ。

「もし――仮にだけどよ、マケドニアの王族が帰順しろって言ってきたら、すんなり応じるのかよ」

「それは有り得ぬだろう」

 ボルポートは即座に否定してから、なおも続ける。

「王も姉王女もそういった事に関しては苛烈で鳴らす御方だ。一度裏切った者を顧みる事はあるまい。
 そもそも、わたしの身の振り方はわたしが決めるものではない」

 そこで初めて、ボルポート、次いでシューグが、彼らから少し離れて火掻き棒を持つ騎馬第五大隊の隊長――マチスを見やった。口元を隠して顎を支えているため表情は全く読めず、先程からその体勢のまま焚き火をじっと見据えている。

 知らぬ者であれば思案にふけっているように見えなくもないが、中身をよくよく見せつけられているふたりは、こういう時少し困ってしまうのである。というのも、この隊長は何も考えていないか、そうでなければ全く別のことに思考が向かっている事が非常に多い。

 別にわざと聞かせていたわけではないが、話題が話題だけにそれらしい反応を示して欲しいと思うのが人情というものだ。

 様子を見る中、シューグが嫌そうに眉をひそめる。

「まさか、寝てるんじゃねぇだろうな」

「目を開けてか?」

 まさか、とボルポートはいなしながらもシューグと一緒になって、じっと観察してしまう。

 暫くの間を待つまでもなくマチスが瞬きをするのを見て、ボルポートは何とはなしに安堵のため息を吐いたが、同時に少しだけ頭痛がした。

 不謹慎というか無礼千万もいいところなのだが、この人に限って言うならこの程度のレベルで驚愕すべき事象を持ち合わせていてもおかしくないところがある。一部の人間から変人と呼ばれているのがその所以なのだが、その意味は言動に基づくものであって身体的奇癖からくるものではない――にもかかわらず、この手の想像力を沸き立たせてしまうのは、何を考えているかが今ひとつわからないのが原因であった。

 ただ、この人は思索の邪魔をされても機嫌を損ねない。それが救いと言えなくもなかった。

「なぁ――起きてるんだったらでいいんだけどよ、あんたはどう思ってる? 今回の一件」

 シューグが呼びかけるのに、マチスが顎を支えたまま目線だけを向ける。

「どうって?」

「だから、部下どもが動揺してただろ。そんな感じだよ」

 全然説明になっていなかったが、意味合いは通じたらしく首をわずかに傾げて思索に向かう――と、これが今初めてこの事について考え始めたかのように見えてしまうのが実に恐ろしい。

 ややあって、ふたりに言い返してきた。

「――つまり、余計に戦わずに済んだんだろ?」

「まぁ、そうだがな」

「じゃあ、いいんじゃない?」

 これ以上ない肩透かしの返答にボルポートは嘆息を吐き、シューグの方はというとこめかみを揉みほぐして怒りを抑える羽目になった。

 同国人の悲哀とかためらいとか戸惑いをこんな楽天的な一言で片付けられては、色々な人が浮かばれない。

「こういう奴だとはわかっていたがな……つくっづく、救いようのねぇ」

 少し前のシューグなら襟首を掴んでいただろうが、度重なる『学習』の成果か、今回は手を出してこなかった。掴みかかった結果、何らかの手応えがあるならまだしも、その悉(ことごと)くをつかみどころなく躱されてしまうあたり、救い難いと思われても無理はない。

 時々、何故この男について来ているのだろうと疑問を抱いてしまうが、そうした迷いに対してはすでに答えが出ている。

 先月末の襲撃事件の直後、この事件によって落伍者が出るのではないかという話題が上がった時、隊長であるマチスの口から発せられたのは、そうしたい者にはそうさせておけばいいというものだった。

 当然ながらこの発言には居合わせていた数人の部隊長から反発が上がったが、それでもマチスは譲らなかった。

「ただでさえ無理してついて来させてるのを、これ以上引きずることないだろ。みんなも、おれを見限っていいんだし」

 この手の言葉を発したのは別段この時が初めてというわけではない。実力不足や牽引力のなさなどを理由に、幾度となく言ってきていた。

 まず断っておくと、こんな発言は決して許されるものではない。だが、この言葉を額面通りに受け取って実行しようとした者もいなかった。

 マチスが隊長に任じられているのは、貴族の血筋であるからという一点に集約されているのであって、決して武勇云々の次元ではない。反ドルーアの(あるいは反ミシェイルの)マケドニア人を代表し、戦争終結後の状況を睨んだ結果収まっているのであって、現時点で取って代われる人間は誰もいないのである。

 同盟軍内のマケドニア人は、祖国を攻撃し、もしかしたら滅ぼしてしまうかもしれないという、とんでもない行動予定を置かされている。

 そんな彼らは程度の違いこそあれ、各人様々な思惑を抱いていた。成り行きの者、あわよくば出世を目論む者、マチスの視線の先だけにあるひどくあやふやなものを追うなり見届けようとする者、と。

 シューグはその中では一線を画し、賭け――と彼は言っている――に負けてこの部隊にいる。一部の連中のように命を使ってバクチをするつもりはないし、はっきり言って隊長のマチスは忠義を尽くす対象ですらない。本当に気に入らなければ出ていってしまってもいいのだ。どうせ追いかけはしないだろう。だが、同盟軍という容れ物をどうでもいいと思っているところは同感だった。

 そういう考えから発展して同盟軍のお偉方の度肝を抜くような事をしでかしてくれればと思うのだが、何を考えているのかわからない人間を相手にそこまで望むのは少々贅沢だろう――それでも、堪忍袋の緒が日増しに擦り切れていきそうな気がするのは否めないが。

 ともあれ、シューグは自分で緒をぶち切るのはやめておいて、できるだけやわらかく「喰ってかかって」いくことにした。

「あのな、今は王女サマと戦わなかったとしても、後になって現れない保証は全くないどころか、その可能性の方が高いだろ」

「だねぇ」

「俺らも正直言って、あの王女様に向かって槍を向けられねぇ気がしてきてるんだよ。実力の差がどうこうっていう前にな。その辺り、あんたはどう思ってんだ」

「別にどうとも思わないけど」

「……」

 噛んで含めるが如く丁寧な説明の手間が、全く報われていない。

 呆れと怒りの狭間で拳を握りながら、シューグが辛抱強く持ちこたえる。

「こっちの複雑な思いを、随分とはっきり切り捨ててくれるじゃねえか」

「別に強制してるつもりはないんだけど」

「たとえそうだとしてもな、影響力ってのを少しは考えてほしいもんだぜ」

「ど〜せ、誰も影響されないんじゃないかなぁ……」

 影響されてくれなくては本当は困るはずだが、どう見ても本気で言っているように見えるあたり、無責任さの方が色濃く浮き上がってくる。

 傍観者に回っていたボルポートが、ぼそりとシューグに囁く。

「気力の使いすぎは後に差し障るぞ。早く寝て、明日に備えたらどうだ?」

「何だと?」

「気を使うのはお前の本職ではないだろう?」

「あんた、あいつに文句のひとつもねぇわけか。あんな、洒落にならねぇくらいいいかげんな事言わせといてよ」

「わたしは親切心で不毛な会話を止めようとしているんだが」

「だからってな」

「悪いことは言わないから寝ておけ。こういうものは、興奮しているうちは合点がいかないものだ」

 興奮していなくても納得し難い気がしたが、続けたところで副官殿に止められるだけなのは自明の事だった。

 しょうがねえなと呟いて、抗議を諦めることにしたシューグは強く頭髪を掻き、ため息をついて立ち去っていった。





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