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FIRE EMBLEM 暗黒竜と光の剣(4) 「ANXIOUS」





“太陽への願い”




 じきに七月になろうかというこの日、マケドニア王都のバセック伯爵の館にオーダイン将軍の姿があった。将軍はマケドニアの騎馬騎士団長であり、かつてマチスの大上役だった人物である。

 騎馬騎士団から謀叛者を出したとあって、三週間前の軍事会議で将軍は大変な吊るし上げをくったのだがより標的にされたのはバセック一族の方だった。魔道部隊長代理としてその場にいた伯爵の弟・ディグ卿が受けた非難は、将軍の比にならない。

 諸将というよりは諸侯の反発が強く、重すぎるほどの処分を将軍と一族に課すべきだという声が多く出たものの国王ミシェイルは両者に領地一郡――しかも、そう重要ではない土地の没収を命じただけで事を済ませた。第一に騎士でもなかったマチスを騎馬騎士団に送る処分をしたのはミシェイル自身であったこと、第二に謀叛を起こしたとは言ってもマケドニアには反ドルーア勢力が存在しないから(前国王を廃した時に一掃したのである)マチスに倣おうとする者は現れないのだという根拠を挙げた。大前提として、貴族の身分を剥奪された者に何ができるものかと軍が軽く見ていたのが処分も割と軽かった理由になっている。

 諸侯の怒りがこれで収まるわけではなかったが、国王がこう言ってしまっては今度はミシェイルに喰ってかからねばならない。生憎、彼らにはその度胸がなかったから裏で陰湿に――主にディグ卿を攻撃することにしたらしい。もっとも、名家の人だからそれくらいではどうにもならなかったのだが。

 軍事会議の二週間後、それらの報せを聞いたバセック伯爵が療養中であったにもかかわらず領地から戻り、国王や諸将、諸侯に謝罪すると共に、オーダイン将軍への咎をうまく避けようとする形で自らへの更なる処分をミシェイルに求めた。だが、これ以上の処分はマケドニア魔道部隊の規模の縮小につながりかねないとして、伯爵の直訴は却下された。これが、普通の貴族ならまだどうにかしようがあったのだが、伯爵はマケドニアにおける魔道と法力の第一人者であり、代わりになれる人物は国内にはいない。この一年、数度の失態を演じているにもかかわらずあまり致命的な罰を与えられないのは、そういった背景も含まれていた。

 その後、伯爵は改めてミシェイルに対して忠誠を誓うと共に、マケドニアを離反した息子を必ず討ち果たすと宣言したのである。その覇気には病み上がりである様子は微塵も感じさせず、厳格さで知られた伯爵が本当に戻ってきたのだとその場の人々に印象づけた。噂では、息子と娘を失った悲しみで(死んではいないのだが、同じようなものだった)病に伏せっていたと言われていたが、これを払拭させるには充分な立ち振る舞いだった。

 これには諸侯らもようやく溜飲を下げて事態の沈静化はかなったものの、オーダイン将軍には引っ掛かることがあった。

 一年前、マチスが騎馬騎士団に強制入団させられたことで伯爵と知己の間柄になったのだが、将軍と会う時の伯爵はかつての威厳など消え失せ、自らの手から離さざるを得なかった子供を心配する父親そのものの顔をしていたのである。最後に会ったのは半年ほど前だったが、その様子に変わりはなかった。なのに、一週間前のあの宣言である。息子の謀叛に怒り心頭に達したと言えばそれまでだが、将軍は何かが違うと感じていた。

 それを確かめるべく、将軍は伯爵の館を訪れているのだ。

 すでにマケドニアは暑さの盛りを迎えているとはいえ、応接室では氷の魔道が放つ冷気が効いて汗ひとつかかない。他の貴族の館でも屋内冷却のためのお抱え魔道士がいて涼を取れるのだが、加減が効かないのかやたらと冷えて外に出るとあまりの落差に立ちくらみを起こしてしまう。その点、この館はうまく調節できていた。

 将軍の館にはこういった魔道士はいない。自らは忍耐強く暑さを我慢し、客人には自然と人力で涼んでもらおうという方針である。が、これはやはりうらやましい。

 来年あたりは伯爵に紹介してもらって魔道士を雇用しようかと考えているところに、小者を伴って伯爵が入室してきた。

 一通りの挨拶を交わし、小者がすでに将軍に用意していた冷茶を下げ、改めてふたり分の――今度は冷たい紅茶を置いて応接室から出ていき、将軍とふたりだけになると、伯爵は人懐こそうに笑った。

「この間の、陛下の謁見の時は驚かれましたでしょう」

「……え、ええ、まあ、そうですな」

「やはり驚いていらっしゃる」

 これを見て、先日のあの場にいた者のどれほどの人間があの伯爵だと認識できるだろうか。内にも外にも厳しく、上流社交の裏にあるどの勢力にも混ざらず、誰にも肩を貸さず、極端な話では喜怒哀楽の怒以外の感情を持ち合わせていないと言われる人だと。

 国以外の対象には完全中立であるためその評判は拍車がかかる一方だというのに、この人は何故か将軍には弱味を見せてくる。

「バセック伯、不躾と無礼を承知で率直に伺いますが、あれは伯爵の本意なのでしょうか」

「信じられませんか」

「お心変わりなされたというのならわかるのですが……しかし、今までお会いした時の事を鑑みるとそうは思えませぬ」

「……そうですね。将軍にお話ししたわたしの思いは、今も偽らざる本当のことです。
 正直なところを申しますと、わたしが領地へ退いたのは、息子の戦死の報を聞きたくない一心からでした。いっそ、弟に爵位を譲って隠棲しようかと考えていたくらいですから」

「では、そこまで仰るなら、何故あのような……。いや、陛下の前で宣言した事は本心ではないと?」

「いえ。あれも本当に思っていることです」

「ご自分の手で、子息を討たねばならない事もですか?」

 伯爵は穏やかに笑みを浮かべて、

「できれば、そうなる事を願っております」

「……」

 やはり、敵となったからには容赦しないという考えなのだろうか。

 将軍はそう推測したが、伯爵はもっと具体的に言葉をつけ加えてきた。

「息子は以前から叛意を抱いていましてね。それを警戒する意味で、六年もの間閉じ込めておりました。しかし、いつか息子の意志が暴発しはしないかと感じていたのも事実です。そのいつかが今になった以上、わたし自ら手を下すのは義務だとも思っております」

 素直に聞けばマケドニアの将軍として、これ以上なく頼もしい言葉だった。

 だが、将軍は念を押して訊いた。

「では、本当にそう思ってよろしいのですな?」

「道が交わらなかったのです。その上で敵対するのであれば、むしろ望むところです。
 現実と理想の勝負に、手加減はできません」

 伯爵は将軍よりも強く念押しするように微笑して見せた。

 現実と理想。

 かつてマチスと折り合わなかった時の事を言っているのだろうと将軍は解釈して、その場を辞することにした。

 小者に将軍を送らせ、応接室に残った伯爵は壁にかかっている大判の絵を振り仰いだ。

 縦長の画布に、暗めの空を背景にした太陽と花の群生が描かれている。太陽と花は黄色で、印象づけるための黒と藍の筆筋が時折加えられていた。

 この絵は伯爵の嗜好でかけているものではない。しかし、これは好まざるを得ない物だった。

 十五年前、娘のレナが生まれた半年後にこの世を去った伯爵の妻がこよなく愛した――だが、夫人が生きている頃には手元になかった絵である。

 あの名前には当時の夫妻の願いが込められていた。その時、ヒューズは伯爵家の跡取りでさえもなく、サイーラは上流階級の住人ではなかった。だからこそ願えたと言ってもいい。

 古い記憶を自らの内で回顧しながら伯爵は静かに瞑目する。

 その願いを叶えるためには待っていてはいけない。誰も気づかない限り、自分で行動しなければならないのだ。

「……まさか、その『敵』の側に回るとはな。わたしの人生のさいを握る神は、余程意地の悪い方らしい。
 もっとも、情熱を生かすにはわたしは歳をとりすぎたか」

 伯爵は自然に笑う時のように口元に笑みを浮かべていた。将軍を前にした時よりも、その笑みには晴れ晴れとしたものがある。

「――わたしより先にサイーラの元へ逝くなよ」

 絵の作者と同じ名前を持つ、今は草原の国にいるであろうその人物に向けて言い放つと、伯爵は応接室を後にした。

 その顔に、満足げな表情を浮かべながら。



(太陽への願い:end)





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