トップ>同人活動記録>FE暗黒竜小説INDEX>4 ANXIOUS 六月の非賛襄 2-3
「ANXIOUS」六月の非賛襄2-3 |
今時分、この辺りの人通りは多くないはずだがあの事件が起こったばかりとあってか兵士の姿がやたらと目につく。騒ぎを聞いて駆けつけようとする者、上役から指示されたのか周囲を警戒する者、あるいはあからさまに騒ぎを放置しておこうとする者。 ふたりは彼らの全てに目もくれず、何人かを追い越して現場を遠巻きにする人の層の端に到着した。二十人ほどが来ていたが、さほど広くない道のせいで完全に塞がってしまっている。 ロシェが名前を出して前へ進もうとしたが、先に来ていた警邏兵が道を譲ろうとしない。 「悪いが、通してくれないか?」 「生憎ですがそれはできません」 「何故だ?」 「ご容赦ください。狼騎士団の四雄の願いであっても、ここを譲るわけにはいかないのです」 強く言い切った兵士の顔には見覚えがあった。城内警備の兵だ。なのに、今は城下警邏兵の出で立ちをしている。 「お前、何故そんな恰好を……」 「待て、そんな事を詮議している場合じゃないぞ」 騒動に巻き込まれていたのは、予想外の大物だった。 人波の隙間から、大柄な警邏兵と対峙しているマチスの姿が見えた。連れの部下らしき男が、彼の後ろで肩と背中から血を流してうずくまっている。ボルポートの話では、あと三人の部下がいるはずだったが彼らの姿は見えない。 とてつもなく嫌な予感がしたが、ロシェは敢えて問いかけた。 「これは、どういうことだ?」 「『敵』の排除のためです」 簡潔に述べた兵士の目には、恐ろしいほどに力があった。 「これ以上、オレルアンの地にマケドニア人どもがいる事は大地を汚すことになります。ですから、徹底して排除する必要があるのです」 予想通りだった。彼らはマケドニア人の ロシェの顔が心底苦々しそうに歪む。 同じ性質の事を考えてなかったと言えば嘘になる。程度こそ違うが、根底にあるのはほとんど同じものだろう。何せ、さっきまでマケドニア人に何か 焦燥に駆られるロシェとは対照的に、ザガロは冷静だった。 「こんな事をすればどうなるのか、考えたことはないのか? 間違いなくアリティアとの関係がこじれるんだぞ?」 「アリティアなど、現在の戦力は我等より遥かに下です。今は我等に頼らねば祖国を取り戻すのも及ばぬはず。かの国の人々がどちらの手を取るかなど、火を見るより明らかというものでしょう」 「我々の王子がそんな方なら、たった二百でタリスを発ったりはしないはずだが?」 仏頂面と低音の声で割り込んで来たのは、アリティアの黒豹と呼ばれる騎士アベルだった。部下を引き連れているから、混乱を鎮めるために城下に出ていたのだろう。 「オレルアンの方からそんな言葉を聞くとは、残念なことだ。人が滅べば、国がどうと言っている場合ではなかろうに」 今は六月だが、荒涼の冬へと蹴り落とすような底冷えのする声音に、兵士ばかりでなくロシェとザガロもうすら寒いものを感じた。滅ぼされた国の人間が言うことだから、凄まじく迫力がある。 これには、暗い思考に陥っていたロシェも我に返り、ザガロに耳打ちした。 「こいつらをここに留めておいてくれ。詰め所と狼騎士団から応援を呼んでくる」 そうしてロシェがすっと離れていくのと同時に、アベルの部下も城の方向へと駆け戻っていった。意図する事はロシェとほとんど同じだろう。 後はロシェに言われたようにこの場をキープするだけだが、囲まれているマチス達がそれまで無事でいるかは甚だ怪しい。 ザガロはどうしたものかとアベルに相談しようとしたが、その前に、人波の向こうから声がした。 「てめぇの疑心暗鬼でやったくせに、それを国への忠誠心で押し通すってのはタチが悪いな。おれは、そういうのが嫌いなんだよ」 剣呑たらしいその声が誰のものか、ザガロにはわからなかった。 その答えを見つける前に、大柄の偽警邏兵が吠えた。 「貴様のような仲間を敵に売る、騎士の風上にも置けぬ者に言われる筋合いはない!」 「……あの王子の騎士になった覚えはないんだけどな。それに、敵の敵は味方なんじゃないのか?」 大男と言葉を交わすマチスはひどく険しい顔つきをしていた。その表情からは、先程の話題に出ていたような『困った人』の印象を感じることはできない。 「我等の同胞に手をかけておいて味方面するその厚顔さが、我等は許せぬのだ!」 大男がすっと鞘から剣を抜く。 「やはり、貴様を潰さねばなるまい」 そう言って剣を振りかぶった時、対峙するマチスの手から大きめの 何が起こるのかと思いきや、男の顔面にそれが当たると派手な閃光と小規模の雷が炸裂した。 前ぶれなく視覚と聴覚をひどく刺激されて、ザガロ達が目と耳を塞いでいる間に、小雷を喰らった男は膝をついてうずくまっていた。目潰しと痺れのせいだろう。 この事態に取り囲んでいた偽警邏兵が剣を抜こうとしたが、それよりも早くマチスが新たな紙縒りをいくつか取り出して、周囲を牽制した。 「さっきのは初歩的な雷の魔道だったけど、今度のは上級魔道のボルガノンだ。あんた達が斬りつける前にこれを全部ばらまけば、半分は死人になる。 この脅しの効果は絶大だった。マチスを取り囲む半円は、潮が引くように広がっていったのである。 ザガロも偽者達に合わせて後退しながら、厄介な事になったと心の中で舌打ちしていた。 こちらは一応マチスの味方をするつもりでいるのだが、こうなってしまっては事態を収拾することができない。 おそらく、マチスは全てのオレルアン人を警戒しているだろうから、この状況のままロシェが呼んだ応援が到着してしまうのはまずい。手負いの仲間を抱えたあのマケドニア人は、自分達の身を守るためにあの紙縒りを投げつけるかもしれず、そうなれば大惨事になるのは必至である。 そんな事を思っているうちに、マチスから一番近い所でうずくまっていた大男がゆらりと立ち上がってきた。 「く、くそ、マケドニア人のくせに……!」 そう言って、今度は拳を振り上げてきた。 その瞬間、あの紙縒りが使われると誰もが思ったが、マチスはふらついていた男の足を払って転倒させただけだった。 盛大な音を立ててうつ伏せに倒れる大男の背中を、すかさず全体重をかけて押さえ込む。 「あんたも懲りないな」 マチスより三十キロは目方の多い男がじたばたするものの、身体は一向に自由にならない。 「くそ! どけ、マケドニア人!」 「こんな事をやめてくれるっていうなら、今すぐにでも」 この場面にそぐわぬ呑気な科白だったが、顔は笑っていない。 「おれ達の大半がオレルアン人を手にかけてるって理由で、あんた達が怒るのはわかるよ。でもな、おれの部下になってくれた人達は、それ以上のマケドニア人を殺しちまったんだ。それを何とも思ってないなんて考えてもらっちゃ、困るんだよ」 この言葉に何かを返せる者はなく、場がしんと静まり返る。 遠くの喧噪がかすかに聞こえる中、マチスが偽者の兵をじわりと見回してきた。 最前線で囲む全員の顔を、目に焼きつけるような動きである。 「あんまり乱暴な事はしたかないけどな、王都に駐留している間、あと一度でもこんな事があってみろ。おれはひとり残らずあんた達を捜し出して、今までの分も合わせて報復する。それだけの事をしてくれたんだからな。――まぁ、本当なら今すぐ二倍返しにしてやりたいとこだけど、さすがに捕まりたかないからな。やめとくよ」 疲れたように肩をすくめたマチスの顔にさっきまでの険しい表情はない。まるで憑き物が落ちたように穏やかなものだった。 そうして、後ろを振り返った。 「シューグ、大丈夫か?」 問われた部下が押し出すように言葉を吐き出す。 「……似合わねぇ事を言うな」 「は?」 「報復だの何だのってのをお前の口から聞くと、空から槍が降ってくるんじゃないかと思うだろ」 「…………まぁ、確かに」 「だったら言うな。耳がおかしくなる」 どっちが上役なのか、判断のつきかねる会話である。 普通の軍隊なら、隊長をお前呼ばわりすることは絶対に許されないはずなのに、マチスは怒ることさえしなかった。 「それと、せっかくのご演説だけどな、俺達……少なくとも、俺は敵が同国人だからとかそんな意識は持ってない。俺を敵と認識して殺しにかかってくる奴はみんな敵だ」 「……」 「方便なら構わねぇが本気で気にしていたんなら、もう気にするな。それくらいの覚悟はとっくの昔にできてる」 気にするなと言いつつ、覚悟はできていると言う。それそのものが未だ気にしていることの証左だった。 聞いていたザガロにとっては、同盟軍の側にいるマケドニア人の複雑な心境をかいま見た気がしたが、次にマチスから飛んで来た言葉はあらゆる期待を裏切るものだった。 「それだけ喋れるなら、大丈夫だな?」 「……」 返ってきたのは全員による沈黙だった。 この期に及んで、マチスはまだ部下の怪我を気遣っていたらしい。 「今ならこの連中も通してくれると思うから、早く宿舎に戻って手当てしてもらった方がいいんじゃない?」 この呑気極まりない科白に対し、部下が苦々しく言い捨てる。 「こんな状況でそんな事言えるのは、大陸中捜してもうちのおめでたい隊長殿だけだろうよ」 「……。それって、褒めてないんじゃないか?」 「けなしてるんだから、当たり前だ。 散々悪態をついてシューグが立ち上がりかけたが、すぐに膝をついてしまった。 もう一度試みるものの、やはり立つことはできない。それどころか、浅く肩で息をしている。 「まずい……。力が入らねぇ」 「じゃ、おれが行って誰か呼んで……って言ったって、こいつから離れるわけにはいかないよな……」 誰かを捜しているのか、大男の背中の上から辺りを見回すマチスの視線とザガロの目が合った。 しまったとは思ったが、後の祭りだ。仕方なくザガロは半円の中へ入る。空気を察してかアベルと彼の部下もついて来た。 少し距離を置いたところでザガロは足を止めた。何だかんだ言っても、あの紙縒りを警戒せずにはいられない。 マチスがザガロの方を見て問いかけてきた。 「あんた、狼騎士団の……ザガロっていったっけ」 「そうだ」 「ずっとここにいたの?」 「途中からだが、その紙縒りを出したところは見た」 「……」 マチスは少し考えた様子を見せて、ザガロに訊いてきた。 「あんまし訊きたくないけど、あんたもこいつらの仲間?」 「違う」 「でも、ここにいるわけ?」 「色々と事情があってな。……ともかく、その彼は早く治療させないと危ないだろう」 「そうしたいのはやまやまなんだけどねぇ」 困った様子のマチスに申し出て来たのはアベルだった。 「ならば、わたしの部下に送らせよう。 「……おれ、あんたに嫌われるような事した?」 「マルス様から特別の寵を受けているのが気にくわないだけだ」 アベルのこの科白に、マチスが身震いをしている。余程、嫌な事を言われたらしい。 上官が不毛な会話をしている間にアベルの部下がシューグを背負い、騎馬第五大隊の宿舎へ向かっていった。 偽者達はというと諦めがついたのか大半が座り込んでいる。その様を内側から眺めていると、野次馬や本物の警邏兵がかなり離れた所にいるのが見えた。 あの様子を見ると紙縒りを持ち出した時の事が聞こえていたのだろう。マケドニア人の隊長は剣や槍以上に物騒な武器を持っていると、今日のうちから噂されるようになるのは間違いない。 その物騒な奴の近くにいるザガロはそんな事はおくびに出さずに話しかけた。 「そろそろ、ロシェとアベル殿の呼んだ応援が来るはずだ。じきにここも鎮圧されるだろう」 「狼騎士団が来るのか?」 「管轄は市内の警邏隊だ。もしかしたら、狼騎士団も来るかもしれないが……ともかく、それまでは待っていてくれ」 マチスは相変わらず大男の背中の上にいた。アベルの部下に代わりに押さえてくれないかと頼んでいたが、あの物騒な紙縒りを持って座っているからこそ効果的なのだと断られている。だが、上官とは違って仲は良さそうに見えた。 シューグとの会話といい、一兵卒に下手に出てくるところといい、警邏兵と対峙していた時とはえらい違いである。 それを裏づけるようにアベルが毒づいていた。 「途中から見ていたが、貴様にしては珍しく機敏に動き回っていたな。いつもは覇気のかけらもなく、人任せにしているくせに」 「…………あんた、本当におれのこと嫌いだろ」 「当然だ」 にべもないとは正にこの事である。 そんなアベルがザガロの方を振り返ってきた。 「ザガロ殿、部下は残して行きますが、わたしはここを離れます。城下に散っている他の部下と連絡を取りたいので」 きっちりと敬礼までして、颯爽とここから離れていくアベルを見送ってザガロは気になっていた事をマチスに問いかけた。 「さっきから思っていたんだがその紙縒りは凄いな。要は、魔道と同じことなのだろう?」 「同じねぇ……完全にはそうじゃないらしいけど。でも、簡単に作れないから量産できないし、これで最後なんだ」 「それは残念だな。実戦で使えれば心強い武器だろうに」 「武器、ねぇ……」 ザガロの言葉に、マチスは曖昧に苦笑しただけだった。 もうひとつ気になっていた質問を飛ばしてみた。 「落馬したにしては元気そうだな」 「……今更、そういう事を言う?」 「騎士のくせに論功行賞をわざと欠席するんだから、誰だって異常事態だと思うだろう」 「で、何で出なかったんだって訊くわけか」 「そういうことだな」 ちょうどいい機会だから訊いたわけだが、最初に思っていたような揚げ足取りのつもりではない。どちらかというと、好奇心の方が上だろう。 冗談で躱されるかもしれないとは思っていたが、意外にもマチスは真面目に答えてきた。 「時々ね、何でこの軍にいて戦ってるのかわからなくなるんだよ」 「……」 「嫌々ドルーアのために戦わされてるマケドニア人の受け皿になってくれって頼まれたけど、兵士ひとりひとりが戦うのは嫌だと思っていても所属部隊の隊長が乗り気だったら、結局その人は拾いようがない……こんな、故郷から遠いとこで死んで、埋められちまう。今ついてきてくれてる人達も、ひとり残らず同盟軍の考えに賛同してるってわけじゃないだろうし、中にはおれがひきずっている人もいると思う。なんか、そんな事を思ってたら、何も考えない方が楽なのは、ドルーアもアカネイアも変わらない気がしてきてね……。 「……」 悲愴感すら漂わせる答えにザガロは何も返せずにいた。 部隊の隊長として、この発想はあまり褒められたものではない。そんな事を考えているようではこの先戦っていくのが非常に辛くなる。それでも考えずにはいられないのだろう。 アカネイアとドルーアを同列に並べるのは不敬の極みだが、本当の意味で寄る辺のないこの男にとっては、そんなものなのかもしれない。 今まで思いもよらなかった考えに思考を巡らすザガロだったが、それも長く続かなかった。 「ま、そんなに気にしなくていいよ。訊かれる度に毎回違う理由を言ってるから」 「――――何ぃ?」 とんでもない不意打ちだった。 この時になって地鳴りのような大勢の駆け足が迫ってきていたが、そんなものを意に介している場合ではない。 「じゃあ、今言っていたのは……」 「だから、今はそれが一番強かっただけ。一番の理由ってわけじゃない。 「……」 何なんだ、こいつは。 毎回違う理由を言うのもふざけているが、欠席する理由がたくさんあるというのもまたふざけている。 これは多少ではなく、相当変わっていると認識を改めなければならない。 ザガロが唖然としている間に本物の警邏隊とロシェら狼騎士団の面々、加えてアリティアの騎士らが到着し、おとなしくしていた偽者の警邏兵を次々と逮捕していった。 少し遅れてザガロはロシェの姿を認め、そばに歩み寄る。 「随分と遅かったじゃないか」 「揉めたのさ、なかなか信じてもらえなくてな。それで、説得するのに手間取ったし。ところで、マケドニア人は無事だったのか?」 「怪我をしていた方は宿舎へ送ったが、隊長は無傷だ。今もそこにいる」 そうして後方を指すと、大男の上に腰掛けているマチスが早くこいつを捕まえてくれないかという風情でいる。 ロシェが何かに気づいたようで、前に進み出た。 「丁度いい、論功行賞の件を訊こう」 「待て」 全く間を置かずに、ザガロは止めた。 ある意味、とても必死だったと言ってもいい。 「あいつには関わるな」 「何故だ?」 「頭痛持ちになる」 「何を言って……」 るんだ、と笑い飛ばそうとしたロシェだったが、僚友はあまりにも真剣な――そして苦々しい顔つきをしていた。 「そこまで言うほどなのか?」 「色々な意味で、理解しようとしない方がいい」 ザガロにとっては、これがマチスに対する現在の認識でかつ最大限にできる忠告だった。 「あれは腐っても、俺達とは別世界の住人だ」 |