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「ANXIOUS」六月の非賛襄2-2






 マケドニア人の被害状況をアリティアを通じて聞かされた狼騎士団のロシェとザガロは、お互いに唸りを漏らした。

「随分と派手にやってくれたものだな」

「あぁ。今までとは比べものにならないだろう」

 王都奪還後、城下でマケドニア人絡みの事件が起こったのはこれが初めてではなかった。

 先代からオレルアンに移住していたマケドニア人の店が破壊されたり、ひどいものでは赤毛であるというだけで暴行を受けてしまったオレルアン人の例もある。なお、これらの犯人は全て市民だった。

 彼らの荒れる感情はマケドニア人がドルーアの同盟国――手先としてオレルアン国土を蹂躙した事から生じている。その憤りは城下を巡回する兵士にも理解できる感情であるだけに、度々暴徒となる市民を止めようにも決定的な手段のない状況だった。

 とはいえ、その傾向も最近では収まりつつあった。アリティアが擁護したのもあったが、憎む相手が違うだろうと気がつく者が増えてきていたためだ。なのに、この事件は起こった。

 しかも、今回のはやたらと大規模である。

 集まった市民は三百人弱。これまでの散発的な行動とは比較にならない。加えて、首謀者らしき人物は捕まっていないという。

「誰かの差し金かもしれないな」

「――軍の誰かとか?」

「したくない想像ではあるがな」

 市民の感情とは別に、騎馬第五大隊がマケドニア人部隊と呼ばれていた頃から、オレルアン人とマケドニア人との関係は悪かった。

 今からひと月ほど前。孤軍奮闘を続けていた狼騎士団に合流したアリティアの軍勢が、数こそ多くはなかったが敵であるはずのマケドニア人を味方につけていたことはオレルアン騎士に少なからぬ衝撃を与えた。簡単に言えば信用できなかったのである。

 王都を取り戻してしばらくの間はオレルアン騎士も喜びの方が勝り、その話は下火になっていた。が、じきにアカネイアへ向けて進撃しようというこの時期、軍内では密かに疑念を持つ動きが強まってきていた。実際、マケドニア軍追討隊に騎馬第五大隊を使っていいのかという声も出ていたのだ。

「どのみち、綺麗事は通らないというわけか」

「かもな」

 アリティア王子マルスは、この戦争を人と竜の存亡をかけたものであり、そんな時に出身国で差別している場合ではないという持論を掲げている。しかし、それを完全に呑めるほど皆が皆広い度量の持ち主であるとは限らない。特に今のオレルアン人はそうだった。ロシェやザガロとて彼らと大きく変わる点はない。

 だからといって、この状況を野放しにもできない。何よりも城下の秩序に関わる。

 同僚のウルフとビラクが軍の再掌握をする一方、ふたりは城下に狼騎士団員を派遣したり今回の事件についての情報統轄の役割についていたのだが、これは実際に城下に出る必要があると感じ始めていた。

 被害状況を聞かされたのも、その前の報告の内容も全てアリティアから通じてきたものの方が早かった。普段なら又聞きの方が早いなどとはあってはならない事だが、逆に言えばそれだけ今回の問題の根が深い事を証明している。嫌な話だが、放った部下の中にも襲撃した市民と同調する者がいてもおかしくない。

 ロシェが静かにため息をついた。

「行かねばならないだろうな」

「そうだな。本当に情報が止められているとしたら、ここで待っている意味はないだろう」

 個人的感情だけで言えば、あまりマケドニア人に味方したくないのだが、城下の秩序は取り戻さなくてはならない。加えて、行動を誤ると今度はアリティアとの新たな溝を作る可能性が出てくる。それだけは避けなければならなかった。

 情報統轄役をそれぞれの副官に託して王城を出ると、ロシェとザガロは二手に別れた。主犯格の男と面会するのと、騎馬第五大隊の宿舎の様子を確認するためである。

 前者にあたったザガロは市内の拘置所に出向き、拘束されている主犯格の男と面会したが、これといってはかばかしい成果は得られなかった。あくまでも国と同盟軍のためにやったのだと言い張るだけである。マケドニア人に家族が殺されたのかと問うと飛びつくように親を殺されたのだと喚いてきたが、それは襲撃の動機ではなかったのかと訊くと、男はそうだと答えたものの変にどもっていた。おそらく、この点は嘘というか口実だろう。その意図は不明だが、判断材料のひとつにでもなれば上等のように思えた。

 そんな報告を持ってロシェの待つ宿舎へ向かうと、同僚は第五大隊の副官やアリティア騎士カインの前で複雑怪奇な顔つきをしていた。

 カインに断ってその場に混ぜてもらうと、ロシェを伺った。

「どうしたんだ?」

「どうもこうもあるか。論功行賞に出ていなかったからこっちに巻き込まれていたと思っていたのに、欠席したのは仮病だったと言うんだぞ!」

「……誰のことを言ってるんだ?」

「騎馬第五大隊長だ! 多少変わっているとは聞いていたが、騎士のくせに論功行賞をサボタージュするなんて言語道断にも程がある!」

 道理が通っているのか、支離滅裂なのかいささか怪しい。

「ロシェ、気持ちはわかるがそんな事を大声で怒鳴るな。怪我人の前だぞ」

「いや……ロシェ殿の憤慨は正しいと思う」

 遠慮がちに言ってきたのはカインである。

「実のところ第一報を聞いた時、彼も巻き込まれたのだと思っていたのだ。怪我をしていて宿舎にいると聞いていたからな。それが怪我は詐称で、祝宴にはちゃっかりと潜り込んでいたと聞けば誰でも怒りたくなる」

 この言動を聞く限り、どうやらカインもその口らしい。

 ザガロはゆっくりとボルポートを見た。

「……よく、そんな無茶苦茶が通ったものだな」

「我々も止めはしました。ちゃんと出るか、宿舎でおとなしくしていてくれと」

 この際、多少の問題は無視することにする。

「部下も納得しないだろうと思っていたのですが……恐ろしいことに、あの人はそのような事をするのが堂々とまかり通る風潮ができあがってしまっていたのです」

 ロシェではないが、喚きたくなるのも無理はないかとザガロは妙な納得をしていた。もちろん、根本からの解決にはならない。よくよく考えてみたら、マチスが論功行賞に出なかった事と宿舎が襲撃された事は関係ないのである。

 後で問題になるのは確実だったが、取り敢えず今は現況を確認する方を優先しなければならない。

「そういえば、そのマチス殿がいないようだが?」

「部下と共に城下を見て回ってます。まさかとは思いますが、この事件の余波で力のない者が標的にされないとも限りませんので」

「それでは却って危険ではないか?」

「あの人ひとりなら送りだしはしませんが、五人ほどで行動していますから」

 それでも、隊長自らが動き回るのはよろしくないように思えたが、向こうは向こうの考えがあるのだから、仕方がない。

 ザガロは少し気になっていたことをカインにぶつけてみた。

「アリティアからは、カイン殿だけが来ておられるのか?」

「そうだな……ここにはわたしの部下と来ているだけだが、城下には他の騎士も行っている。我々も、客分というだけで甘えてはいられないのでな」

 そう話してもらったものの、これといった情報の速さの裏づけにはなっていない。ただ、彼らは彼らの任務をまっとうにこなしているだけだ。

 取り敢えずここにこれ以上居ても得るものはないし、オレルアン人が長居するのはマケドニア人にとっては精神衛生上よくないだろうということで、ロシェとザガロは宿舎を後にした。

 ふたりは中継地点と決めている警邏隊の詰め所へ向かいながら、お互いの情報交換をした。

 ロシェから聞いた話の中で、被害状況などは先程聞いたものとあまり変わりなかったが、襲撃当時の様子の中に興味深いものがあった。

 宿舎を襲った市民達は、口々に『我々の血を贖え』『同盟軍にマケドニア人は必要ない』と言いながら、襲いかかっていたという。

 いかにもオレルアン人の自尊心を刺激しそうな科白だが、これはある意味で奇妙なものだった。

「思うんだが、『贖え』なんて言葉は市民から出てくるか?」

「間違いなく、軍人が吹き込んだんだろう。こういう言葉は気分を高揚させるとわかっているからな」

 市民の中には、そういう言葉を日常語に組み込んでいる者もいるかもしれないが、やはり不自然である。

 警邏兵の詰め所に着き、当直の兵士に敬礼で迎えられながら、ふたりは用意された三階の小部屋に入った。

 この階の全ての部屋に言えることだが、物見をかねているらしく大きく取られた窓のスペースから町並の一角を望むことができる。

 日暮れの残滓の元、見えるものは限られていたが、この部屋からは城下の西側、兵舎の固まっている地区で端の方には襲撃されたマケドニア人の宿舎も見える。この辺りは普段なら市民が近づける雰囲気の場所ではないのだが、マケドニア人に端の宿舎をあてがった事が今回は災いした。そこに隣接する地区は市民の住宅街だったのだ。

 これまでの功績を考えれば、アリティア人と同じく城内の敷地にある宿舎に入れるのが筋だったが、オレルアン人の感情がそれを許さなかったと言ってもいい。それも今回の事件における一因だから、なおたちが悪い。

「……どうも、さっきから気になるんだが」

 ロシェが切りだしたのに、ザガロは窓から目を離した。

「何だ?」

「論功行賞の件だ」

「怪我を詐称していた、あれか?」

「……そういう事をあまり冷静に言わないで欲しいんだが」

 ロシェは狼騎士団の隊長格の人間の中では若く、なかなか端正な顔立ちをしていて女性には人気がある。だが、その中身はというと結構過激で、熱い精神を持っていたりするのだ。

 だからこそ、騎士のくせに論功行賞に出ないことに理解を示せるわけがなく(いや、これは普通の人でもそうだろうが)、あまつさえ道義に反しているのだと思うのだろう。

 ザガロはというと、誰がパートナーの場合でも抑え役に回りがちだった。何事にも冷静というか、淡々としているのがいけないらしい。

「ロシェ、今はあまり考えすぎない方が良くないか?」

「だが、論功行賞にわざと出なかったのであれば、同盟軍に対する不誠実に他ならないだろう?」

「まぁ、それはそうだろうな」

「今回の事件は抜きにするとしても、マケドニア人の尻尾は早々に出させる必要があると思う」

 来月の頭には、アカネイアへ向けて進撃することになっている。オレルアンで留守を守る者もいるが、それは新たに加わった者や一度は退役した騎士が中心になる。中核を担うのは、王都を奪回するまでの人間になるだろう。その中には、オレルアン人やアリティア人、当然のようにマケドニア人もいる。もし、腹に一物含むものがあって、戦場で気づいたとしてももう手遅れなのだ。

 だから、どんな理由をつけようが、後顧の憂いは払っておきたいところではある。だが、でっち上げることはできない。絶対にアリティアが絡んでくるからだ。

「このままじゃ、揃う足並みも揃わないものな」

「直接問い質すくらいしかできないのが悔しいがな」

 それで多少の変人と目されている騎馬第五大隊長の真意を測れるかというと、かなり微妙なものがあったが、今はそれくらいしか直接に攻撃する材料がない。

「まぁ、それはそれとして、これからはどうする? また二手に別れるか」

「そうだな……」

 取り敢えず立てていた予定としては、もう少し時間が経つのを待ってから盛り場へ行くつもりでいた。今日の事件は酒呑みの客にとっては格好の話題になるだろうし、うまくいけば未だ捕まらない首謀者を釣れるかもしれなかったからだ。

 こんな事は本来ならば部下に任せているのだが、その部下を当てにできないこの状況が少々痛い。味方は味方なのだが、あまり手伝ってくれない味方というのはある意味で敵よりも困ったものだった。

「一度は城に報告を上げておいた方がいいだろうから……」

 ロシェが最後まで言い切る前に、外の方から何かが派手に割れる音がした。

 次いで、響き渡る怒号。

 ふたりして窓に取りついたものの、いささか暗くなっていたためにどこで起こっているのか見極めることはできなかった。だが、松明がふたつ先の道から入った路地に集まっていくのはわかった。

「――また、マケドニア人に絡んだ事じゃないだろうな」

「違ったら、それはそれで面倒だな」

 両者とも口では文句を言ったものの、すぐに部屋を出て二階層分の階段を駆け降り、外へと飛び出した。





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