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「ANXIOUS」六月の非賛襄2-1




(2)


 災難に見舞われたのは、騎馬第五大隊の宿舎に留守役で残っていた二百五十人ほどの兵士達だった。

 王都奪回後に第五大隊に編成されたために今日の祝宴には招かれてなかったのだが、彼らには今ひとつの問題があった。ほとんどの人間が元は王都に駐留していたマケドニア軍兵士なのである。現在オレルアンに滞在しているマケドニア人の中で、オレルアン人から一番恨まれている人達と言ってもいい。

 襲撃してきた市民の数は彼らとほぼ互角、ただし、勢いと気概は市民と軍人という元々の実力差を跳ね返してきた。そんな彼らに兵士達は圧される一方で、応戦するのも手一杯という状況に半時ほど置かれ続けたのだ。

 決して短くはない乱闘の間にマケドニア人の負傷者は増え続け、城下の警邏隊が鎮圧した時にはほとんどの者が程度にかかわらず怪我をし、十数人は袋叩きに遭ったのか自力で起き上がることすらできなかった。死者がかろうじて出なかったのが救いと言えなくもない。

 ほの暗い夕日の照る下、大勢の人間が行き交う騎馬第五大隊の宿舎の前は野戦病院の様相を呈していた。

 襲撃された跡が生々しく残る舎壁を背景にして、その場に横たわる兵士を治療する同盟軍の医療隊員や僧侶、包帯などの物資を絶えず持ち運ぶ小者らが慌ただしく動き回っている。宿舎そのものがそこかしこで破壊されているために、怪我人の半数以上が収容できずにいるのだ。

 鎮圧とほぼ同時に祝宴の場から飛んで帰ってきた古参の(と言っても一月強ほどしか変わらないのだが)騎士の前で、負傷した兵士達は一様に落ち込んでいた。

 驚愕や悔しさも彼らの表情から伺うことはできたのだが、諦めの色が一番強い。それだけのことをしてきたのだから仕方がない、という声が圧倒的に多かったのである。

 この声にボルポートら古参の騎士達は、やりきれない思いでいた。

 負傷者達は節操なしに同盟軍に乗り換えていたわけではない。むしろ、王都の戦いで降伏してから暫く虜囚同然の生活をしていたところに、同盟軍への参加を条件に解放を持ちかけられた時、彼らはこれを拒否していたのだ。たとえ奴隷の身になろうとも、マケドニア王ミシェイルに忠誠を誓っていたその精神を失うまいと心に決めていたのである。

 そんな彼らが同盟軍に寝返える決心をしたのは、それから五日後のことだった。どんな理由で帰順に至ったのかを訊いたところ、彼らは強いて言えばと先に断っておいて、マチスに賭けてみたくなったのだと答えている。

 同盟軍が彼らに解放の誘いをかけてから、マチスが一日も欠かさず彼らの元を訪れていたのはボルポート達も知っていた。しかも、朝から日暮れまで日中はずっと戻らずにいたのである。

 ならばこの隊長は説得をしていたのかというと、そうではない。一日目こそ彼らに質問したり、当時のマケドニア人部隊の面々がどうしてマチスについて来ているのかを話したりしたものの、翌日からは、日がな一日、虜囚となっている彼らの前で考え事をしているのかぼーっとしているのか区別のつかない様子で椅子に座っていただけだった。囚役のために捕虜兵が雑居房から出て行っても、ずっとそこにいたという。

 最初のうちはマチスのこうした動きを無視しようと決めた捕虜兵達だったが、これが二日も続くとさすがに目障りというか耐え切れなくなった者がいたらしく、何のつもりでここにいるのだと吠えたところ、ここが一番向いているからと、わざと何かを欠落させたとしか思えない答えが返ってきただけだった。しかし、これがきっかけで捕虜兵の方から何故同盟軍に加担するのかといった質問が飛ぶようになった。

 幾十もの質問の答えを聞いて、彼らは『強いて言うならば』マチスに賭ける気になったというのだが、その答えは言った当人や元捕虜兵から聞くことはできなかった。前者は質問の数が多すぎてあまり覚えてないと言い、後者は一縷の望みと言うのさえおこがましいほど根拠のないものだからと言って躱されてしまった。

 経緯はともかく、自分達の理を曲げて味方になってくれた彼らを待っていたのが恨みと怒りの鉄槌とは、あまりにもやりきれない話である。

 虐げられた怨恨を晴らそうという、市民の気持ちがわからないわけではない。当然の感情と言ってもいい。

 だからといって、許される行動ではなかった。

 第五大隊の古参の騎士達がうなだれるのには、もうひとつ理由がある。

「非というだけなら、我らが皆抱えている事だというのに……。こうも不公平な仕儀になるとわかっていれば、表彰も祝宴も出ずにいたものを……」

 微弱なボルポートの言葉に、他の騎士も同じ思いでいた。

 彼らが招待されなかったのは仕方がない。だが、苦しい戦いをしている間に自分達が何をしていたのかを顧みると、ひどく心苦しい思いに駆られる。

 起こってしまった事を悔いても時が戻るわけではなかったが、戻せるものなら是非時を戻してくれと彼らは叫んでいただろう。

 そんな彼らの慰め役に回ったのは少し遅れて駆けつけたカインだった。

「しかし、あなた方が残って重傷を負えば部隊にとっては取り返しのつかない事になったはずだ。おそらく、怪我を負った彼らもそう思っているだろう」

「ですが、カイン殿……」

「あなた方が悔いて悄然とすればするほど、士気が落ちて今後に影響を及ぼす。幸い、この部隊には死者は出なかったし、まだ立て直しはきく。だからこそ、中心となる者は毅然としていなくては」

 こんな風にアリティア人がマケドニア人を立ち直らせようとする一方で、アリティア人を驚かせるマケドニア人もいた。

 いつもの赤い尼僧服ではなく、白い服とベールに身を包んだレナがこれまた頭に布を巻いて髪を隠したジュリアンを引き連れて、即席の野戦病院に足を踏み入れていたのだ。

 顔見知りの医療隊員が慌ててレナの元に飛んでくる。

「レナ殿、どうしてこんな時にここまで来たんです! まだあなた達にとって城下は危険なんですよ!」

「でも皆さんが怪我をなさったというのに、わたしひとりが安全な所にいるわけにはいきません」

「ですが、治癒の杖は使えないんですよ?」

 杖の単価は非常に高い。安い物でも一本が同盟軍の予算の二十分の一ほどするくせに、使える回数はせいぜい二十回がいいところである。そんな物をこんな場面で使っていては、すぐに杖の寿命は尽きてしまう。

「でしたら、手当てを手伝います。そのつもりで来たんです」

 一歩も引かないレナの横で、諦め顔のジュリアンがちょっとした山になっている医療用具を一通り選んで抱えてゆく。レナの助手みたいなことをしていくうちに覚えたものだ。

 医療隊員が同情の目を向けた。

「ジュリアン、あんた、尻に敷かれないようにしなよ……」

「もう手遅れじゃないかな。これだって無理矢理頭に巻かれたし」

 厳密に言えばジュリアンはマケドニア人ではない。というか、両親を知らないのだから、どの国の人種かは推し量りようがない。それに赤毛とはいえ、レナのような真紅ではなく少し褪せている。だが、現況において赤毛でいることは標的にされる理由としては十分すぎた。襲撃そのものは鎮圧されていても、騒ぎに乗じて何を仕掛けてくるかわからないのだから。

「まぁ、宿舎の前から離れないことだね。髪を隠していても、眉でわかるだろうし」

「あぁ気をつけるよ」

 そんなやりとりの飛ぶ野戦病院の周辺は、騎馬第五大隊の古参の騎士が周辺警備に立ち、ものものしい雰囲気を強めている。

 留守役が襲われたのは必然だったのか、あるいは偶然だったのか。

 そもそも、これでオレルアン人の溜飲は下がるのか。いや、またこうした事は起こるのではないか?

 不安の思惑が行き交い、この先起こることの予測すら未だにつかないまま、夜の帳は降りようとしていた。





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