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「ANXIOUS」六月の非賛襄1-2




 少々の問題がありながら論功行賞が終わり、食い放題呑み放題の無礼講となった祝宴の席、オレルアン城内の中庭のひとつに、今回の騒動の元凶は部下と共に騒ぎの輪の中にいた。

 怪我を詐称したのなら宿舎でおとなしくしていればいいものを、そうしない辺りがそのまま同盟軍への関心というか、忠誠心の低さを物語っていると言ってもいい。

「でも、おれなんかよりボルポートの方がよっぽど隊長らしいよ。実際、指示とか作戦を考えてるんだからさ」

 マチスは時々、平気でこういう事を言う。冗談かと思って黙っていると、隊長の座を譲ろうかなどと真顔で付け加えてくるから油断ならない。

 その度に、ボルポートは極太の釘を刺さねばならなかった。

「それを自覚しているのならこんな所にいないで、宿舎で兵法書のひとつでも読んでいて欲しいものですな。わたしの仕事が減って助かります」

「……痛いこと言うねぇ」

「本当はそんな事を思っていないくせに、何を仰るやら」

 ほぼ即席で部隊を編成してから一月。マチスの率いるマケドニア人部隊は現在では騎馬第五大隊と呼ばれるようになり、人員も当初の二百有余から五百人近くへと倍増している。王城奪回にあたって、主に降伏した捕虜の志願で数を増やしたのだ。

 が、この数は同盟軍の部隊ではかなり少ない部類に入る。編成上、マチスの部隊はマケドニア人を集めざるを得なかったのだが、それよりもオレルアン人の反発が強くて、ここまでの規模に留まっているという方が正しい。

 王都を取り戻す前、アリティア軍の本隊から少し遅れてオレルアン王弟ハーディンの狼騎士団と合流して顔合わせをした時、オレルアン騎士にははっきりと動揺と反発の色があった。元は敵だったのだから仕方がないと言えばそうなのだが、それ以降、オレルアン人は何かと突っかかってきて、王都を奪回した後でもいつかは裏切るのではないかという疑惑の目が向き続けている。

 この祝宴にしても、外側に近い方の中庭とはいえ王城にマケドニア人兵士が立ち入ることがよく許されたものだとボルポートなどは思うわけだが、この辺はマルスやハーディンといった同盟軍首脳の間で話し合いが持たれ、こういう結果になったらしい。

 その代わりというのでもないが、今回一番割をくったのがそのボルポートだった。マチスの代わりを務めることこそなかったものの、論功行賞の間中、一部のオレルアン人による敵意の視線ばかりでなく、アリティア人やタリス人からの疑惑の視線まで一手に引き受けなければならなかった。その場は実に居心地が悪く、終いには胃まで痛みそうになる始末だったのだ。

 が、取り敢えずは終わったことだから、したところで躱されるだけの言及は避けて、忠告をするだけに留めておいた。

「いくら苦手とはいえ、次からは出てほしいものですな。こういう事はいらぬ騒動の元になるし、何よりもわたしの胃が痛む」

「そういう事を、飲み食いしながら言うかなぁ……」

 マチスの言う通り、ボルポートの手には葡萄酒の杯がある。

「それくらい図太くないと、あなたの副官は務まりませんからな」

「まぁ、確かに」

 納得するからには騒ぎを起こしているという自覚はあるらしい。

 しかし、マチスはすぐに開き直った様子で言ってきた。

「でも大丈夫でしょ、多分、次ってのはないから」

「表彰を受けることがないと?」

「アリティアやオレルアンの騎士団のお株を取るような仕事は、回ってこないよ。だから大丈夫」

「その発想そのものが、間違っていると思うのだがな」

 ボルポートはため息をついて忠告も諦め、葡萄酒の杯を傾けた。

 立場上叱り役をやってはいるが、この人の性根が嫌いなわけではない。おかしなもので、その点は好もしいとすら思っている。

 多くのアリティア騎士が言うように、上級に近い貴族の血筋の人間にしてはあまりにもらしくない。戦いを嫌い、人を締めつけることを嫌い、ただの一兵卒であっても人間性を尊重する。そして、ごく少数の特定の相手以外は、自分から壁を作らずに接していた。

 もっとも、そうした気質は良くも悪くもある。今のマチスの立場では、後者の方が大きいだろう。だがこの人がこうでなければ、今一緒に呑み食いしている人達はついて来ていない。

 だから、これはこれでいいのだとボルポートは空の杯に葡萄酒を注いだ。

「よぅ、落馬したんだって?」

 見上げると、にやりと笑ったドーガが座っているマチスを見下ろしてきていた。取っ手つきの大きな酒杯を手にしている。

 どこから聞いたのか、真相を知っているらしい。

 骨つきの肉を噛みながら、マチスが少し上を見た。

「もうばれたの?」

「他の連中はどうか知らないが、俺は昨日あんたと会ってるからな。どっからどう引っくり返しても、落馬にゃならねぇだろうよ」

 困ったようにマチスがボルポートを振り仰ぐ。

「……やっぱり落馬じゃなくて、ぎっくり腰にしておいた方が良かったんじゃない?」

「言ってて悲しいとは思わんのですか。二十三歳の若者が」

 額を押さえるボルポートだったが言っても無駄だとわかっていた。現に論功行賞を欠席する言い訳として最初にマチスが挙げていたのが、ぎっくり腰だったのである。

 その時はお願いだからやめてくれと必死に止めたが、この判断は大いに正しかったと言えよう。

 そんな事を省みるボルポート以上に、ドーガは呆れ返っているようだった。

「あのな、どんな理由があっても、普通なら表彰には出るもんなんだぜ?」

「らしいね。さんざんボルポートに言われた」

 肩をすくめるその様は、何やら他人事のようだった。

 ドーガに遠慮したのか、部下達が少し距離を置き始めたのにボルポートも倣おうとしたが、何かのはずみで乱闘にならないとも限らないと考慮して、残ることにした。

 部隊長が巨漢の拳一撃でノックアウトするような事はあってはならないのだが、ドーガの方は酒が入っているし、マチスはというと基本的にのんぽりとしてるので、不意に殴られたとしても躱せずに昏倒するのが落ちである。

 再び痛み始めた胃を抱えながらも、ボルポートにはこれが無駄な心配になるようにと祈ることしかできない。

 そんな思惑をよそに、マチスとドーガの会話は割と和やかに進んでいた。

「まぁ、あれだ。確かに出ても面白いもんじゃない。褒美にもらえる物なんかたかが知れてるしな」

「そうなん?」

「あぁ。勲章貰って、ニーナ王女に剣を捧げて、あとは人の表彰を見物してたから」

「ふぅん……」

 内容そのものに興味があるのかないのか、無表情に近いマチスの表情から推し量ることはできない。

 それよりも、マチスの関心は別のところにあったようだった。

「貰ったのって、勲章だけ?」

「まぁな。アカネイアを押さえられてるうちはそれくらいで手一杯だろうよ。ま、期待しちゃいなかったがな」

 この場合のアカネイアとは、そのまま国土のことを指す。ニーナの存在は現時点でも非常に大きいのだが、国が奪われているといないとでは、提供される資金も取りこめる勢力の数も雲泥の差である。

 そんな同盟軍の現状では表彰は名誉色が強い。それでもあまり不満の声が出ないのは、人と竜との存亡をかけているというこの戦争の特色によるところが大きい。

 それに今回の論功行賞は部隊を持っている者全員が対象になったから、この祝宴でいい飲み食いすることが褒賞代わりになっている部分はある。

「けど、ウチの大将はこだわってたぜ? あんたの部隊、城攻めには参加してなかったけどその前でずいぶん働いてただろ」

 南の草原でベンソンを破るのに一役買ったのもそうだが、オレルアン北部に進出してから、マチスの部隊は元マケドニア軍とあって、敵と同じ格好であることを利用して、偽の情報を流したり実際の戦闘で撹乱したりと、アリティア軍はこれでかなり楽ができたのだ。

 だが、当のマチスはさてどうだかという顔をしている。

「立案したのはおれじゃないし」

「わかってないだろ、お前」

 ドーガがしかめっ面で諭す。

「お前が褒賞なんかいらなくても、部下が納得しないっつってんだよ。苦労して敵陣突っ走っても、隊長が褒賞を蹴ったら意味ないだろうが」

「だろな」

「わかってるなら、ちゃんと報いてやれよ」

「おれがちゃんとした隊長で、誇りがあるならそうしてるだろ」

 否定的な言葉に、ドーガは話し相手の顔を改めて見たが、特に表情が変わったわけではなかった。

 当たり前のことを語っていたような顔で、骨つき肉を齧っている。

「あんまし考えたくないんだろうな。だから、ああいう場には出ないんだよ」

 相変わらず他人事の、この言葉の詳しい意味を求めてドーガはボルポートの方を振り返ったが、彼は首を横に振っただけだった。

 両者とも、マチスとのつきあいは短い。奇骨であることは心得ていても、全ての言動における真意はつかみかねている。

 命令ひとつで指揮下の兵が動くことに抵抗を覚えつつも、一応は大方の作戦に則って行動しているかと思いきや、一方ではこうして表彰をすっぽかして平然としている。

 また、相手が嫌っていなければどんな低層の人間とでも話すが、王侯貴族――特に王族にはできるだけ近づかないようにしている。普通の貴族なら逆の行動をするはずだから、やはり奇妙だった。

 ドーガが、短い頭髪をガリガリと掻く。

「あのな、恩を着せるつもりじゃねぇけど、あんたが変だっていうのをウチの大将がえらく買っちまってるんだよ。機嫌を取れっつうんじゃない。せめて顔は立ててやってくれや」

「あれをさぼったの、そんなにまずかった?」

 ドーガはしかめっ面でこれでもかと念を押した。

「くどいようだが、多少変わってる奴でも論功行賞には出る」

「それじゃ、おれがとてつもない変人みたいじゃないか」

「……よく言うぜ」

 他人から見て思考のわからない変人は、自分の事をよくわかっていないようだった。

「あんたの落馬ってのが嘘なのはすぐわかったけどな、オレルアンの騎士さん方があんたの事を厚顔無恥だの何だのってけなす上に、更に攻撃の材料をくれてやってるんだよ。あんたは気にしないかもしれないが、俺達の方は間接的にウチの大将をけなされてるようで我慢ならねぇ」

 その大将ことマルスは、嘘の落馬の件を『らしいねぇ。らしすぎて心の底から笑えてくるよ』と本当に笑っていたが、そんな事はドーガらアリティア騎士には関係ない。

「我を通したい気持ちもわからないわけじゃないが、少しは周りの事を考えて行動してくれよ」

「なんか、カインがもうひとりいるみたいだな」

 想定外の返事に、ドーガは前のめりになりかけた。

 そういう事を言わせたかったわけじゃない。

「お前な、人の話はちゃんと聞けよ」

「聞いてるじゃない」

「だいたい、何で俺があの赤毛牛と同じなんだ」

 カインは『猛牛』の二つ名を持っている。主に戦いぶりから、アリティア騎士が仲間内でつけたものがそのまま二つ名になったわけだが、もう少しひねって『赤毛牛』と呼ぶ場合もある。ただし、これは本人の耳には入れられない。

 理由はたったひとつ、格好悪いからだ。

「あいつ、事あるごとに小言を喰らわせるんだよ。今日はまだだけど」

「……」

 やけに平然としていると思ったら慣れのせいだったらしい。

 だったら少しは耳を傾けろ。

 よほどそう言おうかと思ったが、結局はやめた。

 聞きやしないだろうと諦めたのもあるが、人が来たからだ。

 それもただの人ではない。タリス王女シーダとシスター・レナである。

 野郎ばかりがいた中庭があっという間に華やぐ。シーダの方はまだ幼さがあるが、そこはそれ、王女の気品とやらで充分にカバーしていた。

 少女ふたりとこちらの位置は、多少離れている。

 聞こえはしないだろうが、一応小声で囁いた。

「まだ小ぶりだけど、目の保養には違いねぇな」

「まぁ、ねぇ……」

 そう言いつつも、マチスの顔は浮かない。

「何でこんなとこに来たんだか」

「そりゃ、用があるからだろうが」

「誰に?」

 問いかけたマチスの表情は、珍しく深刻そうに見えた。

 この中庭は騎馬第五大隊の人間がほとんどを占めている。オレルアンの騎士と下手にぶつからないように隔離されているためだ。

 当然、ドーガの他にマケドニア人以外の人間はいない。

「ここにわざわざ来るんだから、お前だろうよ。
 シスターはともかく、姫さんも物好きなこった」

「……ほんとだよ」

 言いながら、マチスが立ち上がろうとする。

「じゃ、ど〜にか食い止めといて。おれは帰るから」

「どんな用事かまだわからねぇだろが」

「心当たりがあるから逃げるんじゃないか」

「だいたい、俺がそんなの聞き届けると思ってるのか?」

 中腰のまま、マチスの動きがピタリと止まる。

 座っていても、巨漢の存在感と威圧感はたっぷりあった。

「……どうしても、駄目?」

「未来のアリティア王妃の邪魔をしたら、不忠者になっちまうんでね」

 これがどこまで本当の事かは、言っているドーガにもわからない。もっとも不忠者扱いされる事よりも、護衛役のオグマに絞られる実害の方が実感がわくのだが。

「最初に会った時は、そんなに毛嫌いしてなかっただろ?」

「そういう状況じゃなかったんだよ」

「じゃあ、今はわたしのことが嫌いなの?」

 振り向くと、背後でにこりと笑うシーダがいた。科白と笑顔と声音の明るさが実に合っていない。否定しろと言われているようなものだ。

 だが、この男がそこまで汲むかどうかは全くの別問題だった。

「嫌いとかそういう前に、おれが王女と普通に話すと他の連中がうるさいんだよ」

「オグマとか、カインのこと?」

「多分、タリス人とアリティア人全員」

 苦々しく言い切るマチスに、シーダは少しだけ首を傾げたが、結局は小さく頷いた。

「そうかもね」

「だから、おれには関わらないでくれないかねぇ」

「厭よ」

 これ以上なく、きっぱりとしたお答えだった。

「少なくとも、約束は守ってもらわなきゃ。初めて会った時に、マケドニアの天馬騎士について教えてほしいって言ったら、いいって言ってくれたでしょう?」

「やっぱりそれか……」

 心当たりとは、どうやらその事らしい。

「おれよりも、城にいた元捕虜の方が詳しいと思うんだけど」

「でも、わたしが兵士のみんなと一緒にいて、話をしている方が問題じゃないかしら?」

 そう思うなら、ここまでのこのこと出てくるなとマチスの顔に書いてある。

 だが悲しいかな。相手はそんな意図を読み取りはしないだろう。多分、お互い様だ。

 シーダの供についてきていたレナがため息をつくように呟いた。

「一月たっても、兄は相変わらずですね……」

 困っているのか、ほっとしてるのか判断のつきかねる風情でもある。

 ドーガは苦笑いで応じる。

「姫さんにああいう口を利くのがかい?」

「えぇ……少しは変わってくれると思っていたんですけど」

「マケドニアにいた頃も同じようなもんだったんだろ? ミシェイル王子を王だって認めてなかったってんだから」

「それはそうですけど……でも、それとこれとは違う気がします」

「そうかねぇ? あいつにとっては、王侯貴族ってのはみんな同じなんじゃねぇかと思ってるんだがな」

 レナが座ったままのドーガをまじまじと見る。

「なんか、わたしよりもドーガさんの方が兄のことをよくわかっているみたいですね」

「冗談はいけねぇな、シスター。誰があの変人を理解できるって?」

「……」

「……」

 奇妙な沈黙がふたりの上に降りた。

「……随分と、はっきり仰るんですね」

「悪い」

 確かに、肉親を目の前にしてあんまりな言い様だった。

「でも、あいつの事なら、シスターの方がまだわかってるだろ」

「いいえ」

 即答で返ってきたのは、静謐なほどの否定だった。

「マケドニアにいた頃は別々に暮らしてましたから」

「ずっと?」

「ここ十年ほどはそうでした。修行をしたり、ちょっとした事情もあって、年に一度会えればいい方でしたから。
 ですから、噂話以外で兄の事を知ることはほとんどなかったんです。それも、悪い話ばかりで。だから、よく知っているとは言えないと思います。直接会うと――今もそうですけど、明るくて優しそうな人だと思えるんですけど……どうしてでしょうね、時々、怖くなるんです」

「怖い?」

「えぇ。明るく振る舞ってくれるだけに、余計に」

「……」

 ドーガはどう解釈したものかと、心の中で首を傾げていた。

 怖いなどという言葉は、ある意味でマチスから最もかけ離れているものだ。

 あの男は考え方と行動がひどく奇妙だが、妙に憎めないところもある。その上、寝返ったくせに悲愴感がない。

 騎士にも貴族にも向いてなさそうなあの男には、何をしでかすのかわからない恐さはあるかもしれないが、恐怖とはまた違う気がする。

 そのマチスはというと、少し場を離れてシーダと差し向かいで何やら話し始めている。あれだけ難色を示していたくせに根負けしたようだ。

 変人といえども天衣無縫には勝てなかったらしい。あるいは、ただ単に甘いのか。

 やっぱり、恐怖とはほど遠い。

「怖いっつっても、理由はわからねぇんだろ?」

「えぇ」

「こう言うのは何だが、シスターの深読みのしすぎじゃないかねぇ」

「だと、いいんですけど……」

「結局は、気にしないのが一番いいのかもしれないぜ?」

 その時、中庭に中背の筋肉質の男が数人駆け込んできた。

 先頭を駆けるのは、タリス義勇軍の分隊長サジだ。

「あいつら、なんだってあんなに慌ててるんだ?」

「あ!」

 レナがとっさに口元を押さえる。さっきまでの憂鬱は早くも吹き飛んだようだ。

「多分、シーダ様が護衛の方を置いてきてしまったから、それで捜しに来られたのかも……」

 王女ともなれば、そこら辺をほっつき歩くのにも護衛が必要になる。しかし、あの王女様は面倒になると思ったのか、連れてこなかった。

 ドーガはため息をついて取っ手つきの酒杯を置く。

「こっちの方が面倒になるってのを予測しといて欲しいもんだ」

 あのままシーダの元へ向かわせたら一悶着起こるのは確実だった。それはそれで面白いと言えなくもないが……。

「あいつに貸しを作るのも悪くないか」

 進路を塞ぐべくサジ達の方へ向かうドーガの横に、しばらく黙っていたボルポートがついてきた。

「タリスの方々を止めるのなら、ついて行きましょう」

「察しがいいじゃねぇか」

「放っておくと、大変なことになりそうですから」

 感情の波なく話すボルポートにドーガは肩をすくめた。

 こういうことは日常茶飯事なのだろう。

「変な隊長を持つと苦労するな」

「今回は物好きが他にもいますから、楽なものですよ」

「物好きって?」

「せっかくの祝宴なのに、わざわざこんな所まで来る人は、皆物好きですから」

「……痛いこと言いやがる」

 そうこうしているうちに、サジ達が射程圏内に迫ってきた。

 ともあれ、協力して迎え撃とう(?)としたが、向こうの方がものわかりが良かったようだった。

 サジ達に急ブレーキがかかって、ドーガの前で止まる。

「よぅ、ドーガ。どうしたんだい」

「王女さんなら取り込んでるぜ」

 挨拶をすっ飛ばして要点だけを言うと、サジはドーガの後方を覗き込んだ。

「……らしいな」

「あんたらの隊長はどうしたよ?」

 こういう時、普段ならタリス義勇軍の総隊長にしてシーダの護衛役オグマが来ていそうなものだ。もっともその場合、ドーガ(+ボルポート)の制止ごときでは止まってくれなかった可能性が大である。

「うちの部下連中に呑まされててな。酒は強いはずだから潰れりゃしないが、まともに走るのは無理だろうな」

「で、王女さんは連れ帰るのかい?」

 言われて、サジが改めてシーダの様子を見る。

 わずかの逡巡の後、

「いや、いいだろ。浮気相手じゃなさそうだし」

「……笑えないな、あんまり」

「うちの姫様は浮気するってタイプでもないが」

 ダメ押しである。

 近くにレナがいたのに気づいて、サジが会釈する。

「ひとりでいるなんて珍しいですね。ジュリアンはどうしました?」

 今では義賊を名乗るジュリアンは、レナの命の恩人である。現在のように進軍していない時は、よほどの事がない限り誰かの雑用をこなす従者のような役割を与えられている。だが、暇さえあればレナの手伝いや、時には彼女の護衛役面をしながら買い出しの荷物持ちをしていることが実状だ。

 あまり誉められた行動ではないが、王城奪回戦での功績をオレルアンの騎士も評価しており、見て見ぬふりをすることにしたらしい。どのみち、元盗賊としての技術は進軍再開と共にフル活動することになるから――時において、騎士以上に忙しくなるわけだし――今のうちに特権を使わせるのもいいだろう、という全体の判断だった。

「お酒の席に誘われてしまったんです。でも、ひとりになるのが恐かったから、セシルさんの所へ行こうと思っていたのですけど、シーダ様が誘ってくださったので……。
 サジさん、申し訳ありません。シーダ様についていたのに、お止めできなくて……」

「いや、構いませんよ。追いつけなかった我々が不甲斐ないだけですから」

「まぁ、姫さんの側にいれば、不埒な男は近づいてこねぇわな。護衛策としちゃあ、上々じゃねぇ?」

 ドーガの言葉に、サジがまったくだと頷く。

「ジュリアンには悪いけど、姫様の方が護衛としては強力ですからねぇ」

「……」

 剣の腕前云々を言うのではない。影響力の差である。それでも、レナは頷いたらいいものかどうか複雑な面持ちでいた。

 次にドーガから飛んだ質問は、そんな複雑さに拍車をかけた。

「なぁシスター、ジュリアンの事でマチスから何か言われなかったかい?」

「…………」

 レナの面持ちに、少しだけ眉間の皺が加わっている。

「やっぱり言われたか」

「……何て言ったらいいかわかりませんが、とりあえずは」

 妙に煮え切らない答えに、ドーガとサジが顔を見合わせる。

「とりあえず?」

「どういう事ですか、シスター」

「少し前のことなのですけど――」

 城内で偶然会った時にちょっとした近況を話しがてら、その話は出てきたという。

 ジュリアンの事を訊かれて、レナは誰に対しても言うように命の恩人だけど今は親しくさせてもらっている『お友達』のひとりだと話した。が、これまた誰もが思うように、マチスもそうとは受け取らず『いい人』なんじゃないのと返してきた。年頃だし、そういう奴がいてもいいんじゃないの、とも。

 ただし、予想されていたようにジュリアンが元盗賊だという事で、相手は選んだ方がいいだろうと言ってきたのだが、つけ加えて言ってきた事がこの兄らしかった。

「『夫婦喧嘩もそうだけど、それ以外の喧嘩でも杖で競り勝てて、財布を死守できるんなら、そいつと一緒になるのも悪くないんじゃない?』と言われてしまったのですけど……」

 ドーガとサジが再び顔を見合わせた顔つきは、いやに苦そうだった。

「無茶苦茶だな……そりゃ」

「財布とか、そういう問題なんでしょうかね……」

「だいたい、杖で競り勝つってのがよくわからん」

 ドーガの疑問には、レナが肩を落としながら答えた。

「修行の師匠だったわたしの祖父は僧侶なのですけど、杖ひとつで村を襲う数人の賊とやり合って勝ってしまうような人なんです。多分、それを受けて言っているのだと思いますけど……」

 レナの華奢と言っていい体格を見るまでもなく、それを真似ろというのは無理である。

「結局、反対してるんでしょうかね」

「あいつの場合、口実じゃなくて本気で言いかねないけどな」

 妙な空気になりかけたところで、マチスとシーダがやって来た。

 ドーガは問い質してやりたい気持ちを抑えて、疲れた様子のマチスに声をかけた。

「もう終わったのか?」

「……休戦てところかな」

「休憩でしょ? ね、みんなで何を話していたの?」

 向こうは向こうでこちらが気になっていたらしい。

 サジがかいつまんで話すと、シーダは何か変なものでも飲み込んだような顔でマチスを伺った。

「本当にそんな事言ったの?」

「一字一句、間違ってないねぇ」

 問題はそれじゃないと全員が首を振る。

「お前さ、反対するならするで、はっきりそう言やいいだろ」

「してるつもりはないけど?」

「だったら、素直に言えばいいじゃねぇか」

「だから、自分で自分の身を守れればいいって言ってるじゃない」

 平行線なのかそうでないのか、今イチ?みづらい。

「ま、今すぐとかそういう話じゃないし、レナがお友達だって言い張ってるんだから、今はとやかく言わないよ」

 発言者本人から一時終了宣言を出されては、他多数は従わざるを得ない。これ以上言っても進展はないというわけだ。

 休憩(休戦?)しに来ていたふたりが飲み物を取りに行き、皆の元に戻ってくる。片方が葡萄酒、もう片方が果実水である。

 それを見たサジが眉をひそめる。

「姫様、果実水にしておいたらどうですか?」

「大丈夫よ、こう見えてもお酒は強い方だから」

 弱冠十四歳の少女には言われたくない科白である。

 一方。

「姫さんが葡萄酒なのに、お前は果実水なわけ?」

「酔ったら話しようがないだろ」

「たった一杯じゃ酔わないだろうに」

「強くないんだよ」

 ボルポートが指摘する。

「そういえば、今日は呑んでいませんな」

「食べるだけ食べたら呑もうと思ってたんだよ。そうすりゃ、記憶が飛んでも大丈夫だろうし。

 こんな事になるんだったら先に呑んでたんだけどなぁ……。そしたら、王女の相手をしなくて済んだのに」

 だが、この予見が結果的に間違いになる事件が起こった。

 この頃、オレルアン城下にある騎馬第五大隊の宿舎が襲撃されていたのである。





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