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FIRE EMBLEM 暗黒竜と光の剣(4) 「ANXIOUS」





“六月の非賛襄”




(1)


 アカネイア歴六〇四年六月の終わり、オレルアンの王城で王都解放の祝宴が執り行われることになった。

 オレルアンとアリティアの連合軍が王都を解放してから二十日。戦場になった城の修繕が大方終わり、国内に残っていたドルーアの勢力、具体的に言えばマケドニア敗残兵を追い払い、この時期になってとりあえずの平定を見られたと言ってもいい。

 この間に、共闘していたアリティアとオレルアンはアカネイア王女ニーナの名の下に改めて同盟を結び、反ドルーアの一大勢力が生まれている。その名もアカネイア解放同盟軍、俗称として同盟軍と呼ばれるようになる。なお、この軍の指揮を取る総大将の座に就くのがアリティア王子マルスかオレルアン王弟ハーディンかということで一悶着あったのだが、結局のところ神剣をもってして暗黒竜メディウスを討伐するのはマルスの他にありえないとあって、この話はまとまっている。

 王都解放から日を追うごとに、各地に散らばっていたアリティアの残党やオレルアン内で静観を決め込んでいた者らが彼らの元に集まり、王都を奪回する前は千五百弱だった軍の総勢は、この二十日であっという間に一万に手が届くほどになった。

 ここまで勢力が大きくなった一番の要因は、アカネイア王女ニーナの生存である。生きているらしいと噂では伝えられていたものの表立って姿を見せられない状況だったため、隠れていた者の足も鈍っていたのだった。

 そうした良い報せの裏で、様々な国籍の者が集まるが故に起こる些事もあった。

 今日は兵士達を労うための祝宴が催されるわけだが、その前に王都奪回までの戦に貢献した者を表彰する論功行賞が行われ、多くの騎士が賞される予定となっていた。

 これは、その直前の出来事である。

「マチス殿が表彰に出られぬとな?」

 眉間を寄せるアリティアの聖騎士ジェイガンの前で、今やマケドニア人部隊の副官となっているボルポートが畏まっている。

「はい。今日まで様子を見ていたのですが、やはり出席は難しいとのことでした」

「今日までって、何かあったの?」

 問い返すはアリティア王子マルス。ただし、この王子はたまたまいたに過ぎない。

「先日の追討戦で怪我をしまして、その傷がまだ癒えないのです」

「それ、歩けないほどの傷なの?」

「……ええ、まぁ……そうです」

「ふぅん?」

 歯切れの悪い返事にマルスが首を傾げる。

「ジェイガン、そんな話聞いたことあった?」

「いえ、初耳ですな」

 部隊の長が大怪我をしたのなら、その報告は上がっていて然るべきものである。ジェイガンは同盟軍の中でオレルアン人以外の部隊の管轄者だったから、彼が知らないというのはおかしな話だった。

「ボルポート殿、これは報告義務を怠ったと見られても仕方ないのではないか?」

「……申し訳ありません。すぐに完治すると見込んでいましたので、今日には間に合うと思っていたのです」

「っていうと?」

「その原因というのが帰還中の落馬でして」

 ボルポートがそこまで言ったところで、マルスがどうとも言えない顔つきをした。

「帰還中の落馬?」

「はい」

「戦いの怪我じゃなくて?」

「はい」

「……。落馬ねぇ……」

 口元を隠すマルスだったが、その肩は小さく震えている。

 この王子は明らかに笑っていた。

 渋面のジェイガンが主君をたしなめる。

「マルス様、笑い話ではありませんぞ」

「だって、可笑しいんだもん」

 剣や矢の傷ならただ単に名誉の負傷で済むが、怪我の原因が落馬とあってはあまり格好がつかない。

 しかし、自身も騎士であるジェイガンは違う意見を持っていた。

「こう言っては何ですが、マチス殿は見習いの期間をほとんど持たず騎士になって、しかも叙勲を受けてから一年も経っていないのですぞ。それに、マケドニアは険しい山野の土地柄ですから、馬の扱いに多少の難があっても仕方のないことです」

 そう言ってから、ジェイガンがボルポートを振り返る。

「済まぬ。決して、貴君らを侮るわけではないのだ。ただ……」

「わかっております。ジェイガン卿が謝られることではありません。むしろ、そうなった事にしておいてほしいのです」

 この言葉がジェイガンとマルスの頭の中に染み込むまで、少し時間がかかった。

 アリティアの老騎士がゆっくりと科白を紡ぎ出す。

「それは……どういう意味ですかな」

「あの人が落馬したというのは嘘です」

 この言葉は、ある意味でかなりの攻撃力を持っていた。

 マルスが膝を叩いて笑い出し、ジェイガンの目は点になる。

「……う、嘘と申すのか?」

「はい。あの人は剣も槍も巧くないですが、馬術だけは他国の方に引けは取りませんし、皆一目置いております。生憎ですが、本当に起きられないほどの怪我でしたら、先も言われたようにそちらに報告を挙げていますし、今日まで治らなかったとしても治療の杖を使って頂けば済むことです」

 淡々と述べるボルポートの口調は、至って落ち着いたものだった。

 ジェイガンは呆然としそうになる自分を心の中でどうにか叩き直して、ボルポートを問い質した。

「何故、そんな嘘をつかねばならんのだ?」

「そういう場が苦手だそうです」

 実にあっさりとした返答だった。

「理由は、それだけだと?」

「聞いた限りでは、そうです」

「それなら、説得すれば良さそうなものではないか」

 ボルポートが強く首を振る。

「我々もできるだけ言葉を尽くしたつもりです。ですが、あの人は変なところで頑固でして……。
 ――これはわたしの推測ですが、あの人なりにオレルアン人との衝突を避けようとしているのかもしれません」

 オレルアン軍と合流してから、反ドルーアのマケドニア人は味方になったとはいえ、元は侵略者だった事で身分にかかわらずオレルアン人から嫌悪の目を向けられ、かなり肩身の狭い思いをしてきた。

 だが、時の経過とマルスやアリティア騎士らが彼らの意気を訴えてきたことで、マケドニア人に対する反感は少しずつではあるが収まりを見せてきている。

「論功行賞に出れば、いやでも注目を浴びます。卑屈になるわけではないのですが、下手に出ておけばオレルアン人の感情を逆撫ですることはないはずです」

「しかし、それでは今までの事が報われぬではないか」

 ボルポートは再度、強く首を振った。

「これは、あくまでもわたしの推測です。あの人が本当にそう思っているかどうかはわかりません。それに――これはあの人が言っていた事ですが、辞退ではなく欠席なので、貰えるものが貰えるのは変わらないのではないか、と」

 言いながら、ボルポートは肩を落としていた。何が悲しゅうてこんな事を言わなければならないのだろうという思いが、心の中で渦巻いているのである。

 未だ緩む口元を押さえながら、マルスがそんな彼に問いかけた。

「どうして嘘だって教えてくれるのかな。騙すなら、騙し通せばいいじゃない」

「……。いずれは露見する事ですから、知っておいた方が良い方々には先に知らせようと思いまして」

「つまり、仮病の片棒を担げってことだよね?」

「そうとも言いますな」

 苦々しい顔つきをしていたくせに、しれっと言ってのける。

 だが、良識人のジェイガンが黙っちゃいない。

「マルス様! ボルポート殿! このような大事の時に遊ばれては困りますぞ!」

「遊んでいるつもりはないんだけど」

「恐縮ですが、一国の王子と重鎮を相手に遊べるほどの度胸はありませんので」

 そうかな? とマルスが疑問の視線を向けたが、この場では看過された。ともかく、この時点で時間がなかったのである(それさえも、計算されていたのではないかというくらいに)。

 結局、マケドニア人部隊の表彰を簡略化することで、話は無理矢理まとまった。ボルポートが代わりを務めてはどうかという案もあったが、さすがに副官が代わるのは差し出がましいとのことからこれは実現しなかった。





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