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「HARD HEART」(後編)2-3






 日が暮れて二刻。アリティア軍の見張り番が草原の風を気にしつつ篝火を焚き始めた頃、青染めの布を入口に垂らしたマルスの天幕でアリティア軍内の主だった人物が集まり、作戦会議が開かれた。

 その顔ぶれは以下の通り。


 アリティア軍総大将・アリティア王子マルス。
 タリス王女シーダ。
 アリティア聖騎士ジェイガン、騎士隊長カイン、騎士隊長アベル、弓手兵長ゴードン、重騎士隊長ドーガ。
 タリス義勇軍隊長オグマ。


 これに加えてマチスとマリクが入ることになる。

 ただし、会議を始める前にすでに顔合わせは済んでいた。

 それを語るには、青染めの布の前でマチスとカイン、マルスとマリクがばったりと出くわした時にさかのぼる必要がある。

「災難だったね、ふたりとも」

 マルスが機先を制して、生乾きの髪のマチスとカインにそう言った。

 作戦会議が遅れることはすでに通達済みで(理由は言うまでもなくマリクが引き起こした『事件』だった)、そのおかげでふたりとも遅参の憂き目には遭わずに済んでいたのである。

「マルス様、我々の事はご存じだったのですか?」

「マリクから直接聞いたよ。あと、ドーガや他にその場にいた人にもね」

 マルスに促されてマリクが頭を下げた。

「申し訳ないことをしました。僕の未熟のせいです」

「風の聖剣って呼ばれる魔道の再契約をしようとして、巻き込んでしまったみたいなんだ」

 カインがマチスを見た。

「じゃあ、あれは本当だったんだな……」

「いや、何かそれっぽかったから」

 マルスが首を突っ込んでくる。

「何の話?」

「先程マリク殿の近くを通りかかった時に、魔道の再契約だと言っていたので」

「マチスが?」

 マルスが驚きと感心の混ざった顔をした。

 マチスはだんだん雲行きが怪しくなりかけているのはわかっていたが、いかんせん逃げ場がない。

「そういえば一族が魔道の使い手だったんだよね、シスターから聞いたよ。それじゃ、伏せろって叫んだのも?」

「……まぁ。その魔道士さんの手が崩れた時に、空の方から音がしたような気がして」

「音って、どんな音ですか?」これはマリクである。

「ちゃんと言うと、音じゃない。そんな気がするって程度のものだから」

「でも、そういった例は聞いたことがありません。たとえ、一瞬前でも魔道が来るとわかるなら、必中の魔道でさえ躱せるようになってしまいますから。殊に、風の聖剣は必中の魔道ですので……」

 躱せてしまう可能性があるのは困るらしい。

 事前に察知できたのを例がないと言われても困るのだが、できてしまったものは仕方がない。

 しかし、炎の精霊とさえ契約せずにやめた人間が何故風の魔道がわかるのかと言われると、やはり困る。理由がわからないからだ。

「おれ、こういうの二度目なんだよ。昼間の戦闘の時でも何があるなってわかって、その直後に凄い風みたいなのが騎馬騎士団の部隊に直撃したから」

「それは、僕の風の聖剣の魔道です」

「……まぁ、そうだろうな」

「その後に風の精霊の宿る感覚が薄くなって、それで再契約に臨んだのです。この草原は自然界の精霊が強く息づいていますから、多分成功すると思ったのですが……一度成功したくらいで、もう一度成功させるのは簡単だと踏んだのが間違いだったのかもしれません」

「でも二度とできないわけではないんだから、気落ちしなくてもいいんじゃないかな」

 主君が励ますものの、マリクは強くかぶりを振る。

「いえ、マルス様のお役に立てないのなら僕は存在価値がありません。できれば、ここにいるうちに成功させたいのです」

 だったらもっと人のいない所で試して欲しいものだ、とため息をつくマチスの背中をシーダがつついてきた。

「込み入ったお話?」

「あんまりそうでもないけど」

 振り返ると、シーダの後ろにはドーガと他二人の騎士がいる。

 シーダの存在に気づいたカインが簡潔に、しかしきちりと言い添えた。

「さっき風が吹き荒れて、その時の話をしているんです。でも、事後報告のようなものですので」

 その脇で、ドーガが遠慮がちにマチスに訊いてきた。

「話を聞いたんだが……お前さん、マケドニアの貴族でシスター・レナの兄貴って本当か?」

 どちらがより信じ難いかというと後者の方が強い響きである。

「両方とも本当だけど、貴族の身分は一年前になくなったから」

「……。まぁ、そっちはどうでもいいが、シスターの兄貴ってのがどうも……似てないというか」

「そりゃ、おれはとっくの昔に諦めてるから」

 話が一方一方で別れて収拾がつかなくなってきているところで、マルスが辺りを見回して決定的な一言を言ってきた。

「みんな、集まったね」

 最初の四人の他に、シーダやドーガら四人、マルスの後ろに新たにひとり来ている。

 マルスが天幕の中に向かって促すと、老騎士が出てきた。

「丁度揃ったから、ここで今日加わった新しい同志を紹介しよう。
 こちらは、僕の幼なじみのマリク。カダインから魔道の修行を終えて駆けつけてくれた。風の魔道で僕らを助けてくれたのは、彼だ」

 そして、マルスがマチスの方をちらりと見た。

「こちらが、元マケドニア騎馬騎士団員でシスター・レナの兄君マチス殿。ミシェイル王子の反感をかって、伯爵家子息の身分を剥奪されて、ここに派遣されてきていた。でも、僕らと志の通じるところがあるから、それならと一緒に戦ってもらうことになったんだ」

 方々で驚きの声が上がるのに、マチスは柄にもなく顔を赤くする羽目になった。そんなに格好をつけて言われ面映いばかりでなく、経緯がそんなに立派なものではない。中略するな、とこの場でなかったら文句を言っていただろう。

 あとは各々の名乗りをして、場が静まったところでマルスが頷いた。

「じゃ、会議を始めようか」

 ――と、こんなことがあったのである。

 作戦会議の最初の議題はオレルアン南部駐留軍の戦力についてで、まずは内情を知るマチスがこれを話すことになった。

 北の城の戦力は元々騎馬騎士団の七百だったが昼間の戦闘の際に騎乗騎士とホースメンの五百が派遣されて、確実にいる駐留軍の戦力は城に残った騎乗騎士の二百。これに昼間やりあった部隊の生き残りを加えて、今回戦うことになる数の最低数になる。

 だが、ひとつ問題があった。

「駐留軍指令のベンソンは、自分の直属の隊百騎にナイトキラーを持たせてる。アリティア軍は騎乗騎士が強いって評判だけど、そっちに頼って下手に突っ込ませると返り討ちに遭うかもしれない」

「確かに、そんな相手とまともにやりあったら六十の騎士なんて即全滅だね」

 自軍の痛みを突く話にマルスは唸っていた。

 ナイトキラーとは別名馬殺しの槍と呼ばれ、騎乗者を馬ごと殺すことを目的として作られた槍である。

「しかも、増援の可能性も否めない……。さっきの戦いでホースメンの部隊が丸ごと後退しているから、四百騎以上を相手にしてその上ナイトキラーがあるとなると……いくら僕らでも厳しいな。タリスの義勇隊に全てを任せるわけにもいかないし」

「ならばマケドニア軍を橋まで引きつけ、ドーガの隊で食い止めながら戦いますか?」

 老騎士ジェイガンの提案に、マルスは首を振った。

「長期戦になる。次々と援軍が来るかもしれないし、重騎士部隊は二十しかないから、どうしてもこちらが先に力尽きるよ。それに、遅くなればハーディン公の元にいるニーナ王女の所に駆けつけるのに、間に合わなくなる恐れがある」

 マリクが卓に手をついて立ち上がる。

「ではマルス様、僕の風の聖剣でナイトキラーの部隊を倒せば、後はアリティア騎士団の力でどうにかできるのではありませんか」

 そのためにはまず魔道の再契約を果たさなくてはならないのだが、誰も言及しなかった。

「まず他の戦力を削らないと、ナイトキラーの部隊を攻められないよ、多分ね。でも、そうしているうちにベンソン部隊が来て騎士を狙ってくるだろう。向こうも僕らが数で苦しいのは知っているはずだから、嫌な手をいくらでも使えると思う」

 他にも色々と議論が続いたが、結局これというものが出ずに一旦小休止を取ることになった。

 幾人かが天幕の外に出ようとした時、アリティア医療隊員と共にマケドニア捕虜兵のひとりが訪ねて来た。

 マチスに話があるから、迎えに来たのだという。





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