トップ同人活動記録ELFARIA非公式ノベライズ[1] INDEX>1章 水の国カナーナ 2-3



ELFARIA [1] 2-3




 カナーナ第二の都市スンガは、雨に濡れていた。

 魔物が支配する所では様々な異常が出る。長雨、瘴気、そして赤く染まるラの泉。

 ジェニスは雨に濡れる顔を拭こうともせず、毒の花がひしめいている花畑を踏みしめて最後の気力を振り絞っていた。ダムス解放の翌日のことである。

 潜伏していたスンガの町まで戻ったはいいが、ダムスで撃退したハロスライムが待ち伏せていて、再び攻防を繰り広げているうちに、三方を頑強な柵で囲まれた花畑へと追い込まれてしまっていたのだ。

 この花畑、普段は可憐な、何の害もない花が咲いているのだが、魔物の瘴気のせいで花に毒性がついている。魔物の方も毒の花が嫌いなようでこちらには入ってこないが、花畑の入り口にハロスライムが居座っていて、出ることは容易ではない。幸いなことに、花を蹴散らさなければこれ以上毒に蝕まれることはないが、助けを待とうにも当てはなく、今までの傷と疲れがかなり響いて体力はあまり残ってなかった。

 そんな彼女が支えにしているのはただひとつ。仲間のアルディスの存在だった。隠れ家から外に出たのは、怪我を負って動けない彼のために薬を求めたため。彼女としては、こんな所で倒れるわけにはいかないのだ。

 ともすれば、わずかな気の緩みでも膝が崩れ落ちそうになるが、ジェニスは己を叱咤して耐え続ける。

 大丈夫、まだ限界は来ない。奴だって、ずっと張り付いてはいられないはず。

 声を出さずにそんな呟きをもらす。が、この状態は半時ほど続いていた。ハロスライムが自分だけの手柄にしたいからなのか、他の魔物が来る気配はない。それはジェニスにとって非常に有難い事ではあったが、いかんせんこの膠着状態は彼女の精神をかなり圧迫している。

 と、ジェニスの眼前で、一陣の強烈な風が吹いたようにハロスライムがふっ飛ばされた。

 次いで、殴るような、ともかく乱闘のような音。氷の魔法のような音もする。

 いきなり起こった一連の動きが、ジェニスは頭の中で整理しきれなくて、目を丸くする。

「何? 今のは……」

「ジェニスさん、大丈夫ですか?」

 現れたのは、見覚えのある金髪の少年だった。その横には一緒にいた少女も立っている。

「あなた達……」

「そこにいて下さい、今助けます」

 そう言って花畑に立ち入ろうとした少年に、ジェニスは慌てて制止した。

「駄目よ! ここに入ると、花の毒が体に回るわ!」

「けど、放ってはおけませんよ」

「わたしは大丈夫だから、心配しないで。――あいつを倒してくれたのね、ありがとう。今、出るわ」

 ジェニスはそのまま花畑を出ようとしたが、一歩踏み出した途端に噴き出した毒に蒸せて一瞬体がぐらついた。

 咄嗟に槍を支えにして、地面に倒れるのは免れた。だがそれと引き換えに、たった十数歩が彼女にはひどく遠い距離のように感じられてきた。

「これじゃ……ここから出られないわね」

「だったら、これ飲んでください。疲れた体に効きますから」

 少年が薬用ハーブを漬けたビンを投げようとするのに、ジェニスは首を振って固辞する。

「わたしの事はいいわ。それよりもここから早く離れて。兵士でもないあなた達じゃ、複数の魔物に対抗しきれないわ」

「大丈夫よ、あたし達にはカナーナの兵士の人がいるし、パインのメルドで対抗できてるもの」

 少年の横で髪をお団子にした少女が胸を張るのに、ジェニスは目を見張った。

「パインですって?」

「あ、僕です。すいません、自己紹介するのが遅れて。でも、僕の事知っているんですか?」

 真正面から問いかける少年の目を見て、ジェニスの内で、奇妙な、疑問と疑惑とがないまぜになったものが静かに渦巻き始めた。

 今、少し距離を置いて話しているこの少年は、強者のようには見えない。それどころか、同じ年頃の少年と比べても強烈な差異は見受けられない。

 だが、それだけの理由があるのだろう。あの人がああ言うほどなのだから。

 ジェニスは少し唇を歪めて、パインを見た。

「……お願いがあるのだけど、いいかしら」

「お仲間のことですか?」

「察しがいいのね。押し付けがましい頼みで申し訳ないけれど、仲間のアルディスとアーバルスを助けてくれないかしら……スンガ大学の地下に隠れているけれど、魔物に囲まれて動きを取れないでいるはずです」

「わかりました。できるだけのことはします。でも……」

 パインが横にいる少女をちらと振り返る。少女は頷いて、

「その怪我、放っておいたら危ないわ。ハーブの瓶くらい飲んでおいた方がいいんじゃない?」

「心配してくれるのは有り難いけど、立っているだけなら大丈夫なのよ。だから、ね?」

 笑みを見せて彼らは渋々ながらも納得したらしく、ジェニスの前から立ち去っていった。

 彼らの気配が遠ざかると、ジェニスはため息をついた。

「……ハーブをくれても、わたしには飲めないのよ」

 雨がジェニスの額を、頬を、全身を打ち付ける。

 彼女が思い浮かべるのは、失意の中にいる赤い騎士の姿。

 おそらく、あの人はまた癒えていないだろう。

 なのに、自分だけが薬を飲むわけにはいかなかった。





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