トップ同人活動記録ELFARIA非公式ノベライズ[1] INDEX>1章 水の国カナーナ 2-2



ELFARIA [1] 2-2




 ダムス村を解放したその日の夕方、パイン達は宴の輪の中にいた。村の人々が宴席を用意してくれて、さほど疲れもなかった一同は参加することにしたのである。

 ささやかな宴に興じて、村人や仲間同士と他愛もない話をしていると、ジーンがある話題を切り出してきた。

「パインさんは研究者とお伺いしていましたけど、なかなか剣の扱いが巧いですね。誰か名のある方に習ったのですか?」

「いえ、僕のはほとんど我流です。……というか、ジーンさんからそう褒めてもらえるとは思いませんでした。結構、型とか無視しているんじゃないかと思っていたので」

 パインが恐縮するのに、隣にいたラゼルがそう? と呟く。

「自警団の稽古でもあんまり負けたことないじゃない。それに、ひとりで結構練習してたの、あたし知ってるもん」

「あれはメルドで作った武器で戦えるようにするためだよ。自分で作った物くらいは、満足に扱いたかったから。本当は、ジーンさんみたいな兵隊の人に使ってもらえればと思うんですけれど。
 でもこうなったからには、誰かからちゃんと剣を習った方がいいかもしれないなぁ……」

「だったら、ジーンさんに師匠になってもらったら?」

「あ、それいいね」

 話の矛先がいきなり自分に向いたのに、とんでもないとジーンは手と首を大きく振った。宴席の場だから鎧兜はつけておらず、普通の青年のように見える。

「わたしなどではパインさんの師匠は務まりませんよ。すぐ抜かされてしまいますから」

 ジーンの謙虚にラゼルが軽い抗議の声を上げた。

「王様、自慢してたわよ〜。ジーンさんはカナーナ杯の武道大会で優勝した、国内随一の腕前を持ってるって」

「いや、それは……」

「それ、本当なんですか? 凄いなぁ……」

 そんな風に近衛兵士をふたりで困らせていると、その少女はいつの間にか吟遊詩人として宴の場に現れて、おもむろに唄い始めていた。

 それに気づいたパインは思わず少女の名を呟いたが、隣にいたラゼルには聞こえなかったようで、その呟きは受け手のないままかき消えていく。

 寂しく、しかし透き通る声で聴衆を魅了する唄は、周囲を静寂へと導き、やがて緩やかに終末を迎えた。

 一曲終えた彼女は聴衆の要望を聞くそぶりも見せず、まっすぐにパインの前に進んで足を止めた。

 たとえそれが旅装束であっても、輝く金の髪と湖面のような瞳は色褪せず、パインの抱いた印象が変わることはなかった。

「エルル……。ここに来てたんだね」

 さっきは誰も聞くことなくかき消えてしまった呼びかけをもう一度口に出すと、エルルは安堵したような微笑を見せた。

「パイン、旅立ってくれたのですね……。ワースとここのラの泉が元に戻っていたのを見て、安心しました」

 誰? とラゼルが横から訊いたが、パインはじっとエルルを見詰めたまま言葉を紡いだ。

「君は、僕が帝国と戦えることをわかっていたんだね。だからこの前、僕の前に現れたんだ」

「……。今日は、言伝をしに来ました」

「言伝?」

 パインのおうむ返しに、エルルは息を吐くように『ええ』と答えた。

「シーラルがカナーナに攻め込んだ風の月に、ロマの村のエルフの石碑の前で、わたしと会ったことを覚えておいてください」

 この前どころか、昨日のことである。まだ忘れてはいない。

 あれは当分忘れられないだろう。

「覚えておけばいいんだね?」

「そう、ずっと覚えていてください。
 パイン……わたしはエルファス城の中庭で、あなたと初めて出会うでしょう」

「え?」

 パインは頭の上から出るような声を発してしまった。

 エルファスはこのダムスから遠く離れた、元エルファリアの王都である。ロマで育ったパインは、現在の帝国領に自分の足で行ったことがない。

 なのに。

「初めて……?」

「そう……初めて……。その時、ロマの村でわたしと出会った事を伝えて……」

「……よくわからないけど、どうして?」

「その時が来れば、わかるでしょう……」

 そう言って目を伏せたエルルに、パインが尚問いかけようとした時、どこからか叫び声がした。

 その直後、村の青年が息せき切って輪の中に飛び込んできた。

「魔物が来た! 誰かが魔物と戦ってる!」

 その科白を聞いた四人の行動は速かった。パインとジーンが剣を手にして真っ先に飛び出し、ウッパラーとラゼルもすぐに続く。

 炎の側を離れると、夕闇のせいで目に映るものが全て赤暗く染まっているように見えた。

 集落の北の出口に駆けつけると、村と街道の境辺りで戦闘が繰り広げられていた。とは言っても、魔物と戦っているのは村人ではなく、武装した赤毛の女性だった。徒で槍を構えている。

 対する魔物も一体きりで、村を襲うという雰囲気ではなく、あくまでもその女性だけを標的にしているようだった。

 更に駆け寄ると、彼らが攻撃の応酬をしながらも威勢良く言葉でやり合っているのが聞こえてきた。

「ケッ、お前ひとり逃げられると思ったかムニュ!」

「余計なおしゃべりをしているようじゃ、わたしは倒せないわよ!」

 魔物の方がムニュムニュ言っているのは、奴が軟体のせいかもしれない。

「ムニュムニュ、ジェニスよ、お前をここで倒」

 喋っている間に女性が突き出した槍が深々と刺さり、軟体の魔物が悲鳴を上げる。

「ムニュ! ジェニス、お、覚えてろよムニュッ!!」

 叫びながら強引に槍の刃を抜いて後ろに飛びすさり、背面を向けて逃げる魔物を女性が睨んでいるうちに、パインとラゼルが脇を固めるように彼女の側に駆けつけた。

「大丈夫ですか?」

「ひどい傷ね……」

 女性の立ち回りは並の兵士よりも確かなものだったが、幾多の戦闘を経たせいか彼女の服は自らの血で濃く染まっている所がある。外套もひどく裂けていて、鎧の損傷が著しい。

「ちょっとここでじっとしてて。すぐに治してあげるから」

 ラゼルが詠唱を始めようとするのに、女性は強く首を振った。

「こんなの大した事ないわ。そんあことよりアルディス……仲間が捕まっているの! 早く助けに行かないと!」

「でも……」

「大丈夫、気を遣ってくれてありがとう」

 少し無理したような笑みを向けると、ジェニスは北の街道へと走っていった。その先にあるのはスンガの町である。

 ラゼルが両手を腰に当てて、呆れたようにため息をついた。

「あんな体じゃ、保つものも保たないじゃない……」

「でも、仲間って言っていたね」

「あの女性はフォレスチナの騎士でしょう。以前行われた交流会で、あれと似た戦装束を目にしました」

 そう言ったのは後から追いついてきたジーンだった。カナーナの兵士が言うのだから、信憑性はかなり高い。

「フォレスチナってことは……。あの人、国元から落ち延びているのかしら」

「おそらくはそうでしょう。本国を占領されてしまったから、カナーナから立て直すつもりでいるのかもしれません」

 それからしばらく待っても女性や魔物の戻る気配がなかったため、四人は宴席の場に戻った。エルルの姿は消えている。

「色々と訊きたいことがあったんだけどな……」

 エルルの言うことは一貫して謎めいている。問い質したところで答えは得られないだろうが、それでも問いを発しておきたいというのが、パインの率直な思いだった。

 背後からひどく熱い視線がパインを射抜いてきた。

「パイン、エルフの石碑の前で会ってたのはあの娘なのね! 一体何者なのよ?」

 パインを睨みつけてきたラゼルの眼は本気だった。

 思わず後ろに退きかけるのを、パインはどうにか踏み留まって反論する。

「僕だってわからないよ……。こっちが訊きたいくらいなんだ」

「それにしては、鼻の下伸ばしてたじゃない」

「そんなことないよ!」

 喧嘩になりそうな雰囲気になったところで、ウッパラーがふたりの間に割って入ってきた。

「ほれほれ、そんな事で言い争ってもどうにもならんじゃろが。
 まぁ、あのお嬢さんは別嬪さんじゃったが……」

「おじいちゃん!」

「ほほ、藪蛇だったかの」

 大変じゃな、と育ての親はパインにこっそり苦笑してみせた。





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