シーダはグルニアの戦いが終わってからしばらくすると、人々の前に姿を現さなくなった。

　アリティアの時にも似たような状態に陥っていたが、あの時が主に「必要とされていない」事への負の発散だったのに対し、今度は行動を起こしてしまった結果での落胆だった。

　決死の思いで敵陣のロレンスを説得して、グルニア王城までの活路を開いたものの、シーダが行った事はグルニアの人達に今までの栄達や誇りを捨てさせる行為だった。

　思えば、ワーレンで祖国グルニアから離反させてしまったロジャーもシーダとの出会いがきっかけだった。そのせいで、グルニア戦では率先して故郷への攻撃に参加させてしまっている。国の選択が謝っていたからとはいえ、深く考えもせずにグルニア人に辛い思いをさせてきた事は軽率だった。

　単独行の厳重注意を受け、また、マルスが多忙になったこともあり、シーダは今度こそタリスに帰るべきかと真剣に考えていたところを、レナが訪ねてきて何かと励ましてくれた。

　そして、お互いに打ち解けてレナの方から悩みを口にするようになると、立場は逆転し、シーダが聞き役になって励ますようになった。

　レナは自分と周りの人達の考え方の違いで悩んでいた。

　同盟軍ができるまえのアリティア軍に身を投じた頃のレナは、血縁の人々と戦うことになっても人の道を全うするべきだと強く言っていた。しかし、アリティア解放の戦いで敵軍にいた従兄弟がミネルバやマチスの部隊と戦闘した折に命を落としたと知ってから、この気持ちが大きく揺らいだ。

　従兄弟の死でこれほどの衝撃を受けるなら、父の時はどうなるのだろう。それを思うだけで、心が痛んだ。

　それに対して、解放軍マケドニア人として戦う人達は既に腹を決めていたようである。戦いが不得手だと言って憚らない兄でさえ例外ではなかった――というより、敵は敵のままで和解など不可能だろうと最初から諦めてしまっているのである。

　その話をしてから、五ヶ月ほどマチスとはまともに話していない。

　そこまでレナが打ち明けると、シーダはそれは良くないと言って、無理矢理兄妹で会う約束を取りつけた。感情のまま動いてしまっている気はしたが、一度衝突したまま平行線のままでは、ずっとすれ違ったままになってしまうのは間違いなかった。

　訓練場を経由して宿舎に着くと、レナはシーダに頭を下げた。

「シーダ様、ありがとうございました。あとはひとりで行きます」

「いいの？　ついていなくて」

「はい。……ちょっと、込み入った話にもなってしまいますし」

「じゃあ、仕方ないわね。わかったわ」

　過ぎないくらいに頑張ってね、とシーダは言い残して去っていった。

　レナはシーダの姿が見えなくなるまで再び頭を下げた後、宿舎の番兵に訪おとないを告げた。

　ほどなくマチスがやってくると、微妙にぎこちない空気が走った。

「久しぶり、だな」

「……ご無沙汰していました」

　やりづらいとお互いが思いながら、椅子に腰を落ち着ける。

　元々こうなった原因の話題はどうせ手詰まりになる。無関係に無難な話題で話すのも違う気がして、レナは考えた末にこんな事を口にした。

「兄さんは、本当はどう思っているんだろうって、ふと思うんです」

　マチスが困ったように天井の方をちらと見る。

「まぁ、そりゃ、普通の騎士みたく誠実じゃないだろうけど……そう思われちまうか……」

「もっと言えば……怖いんです」

　わずかな沈黙の後、マチスが思い出しながら頷く。

「じーさんが言ってたな。でもな、おれなんか怖がったって何もならないよ。自分から言うのも何だけど、あんまし強くないし」

「けど、戦場に立ち続けてます。弱かったら、逃げていてもいいはずなのに。今度の戦いだって今までよりも危険になるのに……。
　どうして、そうしていられるんですか」

　遠慮がちに目線を合わせづらくしていたものの、しかし声音は真剣に問いかけていた。

　ややあって、マチスが口を開く。

「答えになってるかどうかわからないけど、おれはおれで居たいから、そうしているんだと思う」

「じゃあ、やっぱり兄さんは……」

　言いかけて、レナはすぐに首を振った。

　多少の事で、この兄は意思を曲げない。それがわかれば答えはおのずと出る。

　結局、この日はそれ以上話が進まずに終わってしまったが、別れ際に、マチスがこう言った。

「小さい頃は離れてたんだから、本当はもっとこういう事も話した方がいいんだろうな」

　これにレナは同意して頷いた。

　今回は短い時間での話で解決にも和解にも進まなかったが、意味のあるものにはなった。

　たったふたりの兄妹、やはり少しずつでも歩み寄っていきたかった。