マケドニアに上陸する前に少しでも解放軍マケドニア勢の数を増やせないものかと、ミネルバは諸方面のマケドニアに縁のある人物に当てて書簡を送っている。

　返答の内容は、加勢は否だが情報提供はできるとか、今は私事の事情でどうしても動けないなどと今ひとつ芳しくないのがほとんどだったが、それでもミネルバが解放軍と共にグルニアで兵を募っていると聞いて駆け付けて来た者もいた。中でもマケドニア本土から逃れてやってきた士のもたらした、マケドニアの情勢は貴重な情報となった。

　帝国側の敗戦が続き、国を攻められる直前となってもマケドニア王国軍のミシェイルへの忠誠は揺るぎなく、有力な諸侯も同じような姿勢を維持しているという。

　勢いや軍勢の総数は解放軍の方が上であり、冷静に見る目があればマケドニアの不利はわかりそうなものなのに、そこに動揺がないということは、ミシェイルの求心力が並外れて大きい証拠だった。

　ミネルバとて、竜騎士としての名声を大きく得た自負がある。暗黒竜に屈したマケドニアを戦前のように戻したいと思う同志の数はこんなものではないとわかっている。

　ミシェイルの力がここまで強くなければ、マケドニアが正道に戻るのにこれほどの障害を感じないだろうが、不幸な事に彼女の兄は王としての資質に優れていた。

「王、か……」

　夜の居室で放った呟きは誰の耳にも届かない。たったひとりで居るのだ。

　解放軍が勝てば、それからのマケドニアはミネルバが治めることになる。

　統治者としての自分は未知数だった。あまり考えたことがないと言ってもいい。

　あるいは夫を迎えて共同統治となるか。

　そこまで考えて、ミネルバは苦笑して首を振った。

「まだミシェイルを倒してすらいないというのに……」

　思考の滑稽さに、歪んだ口元はなかなか収まりそうになかった。

　単に勝つだけなら解放軍の助けがあるから悲観的になる必要はない。

　問題は、打倒ミシェイルを少しでも早めるための、攻める過程だった。

　今のミネルバは、残念ながらミシェイルに及ばない点が多い。

　以前はそれで良かった。王子時代のミシェイルは、ミネルバにとって強く尊敬してやまない兄だったのだ。

　それが、アカネイアには従えぬと父王を弑逆した。

　アカネイアへの反感はわからないではない。だが、マケドニアの民を非道に導いた罪はそれで許されるものではなかった。

　今度の戦いでは、家族ですら敵に回っている者が多い。結果がどうなっても両者が悲痛な思いを抱く事になる。

　そして、その発端は父を殺したミシェイルだった。

　父を殺した兄を妹が殺し、身内殺しの連鎖を絶とうとする。あまりにも皮肉だったが、終幕のためには更に朱に濡れるのを厭う理由はない。

　幸い、マケドニア王家にはマリアが残っている。清らかな聖職者、マケドニアを浄化するのにこれほどの適役はいない。未だ十三歳と幼い身に委ねてしまうような事があれば申し訳ない話になってしまうのが、心残りではあるが。

　今少しだけ欲を言えば、解放軍ではなく、マケドニアの人間の手で国土を解放したかった。

　おそらくは無理だろうと思いつつも、王族として民の幸せを願わずにはいられなかったのだ。