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幕間 彼らの彼らとしての最初の足跡 バーハラ城下の古物屋に一人、客の姿があった。 「色々とあるもんだな……」 壁にかけてある物の多くが、この客にとって見覚えのある物だった。 それが彼らの所有であった過去を示す証として、贈られた布が巻きつけられてあったり、印が彫られたりしている。 せめて、そういった物は消してから処分してくれれば買う気も起こるのにとため息をつきたくなる。 「悪いけど、今日はいい」 「そうかい? 結構いい出物が揃ってると思うんだが」 それはよくわかっているが、あえて口には出さない。出したところで意味がないのもそうなのだが。 「持ち合わせもちょっと心許ないから」 そう言って店主の後ろの壁にかかっている剣を見る。 銀の細工を施してある大剣である。 さしあたって誰かの所有である証はなかったが、その元の持ち主はわかっていた。 「そうか、じゃあ仕方ねぇな」 「まぁ、そういうことだから」 苦笑して古物屋を出る。しつこく言われなかったのはあまり身なりがよくなかったからだろう。三回戦くらいの剣闘士と思われても弁明の仕様がない。身を護る物は胸当てだけだった。 ……四人の仲では一番背が高かったが、剣の腕はちっともそれに比例しなかった。王家に連なる二人に負けたのはまだしも、妹と試合っても三本に一本がやっとだったから剣技は向いているほうではないのだろう。 でも、それでいいと思う自分もいる。 ぼんやりと秋の空を眺めると、不意に横から怒鳴られた。 「ロドルバン、どこほっつき歩いてたんだよお前は!」 「あぁ、スカサハか」 さしてショックもなく、ロドルバンは応じる。 しかし、そののんびるとした対応にスカサハがいらだつのは自明の事だった。 「あぁじゃないだろ! あぁじゃ! スカサハは穏やかな気性の主なのだが、遠慮をしなくていい相手の場合は容赦がない。 「で、誰がそれを止めてんだ?」 「ティルナノグにいた連中みんな……と、待てよ。デルムッドは先にヴェルトマーに行ったけど、それ以外のメンツでどうにかしてる。 「いいよ、俺ヴェルダンに行くから」 「……はい?」 「だから、ヴェルダンに行く」 ロドルバンは背負っていた大剣を外してスカサハに差し出す。 「丁度いいから返すよ。お前に借りてたから」 鍔に施された刻印は、イザークの王に仕えるという意志を表すものだった。当然ながら、今までのイザークの状況からして、手にできる者は限られてくる。 「貸してくれたのは嬉しかったし、実際使いやすかった。けど、これは俺の物にはできない。 「何、考えてるよお前……」 ティルナノグの旗揚げからいるのだから、報奨金はたくさん手元にあるはずなのだ。しかも、ロドルバンにはあまり遊びの習慣がない。 そもそも、突拍子もなくヴェルダンへ行くとは何事かと言いたくなったのだろうが、それはどうにか抑えたようである。 「誰かにやったのか、その……金を」 「そんなわけないだろ。そんなもったいなことはしない」 「お前……わかんない奴だな。故郷を捨てて行くとか、金は持ってないとか……」 「金はある。ただ、あんなのは買えないだけだから」 「だったら、この剣を持っていけよ。返す必要はないから」 「俺はイザーク王に仕えないから、辞退させてもらう。お前らほどに剣を使えるわけじゃないけど、他にどう生きていいかわからない。だから、ヴェルダンへ行く」 「一人で、か」 懸念の色を露にするスカサハに、ロドルバンはいたって何事でもないかのようにマイペースに返す。 「最初はそのつもりでいたけど、ディムナとマナがついてくるって言ってきている。俺とは違って真剣にヴェルダンを普通の人が住めるようにしたいらしいから。カレンを迎えに行くのが先か、ヴェルダンに行くのが先かって兄妹でケンカしてたな、さっき」 「……」 「シャナン様がひとりになっちまうのが心配なんだろ」 その言葉にスカサハはうっと胸を詰まらせた。 図星である。 「けど、俺らがイザークに帰ったってシャナン様の補佐なんかができるわけじゃない。スカサハやラクチェなら話は別だろうけどな」 「……」 いくら同じように育てられたように見えても、絶対にそれはありえない。やんごとない人の子供とは決して同じになれないのは、ずっと前からロドルバン達はわかっていた。それは持ち物であったり、技であったりする。もっとも、当人達は同じ目線で話をするし、きっと同等のつもりで接していただろう。 「気にするなとか言っても無駄だろうけど、こっちは別にもう気にしてない。 ゆっくり時間をかけて納得してくれればそれでいいよ」 ロドルバンは剣を押し付けて宿へ向かった。 |