「Noise messenger[3]」3-4:5 |
* 竜巻そのものは、マリクの仕掛けが予定以上のものになってしまっただけであって、敵の戦力がこうした形で大幅に削れたのは、解放軍にとって予定外の、幸運な事だった。 しかし、当初のミネルバの目的であるオーダイン及び騎馬騎士団を味方につける事は、これでほぼ諦めなくてはならなくなった。 これといった代案の出ない中、西戦線の主力であるロシェのオレルアン勢が中心となって、リンダの魔道を補佐に加えて砦を陥とすための打ち合わせが進んでいく。 輪の外側辺りで、マチスは予想通りに口を出さないまま進行を眺めていた。 その右腕に、ねえ、と突ついてくる手があった。 振り向いてみると、カチュアである。 意外な相手に軽く目を丸くしていると、彼女が小声で話しかけてきた。 「本当に、このままで進めていいの?」 「いいも悪いも、手が出せないというか、どうしようもないよ。 ミネルバ王女やパオラが出て駄目なのを、おれに言うのかよ」 「少なくとも、あなたは将軍と縁があるし、実績もあるでしょ。 ――マケドニアの問題は、マケドニア人の手でできるだけ解決したいのよ」 アリティアはもう仕方ないにせよ、アカネイアや、その影響が強いオレルアンの手を国内で多く借りる事は避けたい。裏を返せばそういう事になる。 「けど、最近おれが出て行って、あんましいい結果になってないんだよ」 「でも、何かは思いついているって事?」 「思いついているっていうかなぁ……。将軍を引き入れたいのは、王国軍の戦力を取り込みたいから、なんだよな」 そうね、と頷いてカチュアは続きを促す。 「だったら将軍には引退してもらって、新しい団長を引っこ抜けばいいんじゃないかと」 「……いくらなんでも、問題点が多すぎないかしら。それは」 どの点を取っても、どうやって成立させるのかについて、オーダインを説得する以上の難易度がつくのは目に見えている。 かろうじて頭は抱えなかったものの、ある種の勇気を持って話を持ちかけたカチュアが報われない思いを抱くのも無理はなかった。 「だいたい、どうして引退なんて方法が出てくるのよ」 「聖騎士聖騎士って言われるけど、周りが言うほど執着してないんじゃないかって気がするんだよ。銀の槍じゃなくて、使い慣れた手槍でずっと戦場に出てるし。 でも、ミネルバ王女は他に並ばない聖騎士として迎えたいって言ってたから、将軍はそれじゃあ、あんまり乗り気にならなかったんじゃねえかな」 「だったら、言葉を変えてみれば良かったということ?」 「そこまで」 カチュアの姉・パオラによって、密談は強制的に中断となった。 言葉で割って入ったため非常に目立ち、諸将の目はこちらに集まっている。ミネルバもまた例外ではなかった。 「何か申し立てがあるのなら、遠慮せず発言して良いのですよ」 カチュアがちらと窺ってきたが、マチスは首を振った。 「特にわたしからこれという事はありません」 ちょっと、とマチスを咎めるように囁いたカチュアへ、ミネルバが視線を向ける。 「ならば、カチュアから話してくれますか。ありのままで構いません」 「は、はい。ですけど――」 話は終わっていない上に、内容を話すなら直接マチスから聞いた方が実入りは多いし、鍵を握っているのは向こうであるだけに、どう切り出していいものかためらわれた。 それを見かねたのか、パオラが横目でマチスをとらえる。 「あまり妹をいじめないでくださる?」 「はい?」 「あなたが素直にミネルバ様に話せば、こんな回りくどい事にはならないでしょ」 話を円滑に進めるための苦言はしかし、彼女の主君によって否定された。 「いいのよ、パオラ。卿が殊勲を得るのは互いにとって良くない事なのですから」 その瞬間、ほとんどの者がこの天幕の温度の存在を忘れた。 聞いていただけで、唇から血の気が引く思いをした者がいたほどである。 三姉妹に至っては、主君の『失言』に色を失った。 どんな形であれ、公の場で主に仕えている人間を非難するなどマイナスにしかならない。 「ミネルバ様、何を仰るのですか。マケドニアを取り戻している今は、何よりも結束せねばならないのに!」 諌める言葉をかけながらも、パオラはこの事態を全力で否定したい思いだった。こんな事があってはならないのに、と。 そんな願いへもう一方の当事者が追い討ちをかける。 「まあ、確かに手柄を上げるのは遠慮したいな。そう気を遣われるとは思わなかったけど」 「落ち着いて言わないで欲しいのよね、そういう事……。知ってはいたけど」 呆れながら嘆くエストと並んで、カチュアが首を振った。 「ともかく、こんな場所で仲違いなどしないで下さい。今更言っても遅いかもしれませんが」 主に矛先を向けられた形のミネルバが、少し首を傾げた。 「……どうもおかしいとは思いましたが、ふたりとも――いえ、ここに居る皆が誤解していませんか」 ん? とほぼ全員が顔の中央に表情を寄せて、鼻を突き出す格好になる。 「卿の軍籍はミシェイルによって強引に作られたのですから、いずれは離れるものと見ています。家を辿れば武器修理を奉じる僧侶の家系なのですし。それを、こちらが過度に求めて銀の槍を託せば重荷になると判断した故の事。卿は褒賞を望まぬ事が多いですし、あながち外れてもいないと思うのですが」 「という事は、単に気を遣われていただけ……?」 ええ、とミネルバに頷き返され、マチスが額を抑える羽目になった。ここまでお優しいと、勘違いをしていた身としては別の意味で泣けてしまう。 他の面々も妙な脱力をしている中で、ミネルバが話を蒸し返してきた。 「――ともあれ、先程の話を聞かせてもらえませんか。何か案があるのでしょう?」 「案という程のものじゃないし、申し訳ありませんがわたしでは責任を取れないと思います」 「構いません、ひとまず聞かせてください」 積極的に食い下がったミネルバの許可を得て、カチュアと話した内容を繰り返してみせたが、前評判通り反応は芳しくなかった。 「難題を上級の難題にしてどうするんだ……」 「だから、責任が取れないって言っただろ。おれじゃあ、将軍を納得させられないし」 「納得させる、とは?」と、ミネルバ。 「ミネルバ様と将軍が話している時の内容を思い返すと、将軍は次の世代を見て納得できたら、それでいいんじゃないかと考えているのではないか、と」 「だが、単騎で勝てる者などここにはいないと証明されてしまったしな。それとも、名が挙がった三姉妹に出馬してもらうか……?」 ロシェが提案するが、パオラ達は辞退した。 「それは承諾しかねます。三対一では、将軍が相手といえど、後背を容易に包囲できる状況を作れてしまいます。ミネルバ様が強く望まれるのであれば、それも仕方ないと思いますが……」 「心配しなくとも、そうした形を作るつもりはありません。 ……ですが、将軍の意思を尊重するのは悪くないと思います」 やや思案して、ミネルバは諸将全てを見渡した。 「聖騎士の地位よりも、ひとりの騎馬騎士として次代を見届けたいというのなら、やはりその後進に託す事を望むと思うのです。 ですから、ここはマチス卿に行ってもらおうと――」 ミネルバの宣託が終わる前に、マチスは前に出た。 「どうして、おれ、いや私なんですか! 前よりはマシになったとはいえ、まともにやりあったら、下手したら死にますよ!?」 「マルス王子の言う『奇』、要は皆の持つ範囲の、より外の領域を持っていたからこそ、その将軍から勲章を預かり、軍勢を退けられたのです。私からしたら、その時の方がよほど危険でした。 私は、まだ多くの人から学ぶ必要があると思っています。そのうちのひとりに、将軍を加えさせてほしいのです」 |