サイト入口同人活動記録FE暗黒竜



FIRE EMBLEM 暗黒竜と光の剣(15) 「Noise messenger[2]」
(2008年12月)



Novels FIRE EMBLEM DARK DRAGON AND FALCION SWORD
15
605.10
[MACEDONIA]




(2-1)



 突然敵勢が撤退するという、異様とも言える城の明け渡しによってマケドニアの初戦は幕を閉じた。

 ミネルバの意向もあって一日二日は膠着が続くか、あるいは城攻めを始めるかと予測していたアカネイア解放同盟軍諸将にとっては敵の動きが突然だったため、裏があるのではないかと構えていたのだが、本当に逃れていったのを確認する頃には、大賢者ガトーの接触によって彼らの間に新たな動揺が走ることになった。

 ガーネフ打倒の術を持つ彼(か)の大賢者は敵地のど真ん中、マケドニア王都近くの村に滞留しているという。魔道の接触を受けたマルスの話を聞いていた者が語るところによると、帝国側に捕らわれている様子はなく、大賢者自身に危機が及んでいる雰囲気はなかった、ということだった。

 解放軍がマケドニアの敵であることは三つ四つの子供でもわかりそうなものなのに、そんな場所から接触を図ってきたのは何故なのか。諸将の間で意見が割れ、一時は進攻の方針を変えるべきではないかという結論に流れそうになったが、魔道の専門家であるリンダの発言によって転換は回避された。

 闇に打ち勝つ星と光の魔道を作り出せる魔道の道筋がついた場所は非常に限られていて、それがマケドニア王都の近くにあった――ガトーは魔道生成の地を確保する事を最優先したに過ぎないのだろうと諸将に訴え、軍議は当初の軌道に戻ったのである。

 解放軍は進軍を目標としつつ、ひとまずは周辺の把握と城を奪い返そうと動くマケドニア軍との衝突に備えるため、アリティア、オレルアン、解放軍マケドニア勢、傭兵、それぞれからある程度の兵を出して防衛に当たり、グルニアから第二陣が合流して戦力が整ってから王都に向かって進攻するという、以前から大筋で決めていた方針でまとまった。

 こうして解放軍全体の軍議が終わっても、マケドニア出身の部将達はまだ休めない。国内でミネルバに味方する勢力を大きくするため、使者を送れそうな領主や騎士を見極め、慎重と迅速を要する人選を進めなければならなかった。部下にある程度任せてはいるが、決定するのは各部隊の統率者たる彼らである。

 そういった理由からペガサス三姉妹や歩兵・重装歩兵長らと足早に部屋を出ようとしたマチスだったが、待て、とその背に強く呼びかける声音があった。

 軍議が終わって各国王族が退出した後のざわついた場に、その声は詰問のように響き、衆目を集める。この時点で何かを思い出した者もいたらしく、単なる注視ではない視線も混ざり始めた。

「――何だよ」

 呼びかけてきたロシェの方をマチスは面倒そうに振り返りながらも、頭の中で巡る嫌な予感に、早くも気が重くなっている。何の目的で呼び止めたのか心当たりがありすぎる上に、納得させる自信は全くなかった。

 しかも、マチスが使者に立つ決定を下す場にいたマルスとミネルバは既に退出してしまっている。王族に助けを求める形にならないのは幸いでもあるが、自力で切り抜けるのが困難になるのだから皮肉なものである。

 ロシェがマチスを強くめつけてくる。

「貴様、どうやってこの城をからにした。ミネルバ王女の説得にすら動かなかった軍勢を損害を出さずに城から追い出すなど、到底納得できん」

 ガトーの件ですっかり流れてしまった問題を全員が思い出し、この場にはオレルアンの諸将が数多く居るため、剣呑たらしい雰囲気にまで至ろうとしている。

 先の軍議ではこの戦いでの報奨について触れられていない。城を獲ったばかりで落ち着いていないし、敵地だから守りの対処を早急に迫られていたというのもある。

 各国の部将が居並ぶ中、ロシェの佇まいは彼らの全てを代表しているようにすら見えた。パオラ達マケドニア勢やアリティア騎士、顔馴染みの傭兵達ですら問いかける眼差しに例外はない。驚異的なまでの孤立無援である。

 続けてロシェが放った言葉が圧力に拍車をかける。

「元々は身内だ。マケドニア軍に通じていても不思議はない。問題は、貴様はどちらについているのか、ということだ」

 だが、今のマケドニアと繋がりがあるはずもなく、間者の容疑をかけられるなどマチスにとっては心外でしかない。

「なんでそんな話になるんだよ」

「そうでなければ最前線の城を一度の交渉で明け渡すなど、できるはずもない。――が、正直に言えば」

 と、ここでロシェは一度口を止めて、一同を見回したのちに確信を得たように頷いた。

「このところは鳴りを潜めていたが、過去を顧みて今に至るまで、貴様の振る舞いには不審が多すぎる。騎士の風上にも置けん」

 全力の存在否定である。ここまでやられるといっそ清々しいものだった。

 ロシェの言っている事はいちいちもっともなだけに反論ができない。まともな騎士でいようと思った事は、これまでひとかけらもなかったと言える。

 マチスは疲れたように口を開く。

「……それで、おれをどうしようっていうんだよ」

「どうというものでもない。疑いが晴れればそれで良し、そうでなければ然るべき処断になるだけの話だ」

 と、ここまでなら誰も動こうとはしなかった。

 が、ロシェが言葉を更に連ねた事でこの流れは変わることになる。

「このマケドニア戦は我々オレルアンの雪辱戦でもある。軍勢をもって決着をつけるべき場で邪魔をされるのは遺憾だからな」

「お待ちください、ロシェ殿」

 弾かれたようにパオラが前に出て、振り向いたロシェへ訴えるように言い立てた。

「これはマケドニアが正道に戻るための戦でもあります。侵攻の責めを負うべきは承知しておりますが、王の威に捉われている人々を立ち戻らせる我らの使命もあります、どうぞ、汲んでもらえませんか」

「しかし、マケドニアは現に……!」

 憤然と言い返そうとするロシェを隣からザガロが制する。

「パオラ殿の言う事ももっともだ。あまり先走るもんじゃない」

「オレルアン人のお前が、何を言い出すんだ。我が国を攻めたマケドニアに雪辱を果たすのは当然の事だろう。敵を前にして槍を振るえぬなど、国で待つ者達に顔向けできん」

「だが、解放軍(こちら)にいるマケドニアの人々には俺達もかなり助けられてきた。その事も忘れるな」

 これは痛いところを突かれたらしく、仕方ないと呟きながら引き下がろうとしたが、いや、と首を振った。

「そもそも俺は奴への疑惑を――おや?」

 間の抜けた声音はそれを受けるべき人間の不在が原因だった。

 軍議の場となった部屋の出口付近に固まってやりとりをしていたわけだが、その周辺にマチスの姿はなかった。

 他の部将達がその姿を捜し始める中、

「あまりこういう事は言いたくないんだが……」

 と言いながらカインが出てくる。仲裁に出ようとしていたこともあって、ちょうど前の方まで来ていたのだろう。

「どうした、カイン殿」

「多分、彼はもう……逃げたのではないかな」

 オレルアン騎士を中心として、一瞬ではあったが絶句の気配があった。

 弁明もせずに逃げるなど、それこそ騎士にあるまじき態度である。

 話の流れからマケドニア人を擁護する形で場を収めることになったザガロが、そっと呟いたものだった。

「災いの種を持つ奴を抱えるというのも、大変なものだな……」

 こうして奇異の目を再び集めることになったマチスは、カインが推測したように既に包囲網を抜け出して、一足先にマケドニア人の事務役が集まる場所に向かっていた。ただし、カチュアと歩兵部隊長に半ばその背を押されている。

 カチュアがパオラの口上で注目が逸れた隙にマチスを出口の方へ無理矢理引っ張り、歩兵部隊長がそれに手を貸して脱出に成功したのだが、その時にはほとんど引きずられるような格好になっていた。手荒な扱いに転びかけたりしたものの、ここで人の目を集めたらせっかく抜け出したのが水の泡になる――と、八歳年下の青髪の少女から強烈な視線で射抜かれ、そのおかげでどうにか持ち直すという場面もあった。

 おかげで助かりはしたが、あまり素直に喜べない。

「もうちょっと、こう、わかるように合図送ってくれても良かったんじゃ……」

「わかるようにやっていたら、抜け出せなかったわ。きっと。

 わたしや姉さんも真相を知りたい気持ちはあるけど、あなたがへそを曲げてこの軍のマケドニア人の力が削がれたらミネルバ様が悲しまれるから、今は不問にしましょうとわたし達の間で決めたのよ」

 オーダインとの話をありのまま話したところで怪しまれる上に、まだ何か隠しているだろうと強引に腹を探られるのがオチである。

 だから、この心遣いは有り難いはずなのだが、どこかそう感じ切れないものがあった。さっきの問いかける視線が全くの演技だった事も含めて。

 あまり深く考えたくない気分になったところへ、歩兵部隊長が追い討ちをかけてきた。

「他の武将なら逃げるような真似をすれば舐められるから面白くないが、きさまなら今おかしな評価がついたところで、今更だからな。我々も含めて長くあの場に捕まっているのは不本意だったのもある」

 以前マチスの部下だっただけに、彼もまた容赦がない。その横でカチュアが、そう思われても仕方ないわとばかりに、少しだけ肩をそびやかしていた。

 それにしても、知らない間にマケドニア人指揮官同士でえらく団結づいたものである。故郷で戦うという特殊な心構えがそうさせるのだろうが、いつの間にという感は否めない。違和感というほどでもないが、立ち入りづらい雰囲気ではある。

 それがミネルバへの忠心に起因しているとほどなく気づき、これは諦めるしかないとマチスは内心でため息をついた。

 表面上は歩きながら少し肩を落としただけだったが、その様子をどう思ったのかカチュアが呆れたように言う。

「どうしてそうなのかしらね。わたし達よりも先にミネルバ様と合流していたのだし、身代はわたし達よりずっと上、本当なら姉と同じくらいミネルバ様に近い立場になれたはずなのに」

 ――何て事を言いやがる。

 嫌そうに振り返るのを堪えるのは、ひどく努力が要った。

 そして、どうしてカチュアの口からそんな科白がとも思う。

 同じ事を歩兵部隊長も思ったらしく、軽く首を振った。

「生憎ですが、想像つきませんよ。ミネルバ様に仕えると決めるまで、王族に対する言動は目に余るなんてものじゃ済まなかったんですから」

「知っているわ。でも、姉が竜騎士にならないのだったら、この人が奮起してくれれば良かったのに、って思っただけ」

 本人を目の前にして随分はっきりと言ってくれたものだが、突き放された言葉から出てきたのは意外な事実だった。

 天馬を天馬でないかのように駆って活躍するパオラは、近いうちに竜騎士に昇ると目されている。

 なのに、その逆で話が進んでいるのはどういう事なのか。

「パオラ殿だったら、今すぐ竜騎士に昇ってもおかしくないのでは?」

「わたしもそう思うのだけど、姉はミネルバ様に遠慮してしまっているのよ。天馬騎士として戦い抜きたいっていうこだわりもあるみたい。――わたしには意地にしか見えないけど」

「遠慮って、まさか身分で?」と、マチス。

 半分はそうね、とカチュアは呟く。

「女性の竜騎士は、今はミネルバ様しかいないから、王族と騎士階級が同じ線に並ぶのは不敬だと思っているのよ。ミネルバ様はかなり前から姉さんのために竜騎士の戦装束と飛竜の鞭を用意しているのに」

「それは言ってあげたんですか?」

「何度もね。でも、まだ早いの一点張り。

 ミネルバ様の陣営は柱が少ないから、竜騎士でなくとも、せめて上級の格を持つ将が他に誰かいてほしいのよ。かといって、姉に及ばないわたしじゃ、代わりになれないし」

 それで妙な発言が出てきたのかと頷きかけたが、さすがにどうひっくり返ってもその代理がマチスに向かうのは無理がある。原因は諸方面にあるが、最たるものは騎馬騎士としての実力が圧倒的に不足している事だ。

 と本人はそう思っていたのだが、隣にいた歩兵部隊長は二度三度と頷いていた。

「カチュア殿の嘆きも、もっともだな。オーダイン将軍以来のマケドニア聖騎士が出てくれば、ミネルバ様の正義も伝わりやすくなるというのに」

「……あのなぁ、聖騎士はマケドニアでなるのが一番難しい上級格ってのを忘れてないか?」

「だが、将軍は男爵位、きさまは伯爵家の嫡流で開国以来の名門の出。その気になれば届いただろうに、というわけだ」

 マチスは反論しようとしたが、結局は引き下がった。嫌な論拠が来た上に、言葉を重ねたところで現状が変わる問題ではなかったからだ。

 それに、この話はミネルバとの間でほとんど決着がついている。

 オーダインと話を終えて城を離れ、彼の持つ聖騎士の勲章を持ち帰ったのを見つけられた時、ミネルバはそれを将軍の意思と解釈したが、マチスはそう受け取れずにいた。

 騎馬騎士団の隊士を率いる代理にするのであれば、団にまつわる印を渡しそうなものなのに、それがどうして聖騎士の勲章になるのか。

 どうにもピンと来ないマチスに、ミネルバは難しい顔のまま言葉を紡いだ。

「将軍は、城を離れるということは聖騎士位を手放す覚悟が必要だと思ったのでしょう。その資格がない、とも」

「だからといって、何も聖騎士の勲章でなくとも……」

「そうですね。卿は銀の槍すら携えていないのですから」

 上級格への階段には銀の装飾が施された武器が関わってくる。騎士の場合、銀の剣は特別な格が用意されているので昇格後に授けられ、その直前にある騎士には主君から目をかけられているという意味で銀の槍を与えられる事が多い。パオラやカイン、ロシェといった解放軍の有力な下級格の騎士はそれぞれの主君から銀の槍を受け取っている。

 本人の望みとはかけ離れているが、生まれ持った身分の力が働いてどうにか部将に引っかかっている状態では、銀の武器を持つ命令など下るはずもない。ましてや、ミネルバに心服できていないのだ。持たされない方が幸いというものだった。

 結局、勲章はミネルバが預かり、他に何らかの指示が増えたわけでもなかった。

 オーダインがこの先どういった選択をするか、予想は全くつかない。

 ただ、閉じられていくような予感がするばかりだ。

 カチュアがこの話題を締めくくるように首を振った。

「どのみち、聖騎士候補という感じすらしないわね。風格が感じられないもの」

 そんなものはおそらく一生身につかないだろう、と言われた本人こそが強く信じて疑わなかった。





十四巻の最後へ                     NEXT




サイトTOP