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FIRE EMBLEM 暗黒竜と光の剣(14) 「Noise messenger [1]」
(2008年8月)



Novels FIRE EMBLEM DARK DRAGON AND FALCION SWORD
14
605.09-10
[MACEDONIA]




(1-1)



 グルニアを発ち、マケドニアへ向かう解放軍の大船団は南洋の流れと恵まれた天候によって順調な航海をしていた。

 時折マケドニアの竜騎士や天馬騎士が妨害を仕掛けるものの、大した損害は生じていない。妨害とは言っても形ばかりで監視が目的のため消極的な攻撃に収まっているせいでもあるが、二万近くの兵を輸送する船団に対してたった百騎程度では脅し程度に外側の船の近くに槍を落とすのが手一杯である。

 船団の中ほどより後ろに位置しているマチス隊の乗り込む船にその話が伝わるのは、攻撃範囲に一番近い外側の船が攻撃をやり過ごした報告が入る時、つまりは全てが終わった後だった。

 今回の航海では熾烈な妨害を予期していたこともあって、船団の外周は解放軍を補佐する海の猛者――従来は海賊と呼ばれる者達――が固めている。各国の騎士の大多数が慣れていないであろう船上での戦闘を避けるためでもあったが、ドルーアの勢力をたったひとつの陸地にまで追い詰めた今だからこそ、アカネイア大陸全域の海の男達から協力を取り付けられた。そうした事実を強調する意味合いもある。だが、肝心の妨害がこれでは、こちらが仰々しいばかりである。

 マチス隊の面々は今回連携を取ることになったカイン隊の騎士達も交えて話をしていたが、その中にマチスの姿はない。

 あれこれと出てくる推測や今後の話題が始まると早々に抜け出し、甲板に出て船縁に陣取っていた。

 九月の下旬ということもあって秋の風が心地良く吹いてはいるものの、南洋では日差しが未だ強く、日除けの布を頭に巻いている。その上、指揮官の軍服を取っ払っているから後姿だけでは怠けている水夫と見られてもおかしくない。本物の水夫が背後から詰問してきて、様々な経過の末に最終的には退散させてしまう事が三回ほどあった。

 眺める先にあるのは幾隻もの解放軍の船と、どこまでも広がっていそうな海。この船が陸地から遠めに配置されて航行しているためだった。

 騎馬騎士団に放り込まれて、遠征のためにマケドニアを離れたのがおよそ二年前。もう生きて戻る事はないと思っていたし、諦めていた。

 それが何の因果か、攻め込む軍勢の部将として舞い戻っている。計画立ててでもいなければ、こんな展開になる想像がつくはずもない。

 そして、事の大きさに反してマチスが明確に持てた目標は、ひとりでも多くの隊員を生還させる、その一点だけだった。

 ミネルバ、解放軍、敵方のミシェイル。そのいずれにも強い拠りどころを見出せず、国を正道に戻す云々よりもアリティア軍に命を救われた借りを返すために解放軍に属しているに過ぎない。

 特異な志向を持つマチスにとって、この戦いは重要な転換期になり得る性質を持っているのはわかっているが、生憎ながら変化をもたらすだけの基盤すら出来上がっていないのが実情だった。

「考え事をするには、適当な場所ではないと思うがな」

 後ろから声をかけて船縁に並んだのは、同乗しているアリティア騎士カインだった。形式的には配下ということになっているが、実際はカインの主導で守られながら進軍するのだろうとマチスは踏んでいる。

「考えちゃいないよ。ぼーっとしてるだけで」

「それでも、こんな日差しの強い所にずっと居るのは正気の沙汰じゃないぞ。もし、倒れでもしたら……」

「そうなったら、心置きなくボルポートに全部任せられるよ。おれなんかより、ずっと指揮に向いてるから。おれも楽できるし」

「今度の戦いはそうも言ってられないんじゃないのか?」

「隊のみんなのためなら、おれじゃなくても問題はねぇよ。おれはたまたま橋渡し役になっただけだし」

 カインが怪訝そうな顔をする。

「何の話だ?」

「あんた達に拾われたのがたまたまだっていうのさ。レナがおれに気づいてくれたからあんな話になっただけで、知らないままだったら多分そうならなかっただろ」

 マケドニア最弱と揶揄される騎馬騎士団であっても、ミシェイルの影響力は強い。今の解放軍マケドニア勢に人があまり集まらないのを見てもわかるように、その支配下を脱するには相当な力技が必要になる。マチスの場合、反感は持っていても反旗を翻すつもりはなかったから、個人の意思だけであの時の生存者をそっくり寝返らせるのはほぼ不可能だった。レナやボルポートの存在によって、マチスはこの立場を得ることができた。望んだかどうかは別としても。

「こっちに来なければ良かった、みたいな言い草に聞こえるな」

「そ〜いうわけじゃないけど、なんか場違いなんだろうなって気がしてさ」

 ややあって、カインが眉間にシワを寄せる。

「……何というか、否定はしきれないな」

「しないでいいよ。そんな凄い奴になった覚えはないから」

 対マケドニア第一陣の構成はオレルアン騎士が相当の割合を占めているが、集っている将や主立った者の名を列挙すれば、アリティアから王子マルス、騎士カイン、マケドニアから王女ミネルバ、ペガサス三姉妹のパオラ・カチュア・エスト、オレルアンから『草原の狼』ハーディン、四雄ウルフ・ザガロ・ロシェ・ビラク、光の魔道士リンダ、タリス王女シーダ、傭兵隊を率いるはオグマとラディ――と、ほとんどがこの戦争で名を上げ、綺羅星が集まった解放軍の特色をそのまま表したような面々だ。

 これでまだ第一陣に過ぎないところが恐ろしくもあるが、ともかくこんな連中に混ざって同じ軍の将だと言われても決定的にまで違う何かを自覚してしまう。

「おれなんかがいるのはマケドニアの人間だからってのはわかってるんだけどさ、自分からこっち側に来たわけじゃないし、ひとつ間違っただけでもここにいなかったかもしれないなってさ」

 解放軍にいる直接の理由は命を救われた借りを返すためであり、それ以上のものはない。自発的な目的が欠けているために、繋がりの希薄さが違和感として反映されてしまうのである。

 だが、話相手のカインは、マチスの消極的な思いと逆の事を口にしてきた。

「その割に、解放軍ではかなり定着しているように見えたけどな。好きに振る舞っているというか……居心地良さそうだったというか」

「まぁ居やすいには居易かったよ。無理矢理前に出される機会もあまりなかったし」

 どころか、マケドニアの家や軍に居た頃よりも自由ではあっただろう。純粋な部隊の強さなどから来る片身の狭さも簡単に慣れてしまっていた。

「でも、こっちに来てあんた達みたいな普通に騎士やってる連中にとっちゃ面白くなかったんじゃないか?」

「それは、運命の賭けに勝ったからだろ」

 運命、とは随分持って回った言い方だった。

 思わずカインを振り返った。

「どういう事だ?」

「あの頃のマルス様と直接戦ったら、相手は大抵死んでいたんだよ。強くなる事に躍起になっていたから。あんたは偶然転換期に当たったんだろうけど、マルス様相手に生き残ったのなら許可が降りたんだろ。
 だから、こっちに居ていいというわけだ」

 ずいぶんと乱暴なまとめである。

「そ〜いう問題かなぁ……」

「そういう事にでもしないと、あんたは色々と面倒だからな。お願いだから、この期に及んでもう一回寝返るとか言わないでくれよ」

 あんまりな言われようだった。

「おれ、そんなに信用ないのか」

「そこまでは言わないが、何やらかすかわからんからな。ドーガはそういうところを見届けたかったらしいから、今回入れなかったのをかなり悔しがってたよ。それもどうかと思うがね」

 アリティアの重装騎士によると、マチスが今回何かをしでかすのは確定しているらしい。当の本人がどうすればいいか測りかねているというのに。

「妙な期待かけられてもなぁ……」

「あまり突飛な事をされてもこっちも困る。その辺は本当に頼むぞ。
 俺は船室に降りるから、頭が煮える前に戻ってくれ」

 立ち去るカインにマチスは軽く手を上げて応える。

 足音が消え、再びひとりきりになった。

 時折、どこぞの船と行き来する伝令の天馬騎士が視界に入るが、それ以外はさっきと変わりない。船はものものしいが、それですらどうでもいいと思えるほど長閑(のどか)な光景だった。

 それでも、これから先にあるのは考えただけで気の滅入る戦いである。こればかりはどうやってもひっくり返らないだろう。

 カインとの話の中では出さなかったが、マチスがこうして生き延びているのは、実のところ自分が忌避している貴族の血筋によって支えられている部分が大きい。

 代々続いていた僧侶の志や父親達の代から芽吹いた魔道の才、どちらもマチスには縁がなかった。

 こうした『継がれなかった』者ですら、血縁の都合で扱いを変えられ、部将などという立場に置かれる。

 マチス個人の器はといえば、剣や槍の腕前は並にも届かず、戦慣れした連中のような戦術観もない。自ら選んだ結果とはいえ、何百人という人間の命を預かれる自信は常になかった。

 これまでも度々悩みの種になっていた事だったが、結局変わりはしなかった。誰かのために変われるような器ではなかったということだ。

 この器は、貴族の血をもってして部将になり、所属している軍の力を借りてその血肉を作った身内を滅ぼそうとしている。

 ある意味で正しく、ある意味で見当違いの行動のように思えた。

「やっぱり、戦うのは向いてないんだろうな……」

 これだけ立ち回りが下手なのだからやはり自覚せざるを得ない。

 それでも、実際に戦う時は迫っている。

 この第一陣の内訳は、オレルアン一万二千、アリティア三千、この二国につく傭兵が二千。今回の主役とも見なされるはずの王女ミネルバ率いる解放軍マケドニア勢は千五百、数としては四番手の位置だ。

 ドルーアの枢軸が乱れた今でも、マケドニアでは国王ミシェイルの力は強い。解放軍の武威をもってマケドニア諸将が早く過ちに気づくのを願うのが、現実的な路線になりつつあった。

 この手段にマケドニア勢の主な面々は大なり小なりの不満はあったが、何せ代案がない。初戦となるであろう上陸直後の平原で大勝に少しでも大きく貢献して、ミネルバの帰還を喧伝するのが第一歩となる。

 マケドニアの南端に当たる平原一帯を守るのは聖騎士オーダインの騎馬騎士団。オーダインが長年――ミネルバの父たるマケドニア先王の時代から国に尽くしてきた事を知っているミネルバは胸を痛め、ペガサス三姉妹のみならず他のマケドニア勢部隊長も同調したが、マチスだけは別の意味で苦いものが混ざる思いにとらわれた。

 避けられない初戦がかつての上役とは嫌な役回りとなったと言うしかない。今のマチス隊は騎馬騎士団の出身者がほとんどだから、部下達にとってはその思いがもっと強くなるだろう。

 出立する前にミネルバが解放軍マケドニア勢全員の前で演説していたのが、正道への回帰だった。

 人の誇りにかけて竜に屈してはならない。竜の力を背負って人を虐げるなど人としての道にもとる行為である――等々。

 これを聞いた多くの者――マチス隊でも大部分の人間が感動していた。

 そんな様子をどこか醒めた気分で聞いていたのは相変わらずだ。

 王族という血統がミネルバをああさせるのか、それとも元からこうした資質なのか。

 血だけで人はそんなに本質が変わるものなのか。

 変えようのない生まれつきのもので全てが決められてしまう今の上流階級。

 そいつをずっと続けるのは大変だろうけど、それはなんだかつまらない。

「何もできないからこそ、生き延びないといけないのかもな……」





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