七月にグルニア敗戦の報が飛び込んだ時、マケドニア諸将の間に動揺が走ったが、王ミシェイルだけは泰然としていた。

「カミユは滅びるべくして滅びる選択をしたのだから当然だ。奴を頼みとしていたグルニアの運命もその時に決まっていた。それだけの事だ」

　カダインが同盟軍（アカネイア解放同盟軍の意）に明け渡された頃、ミシェイルはカミユと接触して、かねてから考えていた事を打ち明けている。マケドニアとグルニアが軍事的に強固なつながりを持ち、独自の勢力となるべく、密かに事を進め始めようというものである。本来はドルーアを倒すために考えていた案だが、人間の戦を知らない竜人族の言いなりでは、いずれマケドニアまで攻め上られてしまうため、先手を打とうとしたのだ。

　しかし、カミユはこの誘いを断った。仕える主君はグルニア王のみであり、王がドルーアに反する動きを望まない以上、応じる理由はないというのである。

　更に、グルニアが攻められようという時、カミユはミシェイルから出した増援の提案をも退けている。ミシェイルはカミユの将としての能力を高く評価していたのに、これではもうグルニアを見限るしかなかった。

　今は来る侵略者への対策をより強く講じねばならない。

「同盟軍も夏に攻め込むほど愚かではないだろうが、南端の守備を増員し、上陸者の監視を強めろ。各地の砦にはまた追って指示を出す」

　言って会議場を後にすると、それを追うように扉の向こうが慌しくなった。

　同盟軍は国を裏切ったミネルバを押し立てようと目論むだろうが、従う将兵がわずか千程度では飾りに過ぎない。

　ミネルバは竜人族の支配を嫌ったようだったが、ミシェイルからすれば、人の形をして人間を蔑むアカネイアの方が忌むべき存在だった。

　王座を獲った七年前、当世諸国の王、その他王族などの人物を見回せば自分ほどの才を持つ者はなく、ドルーア以外に致命的な脅威を持つ国もなさそうに見えた。

　アカネイアは古い大国であるが故に自らの体を支えるのに息切れする始末、オレルアンは力こそそれなりのものがあるが、アカネイアの影響が強く、従属の位置から抜け出せない。アリティアは騎士団の名こそ大陸に知れ渡っているが、小国の域であり、守りにも心細い位置である。グルニアは大陸随一の騎士団を持っているが、肝心の王がその戦力を扱う器を持っていない。

　マケドニアとて、これぞという優位は少ない。竜騎士団を筆頭とする軍の力は相応にあるが、国力に乏しい面は否めない。

　しかし、アカネイアの介入がなければ負の要素は相当に取り除かれる。

　そう思い立って、これまで様々な手を打ち、四年前にアカネイアを滅亡に追い込んだ。

　だが、カミユがニーナを逃した上に、マルスという予想外の器が現れた。

　暗黒竜を戴く戦争で神剣の王家を侮りすぎたという感は否めない。こればかりは手落ちを認めなければならなかった。

　とはいえ、同盟軍の戦い方は軍隊の強さに頼った力押しが目立つ。険しい山地では地の利に明るいこちらが有利に事を運ぶのは、困難ではない。

　王として、他者の蹂躙を許すつもりはさらさらなかった。