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「Reinforcement」 2-1





(2)


 マチスが滅多に勝てない賭け事で儲けたことはアリティア人を中心に珍しがられ、そこから知らない顔を紹介されるようになった。

 こんな話題とはいえ、ない時よりはよほどマシというもので、本来の目的である『知人増やし』は確実に進んでいる。ロジャーが多忙なせいでイカサマの真相を探る材料が揃わないのが多少気がかりだったが、できないものを急いでも仕方がないし、ようやく任務がはかどるようになって一息つけた気分の方が上だった。

 だがその明くる日、ミネルバから使いがやってきて賭博は自粛するようにと通告されてしまったのである。

 次には大負けすることを懸念されたのかと思いきや、そうではなかった。

「気づかなかったこちらも手落ちだったが、レナ殿の体面も含めて考えて行動するのが当然ではないのか」

「レナ?」

 体面も何も、聡明なシスターの兄貴がろくでもないという評判は今に始まった事ではない。そのせいで、相対的以上にレナの評価が上がっていると言っていいだろう。

 マチスがミネルバに従うようになってそうした色も最近では鳴りを潜めてはいるが、元々の評判が覆るほどではない。

 そもそもだ、と使者は続ける。

「祖先をたどれば、国祖を助けた由緒ある高僧の家柄に当たるというのに、賭博で名を上げるのは家の名に傷をつけるようなものだろう」

 マチスがその家から勘当をくらっていることは、無視されているらしい。

「賭けなんか、今までさんざんやってきたんだけどな」

 暗に、そういう事はもっと前に言えと返した。

 だいたい、バセック家が僧侶の役割を主に担っていたのは二代前までで、今ではマケドニアにおける魔道の権威としての名声の方が上である。

 ともかく四の五の言わずにこれからは正攻法でやってくれと言いおいて、使者は立ち上がった。

 と、部屋を出る間際にマチスを振り返る。

「今思い出したが、貴公の行動を聞いたレナ殿がひどく落胆しておったぞ。肝に銘じておくことだな」

 八百人以上もの部隊を率いるマチスよりも、時にミネルバの話し相手にもなるレナの方がマケドニア勢の上層部に重く見られている節があるのも今に始まったことではない。

 内心はともかくとして、表面上は素直に了解しておいた。

 それに、今度あの面子で賭けをすればほぼ確実に負けるだろうし、イカサマなどそう見破れるものではない。顔を売るための糸口は掴めたのだから、もう以前のような苦労はしなくなるだろう。あそこに行けなくなっても問題はなさそうに思えた。

 帰っていく使者を外で見送るさなか、マチスは肩をすくめる。

「レナが、落胆ねぇ……」

 表沙汰にはなっていないが、レナとは喧嘩をしている最中である。

 アリティア解放の後、落ち着きを取り戻し始めた頃に兄妹ふたりで話をしたことがあった。従兄弟のネクスと先の戦いで敵として遭遇し、結果的に死なせた事について、レナは強く嘆き、最後にはどうしても救えなかったのかと身を震わせて訴えてきた。

 全身に矢が刺さった状況ではどのみち諦めざるを得ないし、元々名指ししてまでこちらを殺そうとしてきたのである。そんなに存在を覚えていなかったこともあるし――とはさすがに言わなかったが――助けようと思いつく意識は持てなかったと返すと、これが決定的にレナの心証を悪くした。

 アリティア軍に入る時に、親と敵対することも覚悟したのだから、もう、そうした事でレナが呵責に苦しみ、その運命を恨むことはないのだろうと、マチスはそんな風に受け止めていた。けれど、現実には身内の死を前にしてこんなにも心を痛めている。もちろん、それは悪い事ではない。レナの立場からすれば当然の反応だった。

 だが、マケドニアでは、今と比べようもないほど見知った人の死を数多く見なければならなくなる。そのうちのいくつかは自分達が手にかける可能性もかなりあると思っていい。そして、自分達がマケドニア軍に殺される可能性も。

 マチスや彼の部下である元マケドニア軍の面々は、既にオレルアンの時点でこうした経験をしている。兵士達は様々な思惑を押し殺して、程度に違いはあれど対処しきれた者が今もマチスの元に残っている。

 そうした気持ちもあって、この時のマチスはレナの心を落ち着かせる言葉や態度を出せなかった。持ち合わせていなかったと言ってもいい。言いようのない、焦げ付きのようなものが胸の中に宿るばかりで、結局は何もできずに妹の前から去った。

 あれから十日以上経つが、どちらからも接触しようとはしない。折り合いがつかないままでいる。

 そんな状態のレナが賭博遊興の件など聞けば、落胆程度の反応で済むわけがない。見限ったと思っていいだろう。

 幸い、レナはマチスの手を借りて生きる必要はない。心の支えなら、恩人だというジュリアンが兄よりもずっと立派に務めているらしいから心配はなさそうだった。シャクではあるが。

 もしかしたら、この問題はずっと片付かないかもしれないと思い、考えるのはやめようと思った矢先にマチスはある人物の事を思い出した。

「そういや、じーさんがいるのはグルニアだったんじゃないか……?」

 バセック家が魔道に『転向』する前の最後の当主が兄妹の祖父で、その頃は祖先の流れを汲んで僧侶として神の教えを広めるのが主な役割だった。もっとも、これは消滅したわけではなく、こうした事態にならなければ代々受け継がれてきた家宝の杖はレナがいつかは持つはずだった。

 祖父は比較的若いうちに引退して、「空気の薄い所は性に合わんと前々から思っとった」と言って避暑に適している高地の領地には住まず、定住の地をあちこちと探して落ち着いたのは他国のグルニアだった。

 仮にも伯爵だった人間が政務でもないのに他国に住みつくのに多方面から反対意見があがったが、グルニアがマケドニアと戦争でも始めたら帰ってくればいいんだろうと言って、振り切って行ってしまった。

 マチスは数回だけ会ったことがあるが、日焼けして、僧侶というよりもいっそ農夫と言ってしまっても通りそうな風貌だった。それでも伯爵家の特徴である赤毛はもちろん、見目の整った顔立ちは疑いようがない。祖父と父親を見比べてみれば、確かに似ている箇所はいくつもあった。

 幼い頃のレナはシスターになるための勉強と修行のために、この祖父の元に預けられていた。その時期に住んでいた村が数人の賊に襲われたものの、祖父が杖一本で撃退したという逸話があって、あまりにも嘘くさい話なのだが、その証人がレナなのだから納得するしかない。

 祖父の事をひっくるめて言えば、規格外だった。

 今はグルニアのどの辺に住んでいるのか知らないが、解放軍が攻め込んできたらどういう対処をするのだろうと、そんなことをマチスはぼんやりと思った。





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