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「SPIRITS」 3






 オレルアン王弟であるハーディンにアカネイア王女ニーナから聖騎士の称号を与えられる事について、表向きにはめでたい事だと祝いの言葉が飛び交っているが、この意義について裏読みする流れも確実に存在した。

 今まではマルスが『炎の紋章』をニーナから託されて同盟軍を指揮してきたが、パレス奪還によってアカネイア勢力が台頭し、加えてハーディンがニーナから聖騎士の称号を授かるとなると、同盟軍の頂点に近いところで強い力が新たに生まれることになる。今までは紋章を預けられたマルスに絶対的な力があったためにうまいこと均衡がとれていたが、それも怪しくなりかねない。ニーナがこの時期を選んだ事も何らかの計算が働いているのではないか――と、この話はどこまで行っても泥沼になりそうな気配である。

 元々、どの国の人間が与えるものであっても聖騎士とは一律に尊ばれるものであり、どの国に属しているものであってもその点で格差を認めないという前提がある。しかし、同じ聖騎士の称号でもオレルアン王が与えるのとニーナが与えるのとではその意味合いは大きく異なると人々は思っている。せっかくの華々しい叙勲だというのに、政治的な要素を含むのは免れそうにない。

 もっとも、ニーナはこの叙勲をオレルアンで彼女を守り続けた事とパレス奪還の際に囮役に甘んじて全うした事、そしてこれまでの武勇に報いる形を取るのだと表明している。

 これを額面通りに受け取る者は少ない。だが、意外なところに存在した。

「どうして、そういうおかしな所でハーディン様と同意見なんだ」

「非難されても困るんだけどな」

 ロシェの口撃目標にされても、マチスは肩をすくめるだけだった。当事者と感想が一致しただけで責められてもどうしようもない。

 叙勲の式場となる広間はまだ準備が整っていない。各国の王族を除いた叙勲式の出席者は広い休憩室で待たされているのだった。

 この場合、マチスは今いる騎士達の集団ではなく、貴族出身のそれに入ることもできるのだが、自分からその立場を蹴っていた。貴族の血筋を持つ人間が取る行動としてはあまり良くないと見られるだろうが、そういう性質たちではないので仕方がない。

「ハーディン様は余計な事を詮索するよりも度量を大きく持てと仰るが、これだけ話題になっていれば落ち着くものも落ち着かん」

 と言って、ロシェはちらりとマチスを見る。

「……紙一重としか思えんがな」

 何がどう紙一重なのか非常に理解に苦しむ科白である。

 ところで、とカインが口を開いた。

「貴君らはどうするんだ? アリティアからは俺かアベルが試合うことになると思うが」

 聖騎士叙勲の数日後には、当の聖騎士と選出された騎士が槍の試合を行うことになっている。次の聖騎士候補と見なされる騎士が参戦するのが通例で、今回は同盟軍に参入している国ごとに代表をひとりだけ立てられることになっていた。

「俺達はロシェを推しているんだが、本人がどうしても頷かない」

 と、これはザガロ。

「ロシェ殿ならハーディン公の目に適うと思うが、いけないのか?」

 ロシェはカインの言葉に強く首を振る。

「俺などまだまだです。……いや、ハーディン様でなければ憶するものではありませんが、習練が足らぬ身では槍を手に御前に出るのもあつかましい限り。もっと早く腕を磨けていたらと悔やむばかりです」

「ならば、仕方がないか。残念だ」

 この会話にマチスは参加しなかった。マケドニアからは誰も出さないことで既にミネルバとの間で話がついている。

 そもそも、聖騎士という存在がマケドニアには縁が薄い。聖騎士よりも竜騎士の方が尊ばれるのはもちろんだが、なりたがる者がそうそう現れない。今は敵対関係になってしまったが、騎馬騎士団のオーダイン将軍はそういう意味で稀な存在と言える。

 もっと付け加えれば、今回はハーディンに立ち向かうような候補がいない。この試合では地上で騎乗して試合をしなければならないから、ミネルバやその配下は参戦できない。では、マチスの隊から騎乗騎士の中で腕自慢を出すのが順当な線だが、純粋な個人としての強さでロシェに匹敵するような者がいるかどうかというとかなり怪しいものがある。当然、武勇に拠らず隊を率いるマチスは最初から自分を除外してこの話を進めた。

 しばらくして広間に誘導され、いざ叙勲の儀式が始まるとあとはひたすら見物しているだけだったから、わずらわしい事に引っ張り出されることもなく、穏やかに式の終わりを迎えることができた。

 そして、この後は叙勲を祝う饗宴が催された。同盟軍指揮官格の騎士とアカネイア貴族が招かれたが立食の形式であったため、最初の挨拶と乾杯が終わると、各々が思いのままに散っていった。

 今回はこの間とは違って好き勝手にできない性質の宴だから、これは適当におとなしくしていようとマチスは壁際に行こうとした。

 そののんびりとした足取りを追う規則正しい靴音がして、思わずその主の方を振り返った。

 その人は儀礼用の軍服を身に纏っていたが、生地は値が張りそうなもので、仕立てはと言えば、いちいちが精緻でいかにも人の手がかかっていそうだった。

 そして、真紅の髪に彩られ鋭ささえ感じさせる面立ちが、強烈に目をひきつけた。

 マケドニア王女であり、(一応)現在の主君でもあるミネルバだった。

 一瞬、たまたま近づいてきただけなのかと思ったが、そうではなかった。

「卿、良ければわたしに付き合ってくれないか?」

 逃げ損ねた、と顔に書いてしまうのをどうにか押さえて同意すると、ミネルバは機嫌の良さそうな笑みを見せた。

 誘われたのは大変な予想外だったが、あれこれと言っても始まらない。おとなしく付き従うしかないのだ。

 そういえば珍しく男言葉を使っていることに気づいたがそれは口にせず、ミネルバの足が向くままに晩餐の間から露台バルコニーに出る。

 大陸の中でも南の方に位置するアカネイア・パレスといえども、この時期は寒い。昼間であっても外套をしっかりと着込み、うっすらと白い息を吐きながらの会話となった。

 ミネルバはこの時にはもう男言葉をやめて、やわらいだ表情を見せている。

「こうした会にはあまり出たがらないと言う割には、意外な方と親しいのですね。この間、卿がウェンデル高司祭の所へ行っていたと聞きました」

 思わずぎょっとしかけた顔を見せたマチスである。別に隠すことではないが、そう言われてしまうと何となく隠しておきたかった気になってしまう。

「……意外、でしたか」

「カダインの繋がりがある事は知っていましたが、ああした方に近しくお付き合いをするのは難しいと思っていましたから。
 あの日、卿と話をしようとして使いを出そうとしていたら、丁度高司祭と同席すると聞いたものだから諦めたのですよ」

「げっ……」

 今度こそ焦った。ディールで態度を翻す前ならともかくとして、今はそういう用件があったとしてもミネルバにはそれに割り込む権利がある。従って、この場合は恐縮するのではなく、知らないうちに大きな借りを作ったということになった。

 それを知ってか知らずか、ミネルバは小さなグラスを手にしたまま上機嫌に微笑んで、器からその向こうを見ようとしている。

 あの日、宿舎に戻ってからミネルバの使いが来たという話はなかった。だとしたら、ミネルバの言う事は正しいのだ。

「……御用であればわたくしから赴きましたのに」

「いいえ、気にすることはありません。今、こうして話せているのだから充分です」

 何が本題なのかがわからないから不安極まりないのだが、ここはひたすら押し隠すしかない。

 手の中の飲み物も冷たいから、ふたりとも話の合間にちびりちびりと減らしていく。しかし、元々の器が小さいものだから少し立っている間にグラスは空になった。

 体を温める命の水がないのだから、成り行きとして晩餐の間に行ってお代わりをもらうことになる。

 と、その途中で、ミネルバが不意に振り返った。

「そういえば、あまり強くないと聞いていますが……」

「いくら弱いといっても、この程度ならまだ飲めます」

 弱いと認めている事そのものが問題発言でもあったが、ミネルバは、

「そう。それなら良かった」

と、あくまでも気にしない風で屋根の下に向かっていった。

 冬の空気に晒されて屋内に戻ったものだから、マチスの鼻先や頬は少し赤くなっていた。

 結構呑んでいたのか、早くも酔っ払い始めているアリティアやタリスの面々からは好き放題言われてしまう。

「ミネルバ王女を独り占めにする罰が当たったんだな。臣下とはいえ、羨ましいじゃねぇか」

「そうだそうだ、あんな美人の主君なら仕えることができるだけで幸せってやつだぞ」

 招かれる人間が厳選されていたから、思い切って呑めない場だと思っていたのに、どうやら見当違いだったらしい。

「こんな事だったら、あんたらに混じってれば良かったよ」

「何言ってやがる。絶好のチャンスじゃねぇか」

 何のチャンスなのかいまいちわからないまま、そのミネルバが軍衣に合わせるかのような、あまり人を近づけない雰囲気を醸し出して戻ってきていた。

 遅れたらまずいと騎士達の輪から抜け出して迎えに行くと、合流したところを狙ってひとりの貴族がすっとミネルバの側についた。

「ミネルバ王女、このような場所で臣の者を相手にするなど時間の無駄ではありませんか。ここは是非、私と……」

「お断り申し上げる」

 ミネルバは貴族に最後まで言わせなかった。

 しかも、また男言葉である。

「今日は聖騎士の祝いを催す場であるから、それに即した行いをしているまでのこと。わたしは王女だが騎士でもあるということをご理解いただきたい」

 だから軍衣を着て男言葉だったのかとマチスは感心しそうになったが、次の瞬間には、ちょっと待てと突っ込みそうになった。さっき露台に出て話した事のどこが『騎士の行いに即している』というのか。それに、あっさりと言葉を直していたはずだ。

 けれど、この貴族の味方をするのもそれはそれでしゃくであったし、さてどうするかと思っていたらすごすごと下がっていった。

 再び露台に立つと、ミネルバは少しグラスを傾けて言った。

「やはり、ハーディン公と試合う者は居りませんか」

 ようやくそれらしい話になったが、マチスは否んじるだけだった。

「その事なら、もう話がついたはずです」

「卿自身は?」

 何を言うのかと目を見張った。ハーディンと武を競うなど、マチスの腕前では全く考えられないことだ。

 後で擁護してくれる人間はいくらでもいるだろうと、ありのままに述べることにした。

「私が公とやりあっても、簡単にカタをつけられてしまいます。誠にもって申し訳ありませんが、一生勝てない相手です」

「本当に?」

「病気とかしてくれるなら話は別かもしれませんが、そうでなければ無理です」

「武力でなくても? 他の方法でも、一生勝てないかしら?」

 他の方法? マチスは眉をひそめる。

 そもそも、ハーディンを相手にして何かで勝とうと思ったことがない。この人よりも先に敵に回りそうな人間を挙げていくだけでうんざりするような面子である。

「家柄に優れるのはともかくとして、武勇に優れていないと聖騎士になれないなんて難儀なものね。けれど、称号を得たら有望な騎士と戦わないといけないなら、それもそうなんでしょうね」

 くい、とミネルバはグラスを傾けた。

 思いっきりのいい呑みっぷりも騎士の何とやらなんだろうと、マチスは小さく頷いていたが、ふとミネルバの異変に気がついた。

 この寒いのに手扇で顔を扇いでいたかと思えば、今度は外套に手をかけてまるで脱ごうとするかのようだった。

「ちょ、ちょっと……」

「暑いわね。さっきまでの寒さが嘘みたいで」

「嘘って……」

 いや充分に寒いと言おうとしたが、マケドニア王女の手は止まらない。瞬く間に外套を脱ぎ去って軍服姿になった。

 これで風邪を引かれたら厄介な事になりそうだと思っていると、ミネルバは露台の手摺りに寄りかかって、城下を見るように促した。

 大陸最大の都、アカネイア・パレス。城の足元に控える町並みはひたすら広大で、果てしなさを感じさせる。人口はマケドニア王都の三倍とも五倍とも言われている。

 ミネルバが、充実感のような、達観のような、そんな区別のつかないため息をついた。

「前からわかっていましたが、アカネイアは豊かですね。わずか三月みつきだというのに、王城や城下は復興して、こうした饗宴を何度も開いている。春先に軍勢を進めるまで何かとかこつけてこうした事はまだ催されるでしょうし、その一方で軍備も今までの比にならないほど増強されようとしています。心強いですが……何かを思わずにはいられないのも本当の気持ちです」

 わざわざ呼び出してまで言いたかったのはこの事だったのか――そう理解する間もなく、ミネルバが喉元高く留まった軍服の襟に手をかけようとしていた。

「まさか、ここで脱ぐ気じゃ……」

「大丈夫よ、私とて場をわきまえています」

 しかし、ひっきりなしに襟に触れているところを見ると、そう長く保ちそうにはない。

 手を引く無礼とやらを全く考慮せずに、露台から一番近い小部屋に慌てて引っ張って行き、すぐさま外に出て兵士を捕まえて誰でもいいからシスターを呼ぶように頼んだ。

 扉のノブ同士をベルトで結びつけて、あとはミネルバが窓から出ないことを祈るしかなかった。

 しばらくして駆けつけてきたのは彼の妹である。

「兄さん、どうしたの!?」

 マチスはそれに答えず、戒めのベルトを外し、

「頼む」

とだけ言って、部屋に背を向けたまま扉を開けた。

 次の瞬間、レナの悲鳴めいた声が聞こえた気がしたが、それでも振り返ったりはしない。その瞬間に身の破滅は決定してしまう。

 それからすったもんだはあったものの、大事になる前にミネルバは『収容』されて事なきを得た。

 どうやら、テーブルに並べて置いていたグラスの中に強い火酒が入っていたらしく、外の寒さに辟易していたミネルバは戻った時にそれを五、六杯呑んでしまったということだった。

 表向きには気分が優れなかったから退出したと発表されたが、真相をどれだけの人間が知っていたかは未知数である。





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