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「00Muse」 2-3






 翌朝のノルダの町には、静けさと奇妙な賑やかさが同居していた。

 南地区に現れた殺人鬼の事を北地区の人達に伝えて戸締りを呼びかけたところ、その通りにした側と集団になった方が安全だと考えた側とに二分したのだった。家を厳重に戸締りしていても、どこかから強引に侵入されてはどうしようもない――後者に至った人はそう思ったのだろう。

 その話をマチスから聞いたマリアは、ある提案をしてきた。

「だったら、わたしも皆さんと同じ宿舎に居た方がいいんじゃない? 少なくとも警備の人は残っているんでしょ」

「で、取り返しのつかない事があったらおれの首が飛ぶ、と」

「今度は毒が強すぎるのね……」

 ちょっと引いてみせたマリアにも、この青年はおかまいなしだった。

 というより、この二日で忘れたい事に遭遇し過ぎているのである。

「ともかく、北で何かあったら町から離れた方がいい。この詰め所に押し込まれたらどうしようもないから」

「どこへ行けばいいの? 山脈沿いの西は敵の海軍と睨みあっているし、本隊はまだ奪回戦の最中でしょ。たった十人かそこらで野営して町が落ち着くまで待つの?」

 たたみかけるのに隙がない。あるいはその事を既に考えていたのかもしれなかった。

 まさか危険を感じたらその都度逃げてくれと言うわけにもいかず、

 マチスは肩を落とした。

「どうしても、この町を離れないつもりなんだな……」

「そうよ。話を聞いていたら、なおさら逃げちゃいけないって思えて。わたしの杖なら重傷の人を助けられるし」

 その心意気だけはありがたいし、殺人鬼が出てこなければ考慮の余地はあったが、今のノルダは危険すぎた。同盟軍の関わった建物が襲われているからには、今までとは違った警戒をしなければならない。

 姑息であることを承知の上で、マチスは搾り出すような声を出した。

「……とりあえず、あと一日待ってほしい。手が必要なようなら迎えを出して、町に入ってもらうから」

「こんな状況じゃ、しようがないものね。わかったわ」

 マリアの諒解を得て詰め所を出ると、周囲の目も構わずにマチスは重々しいため息をついた。

「なんで朝っぱらからこんな疲れる事しなきゃならないんだ……」

 そうは言うものの、実際には眠っていない。もはや自分で自分をごまかす域に入っている。

 夜通しの警邏を三百人注ぎ込んだのが効を奏したのか、夜の間に新たな被害が出ることはなかった。ただ、標的の姿を見た者もいないので事態は変わっていない。

 ゆっくりと歩き出すと、物見の塔が目に入った。アカネイア騎士が昨日上がっていた所だ。

 何か新しい発見があるかもしれないと考えて、連れていた部下と一緒に上がってみると、そこには同盟軍の兵士の他に町人の男達がいた。彼らは一様に中年以上の年齢層で、町の方を眺めている。兵士が町の外を黙って睨み続けているのとは対照的に、私語も交わしていた。

 そんな男達の後ろに立って、マチスは町の全景を見渡す。

 元々が山に囲まれた窪地になっていて、山裾から続く林が町の全体を囲んでいる。人を捜すのであれば、あの林も視野に入れなければいけないだろう。殊更面倒な事になりそうだった。

「お、あんたも同盟軍の兵隊さんか」

 背後にいた彼に気づいた中年の男が声をかけてきた。

「ちょっと飾りが多いけど、どっかの隊長さんかい?」

「そうだけど、小隊長だからそんなに偉くないよ」

「それでも分隊長よか偉いわけだ。若くて人が好さそうなのに、なかなかやり手じゃねぇか」

「……」

 本当を混ぜた嘘をついたこちらも悪いが、大隊長の恰好をしていてもそう信じ込まれたのはどういうことだろうかと、少し考えてしまう。

「ところで、まだ町に平和は戻らないのかい? せっかく、ニーナ様がアカネイアにお戻りになったってのに……」

「もう少しなんだけどな。最後に厄介なのが出てきちまったから」

 町の住人に対しては、赤い影の殺人鬼を同盟軍に抵抗している傭兵くずれの男――つまり、この町のならず者として説明している。事実ではないかもしれないが、可能性は高いということでこれを採ったのだ。寺院の事件に関しては犯人がわからないので、噂として色々な話が飛び交っている状況だった。

 ふたりの近くにいた男が、マチスと話していた中年男を小突いて塔の淵から離れていく。その行き先を見ると籠の中身を町の人に配る赤毛の女性の姿があった。昨日、やたらとでかい籠を持っていた人だ。

「お、小隊長さんも貰って行きな。アンナちゃんの差し入れは旨いんだ。遠慮しなくていいからよ」

 そう言って、中年男も皆に倣って淵を離れていく。

 なんでまたこんな所に首を突っ込んでいるのかとマチスは思っていたが、向こうも彼に気づいたようだった。

 アンナが頭を下げるのに会釈で応えたが、それだけで立ち去るのもどことなくおかしい気がしてその場に留まった。

 籠の中身が全部消えてから、彼女はマチスの所にやって来た。

「昨日の騎士様と一緒にいた方ですよね。こんな所でお会いできるとは思いませんでした」

「いつもこうやって差し入れしてるのか」

「ええ。上らせてくれない時もありますけど、上れる時は直接渡しています」

「でも、今出歩いてたら危険だろ。まずい奴がうろついてるんだから」

「知ってます。殺人鬼がいるんでしょう?」

「……全然、危機感がないように聞こえるんだけどな」

 ため息をつくマチスに、アンナは笑顔で胸を張ってみせた。

「せっかく外に出歩けるようになったのに、負けてられないわ。怖がって閉じこもるのは、もう嫌だもの」

 アンナの笑顔には、ある種の――いい意味での無神経さがあった。鈍感とも呼ばれかねないが、自信に満ち溢れている。

「ま、確かに負けちゃいけないやな」

 こんな笑顔を見るのも悪くないなどと思いつつ、マチスはもう一度町の全景を見た。あまり長居しても何だから、町並をきちんと把握したところで下りるつもりだったのだ。

 そうして見回していると、一瞬だけ何か煌くものが見えた気がした。南地区の東寄りの場所だ。

「何だ、今のは……」

 映ったのが視界の端だったこともあって、気のせいのように思えた。しかし、光というのは現段階では警戒対象である。

 しばらく煌きが見えた辺りを凝視していたが、もう一度何かが起こりそうな様子はない。なのに、まさかと思う気持ちが段々と嫌な予感に変じていく。

 やがて、空振りに終わろうとも行っておこうと決断した頃、今度は光が見えた辺りから煙が立ち上ってきた。

「もしかして、火事じゃないかしら……」

 アンナの呟きを背に、マチスは思わず舌打ちを洩らした。立ち止まっていてはいけなかったのだ。慌しく塔を下りる。

 消火の手は既に足りているだろうが、そちらに注意が向いて警邏がおろそかになりかねない。南地区にいる彼の部下を捜すか、いっそのこと他の部隊に合流してでも警戒の強化を呼びかけなければならなかった。

 南地区で最初に出会ったのはワーレンの傭兵達だった。

「うちの部隊の連中を見かけなかったか?」

「見てないな。それよりも、騎士様連中があんたを捜してたよ。見かけたら連れてきてくれって」

「どこに?」

「さっき魔道が発現した所だ。ボヤになっていたよ」

「魔道? って事はさっきのが……」

「えらく派手なボヤだけど、怪我人がいないのが救いだったな。消火を手伝おうとしたら、間に合っていると断られた」

「そうか。ありがとな、行ってみるよ」

 だが、彼らはあくまでも案内に立つと言って、マチス達を今回の現場に導いてくれた。

 煙と火は収まっているが、出火したせいで焦げた臭いが漂い、足元は水びたしになっていた。

 マチスを呼んだ騎士達は、ボヤの状況や魔道の目撃談を語ってくれたが、魔道士を見た者は誰もいなかった。それでも、目撃者豊富な魔道の話を統合すると、今回はオーラの魔道に行き着いた。もっとも、知識としてのそれであって、実物に基づいたものではなかったが。

 ともかく、まだこの付近にリンダが居るとわかったからには、捜索をしなくては話が進まない。林に逃げ切ってしまっている可能性もあるが、そちらには見張りを立てることで決まり、捜索の中心はやはり町の中になった。

 この時点で元々の駆逐対象だったならず者には、ほとんど出遭わなくなっていた。傭兵やアカネイアの兵士達が追い出していた成果だ。本来、というか表向き与えられた任務はこれでほとんど終わったことになる。

 マチス達は送り届けてもらった時点で傭兵達と別れていたため、その時も四人で動いていた。リンダを捜すのに重点を置いたため、あまり危険を顧みなかったのだ。他の集団が十人程度で動いていたのと比べると、危険に対する意識が低かったと思われても仕方がない。

 そして、その隙を突くように彼らに災いが降りかかってきた。

 前を歩いていた部下が路地を右に曲がろうとした時、突然全身が赤く染まった男が現れて、わずか一閃で彼を斬り捨てたのだ。

 その特徴は見間違えようがない。

「殺人鬼だ!」

 マチスは反射的に大声で叫んで、剣を構えた。彼我ひがの距離はおよそ五歩。間合いはともかくとして、威圧を感じるにはひどく近かった。

 男の様相は、実に異名にふさわしいものだった。ただの赤ではない、血を浴びているために赤黒いのだ。

 男は何の警戒態勢も取らず、ぶらりと両腕を下げている。隙に見せかけているのか、狂気故の態度なのかは区別がつかない。

 この相手が昨日しでかした事を思い出しそうになるのを、マチスは強引に止めた。故意に思考を真っ白にする。

 ――殺戮者の体つきはさほど大きくなかった。むしろ、身長は負けていない。もっと言えば、部下のふたりはマチスより身長が高く体格もそれなりにいい。勝機がないわけではなかった。

 肝要なのは、ここで決着をつけようとしないことだった。返り討ちに遭わないためには、有利な場所と手数の元におびき寄せなければならない。対魔道士と同じ戦法だが、間違ってはいまい。あとは部下が逸らないことを願うばかりだった。

 そこへ、前方から大声で呼ばわる声が聞こえてきた。

「剣を捨てろ! もう逃げられんぞ!」

 見ると、幾人ものアカネイア兵が道を埋めている。

 これで追い詰めることができるかと思ったその矢先、赤い影がこちらに向かってきた。

 逃げるとすれば元来た道だと思っていただけに、この行動は予想外だった。改めて身構えている間に影は距離を詰めて、斬撃を放とうとする。

 その間際、先頭にいたマチスを庇うように部下が前に出てきて、影に斬りかかっていった。

 刃同士が甲高く弾く音が響いたかと思うと、剣をいなされて均衡を崩した部下の肩を踏みつけ、影は彼らの背後へと跳躍した。

 軽業師さながらの技を見せつけるところを叩き落とすこともできず、マチスは影を目で追うのが精一杯だった。剣を振るう時間を与えぬほど、敵の動きは素早かったのだ。

 影はほとんど音を立てずに着地し、そのまま逃走を始めた。

 マチスと残りひとりの部下がそれを追うがすぐに入り組んだ路地のどこかへ消えて、追跡はそこで諦めざるをえなかった。

 マチスはがっくりとうなだれる。落胆ではなく、自分から締め付けていた精神の揺り返しがきたためだ。頭の中がぐるぐると回って、口の中に苦みのある味が広がる。

 しばらく休んで気持ちが落ち着くと、殺人鬼と対峙した割に恐怖感がないことに気がついた。それも意識を強引に変えた成果なのか。

 自分の腕では手に余る相手だというのはわかっている。発見した時に大勢で追い込まなければ、今のように逃げられるかもっと悪い結果になるだろう。それとて、うまくいくかどうかは怪しい。

 この始末は下手な戦闘よりも手こずる気がしてきた。





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