トップ>同人活動記録>FE暗黒竜小説INDEX>7 00Muse 2-1
「00Muse」 2-1 |
(2) 日が暮れて、町のあちらこちらで篝火が焚かれるようになった。 街門のそれは特に盛大で、人間の持つ手燭が蛇足となる。 そんな灯りの元、マチスは街門と一体になった物見の塔を見上げていた。 「結構高いんだな……」 「そうだな、民家の四階分以上の高さがあるはずだ。この時間ではほとんど当てにならなかったがな」 アカネイア兵士の指揮官が、苦笑ぎみに肩をすくめた。 マリアと話した詰め所を出て再び町に入ったマチスはこの指揮官と街門で鉢合わせて、負傷したアカネイア兵士の処置やその後の対処の事で礼をされているうちに、どうしてこんな所にいるのかという話に移行して、マチスが自分の事情を明かした後で指揮官がさっきまで上っていたという、この物見の塔の話になったのだった。ノルダの町は中央に向かって緩やかな傾斜があるため、塔の上から町の構造を把握しやすいのだという。 ただし、視界が悪ければそれも台なしである。 「何か見落としている事があるかと思って上ったが、こう暗くては松明の場所しかわからん。この町は嫌いではないんだが、いざとなった時の対処はしづらいな」 最後の方は独り言のつもりだったのだろう。北の生活感ある住人と南のうらぶれた建物が妙な対比を作っているのがマチスにとってのノルダの印象だが、こんな風に兵士が駆けずり回っていなければ町の様相と印象はまた変わってくるのだろう。 「ところで大隊長殿、昼間に魔道と遭遇して何か手掛かりはつかめたのか?」 「何か、ねぇ……」 マチスは頭をガリガリと掻く。訊いてほしくない質問だった。 襲撃者の正体についてある程度の予想はできているが、根拠が弱い上に猛反発をくらうのが目に見えている。 どうしたものかと少し迷った挙句、ささやかな抵抗のつもりで、攻める角度を変えて話を始めることにした。 「ちょっと気になってたんだけど、大司祭の娘ってどうやって捜しているんだ?」 「どうやっても何も、しらみ潰しだ。他に方法がない。捕らわれていなければどこかに潜んでいるだろうしな。もっとも、ガーネフの手下に狙われている事を考えて大っぴらに呼びかけるのは避けているが。それがどうした」 目的外の質問をぶつけて多少騎士の気分を害したようだが、構わずにマチスは続けた。 「同盟軍が味方だってわかってるのに、まだ出てこないのは何か変じゃないかねぇ。奴隷商人に捕まったって話がいつの間にか行方不明ってことになってたけど、それから何日経ってるんだ?」 「では、貴殿はリンダ様が無事ではないと言いたいのか」 さすがにアカネイア騎士の気配に剣呑さが混ざった。 マチスは首を傾げてみせる。 「そうかどうかはわからないけど、おれはこの町にいると考えてるよ。ただ、同盟軍を敵だと思ってるみたいだけどな」 「……まさか、我々を妨害している魔道の使い手が大司祭のご令嬢だというのか?」 「光の魔道なんてそうそう使い手がいるわけじゃない。実際におれが出くわしたのも光だった。……でも、あの光は話で知っているオーラの魔道じゃない。だから、断定するつもりはないし、他の人には言わない方がいいだろうな」 マチスが言い終えると、指揮官は微妙な安堵の息をついて彼を睨んだ。 「不安の種を増やすような事を……。その仮定が間違っていると願わせてもらうぞ」 「おれだって、一応そう思ってるんだけどな……」 最強の威力を誇るオーラの魔道が敵に回ると想像すれば、それだけで寿命が縮みそうになる。間違いだと願えるだけ願ってしまいたい思いはマチスも同じだった。 ちょうど宿舎に戻るところだったということで指揮官と同道してそこに帰り着くと、時間帯の割に人の姿はまばらだった。厳重警戒を発令したせいで、かなりの数の人員が出払っているのだ。 マリアに指摘された服が気にならなかったわけではないが、とりあえずはそのままの恰好で食事を採りに行った。いつ予定外の出来事が降りかかるかわからない状況なのだから、採れるものは採っておかねばならなかった。 一番食べ応えのあるものは昼に食べるのが普通なので、夜の食事というのは質素である。この時の献立にはパンと野菜のスープが並び、特別待遇を受けているために肉と果物が加わる。後者に関しては断ってしまいたかったのだが、こうした差をつけるのがここでのやり方らしかった。もっと言えば、野営地以外でそんな事を言う上官は例外のうちに入ってしまう。 できるだけ無心のうちにこれらを食べ尽くしてしまいたかったが、たったひとりでいるためにマチスは今の懸念を考えてしまっていた。 昼間のものを始めとして魔道の使い手がリンダでないという可能性を模索する場合、昼間の光の正体をつかむ必要がある。マチスの知らない間に新たな魔道が生まれて定着していれば、話が変わってくるし、それで丸く収まる。 そうなれば、魔道に詳しい人間に助言を求めるのが一番てっとり早いが、その人物は多忙の真っ最中である。今のところは、相手にされないのを承知で手紙を出すしかない。――最初にここの人達が助けを求めた時のように。 だが、マチスの本音はその逆だった。今回の魔道絡みの全ての源はリンダにあって、あの光はオーラの魔道に関わる光の精霊の仕業であると考えている。しかし、事前に精霊の力を感じなかったことが引っかかっていた。正直なところあまり頼りにしたくない能力だが、判断材料が少ない現状では仕方がない。 ひとつ思い当たったのは、防御のつもりで使った聖水が感知の邪魔になった可能性だった。そうでなければ、マチスの精霊感知の能力がそもそも当てにならないという話で、この考えを引っ込めるしかない。 ところが、その検証方法に思い至ってマチスは暗鬱な気分になった。光の精霊の証明をするためには、生身であの攻撃を受ける必要があるのだ。 「下手すりゃ、火だるまじゃねぇか……」 感知の邪魔になったかもしれないが、あの程度の怪我で済んだのは聖水のおかげである。正体を突き止めるためとはいえ、熱線に体を焼かれてのたうち回る羽目になるとわかっているのは辛い。そんな恐怖に打ち克つには相当に強い精神が必要だった。 そして、この方法は更に大きいリスクがある。リンダと遭遇して攻撃を仕掛けられた場合、オーラの魔道を使われてしまうと、何の防御策もなければその一撃で命を落としかねない。 発見して抵抗なく確保できればいいが、同盟軍の、しかもアカネイア兵士にまで攻撃をしているのを思い返すとその期待はしづらい。リンダの身に異変があったと考えていいだろう。 「何だかんだで厄介だよなぁ……」 いいかげん嫌な気分になってマチスは思考をここで打ち切った。それを追い払うかのように、食事に意識を戻してしっかりと食べ物を咀嚼する。 そうしているうちに慌しい足音が聞こえてきて、やがてその主が食堂に踏み込んだ。 「緊急事態だ! 兵員は全員南地区に急行してくれ!」 そう怒鳴ったのはアカネイア兵士だった。 マチスはフォークを手にしたまま、気だるそうに呟く。 「今度は何があったんだよ……」 兵士がはたとマチスに気づいて、歩み寄って敬礼した。 「大隊長殿はここに居られたのですか。それにその恰好……」 「それはいいから」 指摘を遮った語気はいつになく強い。むきになっているのだ。 そんなに奇異に映るものなのかとマチスが考えているとも知らず、兵士は真面目くさって話を続ける。 「そうですな――そう、今度は別の奴が出たんですよ」 「別の奴?」 「ええ。無差別の人斬りです」 マチスの手からフォークが滑り落ちて、甲高い音を立てた。 服の事など考えている場合ではなかったのだ。 |