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「00Muse」 1-7






 マチスが三度街門に戻った時には、日暮れ前になっていた。

 宿舎でアカネイア兵士にいきさつを話し、シーザも合流して緊急事態の対処と夜間見回りの強化の取り決めを終えて、ようやく空いた時間だった。

 既にマリアは到着していて、門に隣接する詰め所に入っているということで、マチスは余計な表情を出さないように用心しながら謁見の場に臨んだ。

 まずは跪いて挨拶を述べようとしたのだが、その前にマリアがマチスの身なりを見て驚きの声を発した。

「ひどい恰好だけど、町の中で何かあったの?」

「――」

 しまった、と思った。

 彼女の言うように、マチスの衣服はあちこちで破れていた。さっきの光の攻撃で裂かれていたのをそのままにして来てしまったのだ。

 時間がなかったとはいえ、着替えて来なかったのは失敗だった。少なくとも、外套を借りてくれば避けられた指摘なのだ。

「今、この町は安全ではありません。ですからこうした事もあります。どうかお気になさらずに」

 言いながら、これで無難な言い方になっているだろうかと内心で危ぶんでいるのはもはやお約束である。

「じゃあ、本当に門の向こうに行ってはいけないの?」

「ミネルバ様からの願いでありますし、わたくしもお勧めしません」

「でも、人の手が欲しいんでしょう? わたしだって法力の杖を使えるんだから、力になれるはずだわ」

 最前線の戦火から逃れるために来ていると思っていたのに、これまた意外な科白だった。

「では、まさか我々の助力のために……?」

「この町にはM・シールドを使える方がいないと聞いたから、せっかく使う許可が出ても使える人がいなければもったいないと思って。回復の杖で助けてあげられる人もいると思うし。姉様が心配してくれたのに便乗してここに来たけど、わたしも誰かのために何かしたくなったの。――あそこじゃ、マルス様のお役に立てないみたいだから」

 最後は笑いながら肩をすくめてみせたが、先月マチスが見た子供らしい言動とは全く違っていた。

 この少女はもっと幼い頃から人質生活を強いられていた。それを思い返せば、柔軟さを通り越した強い精神の持ち主なのかもしれない。

 マチスが自分を見直しかけている事などついぞ気づかぬ様子で、マリアは軽く苦笑していた。

「でも、町の中に入れないんじゃ、あまり助けてあげられないわね」

 この建物は真っ先に外の攻撃を受ける場所だが、敵が内側にもいると考えれば町に入らないのが一番の安全策となる。

 慎重に言葉を選んで、マチスはマリアに告げた。

「姫のお力が必要になった時には、厳重に護衛をつけて町の中にお入り願うかもしれません。それまではどうか、ここでお待ちください。始終私がついている事はできませんが、配下を姫の守りに就かせます。不自由があったら仰せ遣いください」

 最後に頭を下げると、吹き出して笑いを堪える気配がした。

 マリアが口元を押さえて、かすかに肩を震わせている。

「ねえ、どうしてそんなに畏まっているの? この前の時は全然違っていたのに」

「……」

 マチスは奥歯を噛み締めて、顔をしかめたくなる衝動に耐えた。さいを振った張本人に言われていると思うと、三割増で耳に痛い科白だ。

 ミネルバに仕えれば、妹のマリアにも準じた姿勢を取らねばならない。中身がどうであろうと、忠誠の対象が望んでいればそうした行動を取るのがその世界の理屈だった。

「わたしは姉様じゃないんだから、気にしなくていいのにね」

 悪戯っぽく瞳を輝かせる子供の表情がそこにあった。

 すかさず「おやすみなさい」と声をかけて裾を翻し、ぱたぱたと部屋から出て行くマリアを、マチスは呆気に取られて見送っていた。





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