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「THE CALENDAR」 2-2






 同盟軍がワーレンに逗留する表向きの目的は兵の休養だが、アカネイア進攻行路の分岐点を決定づけるため、という大局的な意味合いの方が強い。

 当初、同盟軍のアカネイア進攻方法は陸路で予定されていたが、山あいの地形が多いことや、同盟軍の解放第一目標であることからドルーアの守備体系の強化が最も厳しく、消耗が激しくなる上に補給路が伸び切ってしまうという欠点を抱えていた。そのため、これを決定とせず海路を検討することになったのだが、こちらがより優れているのかというとそうでもなく、ドルーア傘下にあるペラティの海賊やドルーア側の船が海上にどれだけはびこっているのかの予想もつかない。下手をすると陸路より危険な可能性があった。

 その結論を出すために、アリティア王子マルスはある人物を待つことにしたのだが、その前にワーレンを治める商人組合の頭達と顔合わせをすることになった。挨拶がてら、同盟軍の逗留を快く許諾してくれた彼らに礼をするためである。

 会見のための身支度を手伝ってもらいながら、どの程度の船を雇い入れることができるのかを組合の豪商達に尋ねるつもりだとマルスが後見役のモロドフ伯に言うと、この伯爵は控えめながらも止めてきた。

「そのような実務的なことは我らにお任せください。下手にそうした事を口にすれば、彼らはその場で交渉を持ちかけてくるでしょう」

「額をふっかけられたら困るから、そう言うのかい?」

「王子。ふっかけるなどと、どこでそのような言葉を覚えてくるのです。全く、嘆かわしい。これでは、亡き陛下に顔向けできませぬぞ」

 下々の者のような主君の物言いに、モロドフは肩を落とし嘆息を吐いていた。

「何も、そこまで大袈裟に反応しなくてもいいじゃないか」

「大袈裟に反応しなくては、気づこうともなさらないではありませんか。大体、このごろの王子の行動は目に余るものがあります」

 モロドフの言葉は決して誇張ではない。マルスの今までの行動を振り返れば、王族でありながら荒くれ者の多い最前線に勝手に入り込むわ、大都市に逗留している時は逗留している時で、いつのまにかお忍びで姿をくらましてしまうわで、マルスのお付きの者達は余計に肝を冷やす事が多かったのだ。

「百歩譲って悪いお口ぶりは私の前だけにしておくとしても、せめて前線に出るのを控えていただけませんか。オレルアンの時までとは違って己が手で御身を守らねばならぬわけではなし、この二年で王子の剣の腕はだいぶ上達したはずです」

 祖国解放だけでなく、打倒メディウスの悲願を達するには二年前のマルスはあまりに無力だったと言っていい。軍隊の力を当てにできない暗黒竜を相手取るどころか、同い年の騎士見習いにさえ太刀打ちできなかったのである。

 しかし、二年間の訓練と自ら死線に立ち続けた結果、マルスは速くかつ確実に力をつけてきた。先立ってのレフカンディの戦闘では、竜騎士とまともにやりあって討ち倒すには至らなかったものの、空の王者としてならしている彼らを一旦は退かせるほどの戦いを演じている。

 身内のような伯爵が相手だったからか、マルスは謙遜さえしなかった。

「僕も、剣の腕は上がったと思う。二年前までは、竜騎士と正面から戦えるなんて思ってもみなかったからね。これだけは、結構自信がついているんだ」

「でしたら、もうよろしいでしょう。これからは、大軍を動かす将としての修行に励むべきではありませんか?」

「確かにね。メディウスを倒すために剣の修行ばかりしてきたけど、その前にアリティアを……もちろん他の国も、ドルーアの手から解放しなきゃいけないから」

 できるだけそうするよ、と続けたマルスにワーレンの組合頭が来たと小者が知らせてきて、応接間に移ることになった。

 オレルアン王弟ハーディンはこの会見に同席しない。マルスから声をかける前に、彼の方から気遣いは無用と断りを入れてきたのだ。

 紋章の盾をニーナから預けられ、マルスの立場は盟主代理のような扱いになっているが、マルス自身はハーディンを下に見ているわけではない。だから、ふたりが並び立つ形で会見に臨むべきだと言ったものの、こういう事は却ってはっきりさせておいた方がいいと諭されてしまったのだった。というのも、オレルアンの騎士の中にはニーナを匿い続けたハーディンが紋章の盾を持つべきだとの意見が未だに根強く、アカネイアの意志だと言い聞かせても引き下がらずに、頭痛の種になっているのだという。

 そうした理由でマルスはモロドフを供に連れるのみで、会見に出席することになる。穿った見方をすれば、立場をはっきりさせたいのなら、ハーディンも出席してマルスを立てる方が効果的なのに、そうしない辺りに草原の狼の自尊心の高さを窺えてしまったりするのだが。

 会議室のようなしつらえの応接間に入って、護衛の騎士や組合頭に見守られながら席につき、一通りの挨拶をしてマルスから礼を述べると、早くも組合頭の方から『本題』の提案が飛んできた。

「アカネイアを解放するという大儀、誠に貴きものでございますが、それにかかるにしては一万という兵の数は少のうございませんか」

「と、言うと?」

「は。ドルーアの総戦力も十万と数を減らしていますが、これは一時的なものでございますし、アカネイア全域に駐留するドルーア軍は三万ほどだと聞いてはおりますが、都の方は治安が悪うなっております。その、下世話な物言いではありますが、今少し数を上乗せした方がよろしいのではないかと」

 組合頭の口上をマルスは涼しい顔で聞いていたが、嫌な隙を突かれた動揺で、心臓は嫌な鼓動を打っている。早鐘ではないが、一回一回が妙に痛い。

 オレルアンで同盟軍の総勢を一万にしたのはその程度しか集まらなかったのではなく、それ以上の規模にすると軍が立ち行かなくなる危険があったからだった。滅亡か隷従寸前にまで追い込まれていたオレルアンに、さらに負担をかければ戦力は増やせたかもしれないが、せっかくドルーアを追い出しても国内を恐慌に陥らせたのでは全く意味を為さないため、これを留めたのである。

 当然ながら戦力の不足は否めず、アカネイアの解放はアカネイア王女ニーナの名前とファイアーエムブレムを駆使して、地方に散っている騎士や貴族を集めながら執り行うのが基本路線だった。もっとも、これだけが生命線ではなく、その上で相手の裏をかいていく戦法を取らなくてはならない。

 ワーレンで義勇兵を募ろうにも、維持のために必要な金を工面する方が先だとは言えず、さてどう答えたものかとマルスが考えていると、モロドフが小さく呼びかけて、ここは私にお任せくださいと囁いてきた。

 マルスは頷きさえ返さなかったが、この手のことに関して今は完全に専門外であり、未熟もいいところである。どう考えても任せるしかない。

 しかし、主君の無言を了承の返事と解釈したモロドフが発した言葉は、とんでもなく簡潔極まるもので、「その話は後々、じっくり致すとしよう」と、この一言で済ませてしまったのである。

 期待外れというか、肩透かしをくったマルスは突っ伏しそうになったものの、表面上はどうにか持ちこたえていた。

 それでも、これも後学のためだと言い聞かせて半分見物に回るつもりでいただけに、つつがなく会見が終わった後で人払いをしてから、マルスはモロドフに噛み付いたものだった。

「任せろと言うなら、もっときれいに切り抜けていってくれても良かったじゃないか。せっかく期待してたのに」

「それは本当の実務者が発揮すべき手腕でございます。彼らは一応前振りをしておこうというだけで、本気で申し出たわけではありません。それに、諸将らとの協議も済ませずに先に約束してしまうのも考えものです。できるだけご自分で応対をしようという、王子の優しさを否定するのではありませんが、向こうの方がより狡猾であるなら、慎重にしておいた方が害は少なくて済むでしょう」

「――害? 支払う金額ではないのか?」

 組合頭の口ぶりでは、兵を用立ててやるからその徴兵額と手数料を払えというものだとマルスは思っていたのだが、モロドフは重々しく首を振った。

「おそらく彼らは無償で私兵や物資、ことによると船を提供してくるでしょう。ですがここからが問題で、ただほど高いものはないと言います。無償とは言いつつも、後々での利権やらを王侯貴族の領分から掠め取るくらいの狙いがあると読んでおくべきでしょうな。くれぐれも相手は選ばねば」

「……そこまで彼らは悪どいかな?」

「悪どいとは思っていないでしょう。それが普通なのですから」

「……………………」

 ぐうの音も出ないほどの理屈に顔をしかめ、多少の沈黙を経てマルスは声を押し殺すようにして言ったものだった。

「僕は、世間知らずなのか?」

「彼らの方が上手なだけでございます」

 全くもって救いになっていない答えである。

「そう落ち込まずとも、これから学んでゆけばいいのです。それから、忠義篤き騎士達だけでなく他の領分を司る者も信頼することも大切ですぞ」

「僕は充分信頼しているつもりだけど」

「でしたら、ご自分で乗り出す癖を抑える術を身につけるべきですな。先程の王子は、あまり周りが見えてなかったように思いますぞ」

「……容赦ないね、モロドフは」

「おやおや。この程度、序の口でございますぞ」

 にやりとされ、アリティア王子は意気消沈して肩を落としたものだった。





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