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「HARD HEART」(後編)3-3 |
* 暁闇の時から少しずつ東の空が明るくなり始めて、何度目かの休憩を終えたシーダがまた本陣から飛び立ったところで、アリティア軍全体が大きく動きだした。 騎乗できる者は馬に乗ったまま橋を渡り、川を背にして隊列を並べ、今回は補佐に回るアリティア弓手兵の隊とタリス義勇軍が脇についている。 その先頭にはマルスやジェイガン、カイン、アベルがいて、そこから少し外れたところにマチスとボルポート、マリクがいる。 今回、作戦上では全く出番のないマチスだが、すぐに駆けつけられる場所にいてくれないと説得力がないとボルポートに言われ、マルスの許可もあって完全装備でこの場にいた。騎馬騎士団員の馬のほとんどは死ぬか逃げてしまっていたのだが、マチスの持ち馬は保護されていて無事だったためそのまま乗っている。ボルポートの馬は逃げてしまっていたから、アリティア軍の予備の馬に乗ることになった。 マリクはというと一応馬を乗りこなすことはできるが、鞍上で魔道を放つと馬が混乱する恐れがあった。そのため、ベンソンの部隊が出てきたらまずは単騎で飛び出し、ある程度の距離を置いた場所で降りて、部隊を十分に引きつけて魔道を放つ。そして、後を追ってきていた軽装兵に急いで拾ってもらって逃げるのだという。マリクが乗っていた馬は別の軽装兵が回収するというから、人手はかかっているが、それだけの価値はあると言っていい。 シーダの合図があるまで、百余りのアリティア兵はじっと待ち続けなくてはならない。急襲されれば大事だが、いつ来るかわからないものを待ち続けるのはこれはこれで辛かった。 マチスが正面への正視をやめて周りを見ると、マリクがしきりに左手を気にしていた。太い革紐のようなもので巻かれているのを常に確認しているといったところか。 そういえば、再契約はできたんだろうかと思い、兜の面を上げて小さい声で尋ねた。 「再契約、うまくいったのか?」 マリクは小さく首を振った。 「でも、どうにか一度だけ放てるように交渉が成立したのでこの手に留めているんです。正確に言えば、風の聖剣ではなく自然界の風の精霊の力を借りて僕の体にある魔力を媒体にして、風の力そのものを放つんです。多分、僕の中から風の聖剣の契約が薄れたのは、真空の刃という本来の使い方をせずに風の精霊が元から持っている力を交えてしまったからで……」 「ちょ、ちょっと、講義はその辺でいいから」 マリクがはたと気づいて軽く口を押さえた。 「そうですね。こういう場なのに、長く話しすぎてしまいました。すいません」 「いや、こんなとこで訊いたおれも悪かったし」 それもそうなのだが、魔道の講義を聴くとどうしても嫌な記憶が蘇ってしまう。マリクが言っていたのはまだ耳に通りやすいものだが、これに仮実践講習が入るともういけない。実感を伴って頭の中で再現されてしまう。 まさかこんな所に来てまで十年以上前の記憶を呼び起こされるとは思わなかったが、自分から首を突っ込んだのだから仕方がない。 また沈黙が訪れるようになって、長いと思えるような時間がたった頃、シーダが舞い戻って赤い布を見せた。 マチスがボルポートの方を振り返ると、兜の面の隙間から顔が穏やかな笑みに形づくられているのが見えた。 「運は味方したようだな」 そう言って、単騎で馬を駆けさせていった。 シーダが赤い布を出した時は作戦の想定通りにいった中でホースメンの部隊が先陣にいたということなのだが、ある意味では大敗に繋がる危険性が強い結果である。 ボルポートが説得に失敗すればそれだけで全面対決が展開され、勝ち目は薄くなる。 その場合のアリティア軍の戦法としては、本陣がある橋向こうまで撤退して橋を塞ぐ方法があるが、マルスが懸念していたように力尽きる方が先になるだろう。かといって、直進して仮に勝てたとしても、生き残った人間の数よりも、アリティア軍の死者の数の方が多くなるかもしれない。そういった相手だからだ。 負の思考と、焦りと、閉塞感を加えて再び待つようになってまた長い時を経なければならないのかと思われたが、数分もしないうちにボルポートは戻ってきた。 しかし、誰も連れていない。 ボルポートは一旦マルスの元へ報告に行ったようだったが、すぐにマチスの方に馬を歩ませてきた。 「貴殿本人が来れば信じると言ってきた」 「信じるって、アリティア軍につくってことか?」 「そうだ」 マチスは、その話の方が信じられないと顔に書いていた。 「……本当かよ」 「だが、急がねば背後の指令の部隊に気取られる」 ボルポートがせっついてきたのに、渋々頷いた。 「……わかった」 マチスはボルポートと共に馬を走らせた。 すると、後ろから低空飛行をしてシーダが並んでくる。 「他の部隊はまだ来ないわ。北からの増援もないみたい」 「近づいてきて大丈夫なのか!」 馬を駆けさせながら言うものだから、いきおい声が大きくなった。 シーダも負けずに大きな声を返す。 「大丈夫よ! わたしは死なないもの!」 「――?」 意味を計りかねて問いかけようとしたが、シーダはにこりと笑って遥か上空へと飛翔してしまった。 「今の、何なんだ……?」 「ぼやいている場合ではないと思うがな」 ボルポートの言う通り、ホースメン隊の斥候の所にはすぐに着いた。斥候の隣には第四隊の隊長がいる。各々武器には手を触れていない。 マチスは兜と頭を覆っていた布を取り払って、ふたりに顔を見せた。 隊長がしっかりと頷く。 「この目でしかと確かめさせていただきました。約束通り、わたし共二隊はあなたの指揮下に入りましょう」 「……おれが言うのはおかしいけど、ずいぶん話が簡単なんだな」 隊長はちらとボルポートを見た後、口元に笑みをたたえて言った。 「理由は後ほどお話しします。今は、指示を」 そう言われて、マチスはボルポートを見やった。 「こういう場合、こっちに下げさせた方がいいのかな」 「突っ込ませたら、死んでこいと言うようなものだろう」 「確かに」 大変な場なのに、変に落ち着いているふたりである。 「じゃ、アリティア軍の進路の邪魔にならないように、橋の近くまで来てくれ。ボルポートに先導を任すから」 わかりました、と返して隊長と斥候が本隊に戻っていくと、ボルポートがマチスに訊いてきた。 「わたしに先導をさせて、貴殿はどうするつもりだ?」 「その後をついてく」 「……馬を駆けさせるだけだが、先導もできないと?」 「簡単に言うけど、二百の騎馬なんてただついて行かせたら、危険でしょうがないと思うんだけどな」 さらりと答えると、ボルポートが大きくため息をついた。 「そこまで知らないとなると、誰かが本格的に一から教える必要があるな……」 ほどなく、二百騎の馬蹄が地を踏み込んでいく地響きがし始めた。 じきに、他の馬蹄による地響きも始まるはずである。 マチスはボルポートを先に行かせ、ホースメン部隊が来るのを確認して自らも南下した。 その途中で先駆けしてきたカインと出くわす。 「うまくいったものだな!」 「あとの連中、あんた達がやるのか?」 「こちらが倍になったから降伏勧告はかけてみるが、おそらくは動かないだろうな」 「それで、どうにかなるのか?」 「それは、マリク殿の魔道と――」 カインが上空を見上げた。 シーダが城の近くにいるらしい部隊の上空を飛び回っている。 「シーダ様の撹乱とでベンソン隊を壊滅できれば、あとは我々の本領だ。できれば、そちらのホースメン部隊に早速一働きしてもらいたいけどな」 結構人使いが荒いんだな、とマチスは内心で呟いて、 「……言うだけでいいなら、言ってみるよ」 そう言った。 果たして、騎馬騎士団ホースメン二部隊はさっきまでの上官達に対して臆することなく弓を引き、アリティア軍の勝利を呼び込んだのだった。 |