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「HARD HEART」(前編)3-3






 レナは法力の杖を扱う他にも杖に頼らない治療――主に薬によるものも祖父から習っていた。杖に較べたら薬の方が一般的に使われる頻度は高い。杖の場合は最も安価なものでさえ良質の剣と同じくらいの額で取引されていて、しかも大きな都市でないと市場では手に入らない。薬は万能というわけにはいかないが、変わり種でなければ杖の何十から何百分の一もの価格で原料が手に入る。そういった理由から、アリティア軍に入ってからはできるだけ杖を使わないようにしてきていた。

 ただし、例外としてマルスにだけは何があっても法力を使うことにしている。そうしてほしいと言われたのが最大の理由だ。それに、レナはアリティア軍に入る前にガルダの人々に施術していて杖の力を消耗していたから、使用を控えるのは当然の向きだった。

 が、今回はそんな事情を吹っ飛ばす事件が起こった。

 この日の朝と同じような三方囲みの幕でアリティア側の怪我人を診ていたレナを、隣の幕に居たリフが訪ねてきた。彼はマケドニア側を診ていたのである。

 双方の幕の様子などをやりとりした後で、老僧はその話を切り出してきた。

「つかぬことを訊きますが、マケドニアに知己の方はいらっしゃいますか?」

「!」

 レナは危うく過剰反応をしそうになった。

 いらっしゃるどころか、そこの出身者である。だが、その事もアリティア軍の誰にも言っていない。

 軍内では、あの髪の色はマケドニア人かもしれないとまでは言われているが、何もマケドニア人だけが赤毛なわけではない。決定的なところに欠けているだけにただの推測で終わっている。

 レナはこの質問にどう答えたものかと迷う。だが、考えてみれば出身地が知れただけならどうということはない。頷いて返した。

「でも、それがどうかいたしました?」

「もしかしたら、あなたの知っている人かもしれないと思いまして」

 そう言って、リフは隣の幕にいる一人の『患者』の事を話し始めた。

 運ばれてきた時に騎士らしき彼は右肩が砕けていて意識を失っていた。消毒と応急処置を施したのだが体力の消耗が激しいため、法力を使った方がいいかもしれないという話が出てそれならレナの加癒を使った方がいいかという所まで及んだ時に、その患者は押し開くように目を開けたのである――当人の頭の上で話していたとはいえ、意識を取り戻すのはとうてい無理な状態だったにもかかわらず。

 その上、この『患者』は口を利いてきた。

「……今、レナって言った?」

 鈍く問いかけられた医療隊員は驚き、「あ、あぁ」と頷いて返すのが精一杯だった。

 その返事に、怪我人は少し考えるような間を置いたあと、

「あんたら……アリティアの人だよな」

「…………あぁ、そうだ」

「……」

「……」

「悪ぃ、やっぱ勘違いだわ」

そう言って、再び眠るという冗談としか思えないことをやってのけたのだ。

 話し終えたリフが至極真面目に感想をつけ加える。

「名前を聞いて一度は目を覚ましましたから、近しい人かとは思うのです」

 確かにそう思うのは自然のことだった。だが、レナにはそう思われるような軍籍の騎士の知り合いはいない。

「……それは、わたしではないと思います」

「同じ名前の、人違いと?」

 レナはゆっくりと頷いた。

「そうですか……。そう言われるのなら、仕方ありません」

 お邪魔をしました、とリフは頭を下げて幕の仕切りの向こうへと消えていった。

 と思ったのもつかの間、困ったような顔をしてリフが戻ってきた。

「加癒の杖を借りるつもりでいましたのに、すっかり忘れていました」

 老僧らしからぬ失敗である。が、ここは笑うところではない。

 そういえば、杖の力が必要だとリフは言っていた。

「それならわたしが行きます。……お貸ししたいのはやまやまなのですが、これは手放したくないのです」

 加癒と転移の杖は尼衣と共に父から許しを得た証である。レナの思いに最後に味方をしてくれた、けれどもう二度と会えない人との繋がりの品なのだ。

 リフは詮索をすることもなく、穏やかに言った。

「わかりました。わたしはこちらにいますから、施術をお願いします」

「はい」





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