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「HARD HEART」(前編)2-2






 五月一八日。オレルアン南部の草原では決定的な展開は見られていなかった。

 夜明けに全軍東進を決めたマケドニア騎馬騎士団だったが、東へ二キロ進んだだけで、今は全体待機をしている。

 何度かの斥候の報告で、すぐ近くにいる歩兵が本当に百であること、その先にいるであろうアリティアの本隊の数がこれまた百しかいないことがわかり、それならわざわざ警戒しながら行くのではなく、待ち受けることにしたのだ。それに、できることならアリティア王子マルスを生かして捕らえたいという欲まで出てきている。

 斥候は二つのグループに分け、刻を決めて行き来させている。今もまた斥候の一騎が戻ってこようとしていた。が、それを猛スピードで追ってくる別の斥候の姿がある。

 後追いの斥候兵が何かを叫んでいるのはわかるが、その前に先にいた斥候が辿り着く。と思いきや、全くスピードを下げずに騎士の一団に突っ込んできた。

 最前列の騎士が一斉に槍を構える。

 すると、突進してきた斥候はうまく手綱をさばいて、直前で引き返した。

 実に不審きわまりない。

「あれを捕らえよ!」

 先頭にいた第一隊の号令で、最前列十騎が追い始めた。

 そこへ、後から来ていた本物の斥候が不審な斥候を挟んで、味方の騎士十騎と正面衝突をしに行くような格好になった。

 すぐに距離が詰まり、本物の斥候が方向転換の姿勢を見せた。本当に正面衝突をしたら洒落にならないと思ったのだろう。

 しかし、ここで鬨の声が聞こえてきた。アリティア軍の他にこんな声を上げる者はいない。

 この声に気を取られて、思わずそちらを向いてしまったのが本物の斥候の運の尽きだった。いつのまにか接近してきたあの不審者に斬りつけられ、馬から叩き落されたのである。正体を確かめる暇もなかった。

 これが五百の本隊に火をつけた。五人の長それぞれが攻撃命令を出し、本格的に戦闘の火蓋が切って落とされた。

 この時、アリティアの先鋒は後から駆けつけて歩兵を追い越した騎兵だった。その数は五十程度。

 常識からいけばまず勝てる相手だと、マケドニアの長五人全員が思った。が、王国健在時には軍の主力だったアリティアの騎乗騎士を相手に、ただでさえ実力で大きく水を開けられている騎馬騎士団が立ち向かうには、五倍どころか十倍の数でもまだ足りなかったのである。

 まず、最初に応戦することになった先頭集団の騎士達はアリティア騎士の槍の一振りで蹴散らされ、陣形も何もあったものではなくなり、その上、第一隊の長が討ち取られた。接触して、わずか数分での出来事である。

 戦闘状態に入って少しの間姿を消していた偽の斥候は、第二隊の中に姿を現した。ご丁寧に血糊を浴びていた騎馬騎士団の外套をきれいなものに代えてきていたため、不意を突かれたのだ。

 第二隊にいたマチスは長が誰何する声が聞こえたものの、どこに何がいるのかは読めなかった。何よりも、多すぎる味方が災いしてどこからアリティア軍が来るのか見当がつかない。第二隊と第三隊の部隊が入り混じるようになってしまっていた。

 そこへ、アリティアの歩兵が横からなだれ込んできた。最前線が乱戦になっているうちに、第二隊は前の方にやってきてしまったらしい。

 敵の歩兵は少し柄の長い斧を得物としていて、五キロ以上はあるそれを軽々と振り回してきた。いくら騎兵が有利とは言っても、相手が悪い。一人、また一人と落馬していく。

 マチスも槍を繰り出すが、幾度となく斧に遮られた。力と力のぶつかり合いで手が痺れ、思うようにいかない。

 再度彼が槍を振り上げようとした時、耳が異変を聞き取った。

 それは音というものではない。強いて言えば、突風が渦巻いて今か今かと(何に対してなのかはわからないが)出ていくのを待っているような感じだった。だが、これがわかったのはマチスだけだった。周囲に不審がる動きはない。

 ……が、そのうちに本物の突風のような音がした――と思った時、第二・三隊混合集団のすぐ横に、無形の衝撃が大きな風圧を伴って地面を直撃した。

 近くにいた騎兵はもれなく馬ごと吹き飛ばされるか落馬し、少し離れていたマチスやその周辺の人馬は均衡を崩した。その勢いで敵味方を問わず集団の密度が多少乱れていく。

 そして、不幸にもこの時、握力を失いかけていたマチスの手から槍が落ちてしまった。

 まだ近くに敵がいたからすぐに腰に差していた剣を抜いたが、歩兵相手に間合いの短いこの得物はあまりにも不利である。もっとも、それ以前に手の感覚がほとんどない。握っているのか、柄の握りの分だけを手が形作ってそこに柄を入れているだけなのか、甚だ怪しいところだった。

 そして、追い討ちをかけるように妙なものが接近してきた。騎馬騎士団の兵士で斥候の兜を被っているが、異様なほどに返り血を浴びている。

 マチスが長の近くにいたならば、これの正体を知っていたかもしれない。だが、わかったのはこれが斥候の偽者だということだけだ。そして、兵士は右手に握る細剣の血糊を払うと、すぐさまマチスに斬りかかってきた。

 マチスはほぼ正面からの斬撃を剣で受けとめることに成功した。だが、兵士の攻撃はこれからが本番だった。

 細剣の基本の突きではなく、刃をしならせるように斬りつける動作は普通の剣で一の動作をする間に二や三の動きを可能にする。半数以上が止められずに、代わりに受け止める鎧がだんだん壊れていく。このままでは、いずれ倒されるのが目に見えていた。

 また、まれにマチスから攻撃を仕掛けても、あっけなく正面で止められ、鍔迫り合いになった。これは純粋に力だけの駆け引きになるかと思いきや、兵士はすっと体を逸らせてまた斬りつけてくる。こうして、最終的に突刺で倒すためのタイミングをはかっているのだ。

 いつにも増して、マチスには分の悪い戦いだった。だいたい、経験の浅い人間が一対一に持ち込まれた時点で、すでに不利なのである。

 三度目か四度目の鍔迫り合いになった時、今度はマチスの方から先に退こうとした。が、その力の作用が生じた隙に、肩当てを失っていた右肩が狙われた。

 素早い細剣の突刺がマチスの右肩に直撃し、その一撃が骨を砕く。

 衝撃と痛みに剣を取り落としながら、必死の思いで鞍上に踏ん張っている間に、兵士が先端の刺さった刃を右肩から抜いた。更なる激痛が彼を襲う。

 右肩がみるみるうちに赤く染まっていくのを感じながら、マチスは歯を食いしばっていた。気を失ってしまえば楽だというのに、不幸にも意識は踏み留まっている。

 もう勝算も何もあったものではない。剣と利き腕の機能を失った今、ろくに戦えないのだ。

 兵士が細剣を右脇に退いて勧告を投げかけてきた。

「投降すれば、命までは奪わない。僕の名にかけて約束する」

 そう言って、兵士は兜を取った。青の髪の少年である。

「僕は……」

「黙れ」

 少年が名乗ろうとするのを、マチスは呪うような声で止めた。

 激痛のあまりに顔を歪めながらも(それは、兜の面のせいで他の誰にも見えなかったのだが)、肩で息を継ぎながら少年を睨みつける。

「あんたが、誰だろうが、そんなのは関係ねぇ。殺そうとしたのに、殺しきれなかったら。そんなのにとどめを刺したら、後味が悪いっていう理由で投降させんのか。
 ふざけんのも、……いいかげんにしろよ。みんな、こんなことやりたくねぇんだ。死ぬ、のは怖ぇし、でも、そうしねぇと、生きられねぇ。そ…………!」

 そこで、声が出ないほどの痛みが襲い、マチスの言葉は途切れた。

 脂汗が重く流れ、全身に震えがくる。

「……そんだけの、覚悟、して、いんのを、馬鹿に、しやがって」

 マチスがそこまで言い切り、一段落したのを見て、少年は言葉を発した。

「でも僕はもう敵と見なしていない。それでもまだ戦うつもりなら」

 少年の言葉が終わる前に、草原に喇叭の音が響き渡った。

 ……それは、アリティアの勝利宣言だった。





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