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FIRE EMBREM 暗黒竜と光の剣
「買い出し」





  
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「――なんだ、あんたまた来たのか」

「怪我人が多すぎるんだよ。五人がかりで杖振りまくってるけど全然間に合わねぇ」

 マチスは、見かけには海賊崩れにも見える業者の親父に愚痴りながら、傷薬や包帯の入った麻袋を片手で五袋つかんだ。もう一方の手にはライブの杖を一本だけ持つ。

 アリティア城下で王太子マルスの帰還を祝うお祭り騒ぎがなされている裏では、戦闘での負傷者の治療に追われていた。これは城の無事だった一角を使って行われているのだが、あまりの数の多さに僧だけでは足りず司祭まで担ぎ出しての治療になっている。それでも命にかかわる者を救えるかどうか微妙なところだった。

 薬などの手当てでどうにかなる者については、マチスのようなアリティア城奪回戦に参加しなかった者が慌しく動いて処置に当たっている。

「まだ、薬は残ってる?」

 後から来て問いかけてきたカチュアもまた、奪回戦には参加していなかった。

「そこに二、三あっただけだな。杖はこれで終わりだ」

「そう……」

「また、誰かかつぎ込まれた?」

「えぇ」

 言葉を短く切って、カチュアは袋を持ち上げる。

 タリス王女シーダを除く天馬騎士は、奪回戦の時はアリティア平定のために飛び回っていた。一通りの任務が終わった時に勝利を耳にし、行ってみればそこに待っていたのは半壊に近い城と多くの負傷者だった。

 奪回戦に参加したのはそれこそ同盟軍の大半とも言える。アリティア、オレルアン、アカネイア、タリス……これらの軍属の他に前線支援の治癒僧が入ったが、身体的に無傷で済んだのは僧だけだった。

 ドルーアの魔竜モーゼスと直接戦ったマルスもひどい火傷を負ったが、こればかりは最優先に治癒を施し、どうにか人前に出せるようにした。今頃は複雑な心境で城下の人達に手を振っていることだろう。

 戦いの凄まじさは城内を仰ぎ見れば一目瞭然である。

 普通なら一階層にこれでもかというくらいの高さを持たせるのが城だが、これでもかというくらいの高さにある天井が部分によっては無残に吹き抜けている。どうやら、アカネイアの時と同じように竜人族がいて、この場で本領を発揮したのだろう。さすがに戦死者は運び出されていたが、瓦礫を取り除くには至っていない。

 かと思えば、東の方では職人が忙しく出入りしている。聞いたところによると玉座の間で修繕が行われているらしい。

 瓦礫の広間を抜け、その裏に出ると戦果に巻き込まれなかった建物が目の前にある。そこが、負傷者を収容している場所だった。

 中に入るとすぐに広間があり、そこで軽傷者(といっても、ここには骨が折れている者も含まれている。それでも『軽傷』に入るのだ)が床に布を敷いただけの上で横になったり手当てを受けたりしている。ここにいる主な者といえば、竜人族が化けた火竜による火のブレスの余波を受けて火傷した者や、東の回廊から大挙して攻め寄せてきたドルーアの増援(あらかじめ仕掛けておいた兵とも言える)を押さえこむ時の過渡期に前線に立った者でもある。

 マチスは適当に声をかけて回った。

「足りてないところないか?」

 すると、すぐさまトーマスが手を挙げてきた。

 同道してきたカチュアも別の誰かに応じてか、そちらへ向かっていったのが見えた。

 トーマスの周りには、この中では本当に軽傷と言える者が集まっている。それでも適切な処置をしないと後々化膿だのといったシャレにならないことになる。

 マチスは荷を下ろしながら問いかける。

「そういえば、新しく担ぎ込まれたのがいるって聞いたんだけど」

「それなら奥だな。宝物庫の入口近くで倒れてたって話だ」

「そ、か。じゃあ、すぐに戻るから」

 ここ頼むわ、と言い残して『奥』に向かう。ないよりはマシなライブの杖を置いてくるためだ。

 『奥』では治癒の杖を使う僧や司祭が詰めて、重傷者の超集中治療が行われている。

 ここは普段なら大部屋として使われていたらしく、簡素な寝台が規則的に何列も並ぶ。

 超集中治療をしているとあって、すでにピンピンしている者もいた。

「もうそれだけだったのか?」

 声をかけてきたのは、さっきまでここで治療を受けていたアリティア騎士カインだった。復活後の一仕事として、杖を取りに行くつもりだったらしい。

「預けてあったのはこれで終わりだったよ。……にしても、厳しいな」

 最後の方はかなり声を小さくして応じたマチスだった。

 見回せば、寝台に横たわる者の数は決して多くない。しかし、そのそれぞれが生命の危険にさらされている。

 治癒の杖は、その出来がほぼそのまま効力に現れる。中には術者の能力でいくらでも拡大させることができるのだが、そんな者は非常に稀だった。

 マチスが覚えている限り、預かり所の業者にあったのは最初はリライブが五本、ライブは三本ほどだった。今までの戦いは傷薬でどうにかカバーできていたため、治癒の杖が要るのは最前線の指揮官や王族、あるいはよほどの重傷の者である。だからこそ、単価のかさむ杖を十も二十も置いておけなかったのだ。

 逆に、ここまで被害を出した戦いが今までなかったからとも言える。

 と、彼らの近くで何かが割れる音がした。

「――とうとう割れてしまいましたか……」

 疲労の色を強く宿す司祭ウェンデルがうなだれる。手にした杖の珠に不恰好な穴が空き、そこから幾つかのヒビが入っていた。

 ウェンデルが使っていたのはリライブの杖であった。

 マチスは浮かない顔でウェンデルに歩み寄る。

「司祭、まだリライブの杖はありますか?」

「いや……もう他の人に渡しています。ライブも、もうなくなるでしょう」

「――今はこれを使っててください」

 マチスがライブの杖を渡すとウェンデルはねぎらいの言葉をかけてくれたが、少し硬い表情には厳しい状況が裏打ちされていた。質の劣る杖でこれからどこまでやっていけるのかという不安である。

 これ以上ここにいてもできることはないだろうと、マチスは静かに部屋を辞した――と、カインが続いてくる。

「向こうの方はどうだった?」

「……今日の所はみんなに行き渡ったらしいけど、明日は厳しいだろうな」

 言いつつも、もっと厳しいかもしれないと心の内で思う。

 カインの表情も曇った。

「そうか――俺が行ければいいんだがな」

「何が?」

「多分、もうマルス様か……悪くてもモロドフ伯あたりが物資の調達を考えていると思うんだ。城下はドルーアの圧政がひどかったから、物はないだろう。だから……ほら、ここに来る途中で大きな街があっただろ、水路に囲まれたのが。陸路だと時間がかかるけど、そこからなら十分な数を持って来られると思う」

「へぇ〜……」

 マチスは真面目ヅラをやめて、感心する側に回った。

 さっきから自分ひとりで立ち回っていて妙に落ち着かなかったのだが、表で大きく動くのならもう心配する必要することはないだろうと思ったのだ。

「でも、行く行かないってのは?」

「どこにドルーアの敗残兵が逃げたかわからないからな。荷駄隊の連中だって、多くは動けないだろうし。だが、俺じゃあ警護には過ぎるとか言われて入れさせてくれないだろうな」

 取り立てて二度も言うことはないのだが、カインはアリティアの騎士である。

 しかも、このところめきめきと頭角を現してきて、アリティアの筆頭騎士なんて呼ばれる日も近いんじゃないかとささやかれまくっている人である。

 物資の仕入れと輸送の警護にはもったいないかもしれないが、今はとにかく人がいない。

「あんたがもっと剣や槍が遣えるんなら、心置きなく推薦するんだがなぁ……」

「それだけは駄目だよ。護衛する側に護衛されちまうから」

 マチスの今の本職は騎士だが、こと戦闘となると新米騎士に後れを取る可能性がある。というか、騎士に全くもって向いていないのだ。何者かに対する忠誠がなく、武功をおさめるのも興味がない。極めつけは、戦争なんか代表者をひとり立てて決闘で決めちまえばいいんじゃないのと日頃から言っていることにある。それ故に、何を考えているのかわからないと生真面目な人には不評なのだが、本人はそんな事知ったこっちゃない。

 そして、騎士としてのあり方に拘泥しないから争い事やそれに関することはできるだけ避けようとする……が、巻き込まれやすくもある。





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