トップ同人活動記録ELFARIA非公式ノベライズ[1] INDEX>1章 水の国カナーナ 4-3



ELFARIA [1] 4-3




 王都カナが陥落してからというもの、その玉座には帝国から送られてきた司令官・天魔僧正ヨピナスが座している。

 この半月もの間、玉座と王都を追われていたカナーナ王は、閉じられた城門の門扉の前で、高くそびえ立つ尖塔の方向をじっと見つめていた。

 中年体形でぽっちゃりとしていようが、元々の面構えがとぼけ気味であろうが、王は王らしく見えていた。

 その姿勢だけを見れば、王都を取り戻すのだと息巻いているように見えるだろう。しかし、その思いは少し別のところにあるようだった。

「……あの洞窟を教えれば、この門は開けられるじゃろうが、あそこの隠し部屋には儂の秘蔵の品が…………。見つかってしまったら、褒美にねだられるかのぅ。どうしたものか……。
 それにしても…………儂の枕が恋しいのぅ。やっぱり、枕が変わると全然眠れん」

 独り言の域を超えた大きさの声で悩む王に、お付きの兵士達は揃って嘆息をついた。

「せっかく起きてると思ったら、これか……」

「仕方ない、こういうお方なんだから。まぁ、他の枕でもよく寝ていたような気がするが」

「まぁ、人柄はいいんだ、そう思うことにしよう」

「儂の人柄がどうしたとな?」

 王の問いに、兵士達はひたすら首を振っているしかない。

 カナーナ国内の村落や町を次々と解放している『勇者』達は、じきにこの王都まで来る。

 各地に散っていた王国軍の生き残りはスンガやロスで合流して、『勇者』の補助をすることで意思がまとまっていた。何せ『勇者』は荒れていた聖地を鎮めたのだから、これを助けるのに文句の出ようがない。

 ロス砦を取り戻した時点でワース村にいたはずの王が、『勇者』より選考することはほぼあり得なかったのだが、彼らが王都攻略のためには王の許可を得ないと、ということでロス砦から見守ってもらうことで呼んだのを、王が勢いで手勢を集めて先に来てしまったのである。

 未だ重く閉ざされている城門の扉は、王の言った洞窟の先にある仕掛けを動かせば開けられるようになる。それを兵士達の手で果たせないのは、送り込んだ小隊がことごとく返り討ちにあったせいだった。メルドを施した武器を持っていても、どうやら『ラの勇者』と同じような戦いぶりは発揮できないらしい。

 それどころか、こうして門の外にいても魔物がたまに襲ってくるから、王を死守しなければならない彼らとしては冷や汗ものだった。

 そうこうしているうちに、十人近くの一団が近づいてきているのが見えたため、素性を探るために彼らのうちのひとりが門を離れた。

 向こうもこちらを認めてか、ひとりの人間が出てきて接触してきた。

 意外にも、それはカナーナ兵士の知った顔だったのである。

「ジーンじゃないか!」

 懐かしい顔に兵士はしみじみとした気分になった。

「勇者に同行しているとは聞いていたが、無事だったんだな」

「王はもう来られているのか?」

「ああ。……俺達の手で門くらいは開けとこうと思ったんだが、埒があかん。とりあえず、一度王に会ってくれ」

「無論、そのつもりだ」

 簡潔に言い終えて、ジーンが一団の中に戻っていくのに、どうにも味気ないものを兵士は感じていた。さっきとは大違いである。

「相変わらず堅物というか、愛想のない奴だな……。あんなんじゃ、孤立するんじゃないか?」

 同僚以外には割合丁寧に接するジーンの一面を兵士は知らない。仕事仲間とは、案外そういうものかもしれなかった。

 余計な心配をする兵士の元に『勇者』一行が近づいてくる。

 こうして見ると、何ともちぐはぐな、地下組織のような面々である。

 十代半ばと見られる少年少女が三人、フォレスチナの男女の騎士がふたり、下帯とマントだけの老人と魔術師らしき老人、そしてジーン。一行の中に強者の雰囲気を認められるのは、赤い鎧の騎士とジーンくらいである。

 噂話から、金髪の少年と赤い鎧の騎士がラに記された『勇者』だとわかっていたが、何も聞かされていなかったら大層判断に迷ったことだろう。

 少年が進み出てくる。

「王様がいらっしゃっているんですね?」

「はい。王都を取り戻す場に立ち会いたいと仰ってまして……ともかく、王に会ってください」

 兵士は一行の先頭に立ち、門にいる王の所に案内した。

 手をこまねいていた王は少年達の来訪を知らされると、尖塔から目を離して、門に背を向けた。

 いくつか咳払いして、胸を反らす。

 先ほどと同じように少年が前に進み出た。

「お久しぶりです、王様」

「おおパインよ、すっかり様になったようじゃな。まさか、そなたが『勇者』とは思わなかったが……。して、フォレスチナの『勇者』はいずこじゃ?」

 赤い鎧の騎士が歩み出て、私でございます、と頭を垂れた。

「フォレスチナの騎士アルディス、ここに初めてお目にかかります」

「うむ、大儀じゃ。
 ――さて、城を攻めねばならんのだが、この門が開かん。その……洞窟の先にいる魔物が強くてのぅ」

「洞窟って言いますと?」

 パイン少年が問うのに、王は唸るように頷く。

「城壁の外から門を開く仕掛けがあるのじゃ。ここを右手に行った、その奥になる。洞窟自体はただの通路じゃ」

「では、僕らのどちらかが言ってみましょうか?」

 その提案に、王が少しだけ体を動かした。

「任せてよいか? ……できれば、その、まっすぐ行ってほしいんじゃが」

「はい?」

「いやいや、何でもない。気にするでないぞ。
 では、儂はここで待っておるからな。そなたらの無事を祈るぞ!」

 王の激励に、パインとアルディスが頭を下げる。

「ありがとうございます、王様」

「過分たる御加護のお言葉、有り難く頂戴致します」

 滞りなく謁見を終えた彼らは王の側は離れるや、何やら相談事を始めた。

 そっと聞き耳を立てると、パインとアルディスのどちらが洞窟に行くかどうかを話し合っているようである。

 多少、意見が相違したところがあったようだったが、とりあえず話はまとまったようで、アルディス達が門に沿って歩き始めた。

 それを見て、兵士のひとりが急ぎ足で彼らに追いついて、洞窟の前まで案内すると告げた。ここはカナーナ兵士にとっては庭のようなものである。

 お詫びのようなものですけどね、と口火を切り、

「すいません、うちの王様頼りなくて。俺たちもですけど」

そう言ったが、アルディスはそれは間違いだと首を振った。

「王がご壮健であれば、兵士や民は元気づけられる。王とはそういうものではないかと思うが」

 赤い鎧の騎士の口調はきわめて淡々としていた。その平坦さが却って、兵士には凄みを醸し出すように聞こえてくる。

 フォレスチナ王の現状を思い出して、兵士は謝った。

「あ、すいません……。貴国の王は……」

「――いや、そういうつもりではなかったんだ。だから、気にしないでほしい」

「そ、そうですか?」

 アルディスの返事に兵士は胸をなでおろしていた。

 だが、これではいけないと思い直す。

「でも……。そうだ、お詫びのしるしに……お詫びにならないかもしれないけど、あの洞窟の途中に隠し通路があるんです。そこには、確か立派な鎧があったはずなんですよ。戻る時にでも、良かったら持っていって下さい」

「しかし、それはカナーナ王の持ち物では……」

「メルドには何でも使えるのでしょう? それも、質が良ければ良いほどいいとか。帝国を倒すためなら、快く譲ってくれますよ」

「いや、それでも……」

「気にしないで下さい。うちの王様はケチだけど、いざとなれば気前はいいんですから。――――けど、どうしても気になるようでしたら、俺たちが後で王様にかけあってみますよ」

「い、いや、遠慮する! その鎧のことは、見つけられた時に考えるから!」そう言うのとは裏腹に、見つけてしまわないようにとアルディスが考えているのは明白だった――相手の兵士以外には。

 洞窟の前には割合短時間でたどり着いたが、入口の手前には毒の花が群生している。

「この先です。毒消し草の粉はお持ちですか?」

「用意はできている、どうか気遣いなく」

「そうですか」

 ではご武運を、と告げて兵士は彼らと別れた。

 魔物が来ないことを願いながら、足早にそこから遠ざかる。

 やがて、角を曲がろうかというところでふと振り返ると、アルディス達はまだそこで足を止めていた。

 怪訝そうにする彼に、同僚が駆けつけてきた。

「どうした?」

「いや、まだ入らないからさ……」

 カナーナの兵士達が遠くから見守る中、アルディスと一緒にいる赤毛の女性騎士が、何かを懸命に撒いている。

「あそこ、何かあったっけか?」

「毒の花があるんだよ。毒消しの草から採れた奴を撒いているんだろうけど……」

「それにしても、あの人、随分必死に撒いているような気がするな……」

 彼らはスンガでの出来事を知らない。もっとも、知らなくても支障は全くないのだが。

 ――ちなみに、この後アルディス達は、偶然件の鎧を見つけてしまう。その顛末は別の話に譲ることになる。





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