トップ>同人活動記録>ELFARIA非公式ノベライズ[1] INDEX>1章 水の国カナーナ 4-1
ELFARIA [1] 4-1 突然転移してきたことに驚いたのか、周辺の木々にとまっていた多くの鳥達が一斉に羽ばたいた。無理な瞬間移動のせいで、空間に微弱な衝撃があったのかもしれない。 辺りがけたたましい鳥の羽音で包まれるのに構うことなく、ゾーラは火のついた自分のローブを必死にはたき始めた。 「くそっ! あの連中、松明なんぞ投げつけてきおって!」 帝国の魔道師で、聖地のしるしを取り替えた張本人でもあるゾーラ今の立場は、魔物の配置係というものである。そうは言っても戦略から携わるものではなく、雑用として顎で使われているに過ぎない。 これでもシーラルが行った儀式の立役者なのに、今となっては見る影もなかった。長年使い込んで変色したローブの下からは、ひび割れた緑色の肌が見え隠れしており、無残な有様である。加えて、フードの裾から触手のようなモノが伸びているが、これは魔物の力を取り込んだためにそうなっただけだった。もっとも、それも彼の落ちぶれた様子を物語るのに一役買ってはいたのだが。 「まさか、あんなに早く奪い返されるとは……。やっぱり、奴らが化けて出たんじゃなかろうか……。 ロス砦に乗り込んできた『勇者』の事を、エルファスにいるシーラルに報告するためにゾーラがそこを離れたのは、つい先日のことだった。その後、カナーナ司令官の天魔僧正ヨピナスに警告したはいいが、その場でカナーナ内の魔物の配置などの細かい注文を突きつけられて、結局今日までカナに足止めされてしまっていたのである。 そして、エルファスに戻る前にロス砦の様子を見ておくかと何の警戒もなしに瞬間移動で飛んで見ると、すでに砦は奪い返されていたのだった。偶然その場に鉢合わせたカナーナの兵士に壁にあった松明を投げつけられ、慌てて瞬間移動でロス砦の外に飛び出し、今に至る。 それにしても、ゾーラの受けたショックは大きかった。ロス砦には複数の魔物の部隊長を配置していたから、そう簡単に取り戻せないと踏んでいたのだ。 ゾーラはこめかみを揉んで、重く唸る。 「やはり『勇者』は『勇者』ということか……。かといって、このままエルファスに帰ったところで、シーラルが信じるとは思えぬし……。どうしたものだかな」 火の消えたローブを仕上げにはたき、ゾーラは胸の前で腕を組んだ。報告はしなければならない。かといって、あるがままの事を言っても鼻で笑われるだけのような気がする。 「もっとそれらしい証拠……か?」 「あなたがゾーラですね」 不意にかけられた声の方向を見ると、そこには金髪の少女がいた。白磁の肌はきめ細かく、透き通るような青の瞳と、上品に高い鼻梁、咲く間際の蕾を連想させる肉厚すぎない唇。それらが美しく整うのに留まらず、肢体はしなやかに、白く瑞々しく伸びている。その上、この美は俗に拠らず、周囲の木々に溶け込むような雰囲気を醸し出して、人ならざるものを感じさせていた。 だが、ゾーラの胸の内には至上の存在である『彼女』がいる。易々と目を奪われたりはしない。 「何者だ、小娘。人の名を図々しく呼びおって」 「このままでは、世界は壊れます」 少女の言葉は強烈に過ぎた。 自分の問いに答えなかったことに腹を立てるには、問題が大きすぎたのだ。 「何を根拠にそのような事を言う?」 「十五年前の儀式が不完全だったからです」 十五年前――竜の年風の月二十九日。シーラルがザザ寺院で行ったエルザードの力を得る儀式に、ゾーラは深く関わっていた。占領下に置いたグリフの集落から秘法の杖を奪って、シーラルに献上したのである。 「馬鹿な事を言うな! あれはあの方法で合っていたんだ! そうでなければ、奴はあんなに力を得たりはせん!」 「ですが、現に帝国の土壌は枯れていこうとしています。シーラルが真にエルザードの力を受けられたのなら、少なくともこのような壊れ方はしていません」 「何を根拠にそんな事を言う!? エルザードに関する文献なぞそうそうなかろうが!」 「クーデターの前の年、ギストの図書館であなたは魔物を作る方法を見つけてそれで帰ってしまいましたが、あそこにはまだ隠された蔵書があったはずです」 ギストはフォレスチナにあり、世界最多の蔵書を誇る。大学のあるスンガや、今は破壊されたムーラインの魔法大学でさえも、ギストには及ばない。 古代に封印された魔物製造法を記した本があったのは、ギスト図書館の隠された一室である。 「……なるほど、確かに、な。あそこにはまだ何かあるやもしれん。だが、それが儂と何の関係がある?」 「あなたは、自分の運命を変えたいと思いませんか?」 「運命だと?」 「勇者を助ければ、あなたの運命は変わるかもしれません」 ふざけたことを、とゾーラは少女の言葉を一蹴する。 「儂を帝国の魔術師と知って言っておるのか? それとも、儂を馬鹿にしてるのか?」 「彼らの敵はシーラルです。……それを忘れないようにしてください」 去り際にふわりとマントをなびかせて、少女はロスの方へと消えていった。不思議と、風の舞うような雰囲気を漂わせて。 ゾーラは唇を曲げて晴れ渡った空を睨む。 「妙な手合いだ。儂なんぞを勇者の味方にしてどうするつもりなんだか」 聖地が戻ってしまったせいで、魔物の力を有するゾーラには多少居心地が悪い。ということは、ここはまだロス砦に近いのだろう。瞬間移動の際に方角は決めてあったから、少なくともスンガ側ではない。 「さて、シーラルの奴に報告せねばならんか、あの『勇者』どもの事……。…………いや、エルザード……。これからギストに行くか……? ゾーラはそう思い立つと、瞬間移動の魔法を使って近くのユノの村へと移った。 今度は滑らかに移動を終え、辺りが魔物の瘴気に満ちているのを感じて、ゾーラはほっと一息ついた。 王都に近いこの村ではまだ魔物が支配を続けている。聖地が戻って力は弱まっているものの、魔物の瘴気はゾーラにとって心地いい。 体の調子が戻ってくる実感に包まれながら石碑を探すと、それは村の広場にあった。 エルフ文字で綴られた石碑に一旦目を通し、眉間を寄せてもう一度読み直す。 「『天のラは火と風の力、地のラは水と土の力。エルフの王エルザードは、四つの力を超えた五つ目の力を求めた』。 『世界はこのままだと壊れる』 『シーラルの儀式は不完全だった』 『勇者を助ければ、ゾーラの運命は変わるかもしれない』 ゾーラの中で、少女の出したいくつかの「鍵」が複雑に錯綜していく。 それらを強引に重ね合わせるなら、世界が壊れるのを阻止するために、儀式を失敗したシーラルを倒す勇者を助ければ、ゾーラの運命は変わる、ということである。 しかしそれだけでは、ゾーラの運命が変わったことには――少なくとも当人にとっては――ならない。ゾーラが望むのは、支配者と同じくらいの高みに在ることだ。それとて、今では力を失ったせいで魔物の配置係などをやらされていて、叶ってはいないが。 思い返せば、ゾーラの転落期は十五年前に遡る。ちょうどシーラルが儀式を終えた直後だ。用済みになってこんな扱いになったのではない。魔力を多大に失ったせいだ。 まさか、とゾーラは呟く。 「シーラルの儀式が不完全だったせいで、儂はそのとばっちりを受けたのではあるまいな……」 思いつきの言葉はゾーラの頭の中で、着実にあの日の記憶の内容を再現してゆく。 十五年前の儀式で、杖を携えたシーラルの側にゾーラはただひとり控えていた。儀式の場に立ち会い、その後でシーラルが勇者達を皆殺しにしたのも見届けた。 日食で満ちたラを受け入れるシーラルにあてられたのか、儀式が終った後、ゾーラの肌は緑色に変色していた。これでは人間の面影が残らないと嘆いたゾーラに、シーラルは笑って言ったのだった。『エルザードの力のおこぼれをもらって、魔物としての力が強められたのだ。運のいい奴め』と。 ――だが、その言葉が嘘だったとしたら? まさか、とは思わない。そうとしか考えられなかった。 「くそっ! やっぱりそうか! だから儂もこのように衰えた! シーラルの奴め、ぬけぬけと! …………だが、これで真相がわかったのだ、後の事はこれから考えればいい。 「ゾーラ様、どうしました?」 地団駄を踏んだのを聞きつけたのか、鎧姿の魔物――人魔が問いかけてきた。ユノの村にゾーラが隊長として配置した、デスアーマーという魔物である。 しかし、ゾーラは自分の世界に片足を突っ込んでいたせいか、半ば、心ここにあらずといった風情だった。 「ここに来る途中で、不思議な……そう、不思議な少女に出会った……。……。 慌てて手を振り、デスアーマーと少し距離を置き、再び思案に耽り始める。 「勇者を助ければ、儂の運命が変えられると言っておったな……? どう変わる!? 儂がダルカンやシーラルを凌ぐことができるというのか!? 近くにデスアーマーがいるものだから大っぴらにはできないが、ゾーラは小さく、しかし熱く拳を握った。 十五年前のゾーラは非常に魔力の優れた魔道師だったが、力のある者には弱かった。だが、辛酸を味わった今ならば十分に反骨精神がある。そのゾーラに力が戻ったのなら。 力を貸したにもかかわらず、シーラルはゾーラを軽んじ、ダルカンはエルファリアを裏切ったことで宰相の位を与えられ、宮廷にのさばっている。そんな連中を見返すことができるのなら、これ以上楽しい事はなかった。 高揚したゾーラは、ある思いつきを口にした。 「そうじゃ! ここにも記念にリシアの像を建てていこう」 ゾーラが熱心にある呪文の詠唱をすると、彼のすぐ横に毅然とした石の貴婦人の像が建てられた。 水の聖地を乱した時にもその記念として同じものを建てたが、今回の方が出来はいいような気がする。 思わず、顎に手を当てて鑑賞してしまう。 「うむ、いつ見てもリシアは美しい! ……リシア……」 この貴婦人がムーラニアの王女だった頃から、ゾーラはこの人に恋焦がれていた。 気の弱く、しかし優秀な魔道師だったゾーラは、自分こそがリシアの夫に相応しいと思っていたのである。魔法の盛んなムーラニアでは、その理屈が通ると信じていたのだ。 自分の魔法の腕への自画自賛を兼ねて、しばらくの間石のリシアを見詰めていたが、ふとゾーラは我に返った。 「こ、こんな事をしている場合ではない! 急いでエルファス城に戻り、シーラル皇帝に会わなくては」 今になって、ここがどこで誰といるのかを急に思い出したのである。自分の立場も。 失態を打ち消そうと、側にいる相手に大声で怒鳴る。 「おい、そこのお前!」 デスアーマーが形だけは律儀に敬礼する。 「何でしょうか、ゾーラ様」 「このユノの守り、怠るでないぞ!」 「承知致しました!」 デスアーマーの返事を聞いて、ゾーラはエルファスへ向かって瞬間移動で旅立っていった。 |