トップ>同人活動記録>ELFARIA非公式ノベライズ[1] INDEX>1章 水の国カナーナ 3-2
ELFARIA [1] 3-2 * 翌日の朝早く、パイン達はスンガを発った。 ハンブへの道の途中で『水』の魔物である地魔の一隊と出くわしたが、これは難なく撃破した。 思いがけない戦闘の後で武器の手入れをしていると、ラゼルがぽつりとつぶやいた。 「今まで街道に魔物なんかいなかったのにね」 「スンガを奪い返そうとしてたんじゃないかな。今まで、街道に魔物がいなかったのも変な話だけど」 「だったら……今まで解放した所の事も気をつけないといけないのよね」 「そうだね。けど、スンガはロス砦の人達が守っているから、今は大丈夫だよ。あそこを通らないとダムスには行けないし」 気を取り直して再び来たへと進み、四人は瘴気のけぶるハンブに着いた。陽はまだ中天に達していない。 件の花畑の前に立ち、例の粉を取り出しているところで、ラゼルが『あら』と声を上げた。 「あの像、何かしら? 女の人みたいだけど」 言われて花畑の右端に目を向けると、そこにはドレスのようなものを纏った像が建てられていた。パインの記憶にはなかったが、昨日は毒の花相手にてんわやんわになっていて気がつかなかったのかもしれない。 神殿が奉るのはラであり、聖地では特にその地に特化したラを奉じている。人間の像があるのは不自然だった。 「ちょっと近づいてみますか?」 ジーンの提案に他の三人が賛成し、一同は魔物の気配に気をつけながら花畑の端に沿って歩いていった。 そうして、直に触れられるところまで着くと、低い台座の上に立つその像は等身大のように見えた。パインとほぼ同じ身の丈である。 凝ったドレスとティアラを身につけ、毅然とした表情の女性は、厳しいながらもそれを美しさと認めさせるオーラのようなものを感じさせる。 「カナーナの王族の人かしら?」 「いえ、少なくとも今の王族の女性にこうしたお顔の方はいらっしゃらないはずです。昔の方ならあり得るかもしれませんけど、ハンブ出身のお妃様はいませんし……」 「じゃあ、どうしてここにあるの?」 「さぁ……」 ラゼルとジーンの話す横で、パインは黙って像をみつめていた。 この女性の全体的な印象は厳しく映る。だが、そこで終わらせない微妙なこだわりのようなものが見えなくもない。何よりも、パインの中で何かが引っかかっていた。 そこに象徴されるのは懐かしさである。 「パイン、この人知ってるの?」 「い、いやそういうわけじゃないよ」 「そう? この人も随分綺麗だけど」 「……僕がこういう人と知り合いだと思う?」 「そういえば、そうね。ごめん」 「いいよ、ちょっと気になっただけだから」 けれど、ここまで訴えるものがあるなら、名前くらい憶えていそうなものだ。 その呟きを内心だけに抑え、 「行こう。ここにいても仕方ないし、聖地を鎮めないと」 確かにそうだとウッパラーが賛同し、四人は毒の花に例の粉を撒きながら花畑を踏破していった。 ラの神殿に人気はなく、奥に地下への階段がひっそりと口を開けている。 「神官様っていないのかしら」 「隠れておるのかもしれぬな。あるいは捕らえられておるか」 聖地へと通じる階段を降りていくと、段々と蒸し暑さが増していった。地下へと下りきった頃には、髪や額が頬に張り付き、剣を握る手袋そのものがひどく湿るほどだった。 さすが元凶ね、とラゼルが呟いたその瞬間に、暗がりから氷の魔法が襲いかかってきた。 その魔物はローブ姿ではあるが、目と口の部分は空洞だった。 氷魔法を使ってきたことから、地魔であることに疑いを持つ余地はない。ダムスやスンガで見たハロスライムを二体けしかけて来たのを見て、これが隊長だとパイン達は判断した。 パインとジーンが飛び出してハロスライムを斬り捨て、ウッパラーは聖地のしるしの前に陣取る地魔に氷の魔法を放つ。だが、魔法はあっさりと跳ね返され、老博士はすぐさま別の魔法を詠唱した。 対象の力を弱めるその魔法はうまくかかり、雑魚を片付けたパインとジーンがかかると、さほど労せずにその親玉は地に崩れ、弾けるように消滅した。 予想通りに、魔物の瘴気が消え失せてゆく。 「やっぱり、あれが部隊長だったみたいですね」 「そうですね……じゃあ、早速やってみます」 パインはブルージェムを取り出して、聖地のしるしが収められている台座の前に立った。 そこにある太陽を模したしるしに手をかけて、力を込めて引っ張る。 だが、橙色の版はびくともしない。 「ま、予想してたけどね……」 「『予想してたけどね』じゃないでしょ!」 「仕方ないじゃないか、そうだったんだから」 「じゃあどうするのよ! ずっとこの蒸し暑いのが続くの?」 ラゼルだけでなく、ジーンも厳しい意見を出してきた。 「それどころか、カナーナから魔物を追い出すのもおぼつかなくなりますよ。王都の方へ行けば行くほど魔物の数は多いでしょうし」 「確かに……」 四人が悄然とする中、階段から紫の法衣を纏った初老の男が駆け下りてきた。 聖地とパイン達を代わる代わる見て頭を下げてきた。 「あなた方がここの魔物を追い払ってくれたのですね? ありがとうございます」 「いえ……。あなたが、ここの神官様ですか」 「はい、申し訳ないのですが魔物がいる間は全く手が出せなくて……」 「それは気にしないでください、僕らができる事はこれくらいですから。……聖地は『火』の力を持つ人でないと鎮められないみたいですね」 パインの嘆息に神官は乗るでも反るでもなく、沈黙していた。 「神官様?」 「……水……そう、あなたから『水』の力を感じます」 その言葉は唐突にパインの耳朶を打った。 『水』? 『火』ではなく……? 「僕が……ですか?」 「はい。いや……驚きました、まさか『ラの勇者』がまた現れるとは。十五年前のようです」 しかし当のパインは素直に喜べなかった。ラゼルが言った事を思い出したのもあるし、今の彼はあくまでも自分の研究を生かしているに過ぎない。 「あの…………僕には全く身に覚えがないんです。そんな実感もありませんし」 「自覚がないのは仕方のないことです。私共のような目の利く者が見分けるしかありませぬ故」 「でも、僕じゃここの聖地は鎮められないんでしょう!?」 「その通りです。『火』の力がなければ……あと、水のしるしは持ち去られていますから、ブルージェムが要りますな」 「それは持っています、人に貰って」 「だったら、その方はあなたが『水』であることがわかったのでしょう。エルフの珠は各々の力を持つ者にひきつけられますから。 「え?」 「正直なところをもしあげますと、ここ五日ほど前から抽象的な気配を感じているのです。その方は赤に彩られていました」 「赤か……」 「赤ねぇ……」 パインとラゼルが呟き、次の瞬間、ふたりは同時に叫んだ。 「アルディスさんだ!」「ジェニスさんよ!」 食い違った答えに、お互い睨み合う。 「どうしてそうなるんだよ」 「どうしてアルディスさんなのよ。ジェニスさんは赤毛じゃない」 「アルディスさんの甲冑は赤いじゃないか」 言い争うふたりをジーンがぽつりと評する。 「説得力があるのかどうか、微妙ですね」 「おふたりをここに連れて来ればいいと思うんだがのぅ」 睨み続けるふたりがウッパラーと同じ事に気づいたのは、もう少し後のことだった。 |