トップ同人活動記録ELFARIA非公式ノベライズ[1] INDEX>1章 水の国カナーナ 1-2



ELFARIA [1] 1-2



 わけのわからない、不思議としか言いようのない邂逅の後、パインは思考を巡らせながら裏山を下りていた。

 聖地を戻せというのは、即ち帝国に立ち向かうということである。

 パインには、魔物に抵抗する術がある。メルドがそれだ。実戦をしたことはないが、メルドを施した武器はその見かけが変わり、剣で試し斬りをしても普通の鍛冶で打って仕上げた剣と比べて、段違いの手応えがあった。

「メルドで作った武器で、魔物と戦えってことか……」

 魔物はこのロマの村まで迫ってきている。いつ襲われてもおかしくない状況だ。あのエルルという少女は色々と唐突なところがあったけど、定刻に立ち向かうための後押しをしに来てくれたのだと思えば、とりあえず形は収まる。

 おそらく、その理由は考えてはいけないのだろう。

 ロマの里に降り立ちまっすぐ家に帰り、家人に呼びかけた。

「ただいま、ラゼル」

「まぁパイン、またエルフの里に行ってたのね! もう隣の村まで魔物が来てるのよ、危ないでしょ!」

 パインを出迎えて頬を膨らませてきたラゼルは彼の幼なじみであり、家族である。青い髪をふたつに結い上げてお団子にしていて、そこそこ可愛らしく見えないこともないが、少し口やかましい。世話焼きとも言う。

 ひとりでうろついていると危ないだのと小言を続けるラゼルを置いて、パインは彼女の祖父の姿を探した。ブルージェムについて意見をもらおうと思ったのだ。

「博士! 戻っておられますか」

「居るぞよ。どうした、そんなに大きな声を出して」

 奥から下帯一丁の姿で白髪の老人が現れた。パインの育ての親でもある学者のウッパラーである。

 蒸し暑いからこんなにだらしないのではなく、この老人は年中この恰好で通している。

「博士、これを見てもらえますか」

「おお! 何か見つけたか?」

 未知の発見に目を輝かせるのが学者というもので、パインの差し出した青い宝珠を、好奇心一杯に眺め始めた。

 穴の開くほどに見詰めた末に、ウッパラーは突然片足の爪先立ちで器用に円を描いて、体の向きを変えずに踊り始めた。

 ウッパラーの高揚した時の癖だが、こんな奇妙な事もパインと孫であるラゼルにとっては日常茶飯事なので、特に突っ込んだりはしない。

「ほぉ〜、こりゃエルフの珠じゃ! 聖地のしるしのもとだという……。こんな物をどうしたんじゃ?」

「石碑のところで、エルルという女の子が……」

 パインが状況を説明し始めると、ラゼルが『えっ?』と瞳を大きく瞬かせた。明らかに非難の色が混じっている。

「パイン、石碑を研究するとか言って、女の子と会ってたの!!」

「……」

 それは嘘ではない。しかし、自分から誘ったのでもなかった。とはいえ、それを口に出したところで解決するだろうか。

 にわかに訪れた沈黙はごく短い時間だったのだが、パインはそれに耐え切れずに、思い切って話題を逸らした。

「ウッパラー博士、僕は旅立とうと思います! このままでは、何千年か前の魔法戦争の再来になってしまいますから」

「ということは、帝国打倒のためかの?」

「はい。聖地も鎮めなければなりませんし」

「よし、それなら儂も行くぞ! 久々に魔法の腕を磨くいい機会だわい」

 うきうきとするウッパラーに、ラゼルが慌てて間に入った。

「ちょ、ちょっと! だったらあたしも行くわ! あたしだって治癒魔法使えるし……おじいちゃん、ちょっと心配だもの」

「ふん、勝手にせい! まったく、おてんばなんじゃから!」

 祖父と孫でわいわいやらかしているのを横目に、パインは肩をすくめて荷物の準備を始めた。

 本音を言えば、女の子に危険な事はさせたくない。だが、この幼なじみには何を言っても無駄である。無鉄砲というわけではないし分別もあるが、こうと言い出すとなかなか止められない。その上、年下なのにパインの姉を気取るところがあるのだ。

 大きな怪我をする前にうまく引き際を見極めないと、などと思っていると、玄関のドアを叩く音がしてパインは玄関へと立った。

 来客を出迎えてみると、そこにいたのは頭からつま先まで鎧兜で身を固めた兵士である。

「あの、パインさんはこちらにいらっしゃいますか?」

「僕がパインですけど、あなたは?」

 パインが言うと、兵士はきちっと姿勢を正した。

「わたしはカナーナ王に仕える剣士のジーンと申します。パインさんが魔物と戦う方法を研究されていると村の人から聞いて、お伺いしました」

「てことは、パインの事を王様が見込んだってこと!?」

 いつの間にかラゼルがパインの脇まで出てきていて、瞳をきらきらと輝かせている。

「凄いじゃない、パイン。もうそんなに話が広まってるの?」

「ちょっと待ってよ、ラゼル。あの、村の人から聞いたと仰いましたよね」

「はい。わたしの独断でお願いに上がりました。
 その……、実はカナーナ王が隣村まで逃げてきて、捕まってしまったのです!」

 胸の塞ぐ想いが込められたジーンの言葉は、パインとラゼルを仰天させた。これが本当ならえらい事である。

「じょ、冗談でしょ?」

「王様が捕まってしまったんですか!?」

「面目ないのですが、本当のことです。王がワース村で逗留している間に魔物が攻め入ってきて……。それで、甚だ恐縮ではありますが、王の救出のためにお力添えをいただけないでしょうか」

 お願いします、とジーンが深々と頭を下げるのに、パインは頷いた。

「わかりました、僕の力で良ければいくらでもお貸しします」

 戦いの術はあるし、王様を助けるというのは国民にとって栄誉なことである。断る理由はない。

 パインが家族を振り返ると、ふたりは満面の笑みを返してきた。パインも自信の笑みを返す。

「よし。ウッパラー博士、ラゼル、行こう!」

「よっしゃ」

「行きましょう、パイン!」

 ふたりの声に、パインは改めて気持ちを引き締めた。

 あの少女との出会い、隣村まで迫った帝国の手、捕らわれてしまった王様。旅立ちの動機として、不足などあろうはずがなかった。

 これから、戦いは始まるのだ。





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