トップ同人活動記録ELFARIA非公式ノベライズ[1] INDEX>1章 水の国カナーナ 1-1



ELFARIA [1] 1-1



 世界の西の最果て、ロマの風はいやにぬるくなっていた。

 カナーナは水の国だが、風の月は平年通りなら春の盛りにあたり、心地よい風が吹いているはずである。

 ところが、水の聖地がムーラニア帝国の魔物に荒らされ、ラの力をコントロールする聖地のしるしを付け替えられてからは、変に蒸し暑い日々が続いている。この状況はロマに限ったものではなく、カナーナ全体に及んでいた。

「『……ラを乱すな。ラを乱せば、魔物が生まれ、大地は枯れ果て、世界は滅びるであろう』、か……」

 ロマの裏山でじっとりと湿った風に煽られながら、エルフの石碑を前にしてパインはため息をついた。

 金髪を肩過ぎまで伸ばしたこの十六歳の少年は、学者の養父の下で『魔法戦争』の研究をしている。

 『魔法戦争』とは、古代に人間とエルフが争い、最終的には世界を破滅寸前まで追い込んだ戦争でもある。当時、エルフが魔法で攻めたのに対し、人間は魔物を作り出してエルフと戦わせたのだ。

 ロマは学者の里だが、パインは興味だけでこの事を研究しているのではない。その最たる動機は、ムーラニア帝国への抵抗心にあった。

 パインはエルファリアから養父に連れて来られて、十五年前からこのロマに住んでいる。赤ん坊の身で戦災孤児になった所を、養父が身元を引き受けてくれたのだという。

 養父の家庭は暖かく、パインは健やかに育った。この事に不満を抱いたことはない。だが、生まれた地を踏みにじった帝国は憎かった。だから、魔物と戦ったというエルフが用いた手段や技術を研究しようという気になったのだ。

 研究を進めていくうちに、エルフが開発した魔物に有効な武器の鍛冶技術<メルド>を見いだし、それで当初の目的は達成できた。ところが、戦争そのものの詳細に触れていくうちに研究にのめり込み、結果、現代とのある相似にたどり着いたのだ。

 戦争の末期、世界中のラの泉が枯れ始め、大地から緑が消えていった。それと同じようなことが今の帝国でも起こっていて、作物がろくに実らず、大地に生えているのは裸木ばかりだという。魔物の製造に際してラが乱れたのと、ラの力を浪費しすぎたのが原因だとパインは踏んでいた。

 先月の土の月に帝国が土の国フォレスチナを占領し、水の国カナーナも国境沿いにある王都が陥ち、続いて第二の都市スンガも陥落して、水の聖地までも荒らされている。ラの力を得るために帝国は戦を展開しているわけだから、占領されてしまうと、およそ遠くない未来には現在の帝国本土のように、草木や大地も枯れてしまうだろう。

 現在、魔物の支配下から外れているのは、このロマを含めてもわずかにしか残っていない。自警団程度の戦力しかない辺境の村々では、いずれ帝国の魔物に競り負けて占領されるのは目に見えている。

 彼の前に建つ石碑は、エルフ文字で過去の教訓を述べている。

 その全文はこうだった。


『人間は魔物を生み出し、世界を手に入れようとしていた。
 エルフの王エルザードは強力な魔法を生み出し、それらと戦った……。
 ラを乱すな。ラを乱せば魔物が生まれ、大地は枯れ果て、世界は滅びるであろう。』


「やっぱり、このままじゃ『魔法戦争』の時と同じことが起こってしまう……。僕に、何かできることはないんだろうか。
 ……ん?」

 鳥のさえずりと共に流れるかすかな女性の唄声に、パインは耳をそばだてた。

 よくよく聴いてみれば、それは水と火と土と風のラの安寧と、エルフの郷愁を綴った唄だった。エルフの唄と呼ばれている。


 水は清らか 火は輝き 土は緑に 風は唄う
 うるわしのエルファリア 祝福されし緑の園
 うるわしのエルファリア おもいでのエルフの国


 エルフの唄は、古代から森と共存してラを守ってきたエルフが、そうした思いを忘れぬように暦ごとの祝いとして唄ったとも伝えられている。そうは言っても、これは広く知られているものだから、パインのようにエルフの事を研究していなくてもわかることだった。

 誰が唄っているのかと辺りを見回していると、唄がやんでパインが来たのとは別の山道から、きれいな金髪を腰まで伸ばした女性がやって来た。いや、女性というよりは少女という方が近いか。ともかく、この人がさっきの歌声の主らしかった。

 彼女の青い目と白磁のような肌、何よりも見目の整った顔立ちに惹かれ、パインは思わず見つめてしまう。

「パイン……」

 ぼんやりと見とれているところに突然呼びかけられて、パインはどきりとした。この少女とは初対面である。

「君は……誰?」

 パインの問いに、彼女は涼やかな声を発して答えた。

「わたしはエルル。
 この日をわたしは待ち続けていました。あなたと会える今日という日を!」

「え……?」

 運命的と言うにふさわしい、しかし唐突な言葉にパインはうまく切り返すことができなかった。

 そんな彼をよそに、エルルは力強く言い放つ。

「パイン! 旅立ちの時が来たのです! あなた達は聖地の四つのしるしを集めなければなりません」

「僕が……聖地のしるしを!?」

 確信を持って言い放つエルルの発言は不可思議きわまりない。だが、それを非難することはできなかった。聖地に収められているしるしは、そのままラの安定に繋がる物である。

 どうしてこの少女は、自分にそんな事を言うのか。

「今、水土風火のしるしは付け替えられ、各地の聖地は乱されています。聖地が乱れている限り、魔物は生まれ続けるでしょう。……あなたに、この珠を授けます」

 エルルがパインに手渡してきたのは、青い宝珠のようなものだった。湖の底のような、しかし日差しある海の中のような色合いも見せている。様々な角度から見ると、余計に、その青の中に吸い込まれそうになる。

「これはエルフの珠のひとつ、ブルージェムというものです。この珠を使って水の聖地を鎮めてください」

「ブルージェム……。でも、どうして僕にこれを」

 くれるんだい、と続こうとしたパインの口は「を」の形のままで止まった。

 いつのまにか、エルルの後ろには赤く大きな物体がいた。背丈はパインより少し小さいが横にずんぐりとした体形をしていて、角を頭頂に生やしている。しかもほぼ二等身だった。

 そいつがエルルを見上げて催促している。

「エルル、まだ終わらないグリ?」

「あと少しだから、もう少し待ってて、パピ」

「……グ、グリフだ……」

 ひとりと一体の語らいそっちのけで、パインは多少の動悸を覚えながら、パピという名のグリフに見入っていた。

 グリフとはシーラルの手によって全滅してしまったはずの種族で、エルフの伝説では聖獣として扱われている。『魔法戦争』の際にも、終結のために多大な働きをしたといわれているのだ。

 その生態は多くの謎に包まれているが、何かしら突出した力があるのではないか、というのが学者達の統一した見解だった。

「なんで君はグリフを連れているんだい……!?」

「そんなにたいした事ではないわ。あなた達の為すべき事に比べたら」

「けど」

「聖地のしるしは、あなたやこれから会う仲間に力を与えてくれるでしょう。がんばってね……パイン。
 パピ、行きましょう」

 言うだけのことを言ってマントを翻しパピを促すエルルに、パインはなおも食い下がった。

「エルル待って! 君は一体……」

「今に……わかります」

 不思議な余韻を残してエルルはパピと共に立ち去り、少年の掌には涼やかな色合いの宝珠が残されていた。





BACK                     NEXT





サイトTOP        INDEX