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FIRE EMBLEM 暗黒竜と光の剣(4) 「ANXIOUS」
(2002年8月)



Novels FIRE EMBLEM DARK DRAGON AND FALCION SWORD
4
SIDESTORY
604.06
[MACEDONIA,ORLEANS]




飛礫つぶてほどの布告”



 アカネイア歴六〇四年六月、マケドニア王宮国王執務室。

 処務の手休めをする昼下がり、もう一年が過ぎましたなと不意に言われ、国王ミシェイルは何の事かすぐには思い至らなかった。

 長椅子から振り仰ぐと、冷や水を注ぐ侍従が手を止めた。

「バセック伯の令嬢が行方知れずになった件です。そろそろ、捜索の手を帰させた方がよろしいのではないでしょうか」

 言われてようやく思い出したミシェイルの口元に、皮肉げな笑みがこぼれた。

「俺も、いつまでも花嫁を逃がした男を演じ続けるのは気が進まぬよ。だが、俺の執着を見せるには一年では足らぬだろう。何せ、俺の方があの娘に惚れたことにされていたからな」

 ミシェイルの結婚話が持ち上がった時にバセック伯爵令嬢レナが妃候補の最有力に挙げられていたのは、一重にミシェイルがレナに一目惚れしたからだと囁かれていた。王族の結婚相手としては身分が低かったが、レナの際立って整った容姿がミシェイルの心を掴んだのだろう、と。

 しかし真相は異なる。

 当時のミシェイルは二十七歳。即位してすでに六年とあって、城の重鎮達から結婚はまだなのかと迫られていた。だったら、そちらで手頃な相手を捜して来いと言ったところ、彼らはレナを見つけてきた。

 彼女の事は、今までに数回ほど見ていたから記憶にはあった。

 なるほど、見目が整っているだけあって飾り物の人形としては申し分ない。だが、十二歳も年下では恋愛対象には幼すぎる。

 それでも、子を成せればどの女でも同じだと思っていたから、ミシェイルは決められた相手に異を唱えることはしなかった。

 ところが、この反応が奇妙な波紋を呼んだ。

 その時の事を思い出してミシェイルは苦笑する。

「言うに事欠いて、俺があのような小娘に熱を入れ上げたとは、長寿どももくだらぬことを言ったものだ」

「そうしなければ、公侯爵様方が納得しないと感じたが故でございましょうな」

 同盟を結んだドルーアから娶る相手がいればレナである必要はなかったが、竜人族の国に人間のミシェイルと釣り合う者はおらず、国内の有力な公侯爵家はというと、六年前の内乱時に当時の国王・ミシェイルの父に味方する態度をとっていて、その家から花嫁を迎えるのは避ける必要があった。

 しかし、戦争のさなか国王が命を落とすような事があったらいかがするものかと重鎮達が協議した結果が、魔道部隊長のバセック伯爵の娘に白羽の矢を立てることになった。

 国王の結婚相手として家の爵位こそ若干低いものの、内乱時に伯爵の一族がミシェイルに味方している。当時、伯爵自身は魔道の力で国内を荒廃させないために動きを取らなかったものの、首脳部はそれは負の要素ではないと判断している。

 だが、決定からひと月ほどしてレナは姿を消した。表向きとしては誘拐されたことになっている。

 まだ公に発表していなかったのが幸いとも言えたが、人々の口には后の最有力候補にレナの名前が上がっていただけに、ミシェイルは『花嫁を捜させる男』のふりをし続けなければならなかった。

「して、まだ捜索を続けさせますか?」

「どこへ逃れたと言ってきている?」

「ワーレンからガルダへ行く船の中に、それらしき尼僧がいたと証言がありました」

「ガルダか。先の行路はタリスとオレルアンだったな」

「はい、しかし……」

「わかっている、オレルアンへは行かないだろう。あらゆる意味で物騒だ」

 ミシェイルは笑って体を揺らす。

 レナが行方をくらました本当の理由を、ミシェイルは追及しようともしなかった。

 レナは尼僧の修行に熱心だったというから、潔癖ならざるミシェイルの王としての生い立ちを嫌ったのだろうと、内心では簡単に片付けている。それほどレナに対して執着がなかったのだ。

 ミシェイルに許しを乞うたバセック伯爵の方も、その後はうるさい連中の追及をうまくかわし、この件は時間次第でどうにか収まるだろうと思われたが、五カ月ほど前に伯爵は変調をきたし、腹心の者に王都でのことを任せて、現在は領地へ退いている。

 社交の裏で何かあったのかと調べさせたところ、伯爵の息子を騎馬騎士団に送って、最前線に出したのが変調の原因だという。

 ミシェイルには腑に落ちない原因だった。存在価値のない息子を差し出してレナがいなくなった責任を取らせる――そんな最低限の痛手でこちらからの制裁は終わりにしようと、それどころか厄介払いだろうとさえ思っての措置だったのに、伯爵が病で伏せってしまっては話にならない。

 伯爵の子息はマケドニア国内で少しは知られている変わり者だった。人の血に尊いも浅薄もあるものかと声高に言い、王侯貴族の意義を常に疑問視している(それは、自分自身への否定そのものなのに、だ)。

 加えて、伯爵家の一族のほとんどが法術の杖か魔道の使い手だったにもかかわらず、その方面の才能は全く芽を出さず、戦嫌いであるために騎士になろうともしなかった。領地を治める事に関しては仕組みそのものに難色を示し、貴族社会に居る事を更に嫌うようになっていったという。

 貴族の役割を全うしようとしないのなら放逐してしまえば良いのだろうが、伯爵家では逆の判断をした。こんなものを野に放ってはならずと、閉じ込める方策を取ったのだ。

 ただ、今になって伯爵の変調を顧みるに、その理由は建前のように思える。

「親が、そこまで子を可愛がる義務はなかろうに」

 ミシェイルの呟きは受ける者なく、部屋の中で消え去る。父を弑逆した者が発する言葉として、強烈すぎたのだ。

 ミシェイル自身は父に愛されていたかどうかと訊かれたら、首を傾げただろう。父は国王でありながら、家族愛に心を砕いていた節があった。だがミシェイルから見れば、それは国王としての及第点にはほど遠い態度だった。父を見限ったのはかなり早い時期だったと、ミシェイルは記憶している。

 宗主国を名乗るアカネイアの下に甘んじ――それがいつかは取って代わるための処世術ならまだわかるが、父は本気でそうすることが国のために一番いいと信じてやまず――ドルーアに暗黒竜メディウスが復活して国土の隣り合うマケドニアが真っ先に狙われた時、身を捨ててでもアカネイアの盾になれと彼(か)の国から命じられ、父は命令に従おうとした。

 これが決定打となってミシェイルは行動を起こした。六年前のことだ。

 すでに全権を担っていた竜騎士団を動かし、国王には知られぬようにしかし迅速に他の団を説得して自らの下につかせ、あとは地方領主を片っ端から味方につけ、民にも目配りは欠かさなかった。結果、内乱とは言いながらも血を流したのは父王ひとりだけに留まっている。

 ドルーアと同盟を結び、その四年後にアカネイアを滅ぼしたところで、かねてからの野望――マケドニアが大陸の覇者となるために、そろそろドルーアに矛先を向けようかとミシェイルは考えたが、早急に動いたところで叩き潰されるのが落ちなのはわかっていた。

 全てはグルニアの名将カミユをこちらの味方につけてからと腹を据えて二年、そのカミユがアカネイア王女ニーナを匿い、揚げ句にオレルアンへと逃がした科からドルーアに捕らえられるという事件が起こった。

 逃がされた方のニーナは、王城を失ってゲリラ戦を続けていたオレルアン王弟ハーディンと合流し、それに呼応するように二年ほど行方知れずになっていたアリティア王子マルスがタリスから兵を挙げて、ニーナらと合流するまでに至った。

 しかし彼らの手数は少なく、オレルアンを取り戻すことすら不可能だろうと高をくくったのも束の間、駐留していたマケドニア軍は勢いに圧され、ついには撤退に追い込まれた。

 ドルーアとの会議の席でその決定が成されたのが一週間前。今頃、取り残された将兵らが敗走しているだろう。

 二カ月前までオレルアンでは妹王女ミネルバが駐留軍の指揮を取っていたが、竜騎士団の力は不要と判断してマケドニアへと帰還させていた。ミネルバが今も残っていれば、戦況は変わっていたかもしれない。

 だが、既に過ぎたことだ。そんな考証は学者に任せておけばいい。

 ミシェイルは水をひと口飲んで、長椅子から立ち上がった。

「処務に戻ると伝えておけ」

 侍従がグラスを盆に載せて執務室から出ていこうとしたところで、ドアをノックする音がした。

 小者にドアを開けさせると、近衛の者と共に薄汚れた恰好の士官が入ってきた。

 所属を問うと、果たしてオレルアンから戻ってきた者だという。用件を聞けば、オレルアン敗走の要因の一をお伝えに参りました、と言ってきた。

 ミシェイルは余分な耳を全て遠ざけた。一瞬、近衛の者は残そうかと考えたが、取り敢えずは出て行かせた。

 士官と腹心の侍従との三人になって、低く切り出す。

「裏切り者がいたか」

 士官が口を呆と開け、目を見開いた。図星のようだ。

「へ……陛下! なぜ、そのような」

「貴様が問う事ではない」

 ミシェイルは言い捨てたが、補足するならばすでに予測されていた事だったのだ。

 ハーディンが草原の狼と呼ばれる戦の強者であるとしても、それだけでは王城は取り戻せない。現に数カ月間ゲリラ戦を強いられ、アリティアが合流するまでは突破口が開けなかったという。

 ではアリティアは状況を覆すほどの数を持っていたのかというと、これも違う。二年の潜伏とサムスーフ山を越えるためには、多すぎる数は却って邪魔なはずだった。報告を聞く限りではタリスを発った戦力は二百そこそこ。数だけで言えば、一軍というよりも大隊や中隊の規模である。

 戦は数が全てというわけではない。だが、南から来たアリティアと北に居たであろうオレルアンが合流するには、少なくとも千五百ほどのマケドニア軍を突破する必要があった。アリティア軍の全てが騎馬というのなら、かつての名声も手伝ってまだ可能性があっただろう。しかし、半数をタリスの義勇軍に頼り、それだけでなく元々の歩兵も多い。隠れながらというのならわかるが、いちいち撃破していたと報告を受ければ、他の要素を考えざるを得なかった。

「で、その謀叛者は誰だ?」

 ミシェイルの口調は楽しんでいるような雰囲気さえあった。

 誰かの顔が特定して浮かんでいるわけではない。それが誰であろうとミシェイルの下す命令は変わらない。戦に負けたマケドニア騎士の怒りの矛先を引き受けてもらうことを考えたら、むしろ気の毒にと思ったくらいだ。

 だがその名前を聞いた時、執務室に奇妙な沈黙が下りた。

「…………あれがか?」

 ミシェイルはでき得る限り眉をひそめていた。

「信じろと言うには無理があるな」

「しかし、陛下。バセック伯の子息ならあり得ぬことでは……」

「『役立たずの絵描き』に何ができる。口で言うだけで、親族の支配から逃れられなかった者が」

 レナの兄、バセック伯爵の息子であるマチスに対して、ミシェイルは何の評価も下さなかった。いないのと同じくらいの感覚でいたのだ。

 騎馬騎士団に放り込んだところで、何もしようとしない。その気になれば、部隊長にさえなれる環境だったにもかかわらず、一騎士のままでいたのだ。

 好機を使わぬ者は臣下ではない。そう言い切るミシェイルの哲学がマチスの存在を無視させていた。

「もっとも、下らぬ連中が持ち上げる輿には相応しいか」

 軍の重鎮を集めても、自分と同じような反応をするだろう。

 そうとわかっていても、一応彼らの耳には入れなければならない。ある意味では怠い作業だ。

 マチスに対して侮蔑こそあれ、怒りはわいてこない。本気で怒りたくとも、相手として物足りないのだ。

 伯爵の一族が恥を雪ごうとする前にあの男は果てるだろう。その程度の人間だ。

 そう。その程度のはずだ。

 ミシェイルは繰り返して、心の中で呟いた。



(飛礫ほどの布告:end)





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