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「HARD HEART」(後編)2-1 |
(2) 目の前の川がほとんど沈みかけている陽の残滓を受け、暗い橙色と水面の闇をうねらせている。 冥い幻想的な情景だったが、天幕の外に出てこれを見たマチスは現実的な理由で首を傾げていた。 「本陣がこんなに川に近くていいのかねぇ……」 アリティア軍の本陣は北の城から十キロほど南下した橋の近く、集落の隣に敷いている。集落の住人達は戦禍を避けて逃げ出していて、この付近に部外者はいない。 橋の守りに重騎士と弓手兵の混成の鉄騎士団百人部隊が派遣されていたはずだから、川に近い所に陣を構えれば格好の弓の的になるだろうにと思いながら、川の方を右から左に眺めると、その途中で視線が止まった。 百メートルほど先にある橋を対岸に渡ったすぐの所が広い範囲で掘り起こされたようになっていて、その周りで十数人の集団が何かを回収しているのが見えた。 あの集団が何のためにそんな事をしているのかを計り知ることはできないが、そもそも、あの掘り起こしたようなもの自体が異様な光景である。 何故こんな風になったのかと考えながら凝視していると、問いかけたわけでもないのに一緒に天幕から出たカインがその疑問に答えてくれた。 「あれは、風の魔道の仕業なんだそうだ」 「風の魔道?」 マチスは不本意ながらも魔道の修行を行っていた時期がある。結局は挫折したが、ある程度の知識は残った。 魔道というのは基本的に精霊との契約があって、魔道書を媒体として発動させる。人に馴れやすい炎の精霊の契約は比較的容易だが、風の精霊は気難しく高位とされる魔道士でも失敗してしまう。仮に彼らが契約印を身に宿らせたとしても力を安定させるので精一杯ということがままあった。どうも、位の高低というよりは人そのものの質を選ぶ傾向が強く、一旦認められればかけだしの魔道士でも強力なものを使うことができる。 「もしかして、橋を守ってた連中はその魔道で……?」 「そういうことだな。王子の友人が北から我々のところに駆けつけようとしたところに、橋を守っていた部隊とぶつかってやむなく使ったのだと言っていた」 「ふぅん……」 軽く頷きながらも、マチスの心中は穏やかではない。 ひとりで鉄騎士団百人部隊を屠ることができる魔道が本当にあるというのは、耳障りな話である。決して挫折した僻みからではなく、摂理として間違っているような気がしてならないと思ったのだ。 カインは食事を摂れと言っていたが、炊事場に行ってみると実際のところはまだ作りかけで出来上がっていたのはスープだけだった。 それでもちゃっかりとスープと糧食の固いパンをもらいながら、カインに訊いた。 「これだけを食えって?」 「全部できあがるまで待っていたら会議を始めるのが遅くなるからな。悪いが、今はそれを腹に入れといてくれ」 「ま、腹一杯になっても眠くなるから、これくらいで丁度いいけどな」 朝から何も食べていないはずだったが、特に食欲があるわけでもなく(今日は色々なことがありすぎたせいだろう)淡々とパンとスープを口に運び、数分で食事を終わらせた。 その間、カインはマチスの食事の進行を時折見ているだけだった。隊長格の人間は作戦会議が終わってから食事を摂るのだという。 「あんたの場合は特別なんだ。マケドニアの負傷兵から今日は何も食べていないと聞いていたから、そのまま会議の場に連れていって倒れられても困るから、先に摂ってもらった」 普通なら一日食べなくてもどうにか保(も)つが、これに疲労が重なっていると倒れてしまってもおかしくはなかった。今日入ったばかりの奴にも気を配るんだな、とマチスは妙なところで感心したのである。 食器を返し会議の場であるマルスの天幕へと向かい始めたが、すぐにマチスの足が止まった。 音のような、だが音でないものが彼の耳の感覚に触れている。 辺りを見回すと、少し開けた所にその源はあった。 足元までつきそうな魔道衣を風ではためかせ、両の手に『力』を収束させながら、緑の髪の少年が歯を食いしばって手の中を睨んでいる。 少年の足元には布に記した魔道の陣があった。 「おい、何が――」 カインがマチスに声をかけたが、その視線の先を見て絶句した。 「……マリク殿じゃないか!」 「王子の友達の魔道士って、あれ?」 「そうだ。だが、あの様は……」 時折『力』に振り回されるように少年魔道士の両腕が振り上げられ、その度に腕の高さを戻すものの、どうにも落ち着かない。 マチスが難しい顔で断じた。 「多分あれ、失敗するな」 「だから、何なんだ?」 カインに問われ、マチスはどう答えようかと少し考えた後で説明を始めた。 「あれは魔道の再契約なんだよ。使い方を間違えて精霊の機嫌を損ねて、契約破棄されたから機嫌直しをしてるんだろうけど……」 「よく知ってるな」 「挫折はしたけど見るものは見たから。……念のため離れた方がいいかもしれないな」 そんな風に様子を見ているうちに、マリクの両手の形が大きく崩れた。 上空から、音なのか音ではないのか微妙なものがマチスの感覚に訴えてくる。音があるとしたら、それは大きなうねりを伴っていただろう。 次に何が起こるのか経験則で察知したマチスは、辺り一帯に響く程の声で叫んだ。 「伏せろ!」 その直後、真上から地上に叩きつけるように烈風が吹きつけ、少し続いたかと思うと今度は上昇気流よろしく風が真上へと吹いた。 時間にしてわずか十秒程度だったが、風の直撃を受けた所は文字通り強風に煽られてひどい有り様になった。端目にはそこだけ掘り起こしたかのように草や砂土が数センチほど吹き飛び、しっかりと張ったはずの天幕は支柱が大きく傾(かし)いでいる。 人間の方はというと風と砂と土で一瞬にして全身が土埃にまみれ、ひどい恰好になった。これを引き起こした張本人のマリクがこうなるのは当然として、数メートル離れたところにいたマチスやカインも同じようになった。 他にもこんな感じになった者は何人かいたようだが、この風自体が超局地的なものだったらしくマリクの半径十メートル以内だけが強烈な被害に遭って、それより離れていたところは最後に強い一陣の風が吹いただけだった。 風が収まったのを確かめてマチスはゆっくりと起き上がった。 さっきは咄嗟に叫んだが、果たして伏せるのが結果的によかったのかどうかはわからない。ただ、何かが来るのがわかったのは、昼間の戦闘に似たようなことがあったからだ。あの時は耳が何かを感じ取った直後に、近くに風の塊としか言いようのないものがぶつかってきて鞍上でバランスを崩し、槍を取り落としたのである。 顔や頭の土埃をはたきながら、側で座り込んでいるカインを見やった。 「大丈夫か?」 「……何だったんだ、あれは……」 土埃を払おうともせず、ぼんやりとあらぬ所を見ている。 対するマチスの答え方は淡々としたものだった。 「ま、風の精霊との再契約に失敗して、直接交渉していた精霊が解放されてこうなったんだろうな。成功すんのは難しいから、仕方ないっていえば仕方ないけど」 「よく、そんなにあっさりと言えるな……」 天幕の中の時とは精神的な立場が完全に逆転している。 そこへアリティアの兵士達が駆けつけてきた。見知らぬ顔ばかりだったから、マチスは彼らの相手をカインに任せてマリクの姿を捜すことにした。 と、聞き覚えのある声の主が先に彼を見つけたようだった。 「マリク、大丈夫かい?」 老騎士を伴ったマルスがマリクの側に膝をついて、様子を伺っている。 これは首を突っ込むべきではないと判断してカインの方へと戻ると、こちらの方が目立つ位置だったのか数十人が集まっていた。 この輪にも入れないなと思っていると、背中から男の声をかけられた。 「何があったんだ?」 マチスが振り向いた先には巨漢がいた。 百七十センチそこそこの身長のマチスが少し見上げてようやく視線が合うくらいだから、この男は二メートル近くの身長ということになる。横幅もそれなりにあるが、あくまでも筋肉質の体であって見苦しくない。 マチスは質問に答えるよりも、この男の存在感に見入ってしまっていた。 男が怪訝そうに訊く。 「どうしたよ」 「ドーガ」 兵士達の包囲網をどうにか突破したカインが、疲れた顔で男に呼びかけた。 「ちょっと騒ぎがあっただけなんだ。気にしないでくれ」 「気にするなって言ったって、そりゃ無理だろ。 「部下?」 「こいつだよ」 と、指されたのはマチスだった。 名指しされ、さすがに惚けるのをやめてカインの方を向いた。 これ、誰? との問いである。 カインが土だらけの頭をかいた。 「ドーガ、この人は俺の部下じゃないよ。マケドニアから下ってくれたマチス殿だ。マチス、こっちはアリティア重騎士隊長ドーガだ」 初対面になるふたりは再びお互いを見た。 先に口を開いたのはドーガだった。 「どうも知らねぇ顔だと思ったんだがなぁ……。で、何でまたマケドニアからこっちに来たんだ?」 騎士隊長と言う割には砕けた口調だった。何となく安心感がある。 「最初は捕虜になったんだけど、まぁ助けてくれるっていうから寝返ったんだ」 「あぁ、じゃあ、お前さん一般兵か」 「そのつもりでいたんだけど、まだ決まってねぇんだよ」 ドーガが眉をひそめる。 「……どういうことだ?」 マチスが答える前にカインが割って入ってきた。 「それを話すと長くなるんだ。すぐにわかるから、今は勘弁してくれ」 「それはいいけど……まぁひでぇ恰好だな」 「起こったものをどう言っても仕方ない。とりあえず、このままの格好では会議に出られないから着替えてくる」 「わかった、会議に遅れんなよ」 あぁ、とカインが短く返し、ドーガと別れた。 |