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「HARD HEART」(後編)1-1 |
(1) 五月十八日、夕刻。 昼間に戦場になった草原は馬蹄によってひどく抉られ、数百に及ぶ人と馬の死体が転がっていた。夕焼けに照らされるその様は壮絶の一言に尽きる。 ドーガを長とし、二十人ほどで組織されているアリティア重装騎士隊はその南端に立っていた。 昼間の戦闘には参加しなかった彼らは伝令から勝利の報を聞いたところで、本隊に合流するべく宿営地から西へと行軍を始め、出立から一時半を経過する頃にこの光景に出くわした。 ドーガが顔をしかめて嘆息をついた。 「こりゃまた、派手にやったというか……ひどいもんだな」 ここから見える限りアリティア兵の死体はない。だからといって、単純には喜べるものでもなかった。視界の及ばないところでは幾人かの味方が息絶えているのかもしれないし、それに本来ならば戦のならいに従って、敵味方の別なく弔ってやらなくてはならない。だが、今のアリティア軍には時間と人員の余裕がなく、近隣の村を訪ね、金を渡して頼むしか方法がなかった。しかし、そうしている間にも死体は腐っていってしまう。仕方のないこととはいえ、やりきれない思いだった。 「埋めてやりたいのはやまやまだが、今の俺らじゃどうしようもない。勘弁してくれ」 そう言ってドーガは小さく頭を下げ、短く黙祷した。 十数秒の後、後ろの部下達に声をかけて再び西へ歩きだす。 ドーガのすぐ後ろを歩いていた部下が、のそりと進み出てきた。 「ありゃあ、死人までは手が回らなかったよぅですが、怪我人は収容されてぇましたなぁ」 「景気よく勝鬨を上げてたんならそれくらいはできるだろうよ。そこら辺に怪我人が倒れてるのを見た日にゃ、本当に悪い方での覚悟を決めなきゃならねぇ」 「確かに、そぅですなぁ」 声をかけてきた彼はひどく重い鎧をつけて最低位ながらも一応は騎士の身分を持っているのだが、癖のある言い回しは文化圏からほど遠い農民上がりの雰囲気を強く残している。 ドーガの隊は人種だけで言えば大陸中から寄せ集めたのではないかと思えるほどごちゃごちゃで統一性がなく、隊長のドーガの他に元が騎士階級以上の身分の者はいない。アリティア陣営の中で、ドーガ以外のアリティア人が隊長をつとめる隊が同国人だけで組織されていることを振り返れば、かなり異常なことだった。 そもそもドーガ自身の経歴が変わっていて、数年前まではれっきとしたアリティアの騎士だったのだが、ちょっとした事件で騎士団を追われて放浪の旅をするようになって数年、アリティア落城に伴って王子マルスがタリスへと逃亡しているところに偶然出会い、必要とされたことで放浪生活をやめ、改めてマルスから騎士の叙勲を受けたというものだった。 その時のドーガは傭兵をしながら大陸中を渡り歩いていて、今の配下はマルスと会った時にちょうど一緒にいた仲間とその知人である。およそ騎士とは遠い人間ばかりだったが彼らは皆体格の良さは申し分なく、重装騎士隊向きだった。それに、短い期間で槍の扱いもさまになった。ただ、難点を挙げるなら、隊員の数が少ないのと、隊全体としてまだまだ戦慣れしてないことだろう。 この先に起こるであろう攻城戦や防衛戦のためにできれば数多くの実戦をこなしておきたいのだが、これからは騎乗騎士の本分ということで今回みたいな居残りも多くなってくる。とはいえ誰ひとりとして失いたくないアリティア軍の事情を考えると、故意に危険な所へと飛び込むべきではない。何よりも、そんなことをしてしまっては隊長として、それどころか騎士としても失格である。タリス城奪回戦やサムスーフ山での戦闘でカインやアベルら騎乗騎士のお株を奪ったのだから、おあいこと言えなくもないのだが。 ドーガが鼻の横をかく。 「あんな本格的な軍勢の死体を見たのは久しぶりだが、どうも免疫ができてなかったな。ありゃ、慣れるもんじゃねぇ」 「てえと、隊長は駄目なほうなんですかい」 「少なくとも、あそこで飯が喰えるほど図太かねぇよ」 ドーガの弱気の答えに後ろから笑い声が起こった。 この隊の行儀は、良しとされる分類には入らない。荒事の中で生きてきた者がほとんどで不謹慎な事も平気で言ってくる。だがドーガは彼らを頼みにし、マルスもまた彼らが重騎士の甲冑を身につけることを認めた。 重騎士隊がいなかったことを憂えた上での苦肉の策だったのか、彼らがいることが何らかの形になることをマルスが考えてのことだったのかは、今のドーガにはわからない。 「お前らね、人のことをいつまでも笑ってんじゃないよ」 「隊長が図体に似合わない可愛いこと言うのがいけねえよ」 これは別の部下だった。こうくると、上下関係などあってないようなものである。 「だったらお前らは何だよ。しまりのねえ顔しやがって」 言いながらドーガは自分の分が悪いのをひしひしと感じていた。その一方で、ドーガの黙祷に何も言わずに彼らが倣っていたことをわかっている。 ここは負けておくかと思い始めたところで、前方の遠いところに天幕のようなものが乱立しているのが見えた。 遠眼鏡でアリティアの天幕であることを確認すると、部下達にもうすぐ本隊に着くから余計なお喋りはするなよ、と釘を刺した。 こんな隊でも一応は軍の所属だから、私語を交わしながら行軍をしていたなどと知られると後々面倒になるのである。 |