トップ>同人活動記録>FE暗黒竜小説INDEX>2 HARD HEART(前編) 1-3
「HARD HEART」(前編)1-3 |
* アカネイア歴六〇四年五月一七日、オレルアン南部でマケドニア軍とアリティア軍の戦端が開かれた。 サムスーフ山を抜けたアリティア軍はサムシアンを破ったばかりであったにも関わらず(あるいはその勢いか)、湖付近から襲い掛かってきた傭兵サムシアンを一日で撃破。アリティア側の死者はほぼ出なかったと言ってもいい状態だったという。 出撃命令を受けて進軍しているマケドニア騎馬騎士団五百にこの事が伝わったのは、翌一八日の夜明け頃だった。 五百の騎士を指揮するのは指令ベンソンではない。あらかじめベンソンから、アリティアの完全撃破とマケドニア軍自らが雇い入れたサムシアンの殲滅という目的を与えられているが、作戦などというものは存在しない。百ごとにまとめあげる部隊長がいるだけで五百全てに号令をかける者はいなかったのだ。これは一人の人間がまとめるのは百が精一杯だったことから起こった事態である。 どのみち、この報せは五人の代表者を動揺させた。 真っ先に思い浮かんだのが、アリティア軍の数の誤認だったのではないかということだ。三百のサムシアンを破ってなお、数が減っていないのならば、その数は少なくとも彼らの二倍、六百あるのではと思ったのだ。 ならば、このままでは勝ち目は薄い。こちらは全て騎兵だと言っても、やはり数で小さいのは不安があった。 一八日の時点で、この五百の軍勢は駐留している城から南進して橋を渡り、近くに集落が見える所にいた。東に数時も馬を走らせれば湖を左手に臨む、アリティア軍がいるであろう地点に着く。 斥候が言うサムシアン全滅の報は事実らしいから、まず間違いなくアリティアはオレルアンを北上するためにこちらの橋をめがけてやってくる。そこが一番都合のいいルートだからだ。 そこを逆手に取って橋を拠点にし、城に残る二百のうちの百でも援軍に出してもらい、橋を守る鉄騎士団の応援も仰げば対抗しきれるのではないか――と策を立てている時に、別の斥候が慌ただしく駆け込んで来た。 「申し上げます! アリティア軍の歩兵百が東に七キロの地点で待機しております!」 「それは歩兵だけか?」 「はい!」 「百と言ったな?」 「はい、タリスらしき兵が百ほど」 「わかった、下がれ」 言われて、斥候は踵を合わせ敬礼して下がっていった。 残った五人の部隊長は再び顔を付き合わせる。 「囮を使ってくると思うか?」 「アリティア騎士がいないのが怪しいな。その可能性は高いだろう」 他の四人がそれに頷く。これが囮でなければ目的が読めない。他の論拠があるとすればこちらの数を読み違えているというものだが、こんな推測が当てになるはずがない。既に近くに来ている敵を放っておく理由はなく、結局は全軍でかかることになった。 この五百のうち、全てが槍を振るう騎士というわけではなく、弓を騎上で扱うホースメンもいる。マケドニア騎馬騎士団の中では猟師上がりがほとんどだ。五百が五百でなく、百が五つあるに過ぎないのは、彼らを始めとしてまとまりが持てないからだった。彼らの多くは騎士の身分を始めから持っていた者を嫌っている。それが、まとまらない理由でもある。 そして、彼らの上に立つ者も苦労が絶えない。ホースメンをまとめているのは二人だが、この二人が昨日から敬うことにした人物がいる。 もう夜が明けたこともあり、全員が動き出していた。二人の部下が集まっている所に、その人の姿はある。騎士だからそこにいてはいけないのだが、彼らに請われて休息の時はそうなってしまっていた。本来の配属に戻ってほしいと言いたいところだが、些細なことに文句を言えば、部下をまとめるのにまた一悶着起こる。他の代表者も同情して、これはわざと見逃していた。それに、彼らはその人に遠慮しているところがある。 二人で挨拶しに行くと、その人はまだ眠そうに伸びをしているところだった。 おはようございます、と声をかけると不機嫌と困惑の中間くらいの顔つきで返された。 「あのさ、そ〜いう態度に出られると、ここの人達絶対に勘違いすると思うんだけど」 「勘違いされても構いませんよ、元々我々だって平等に騎士だったわけだし、今とて暫定的に上に立っているだけですから」 「……だったら、せめて敬語はやめてほしいんですけど」 苦そうな顔をして丁寧語でやり返しているのは、マチスだった。 何でこんなことになったのか、本人はあまりよくわかっていない。騎士団に入ったばかりの頃は貴族から「落ちた」ということで、どの身分の出身者からも口で叩かれていたのだが、今となってはこの有様である。くどいようだが、本人には全く心当たりがない。少し不思議に思うところでもあった。 「もう、おれは貴族じゃないんだしさ」 「そういう理由じゃありませんよ。気にしないでください」 「……。じゃあ、とりあえず戻るわ」 「はい」 宿舎で寝泊りしているような時とそう変わらない雰囲気である。七キロ先には敵兵がいるというのに。 マチスは自分の居場所に戻って、とっとと身支度を整えにかかった。食事の暇もない。所属の長が大声で警戒を促すのだ。詳しく聞かなくても、近くに敵がいるのはわかる。 はたと気づいて、改めて呟いた。 「敵、か」 余計なことを考えないように努めていたが、嫌でも思い起こしてしまう。死ぬかもしれないという恐怖だ。 マチスはオレルアンに着いてから、すでに一度戦闘をしている。偵察と少数の分隊になっていた狼騎士団との戦闘だった。数の有利さから勝利を収めはしたが、最前線に押し出されて無我夢中で槍をふるって生き延びるので必死だった。それと同時に、理不尽さを感じたのだ。 騎馬騎士団に入れさせられたのは、死んで家の名誉を守るためだ。そんなくだらないことのために、マチスの槍を受けて死んでしまう人間がいる。しかし、戦場では死にたくないが故に足掻いてしまう。それでも、いつか――近い将来には死ぬに違いない。だからといって、自分からわざと背を向ける気など起こるはずもなかった。 「……これだから嫌なんだよ」 マチスは珍しく苛立ちを見せて、乱暴に兜の面を下ろした。 |