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「INSTORE」1-2






「何やってるんですか、あんたは」 

 それがこの日マチスに浴びせかけられた第一声だった。

 まかり間違っても貴族の子弟がひっかけられていい言葉ではない。しかし、これを言った現場責任者はその辺りのことを気にしなくていいことをよく知っている。

 その証拠にマチスは怒りもせず、瞬きをしただけだった。

 対する責任者は仁王立ちでかかってくる。

「見かけないと思ったら、開墾ですか」

「……一応、耕すとこまでは終わったから、もう開墾って段階でもないと思うけど」

 マチスの手には鍬が握られており、後ろには形を整えた畑ができあがっている。ここは、自然をまるっきり手つかずのまま残した所で、要は使われていない土地なのだが、岩壁を背にしていて周りの景観もまあまあなだけに、畑が加わったことで実にアンマッチな風景ができあがっていた。

「どうしてこんなことになったのか、是非とも聞かせてもらいたいものですね」

「そんなに興味深いものじゃないと思うけど」

「いーえ、聞いておかないとわたしが言い訳を作る羽目になりますから」

 とりあえずこの現場責任者を紹介しておく。名前はルザ。伯爵から命じられてマチス監視の責任者となっているが、『監視』という名が果たしているのは逃亡阻止の部分だけで、どちらかというと、屋敷内の統制をとったり、たまの客人を出迎えたりの世話役という仕事の方が主である。

 そんなわけで、ルザがマチスをとがめているのは屋敷の敷地内に勝手にものを作らないでほしいという理由からだったのだ。

 加えて、主人である伯爵の息子のマチスにあんな口を利くのは別にルザの特性ではない。上っ面で接してこられるよりも、気持ちがちゃんとこめられている言葉で喋った方がいいとマチス本人から言われたのである。責任者としてついてから、ルザはしばらくは遠慮していたが、何かやろうとすると時々細かい所が抜けてしまうのを見ているのをうるさくしているうちに、こんな風になってしまったのだった。

 マチスの特性として他に挙げられることは、発想が貴族らしくないことである。

 問いつめられたマチスは、口をへの字に曲げた。

「何でってなぁ……、自分で食う物を作るのも悪くないかってい思ったんだけど」

 ルザのこめかみがひきつる。逆に言えば、それだけに留めた。いつのもことだと心に言い聞かせているのである。

「そうですか。で、何を作ろうというんです」

「……止めないんだ」

「止めたら畑に申し訳がないでしょう。こうして耕してしまったことだし、この際ちゃんとやった方が土地も喜びます」

 この人もやけにパワフルである。

 いや、多少ヤケになっていたかもしれない。

「ただ、今はここに土いじりに詳しい者はいません。だからといって、領民を呼んで教えてもらおうなどとは考えないで下さい」

「……駄目?」最初から頼りにするつもりだったらしい。

「決まっているじゃないですか」

 そこへ、門詰めの兵士が駆けつけてきた。が、『畑』を見つけ、呆然としてルザを見やる。

「あの…………これは」

「気にするな。もう済んだことだ」

「はぁ……。
 あの、伯爵家の馬車が正門に見えられたのですが」

 この時、ルザの頭の中にどうやったらこの畑を隠しきれるかということが浮かんだが、そんなことはおくびに出さず冷静に問いかける。

「伯爵様か?」

「いいえ、レナ様とディグ家のアイル様でした」

 ルザは首だけを返す。

「だ、そうですがいかが致しますか」

 訊かれて、マチスはかえって首を傾げた。

「別におれに訊かなくてもいいんじゃねぇの?」

 いわゆる『面会』の許可権限は、実質的には現場責任者にある(本当は誰が来ても追い帰さなければならないのだが、ルザは伯爵がここに執着していないのをいいことに、身元が知れていて信用のおける者なら通すことにしている)。それが、ここでの決まりごとなのだが、マチスはこれを始めとする細々なことを破るつもりはなかった。下手なことをやって、王都に戻されるよりはましだと考えていたからだ。

「いつも人に訊かないで通すくせに」

「ここにいるからですよ。他に理由がないでしょう?」

 実に冷たいお言葉である。

「だったら、通せばいいんじゃないの……?」

「では、そうさせてもらいますね」

 結局は同じことだった。

 マチスは、とりあえず鍬を片づけようと持ち上げたが、脇からルザに取り上げられる。

 問いかける間もなく、西棟の方を指さされた。

「ざっとで構いませんから、水で体を洗ってきて下さい」

 土仕事で汚れたままでは通せない、という主張である。

 しかし、今は四月。マケドニアは南国とはいえ、今日は少し水浴びには寒かった。

「……水ですか」

 何故か口調が丁寧になる。懇願が混ざってないと言えば嘘になろう。

「ご自分で湯の使用制限を設けたのだから、仕方ないですね。贅沢を禁じるのは少しも悪くないですけど、自業自得です」

 マチスが六年前にこの屋敷に入れられたときには、主人がいつでも使えるようにと常に湯が用意されていたのだが、伯爵はまずこの屋敷を使わず、日にに二度三度と湯浴みをするわけではないマチスから見たら、この状態は贅沢というか無駄のように思えたことから『用事があるときにお湯を作ればいいんじゃないの』と勧め、自分のことに関しては夜以外には作らなくていいよと言ったことで、今もそうなっている。

 よって、

「…………行ってきます」

と、言うしかなかったのだった。





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