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マカル〜リリの間 (原作からかなり外れた範疇の文面もありますが、某所にて漫画化してもらえたこともあり、 その時に送ったデータを元に独特な語句の訂正のみにとどめています) 前線はマカルへと移り、アルディスやシーナのチームもカーラモンの言うありがたい料理をもらって一時の休息を得た。 最初は遠慮していたが、サブリナの家の“食料庫”を見て有り難くいただくことになり、女性陣ばかりでなく男性陣も食事の準備を手伝った。 どうやら村をあげての大食事会となるらしく、その量は60人分にもなった。参加する人数+15人分くらいである。 「今回ばかりは見ているだけだな」 「仕方ないだろう。片腕では足手まといだ」 アルディスとトリアスのラダ二人組は炊事場から離れた所で暇を潰していた。手伝いに行けばいいのにとアルディスが言うと、ジェニスにひとりにするなと言われたから来たんだとトリアスは言い切る。 「そんなに俺は信用ないか?」 「ないだろうな。ジェニスはお目付け役のつもりでいるけど……。 なぁ、本当にどうとも思ってないのか」 「何を」 「ジェニスとかシーナとかの事」 「意味がわからんな」 「……はっきりさせておいた方がいいと思うぞ」 トリアスが別個に女性と話す機会があると、決まって出るのは気になる男の話である(イラナだけは例外だが)。ジェニスはともかく、ファーミアもアルディスの事を口にし、シーナまでもがそんな感じである。特にシーナはトリアス自身が攻めようとしていたから、探っておきたかったのだ。もし、アルディスがシーナを選んだ時にはとてつもなく勝ち目のない戦いになるだろうが。 少し考えてようやく“意味”を理解したアルディスはため息をついた。 「何度言わせればわかるんだ。半分程度は魔物だから、そういったことを俺の方から選ぶ権利はない。大体、誰がこんな化物を好むものか」 「――お前、本当にそう思ってるわけか?」 「事実から目をそらした所でいいことはないだろう」 トリアス達とは別の戦いをアルディスはしている。今は参謀役に収まっているが、それもいずれは外れて前に出る日は来るだろう。 「向こうから寄って来たらどうするんだ?」 「後悔はさせたくないから丁重にお断りする。いずれわかるだろう」 「いずれ……?」 アルディスは不透明な笑みを浮かべた。 「ちょっとやってみせようか」 右手を不自然な形で握ってみせると、暗く雲が垂れ込める空へと向けた。 「何をするんだ?」 「雪を降らせる」 何言ってんだと呆れかけたが、その矢先、急に寒くなり始めた。「火」が復活してから少なくとも雪の降るような気温ではなかったのだが――。 炊事場の方もこの事態に何やら慌しくなっているのが、離れた場所にいるトリアスにもわかった。 「おい、これ――」 しん、しん、と本当に雪が降り始めた。 今この時はさほど被害をもたらすものでもなかったが、確かに天候は変化した。 それは間違いなくアルディスがやったことである。「火」の所有であるばかりでなく、もはや操るまでの能力を持ったことになる。 「わかっただろう? 人として或るためには異常がありすぎる。いつ、これが暴走するのかわからんのに人を幸せにできるわけがない」 アルディスは右手を解いて力を抜いた。 雪は止み、気温も上がってくる。 「俺は触れてはならない所に着いたんだよ」 それは必然であるべきことを宣言したようだった。 * 「雪なんか降ったのは久しぶりね。もう一月くらい経つかしら」 家の主サブリナはコロコロと笑うが、上がりこんでいたシーナは気が気でなかった。気温が下がるということは(ゾーラに対して)「火」の力が弱まったということになる。 少しして持ち直したからいいようなものの、何かが起こったことは確かである。 「少し出て来ます」 「えぇ、どうぞ」 シーナはサブリナのことを女傑と聞いていたから覚悟をしていたのだが、何てことはない。まともな女の人ではないかと思った。 外へ出ていくと、ちょっとした騒ぎにはなっていたものの、大したことはなさそうだった。もう雪が止んでいたせいもあったが。 あの腕ではどうせ手伝いはできないだろうから、村のはずれにでもいるのだろう。 いずれは相談するつもりであったし、丁度良い機会だった。 もうすぐリリに着く。おそらく、シーナは攻略に参加することになるだろう。変わっているだろうか。いっそ変わっていてくれればいいが。 このマカルでは、カーラモンのいた家の場所は神殿になっていた。意趣返しかなとカーラモンが苦笑いをしていたのを覚えている。 シーラルは死んだ。両親も死んでしまった。変わらない。“勇者”は来たのに。来たからこそ。 もう一度でいいから落ち着かせてほしい。 近所の小さな女の子を見るような目でいるのはわかっているけれども。 15年前のリリの時は、本気だったが奇しくもジェニスの言う通りの鈍い人であったため、膝に乗せてもらって撫でられているだけだった。何故だかわからず涙を見せて。でも、何か悪いものは消えた気がした。 本当の相手にしてもらおうとは思わないが、見るだけで、少しだけ独占させてもらえればいい。 だが、そうする前に別の人物に呼び止められた。 振り返ると、そこにいたのはエルルだった。 「久し振りね。シーナ」 シーナがエルルと会った時は専ら吟遊詩人の恰好だった。竪琴を奏でることもできるし、歌だけでもその証明には充分である。 今もそれは変わらない。 「皆、集まっているようだけど、もうリリへ行くの?」 「えぇ。もう足場固めはできましたから。15年前のようにできるかどうかはわかりませんが」 意気込む答えのシーナに、エルルはゆるやかに首を振る。 「無理はしないで。今はできる所から切り崩すしかないから。……リリを解放してからで構いませんが、ギアの谷に来て下さい。リシア様の日記を持って」 シーナは“リシアの日記”なるものを思い返していた。最初こそパインが持っていたが、15年前に行った時は当時イゾルデからの申し出があったにもかかわらず写しを取るだけにとどめている。 しかし、それ以上にエルルの指定した場所がひっかかった。 「ギアの谷というと、強力な魔物の放たれている所では……」 「でも、そこでないとできないことがあるのです。お願いします」 頭まで下げられてはどうしようもない。 「……我ら16人全員で、ですか?」 「いいえ、日記があればかまいません。誰でも」 お願いします、と再び頭を下げて、エルルは去っていった。 「リシア様の日記ね……」 シーナは実際に日記の中を見たわけではない。ただし、何故かパインの持つものとアルディスの持つ写しは違うことだけはわかる。 村外れへと行くにつれて、いよいよをもって疑問はふくれ上がってきた。 やはり問い詰めるべきか。 しかし、だからといってどうなるのだろう。先に追い詰めて支障をきたすことはしたくないのだ。手をつけていけば見えるものもあるかもしれないのに。 一時の勝利など味わいたくない。 求めるべき姿を再び捜しに行くと、トリアスと共にいるのが見えた。 例によってこの二人は漫才もどきのやりとりをしている。 降雪機がどうだ、乾燥機がどうだと端から聞いていると意味不明の言葉を発していた。 この二人はラダにいて長い間顔を突き合わせているということだが、友人と言うには少し違うらしい。 敢えて言うなら戦友だ、と。 ここまで来た以上、そうあらわすのはふさわしいかどうかわからないが、アルディスは現役の兵士、トリアスはその組織から抜けている。 人伝ての話によれば、二人とも歴戦を乗り越えて生き残っているのだという。それがラダにいた頃に既に成立している、とも。 そういえば、どうしてトリアスはエルファリア抵抗軍に入ったのか。王を捨てた者が、王立を望む者に協力する? 人のことにあれこれ言うのは良くない。語りたくもないことを皆抱えている。 ……やめておこう。わたしも明かしたくない事はある。或る人以外には。 シーナは漫才をやめさせるべく呼びかけた。 「こんな寒い中、何をしてるの?」 「「暇潰し」だ」 二人はけろりと答えてシーナを迎える。 「ここで?」 「邪魔はしたくないから」 アルディスが肩をすくめる。 「だったらどこかの家に入れてもらっても悪くはないと思うけれど」 「居候は度々するものじゃないから。そういえば、エルルが来ていただろう」 シーナは目を見張り、トリアスは眉をひそめた。 エルルと会ったのは二人からは見えない所だし、彼女は村の入口から入って出ていっている。 ここにいたアルディスには一切わからないはずなのである。 そんな驚きを斟酌せずに、シーナに問いかけてくる。 「何か言っていたか?」 「……えぇ。ギアに来てほしいと言ってたわ。リシア様の日記を持ってきてほしいと」 アルディスはひとつふたつ頷いて納得しているようだった。 「成程ね。そうきたか……。こっちが手をこまねいているから対策を出したんだろう。 竜の年の時にパインに日記が渡っただろう? あれはパインの持つ「ラ」の力の増幅のためだった。激戦が予想されたからな。今度はその力を対ゾーラに向けるつもりだ」 「…………」 そう言われてもわかるはずがない。何をどうやったらそうなるのかも見当がつかない。 それを察してアルディスは追加説明を始めた。 「ゾーラはパインの母親に対して心の弱味がある。あれだけの力を持つと「ラ」にまで影響するのさ。俺がパインに持つように言ったのは、お守り程度のつもりだったが、今となっては強大な力になると踏んだんだろう。こう言っては何だが、パイン自身の耐性はそう飛びぬけたものではない。そこで、エルルは他の者も守れるように細工しようというのだろう。……その方法までは、さすがに推測になってしまうがな」 「方法が?」 アルディスは頷いて、右手を左肩に当てた。腕組みの代わりである。 「重要なのは日記の文面ではない。パインの持つものと俺の持つ写しは中身がほとんど同じだ。だが、俺はわざわざ写しを取った」 「イゾルデさんが獅子の年に日記を渡したから、かしら」 どうともいえない答えに対して、アルディスは一枚の紙を――どこから出したのかは全くわからなかった――手渡してきた。 「日記の写し?」 ざっと見る限りはそのようには見えない。何かの羅列のようではある。12行くらいのものが四つある。だが、シーナの知る字ではない。 トリアスはそれを覗き込むことさえしない。あまり識字は得意でないと言っているのを知っているから、シーナは別に咎めなかった。 「何かの表かしら」 言いながらも、違うような気がしていた。 「それは、月暦と年暦の表だ――表向きは。 ある意味でお守り、ある意味で奥の手。今の俺にとっては疫病神」 ニッと笑う「赤の騎士」はまたどこからか分厚い紙を取り出してシーナとトリアスに見せた。 「こちらが写しだ。ゾーラがどう思っているかは知らないが、俺にとっては害ではない。 そっちは日記と写しとを合わせたものだが、ちょっと近づきたくない。 ――この矛盾を見て、エルルはパインの持つ日記を要求したわけだ。これが解けたら、ゾーラを倒すのはひどく簡単になる」 シーナは一瞬だけ険のある顔を見せたが、それがやってはいけないことだと気付き、どうにか持ち直した。 ゾーラを倒すだけなら、目の前にいる「赤の騎士」を脅せばいい。この人には弱点があるから、追い詰めればどのような怪物にでもなる。ゾーラを倒し怪物の「赤の騎士」を自殺に追い込めば、ここから驚異的な害を及ぼすものはなくなる。 この人はゾーラを倒せる。これ以上のものがなければ、もう今までのように死ぬように自分を持っていこうとする。自分がいなくなる。そうするには役立たなくては。悲しいほどの意志を持っている。だが、それ以上のものがあるからには、死ぬわけにはいかないと思っている。 それを回避するためには、あくまでもゾーラを倒すのは、シーナ達ひいてはパインを頭とする集団でなければならない。 「俺がやっていいのなら本当にやるがな」 クックッと忍び笑いをしている「赤の騎士」はある種不気味だった。 左腕がなくても、やはりこの人は何ら変わっていない。 アルディスが苦笑交じりに空を見上げた。 「今度こそ本当に雨が降りそうだ」 * 近くから見る限り、リリは砦の様相を残していた。だが、見ただけでは如何ともし難い。 ワイルはシーナと共にパピの面倒を見るべく一戸の家屋に転がり込んでいる。 食事の完成後に雨が降り出し、45人(ワイル達12人を含む)は鍋やら皿やらを持って何個からの集団に分かれて散っていった。 三人が入った家には主がいない。使われていなかった家屋を急遽開放したのである。 そのおかげで、横幅の大きいパピがいても部屋のスペースには余裕があった。 シーナがパピの繊毛を撫でて問いかける。 「何か持って来ようか? 寒くない?」 「大丈夫グリ〜。グリフは雪山でも平気グリグリ〜」 「そう……」 しきりに撫でる手は半ばパピの熱を求めているようである。 ワイルはかけておいた外套をシーナに投げた。 「薪でも分けてもらってくる。待ってろ」 我慢強いのは結構だが、しすぎるものではない。 寒いのは皆同じだが、ましてシーナは細い人である。持ち込んだ鍋もシーナはあまり中味を食べずにパピに譲ってしまった。食欲がないと言うが、原因はリリにあるのだろう。 「力」というやつは恐ろしいと思う。暴走してしまったら手をつけられない。その奔流から救うこともかなわない。 家から出たところで、やたらと騒がしい一団がやってきた。その数、8名程度。 「こんなに余っちゃったねぇ。誰だよ、8人前食うなんて言ったの」 「それはちょっと違うだろ。せいぜい4人前って……」 「2人前でギプアップしたくせに、よく言うよ」 「思うんだが、あれは2人前か? 3人前よりは上はあったように思うが」 「でも、皆少食だったわ。半分くらいしか食べなかったし」 「いいだろうに。宴会だと思って二次会をやればよろしい」 にぎやかと言えばその通りである。 小雨の中やってくる一団はもちろん、ワイルのよく見知った顔だった。 「デカ物が多いな。薪はあるか?」――デカ物とは男4人女1人のワイルより背丈の大きい人々である。 一番のデカ物が背負っていた薪を見せる。 「なら、入れよ。ちょっと寒いけどな」 一気に騒がしくなるが、シーナのあの状態はどうにかしておく必要がある。 ただし酒はあまり飲ませられない。シーナ自身がよくても、他の連中――特にフォレスチナから来た大きい人々は暴走すると止められなくなる。その上、明日から戦いに行くのだから二日酔いになられても困るのだ。 改めてこの一団の人数を数えると7人。大酒飲みの坊主に、長髪ナンパ師、豪快女戦士と沈黙の大物がいて、商人まがいの ともかく7人を招き入れて、鍋を温め直すために暖炉の薪に火をつけると、一気に部屋の空気は変わった。 温めた酒を少量ながらシーナに渡し、彼女が一気に呷るとささやかながら宴会の雰囲気になった。 持ち込まれた料理は5人分弱。二次会だから充分かと思われたが、そいつはいささか甘かったようで、10人のつまみには少しだけ足りなかった。 シーナ以外はさほど酔った雰囲気がないにもかかわらず、盛り上がった一団はどうせだったら全員集めてしまおうと、その一部がこの雨の中を外へ出て行ってしまった。 7人を招いてから車座になってからワイルは多少腹に入れたが、どちらかというとこの賑わいをただただ見ていただけという感が強い。よく考えてみれば、あの7人は全員フォレスチナの人間である。 「すげぇな、ありゃ……」 あの賑わいが伝染したのかシーナは活力を取り戻し、今はパピのふかふかな繊毛に沈むようにして気持ち良さそうに眠っている。そのパピもまたよく食べて寝入っていた。暖炉はあまり暖める効果はないが、雰囲気が良かったのだろう。 残っていたジェニスがテーブルの上を片付けがてら微笑む。 「悪いことがあったら、騒いで吹き飛ばせばいいのよ。だいたいフォレスチナではそう考えているの」 最初の民家でも同じようなことをやり、明るくはなってくれたものの肝心の食事があまり片付かなかったのだとジェニスは言う。 「ただ……ね。いつもいつもそうできるとは限らないかもしれないわ」 「こうやってウサを晴らすのがか」 あまりにも辛くてどうにもできない時というのは存在するだろう。例えば、それは。 ……そう訊こうとしたが、ワイルは控えた。少なくともこの女騎士にそうさせるものはひとつしかない。 「そういえば、騎士の旦那と巫子の嬢ちゃんはどうしたよ」 「二人ともサブリナさんの家にいるわ。……多分、トリアス達が引っ張ってくると思う」 ジェニスの予想に反して、連れて来られたのはアルディスだけだった。それでも、ジェニスにとっては相当に気が晴れたようだが。 既に眠ってしまった二人を隣の部屋に移して(パピはゼクとイラナとトリアスで運んだ)、三次会が始まった。 今回は調理から始まり、腕をふるったのはカーラモンとイラナである。 9人前のつまみ+αを作るのは結構な労力であるはずだが、こともなげに二人は短時間で仕上げた。 その間にファーミアのことを訊いたところ、サブリナとティナにつかまって可愛いおもちゃにされているため、連れ出すことができなかったという。ファーミアのような15歳程度の(普通の人の目にはもっと幼く見えるだろう)少女はマカルにはいない。15年前の時に疎開したり、生命力のなさで死んでしまったりした結果である。 カーラモンやシーナ達のチームがリリへ行くのは決まっていたが、前線参謀のアルディスのやる事は誰も聞いていなかった。よって、ジェニスらもマカルに残るのだろうとワイルは思っていた。 何気ない歓談の席でアルディスとジェニスが話していたのを聞いて、ワイルは首をかしげそうになった。 ファーミアとアーバルスをマカルに残して、アルディス自身はジェニスを連れてザザへ行くという。ここまではいいが、この先がいけない。レイ経由でザザまで行くとなると片道1日くらいかかってしまうため、街道を通らずに直線で森を踏破するというのである。 半日以上かけてここからギアまでしか調べられなかったワイルだからわかることだが、あの森は非常に歩きづらい。深く入りこむほど魔物ではなく、野生生物に気をつけなくてはならない。頭脳役を装う「赤の騎士」ならともかく、非常事態に慣れていない女騎士にはきついはずである。 だが、この中では女騎士はお嬢さん扱いできない。おそらくは戦力不足を憂いてのことだろう。ザザに行く用事自体は窺い知れなかったが。 ワイルはこのことを詮索するのはやめて、つまみつつきの再参加に時を費やすことにした。 * マカルからリリへは道程の長さの割に2時もかからない。15年前まではエルファリアの大前線基地だったリリ砦からの道はしっかりと整備されており、それは治める者が変わっても方針が変わらなかったためだ――少しは荒れているが、レイからマカルへ行くのとは大違いである。 獅子の年 獅子の月 4日。8名の前線隊はマカルを発った。 もちろん目的はリリの解放だが、最低限の目的は潜伏しているエルファリア抵抗軍のメンバーと接触することである。 ギアが壊滅している以上、最も有力なのがリリである。危険ではあるが、他の村へ行こうとはしないはずである。 久々の前線を張ることになったパピは緊張感に包まれた一行の動きが珍しいようだった。 いつもは人目に触れられるのを避けるために、15年前のリリ以外は常に2番手以降の隊だった。だが、2チームに分かれる以上、 ただ、今回ばかりはシーナにすがることはためらわれた。あのリリを前にしてシーナは余計な心情を閉ざし、残りの者もどこか恐いほどの緊張で不用意に近づくのを拒む様子だった。 そのせいかどうか、ひとりぼっちのパピは“それ”に最初に気付いた。 街道から少し離れた森――右、つまりは西――に奇妙な生き物が自分達についていくように樹々を跳び渡っているのだ。 その生き物は赤紫の皮膚をしていて、背に外套らしきものを羽織っている。 パピの様子を見てか、トリアスが問いかけてきた。 「何かあったのか……?」 それに応えてパピは森を手で指し示した。 「あれ、何グリグリ?」 注目を向けたにもかかわらず、それは逃げるでもなく、こちらを窺っている。 「魔物、か……。それにしてもけったいな恰好だな。なんで“大将軍”のマントなんか……」 言ったトリアスが口を押さえるのと、残り6人が振り返って目を剥いたのは同時だった。 今まで色々な人物に出会ってきたが、そんな称号をもつのはただ一人である。 裏切りの将軍ダルカン。あるいは、「赤の騎士」とまともに戦える唯一の騎士――大将軍。 純粋種の魔物ならともかく、変造種の魔物は誰かの服をこれ見よがしに着たりはしない。それだけの知恵もないのが本当のところだ。 有り得る選択は二つ。あれは更に魔物化を進めたダルカンそのものか、純粋種の魔物であるか。 どちらにしても手強いことは間違いない。 ただし、純粋種ならば戦わずに済ませることはできる。危害を加えなければいいだけだ。 「でも、どうしてあいつのマントを?」 トリアスの問いにシーナが首を振り、苦渋をにじませた表情を見せる。 あれがもし何らかの事情で完全に魔物になったダルカンなら、どうしてもここでの戦闘は避けられないし、その被害も大きくなるだろう。何よりも「赤の騎士」が(片腕であろうとも、ほぼ問題ない)いない時に遭遇してしまったのが痛い。8人がかりで勝てるかというと“全員生存”を条件にすると難しいのだ。 「無用な刺激は避けましょう。最悪の場合、ここで全員がやられるわ」 だが、カーラモンが異論を唱える。 「リリに入ってから襲われたらたまったもんじゃねぇんじゃないか? ここで確かめる必要がある」 カーラモンが帽子をイラナに預けて森へと近づく。 かの生き物が木から跳び下りて、カーラモンに接近してくる。 片方が足を止めると彼方も倣い、両者の距離はほぼ10メートルほどとなった。 勢いで出てきたものの、かの生き物の形容に恐怖せずにはいられなかった。 明らかにカーラモンより頭ひとつ分近く大きく見える丈で、全体が細く――赤紫の筋肉と骨だけの生き物のようだった。目は側面に限りなく近い所にあり(その顔も面長で細かった)、何よりも手が鎌になっていて光を反射する刃がぎらぎらとしているのが目に焼きついた。 カーラモンは内心、15年前のムーラインで槍と化したアルディスの左腕を思い出していた。いつかあの旦那もこんな風になっちまうのか、と。 「……おれの、言葉はわかるか」 震えながら発した言葉は、生き物を頷かせた。 次いで、流暢に返してくる。 「ゾーラに敵対する“勇者”だろう。お前は15年前の者と同じ造形をしている。 俺はダルカンだ」 カーラモンの身に、更なる恐怖とその上に何かがまとわりつく。 足が地縛ったように動かない! 恐怖から来る震えを左手の杖にぶつけて、ダルカンと名乗るものを見据える。 「何をしていやがった……おれらを殺すのか」 「それは違う」 ダルカンはカーラモンから目線を外し、奥の7人をちらりと見たあとカーラモンに戻してきた。 「俺は人として死にたいだけだ」 低く響いた声は心に重く響いた。ふざけるなと言いたい気持ちもなくはなかったが、それ以前に死と隣り合わせかつとてもヒトとは言えない「赤の騎士」のことが頭をよぎったのだ。 力を求める者が溺れるのは当然のことだが、突然押し付けられた力を心の弱さだけで追い込まれてしまった人をヒトと呼べなくなりつつある現実。 「あんた、もう戻らないのか、その……姿は」 「俺にはその力はない。ゾーラの魔力の前には屈さざるを得なかった」 15年前にエルザードとして君臨したゾーラに従ったのは、シーラルの持つ“ムーラニア構想”と大差なかったからだった。そうダルカンは語った。 そのまま仕えてきたが、かつての大将軍がやってきたことといえば影でコソコソと動く使い走り――正に、前の獅子の年でゾーラがやっていたことと同じ仕事である――のようなことをやっていた。16人が現れた頃はエルルを尾けていて、それを報告した時に今のような姿に変えられてしまったのだ。 「俺にはお前達と戦う資格はないとつきつけられた。今となっては戦うつもりはないが、人としての扱いさえも奪われてはゾーラに一矢報わねばならん。できればお前達と手を組みたかったが、この見かけと俺の所業は許されるものではない。 代わりといっては何だが、この鍵を渡す。フェルとかいう奴の処刑が5時後に迫っているぞ」 ダルカンは鍵を投げるや、リリの方向へと飛んでいった。 「随分なこと言ってくれるじゃねーか……」 鍵には装飾のかけらもない。察するまでもなく牢の鍵である。 その上、5時後といえば丁度陽が頂点に達する時である。 要は忍び込まずにフェルを確保しなくてはいけない。 カーラモンにとってはあまり馴染みのない人物だったが、フェルは抵抗軍のリーダーである。死なれてしまっては少々都合が悪い。 7人の元に戻るや、鍵をシーナに渡してカーラモンはすたすたと先へ歩いていく。 すぐにシーナが追ってきた。 「何があったのよ、あれと」 「ダルカンだってよ、あいつ。おれらに協力したいらしい」 シーナが顔を真っ赤にして激昂する。 「そんな事許さないわよ! あいつのせいでこんな事になったのに!」 「わかってる。お手々つないで仲良しこよしなんかできねぇよ。あんたがそう言ってりゃ、坊主も旦那も口出しはしねぇだろ。 けど、フェルって奴が処刑されるらしい」 「……それ、ダルカンが言ったの」 「だから、あんたに任す。罠の可能性もあるし、あんま信用したくねぇ。でも、本当だったら取り返しがつかない」 イラナが追いついて、帽子を渡してきたのに対してカーラモンは飄々とありがとよ、と応じた。 「抵抗軍は生き残ってる。だったら接触するのがいいだろ。もし嘘だったら……仕返しをしてやればいいさ」 早くもそのプランはカーラモンの頭の中で組みあがりつつあった。 * リリは外壁だけは砦のものを残していたが、高々とそびえる要塞はなく細い塔と神殿だけが外側からは目についた。神殿はシーナの家があった辺りにでんと建てられてしまっている。“光”を持つ者に対しては徹底的な嫌がらせをしたのだ。 ここからは二手に分かれて、シーナ達は抵抗軍への接触及びフェルの救出に向かい、カーラモン達は揚動を引き受けた。 しかし、揚動とはいうものの、本格的な魔物退治とそう変わらない。向かっていっては一斉に駆逐し、囲まれたかと思えば 「そのおかげで捜せるんじゃないかグリグリ?」 パピの言うことはもっともなのだが、あくまでも隠れながら進行している方にとっては シーナ達は先に塔に入ったが、あまり使われていない様子に一同は首を振って立ち去ろうとした。 シーナは念のためにとワイルに奥――つまりは上へと向かってもらったが、一階層が大きいこの塔は二階層までであろうと予測できた。 ちらと見た限りだがリリはレイともマカルとも違う印象を受ける――シーナの弁である。人々はあまりゾーラの影響を受けていないようだった。 ひょっとしたらゾーラ像はないのかもしれない――そういえば対策を何も講じていなかった。もちろん、「赤の騎士」は知っているのだろうが。 神殿に行って問題はないのか――そう思ったとき、ワイルが戻ってきた。ついて来るようにと手招きしてくる。 シーナはパピとトリアスを振り返って頷いた。 ワイルが行ったのはこの階の奥らしいが、薄闇のせいで広く感じる。 或る一点で足を止めると、何かジャラジャラという音がする。 鎖――誰かが囚われていると考えるのが妥当だった。 目を凝らすと格子のようなものが見える。相当逃げられては困るものがいるということになる。 無言で差し出された手はワイルのものだった。 鍵を手渡し、シーナはトリアスと共に警戒を外に向ける。 悪い可能性が思考の内に入り込むが、シーナはどうにか封殺した。その時は わずかの沈黙があって、カチャリと格子の鍵は開いた。と、壁の灯火が一斉に点けられる。 やはり仕掛けがあったと内心で舌打ちしながら、 「……おでましだぜ」 ワイルがトリアスと共にシーナの前に出ると、人魔が眼前を次々に埋めていく。 パピが牢の内側に行き、フェル――そう、当たりである――に、 「少しだけ時間保たせてよ、二人とも」 シーナは両手を緊張させて開き、空間の動きの渦を詠唱によって集め出した。 風波とも竜巻ともつかない「風」魔法の形状はシーナの成長を示していた。16人の中に魔法に長じた人間の存在が大きく作用したのだ。 ワイルとトリアスはその波動の残りは肌で感じながら剣を振るう。何かが起こるのを待ちわびるわけではなかったが、ゾクゾクするものがあった。不可能だと思っていた抵抗軍時代からのたまったものがここで何かしらの形があるのだと。 シーナの作る両手の渦は小さいながらも強烈な威力を秘めている。決して、 「もういいわよ、退がって!」 シーナが言うのと共に、ワイルとトリアスは左右に散って戻ってきた。 向かってくる人魔の大群に向かってシーナは両手を突き出して、最後の一言を告げた。 「 渦が珠となって線を結び人魔をなぎ倒していき、かつ吹き飛ばす様は壮観としか言いようがない。それは、一周のみに終わるのではなくシーナが 一刻どころか一分程度で7度も 「こんなところでいいかしら」 それがまた笑顔なのだからタチが悪い。 「……いいんじゃねぇか」 「いいだろうな、きっと」 課外事業ではあったが、悪くはないだろう。……どこをどうやったら灯火がひとつも揺るがないで風の魔法ができるのか全くわからないが。 パピがフェルを連れ出し、腕を拘束していた鎖を解くと一同は塔の外に出た。いくら 「土」の達人達によってすっかり魔物がいなくなった外で、シーナ達はカーラモン達と合流すると、フェルは目をしばたいた。 「本当に15年前の“勇者”とそっくりだな、君らは……。とても天に還ったとは思えないよ」 「天?」 シーナは不思議がり、カーラモンは居心地の悪そうな顔をした。 しかし、フェルはそんなことに気付かない。 「15年前の“勇者”達はエルザードの資格を持たないシーラルを倒しに来た天――“光”の使者で、「ラ」の乱れを防ぐために来たと喧伝されているんだ。それで、“資格”を有するゾーラに儀式を行って還ったって……」 説明している間にシーナの形相に気付いたのか、最後の方は尻すぼみになっていった。 「つまり、何!? あの“勇者”はゾーラの手伝いをしたっていうわけ!? それで、その“勇者”は抵抗軍の敵ってみなされてるの」 「いや、別にそこまでは」 「………………………………そう。だったらいいわ。 わたし達はゾーラを倒すために動いているの。抵抗軍の他の人に会わせてもらえるかしら」 「あ・あぁ。もちろん」 途中から淑女モードにするもむなしく、抵抗軍リーダーであるはずのフェルは怖気づいてただの案内男にされてしまった。シーナに対してあまりいいイメージに持たなかったと推察するのは容易にできた。 あまり時間を潰すのも惜しいところではあったが、それでも会っておいた方がいいのではないかというフェルの勧めで、その場にいる8人全員で抵抗軍のメンバーと会うことになった。 神殿の真裏にある隠れ家は地下にあった。砦だった所の地下部分を再利用したものである。 シーナは感心すると共に眉根を寄せた。 「大胆不敵といえば大胆不敵ね……」 「こんな所に作ったことがか。そりゃそうだよな、こんなこと魔物のことよくわかってねぇとできないぜ」 純粋種あるいは人から魔物になった者以外の魔物はあまり知恵が回らない。地下に隠れきってしまうと、その先で見つかることはほとんどなかった。そうした考えが浮かばない、というのが有力な説である。 「それもあるけど、ここは15年前の戦のときはひどかったの。人がたくさん壁につながれていて、もちろん魔物もいて……隠し戸を破ると生きているのか死んでいるのかわからない人達がたくさん積まれていて、どこにも足の踏み場がなかった。それで、その生きているかもしれない人達を踏んでいくと腐った肉や生温い血の感覚が足に伝わってきた……そう言っていたわ」 悔恨の思いで語るシーナに聞き入るカーラモンは、その語り主を思い返していた。あの時はここにいる8人のほかにアルディス達が入っていた。確か地下に入っていったのはその4人である。連日戦いばかりだったせいもあるが、戦いの顛末はよく聞いていない。戦いの間接的な正面は全く見ていなかった。とらわれた人々がどうなったのかなどは。そもそも、とらわれたことさえ知らなかったのだ。あの時の9日間での囚人で思い浮かぶのはジョゼル王とフェル母子だけである。 「こんな光景は他の誰にも見せるわけにはいかないからって、わたし達にさえも隠れてリリの代表者だけを集めて地下の死者を弔ったの。あの中にはたったひとりだけ生存者がいて会わせてくれたわ――それがわたしの母だった。すぐに息絶えてしまったけれど、感謝しなければいけないわ。父は天魔に喰われてしまった……。わたしに シーナの言葉にフェルを除く7人は呑まれてしまった。彼らのやっている戦いなどはごく狭い一面でしかない。人からそしられるのもまた戦いである。 「わたしは甘かったのかもね……負担を全て背にするのを拒んだわ」 元々造られていた壁は汚れており、その中でところどころに書かれているものは鎮魂の言葉だった。 トリアスはその字の主を知るのに苦労しなかった。と同時に敵わないと思う。シーナが魅かれるのも痛いほどわかった。自分から進んで苦労する、全ての悪い的になる。そうすることでしか守れないと思っているのは負い目であると自嘲しているにもかかわらず、大切な現実だけは逸らすことを許さない。 「たいした奴だよ……」 壊れそうでありながら、その精神は決して屈さない。 だから、できることをする者はできることをしなければならない。 絶対に「赤の騎士」を追い込んではいけない。まして魔物化させるのは。 地下の最深部には、緑の学者が佇んでいた。相当な老齢である。 学者はフェルと何事かを言い交わしたあと、まっすぐにカーラモンの元に来た。 「お初にお目にかかるの。15年前の諸君」 さすがに8人全員が固まった。 学者は少しおかしそうに笑ったが、すぐに持ち直した。 「といってもメギトスから聞いたのだがな。とても特徴のある御仁が揃っておると。少々、頭数が足りんようだが」 フェルが進み出て学者を紹介するところによると、この人はトート博士といってレイの博士だったという。 「お前さんと会うたメギトスは死んでしもうてなぁ……もう一度会うのを夢見ておったようじゃが。 ともあれ、儂の研究成果を君達に託そう」 ダゴンを除く現在の聖地にはゾーラがかけた「しるし」がついていて時節を狂わせている。それを外すにはゾーラの心を揺さぶるものに「ラ」の力を加えて作成したものを作り出せばいいのだとトートは言う。ただし、その力を加えるには「ラ」が毒されていない所を1から築く必要がある。解放した所でも一度ゾーラの洗礼を受けているとできないのだという。そして、その鍵は「ラの泉」だった。 「だたし、ラの泉を作るとなると犠牲者が出るのじゃよ。誰かの命を「ラの泉」を作るために捧げねばならぬ……。このあいだ、エルルという娘さんが来て、それを聞くとすぐに出ていってしまったのだが……心当たりはないかの」 心当たりどころか居場所の見当すらつくほどである。と、これを知るのはシーナとトリアスだけだったが、この場ではそれを語らぬわけにはいかない。 ギアの谷で彼女がリシアの日記を持ってくるのを待っていると告げると、またもその場を空気を変えた。 「つまりは何だぁ? エルルのねーちゃんは身投げしてその対抗策を作ろうっていうのか!?」 「博士とエルルの言うことを統合するとそうなるでしょうね。このままではローズで止まってしまうのは目に見えているから……」 決して口に出せないが、「赤の騎士」の力をもってしても「火」以外の聖地はどうにもならない。四素ばかりは動かせないのだ。 「もっといい手が思いつくまで待ったほうが良くねぇかなぁ……」 「そんなのが出てくるまで待てないから踏み切ろうとしているんだわ。とりあえずは「赤の騎士」待ちね。ザザへ日記を取りに行ったから」 だったらここをどうにかしようという一時の結論が出て、カーラモン達+シーナは地上へと出た。シーナだけがいるのはゾーラ像対策である――とカーラモンが告げると「土」の3人は笑いをこらえ、名指しされたシーナだけがふてくされる風になった。 「わたし1人で像を壊すの!? この腕で!?」 珍しく本当に嫌そうである。 「平気だよ、サブリナだって枝一本で壊したんだから」 「でも、できればこっちを使って欲しいけどね」 すかさずイラナが差し出したのは、軽い木槌だった。マカルでの教訓である。 神殿に入り、イラナ・ゼク・ガウドで入口に立ち中で横行する地魔を一般観客(リリの住人)におかまいなしで駆逐すると、シーナがゴツそうな連中を引き連れて先頭に立つことになった。口では何でこんなことをしなきゃいけないのよとか文句を言っていたが、「赤の騎士」お墨付きが聞いたらしく、やがてどこか嬉しそうに二体をブチ壊したのだ。 支配の解けた住人を外に出して奥に通じる扉を開ければ、そこはもうイラナ達3人のストレス解消の場である。 「さすがだね、おれの友達は」 その友達が命がけで暴れているのを横目に、いい度胸をしているカーラモンだった。 * 地下に潜伏すること5年。トートはようやく外に出られるようになって、民家のベッドを借りて体を休めている。 フェルが温かい飲み物を作ってくれたのに乗じつつ、シーナは2、3の事柄を話した。といっても、ここにいるのが全員ではないことや、抵抗軍の状況についての問いかけといったものである。 思い出したように、フェルが「あ」と呟いた。 「ギアに行かれるなら是非エルルを説得してほしいけど、もうひとつ大切なものがあるんだ。メギトス博士が“エルザードの書”の復刻に成功して、それがギアにある。ゾーラのせいでどこにあるかわからなくなってしまったけど、みつかればこの先が少しは楽になるだろう」 ギアが5年前に壊滅したのははぐれ魔物のせいではなく、そう見せかけたゾーラの仕業だった。フェルにはどうして抵抗軍のアジトが見つかったのかわからなかったが、前の獅子の年を知る者なら簡単な事である。ギアが抵抗軍の拠点になることはわかっていたのだから。10年も放っておいたことの方が不思議である。 しかし、不思議といえば本来いたはずの抵抗軍はシーナを“勇者”として迎えている。元々はその一員で、“勇者”を憎んでいたのに。本当なら、フェルと、ワイルと、トリアスと、パピと……色々な人と王国復活のために動いていたのに。それどころか、今では完全にお客さんである。 シーナは15年前に子供の頃の自分がいたのを知っているから、ここではゾーラ支配下で育ち抵抗軍に入ったシーナがいると思っていた。だが、そのシーナはいない。どこか別のところへと行ったのか、あるいはシーナの考えが間違っていたのか。 15年前はエルルに連れられてどことも知れない、けれども魔物の来ない所へと逃げた。けれど、帰ってきたのだ。それなのに。 何かの歯車が狂っているような気がしてならない。けれども、それはたかが人間の領域ではないとおさえこもうとしている。 そうでないと、また15年前へと戻って父母を救いたくなるから。 |
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