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マカル攻略 カーラモン達は仲間の忠告に折れる形でマカル村に入った。 雨の降る外にはほとんど人は出ていない。 うにゅうにゅと地魔が顔を出したりする他は何てことのない風景である。 「これじゃあ何もできないね。凍えないだけマシだけど」 イラナはあらかじめ用意していた外套を脇に抱えて暗い空を見上げた。 彼らの常識では、今は「土」属の月であるはずだったが、現在では「火」属の月であると聞かされて大いに弱った顔をした。しかし、そのおかげで「復活」した「火」がさらに活性化して雪にさらされずに済んでいる。ザザにいた頃は降り積もった雪を目にしていただけに一応ありがたくは思っている。 入る前にアーバルスから、この雨はしばらく続くという「予報」をもらっているだけに、外にいつまでもいるのは御免こうむりたいところでもあった。 「神殿に入るなってことは、誰かの家に聞き込むのはいいってことじゃないのかい?」 イラナはどうしようもないこの状況にイラついてあれこれと提案を出してみるが、ことごとくカーラモンに却下された。 「民家にゾーラ像みたいなのがあって、おれらが取り込まれちまったらお終いだろ。この雨じゃ消耗も激しくなる」 カーラモンの言うことがいちいちもっともなのはわかっているが、いかんせん消極的に聞こえる。 「じゃあ、皆で行かなければいいんだろ。一人行ってみてさ……」 「その誰かがトチ狂ったのなんか見てられるか。おれはそこまで冷たかねぇよ」 「――カーラム?」 雨よけの外套をまとった女が、数歩先でカーラモン達四人を見つめていた。 カーラモンはこの女に見覚えがあったが、敢えて別の事を言った。 「カーラムは親父だよ。おれは息子のカーラモンだ」 女はきょとんとした顔をしたかと思うと、一気に間をつめてカーラモンを覗き込んだ。 接近されたカーラモンはそのおかげで女の確認ができた。 高飛車のサブリナである。 しかし、十五年前のあの時は神殿の前に立ち塞がる青年に手を焼いてばかりで、サブリナの事はその程度にしか覚えていなかったから、まさか彼女が父カーラムを知っているとは思わなかった。 そのサブリナはカーラモンをじっと見た後で笑い出した。 「嘘でしょう!? この 口が悪いのは相変わらずである。少し種類は違うが。 「本当に、おれは息子だって」 ここまで強烈に言われると、言っている当人の方が間違ってるのではないかとさえ思えるが、ここで負けてはいけない。 「あんた親父を知ってるよーだけど、おれはあんま知らねーぞ、あんたの事ぁ」 段々べらんめぇになってくるが、もう歯止めはきかない。付け加えて言う。 「口が悪ぃのがいたってのは憶えてるけどな」 サブリナがムッとした顔をする。 「あら、それはこの麗しいわたしのこと?」 「麗しいかどうかは知らねーが、騒がしいのは確かだぁな」 「それを言ったらあんたの顔の方が騒がしいじゃない」 「顔は関係ねーだろ。顔は」 完全に観客となったイラナ達三人はこの欧州を見守りつつ各々感想を言った。 「気、合ってる」 「いえてる。全然知らない他人とは思えないね」 「カーラムもああやっておったのかもしれないな」 この間も攻防は続いていたが、二人が肩を上げ下げした頃ようやく決着がついたらしく、変な笑顔を見せ合っていた。 「おーし、村の解放に協力してもらおうじゃねーか」 「いいわよ。そこまで人のことバカにするなら、このわたしの実力を見てからになさい。そのかわり、吠え面かくんじゃないわよ」 「誰が吠え面なんかかくかってんだ」 ズンズンとふたりが雨の中へ出て行くのを見て、三人はぞろぞろと従って歩く。 「なんであたし達は、まともな展開と無縁なんだろ……」 イラナが肩を落とすと、ゼクがぼそりと言った。 「もう、遅い」 「……それ、慰め? 手遅れってこと?」 「両方」 本当に慰めになっていない。 「あたしがムダにあがいてるってぇの……?」 いつの間にか、どいつもこいつも割り切っていたらしい。 どうやら、カーラモンらはある民家へと向かっていて、もう目前に迫っていた。その家を少し左にずれて橋を渡った先に何かがいる。 魔物にしては動きがない。かといって何かの像というのも違う。 「人……?」 雨に濡れて顔らしきものは上を向いている。 現在の仕組みである「落人」かとイラナは思った。 レイの風習では「落人」の扱いというものは相当低くなっていて、村中の人間からほとんど無視されていた。他の村のことは知らないが、と付け加えてレイの村人は話してくれたのである。 いぶかしげに居残っていたイラナに、サブリナが近づいてきた。 「何やってんの、濡れるでしょうが」 イラナは橋の向こうを指差す。 「あれ、あのままでいいの? 人っぽく見えるけど」 サブリナは言葉を受けるなり、肩を落とした。 「あの女はね、いつもああなのよ。旦那のトマスがこの村の神官になった時からどっか壊れたみたいに座りこんでて、食い物を置けば一応は食べるけど、自分からは動こうともしない。無理矢理家に戻しても、またあそこへ行ってしまう。わたしと違って「落人」ではないというのに」 とりあえず中に入ってくれと促されて、イラナは従った。 家に入ると彼らの他に人はなく、人数分の濡れた外套が壁に揃った。 しかし、それよりも目をひいたのは床を埋める人の背丈ほどもある大きな麻袋の数々である。それこそ、足の踏み場どころか人の居場所すらない。 サブリナの家は一般人クラスでは大きい方に入るというのに、これでは人の居住という意味では最低クラスだ。 「わたしは「落人」なの。どうしても皆みたいにゾーラ様の像を日がな拝む気がしなくて」 「……いいのかよ、そんなこと話して」 ゾーラへの崇拝はこの世界で生きるための必須条件である、ということをすでにレイで見てきただけにカーラモンはそれなりの反応をした。 だが、それなりはそれなりでしかなかったようである。 「旅人なんてのはね、十五年前にいなくなった。皆それぞれの村で自給自足しいる。行商人もいない。「落人」より怪しい者に「落人」の罪科(つみとが)を話したって、痛くも痒くもないってことね……。 ところで、あんた達ゾーラ様に協力して今の国を作ったって本当なの?」 サブリナには驚かされてばかりだったが、今度のは決定的だった。 くってかかろうとしたイラナを、もっと怒っているであろうカーラモンが押さえつける。 「落ち着けよ、デッチ上げだとしてもここまでメチャクチャなんだからどっか通ったとこがあるはずだ」 もっとしっかりと聞かせてほしいとカーラモンが言った時、麻袋の間から男が現れた。 カーラモンは声を上げかけたが、どうにか自重しきった。 この男は、十五年前の竜の年のときにカーラモンがマカルで腰を据えて話し合いによって解放へと立たせた「ラの神殿」の前に陣取っていた男である。もっとも、十五年の経過で少しは変わってはいたが。 あまつさえ、男はカーラモンに向かって頭を下げたのだ。 「お久しぶりです。あの時はお世話になりました」 ここまで言われてしまっては、言い逃れはかなわない。 「……わかってると思うけど、おれはカーラムの息子のカーラモンだ」 「えぇ。あなたが来る少し前に光が落ちて、親子はここを去りました。もうシーラルの勢力下にありましたから」 男は「ゾーラの主張」について話し出した。 エルファス陥落寸前にかの城に現れた「十六人の勇者」はこの危機を憂いて現れた別界の人々で、シーラルの横暴を許さずとして旧エルファリアと旧ムーラニア地方を解放していき、それに協力したのがシーラルの裏をかいたゾーラなのだという。エルザードの資格あたわずとしてシーラルを撃破し、ゾーラの「エルザードの資格」を認めた上で十六人は元あるべき所へと還っていったのだという。 怒りを通り越して脱力してしまうデッチ上げである。 「なんだそりゃ……」 「あたいだって言いたいよ。一応目の敵にされてんだろ?」 ここまで調子のいいように言われると勝手にひたってろとさえ言いたくなる――四人の統一した意見だった。 「でも、あんたはゾーラの言うことを信じちゃいないみたいだな」 男は穏やかに頷いた。 「わたしの考えることもおかしなことかもしれませんが、考えはあります。 竜の年の訪れた時に、魔物をなくすというのも聞いていましたから――でも、誰かに信じてもらおうとは思いません」 現在では大勢を示している――というよりも絶対必須のゾーラ信仰の中で、ゾーラの触れ回っている話に反論してはならないのは当然の事だったのだ。 「魔物をいなくさせるということは、エルザードの存在の否定なんです。でも、十五年前からずっと魔物は絶えずにいて、施政の頂点にある。きっとあの人達は違うのだと思ったときから信仰の気が向かなくなりました。ゾーラの言うことも定義は間違っているのではないかとも思ったのです。 十五年前のカーラムの息子は四歳でした。その時にあなたを見て親類のような人かとも思ったのですが、あとから十六人の方々について人から名前を聞いて、やはりカーラムの子供だと――あるいは同じ名前だとわかったのです。 どうしてかはわかりませんが、竜の年にも十五年後の今にも同じままで現れて魔物と戦うのがあなた方なのだと、そう思うことにしました」 どうやらホメられているのだというのはわかっているが、どうも釈然としない。 イラナがカーラモンにささやく。 「あたい達、わかってないのさ。時を超えた理由とかやり方とかをさ」 「もちっとわかりやすく」 「だから、何であたい達、ゾーラに目の敵にされてるのさ」 言われてみれば、もっともだったかもしれず、何故その問いが今更出てきたのかと言っても良かった。 カーラモンは、ゾーラがエルザードの力を使って魔物と人間の帝王になろうとしていたのではないかと単純に思っていた。だが、パインに対する執着がよくわからない。一応エルファリアの王子だから敵対はするが、どうも本当の個人攻撃という感が強い。 対して自分達は、ほぼ自動的に被支配の権利がないものとされていて、元々魔物が勝手にうろつき回っているのが我慢ならないから戦っている。 要は存在意義の違いなのである。 「そういや、おれらゾーラがどういう奴かあんま知らねーんだよ。ムーラニアの魔導師だったてのは聞いてるけど、それ以外はさっぱりで」 サブリナが伏し目がちに首を振った。 「ムーラニアが王国としてあった頃のことなんてムーラニアにいる連中しかわからない。それでも、望みは薄いだろうけどね」 聖地の呪いでローズで道が閉ざされていること、旧ムーラニア地方から人が出てこないことが障害となる。 「……ところで、どのようにマカルの魔物を追い払おうというんですか?」 男の言葉が八方塞がりのカーラモンたちにグサリと刺さる。 今までのようにゼクやイラナが暴れ、ガウドがサンダーをぶっ放していればいいというものではない。 かといって、その次に得意な話し合いではカタはつけられない、らしい。今までの獅子の年の時は魔物の中にも少しは話せるのがいたが、こちらでは完全にアウトである。 「あの像がなぁ……おれらの参謀が言うにゃ、アレに近づいちゃいけねぇんだと。よくわかんねぇけど、意思にカンケーなしで像を拝みっぱなしになっちまうって」 「……でも、わたしはそんなことなかったけど」 サブリナの答えに目を丸くしつつ、カーラモンは男に訊く。 「あんたは?」 「おそらく他の人と同じになる……と思います。まだその像を見たことはありませんが」 魔物がマカルに現れた時から、この男は隠れ始めて代々の「落人」にほんのわずかな食料をわけてもらうことで生き永らえ、村人達がゾーラのために祈るのを見ているばかりだったという。「落人」がサブリナになってからは体格も以前くらいに戻ったが、サブリナに会った当時は相当ひどかったらしい。 「わたしは「落人」だけど、マカルじゃ豊かな方よ。腕もいいから」 つまり、サブリナは村人をうまく利用して自宅を食糧庫にして、「落人」でありながら優位に立つ特権を得たのだ。 豊かな方どころか実力者といってもいい。 「あの像をどうにかしなきゃいけないっていうの?」 「魔物がうろつくのを止めるには、奥でふんぞり返ってるやつをぶっ倒せばいいんだけどよ。村の人たちがあぁしてるのはやめさせられねーんだ」 言いつつ、カーラモンはこのふたりを引き込むのにためらいを憶えていた。 何となく味方に回ってくれるのは予感としてあるが、果たして巻き込んでいいものかどうかというのがある。もうひとつには、これが罠である可能性が決して無視できないところなのだ。 イラナがふうっとため息をついた。 「なんか、性に合わないね。こういうの」 「しゃーねぇよ。皆足りねーんだ、情報が」 フォレスチナ――ベリーにいた頃の彼らを知る者は、こんなことは夢にも思わなかっただろう。道の安全を確保する代わりにべらぼうに高いお布施という通行料を取る彼らは「山賊」とさえ呼ばれていた。 魔物を倒そうとして動くことは即ち、「体制」側として見られることになり、実際にそうでもある。 元々、自分達の口から偽善に近いようなことを言うのは我慢ならない。人がどうなろうと知ったことはないのだ。 もちろん、大切な人は守り合う。だが、それ以外の人にまでなるともう手が回らない。 パインの言うラを正さなければならないというのはそれなりにわかる。 アルディスがこの世の理不尽と戦うと決めたことは経緯で納得している。 シーナの作ろうとする「法」や「体制」はなくてはならない。 わざわざアウトローを作らなくても、いずれはでてくる。 しかし、十六人が十六人としている時、カーラモン達のもつ意味は存在しなくてはバランスが取れなくなる。 「知ってるとは思うけど、おれらの周りって敵ばっかりなんだよ。誰も信用しないなんてのは……さ、悲しいんだ。誰かがいるはずって必死に思い込もうとしてて。 だから、一度おれの仲間に会ってほしい。協力してもらえる証拠が欲しいんだ」 これは嘘なのか? 本当なのか? 全てを引きずり出してでも言っている本人がどちらかわからなかったら。 サブリナが立ち上がって手を差し出す。 「いいわ。わたしもいいかげん嫌になってたから。いくら村の中で優位でも周りがあれじゃ面白くないもの。 あと……ひとつお願いがあるの。いいかしら?」 彼女の視線は外に向けられた。 * レイとマカルは歩いて約五時(十時間)の道程である。 早朝に発って、マカルに滞在していたのは半時程度。レイに戻ってきた時にはすでに日は暮れかけていた。 氷点下を下らなかった日中こそどうそいうことのない顔をしていたが、さすがに暗くなると外套を着てガタガタ言うことになる。 普通なら春の次は夏だが、ゾーラが皇帝になってからは春の次が冬になり、冬の次は秋で、秋の次が夏になる。 陽が長くなったと思いきや短くなり、短いと思ったら長くなる。これではやっていけない……と「落人」が思ったのも束の間、短期間で実る作物でどうにかやっている。 うまくやっているといえばその通りなのだ。 「そうじゃなきゃとっくにツブれてるか……」 カーラモンたちはサブリナと共に外で雨に打たれたままのティナ――そう、あのティナである――を半ば無理矢理に連行して(それがサブリナがついて来る条件だった)レイまで連れてきたのだ。ティナは村を出ると眠りに落ち、ゼクが抱えてきている。 どうしてティナを連れ出すのかと尋ねると、サブリナは顔を歪めて話しだした。 「あの女は、わたしから男を盗ったのよ。……まぁ、あの男の方から転んだみたいだったけど。あんた達が十五年前に解放で動いていた頃だったわね。結局、トマスはあの女とくっついてその時は終わったわ――これ以上のことをやってる暇もなくなったというのもそうだった。……わたしはティナもトマスも幸せなのだと思おうとしていたわ。十五年前にあの二人は結婚して、もうそれでいいんだ、とね。無関心でいようと決め込んで。 わたしが「落人」になって少ししてから、あの女は今のようになった。男が神殿の神官の長になってずっと神殿にいるようになったのよ。 あそこまで不幸を見せつけられたらもう放っておけなかった。「落人」は気にかけられない代わりに害を与えられることもなかったから何度も家に置こうとした。それでも、ティナは何度も抜け出して神殿の近くでへたり込んでいる。 ちゃんとさせてあげたい。それだけだったの」 十二人の「遠征部隊」はレイの一軒の家を借りて前線基地にしている――とはいえ、ほとんどがザザや村内のどこかに行って留守だったが。 カーラモンが戻った時にいたのはファーミアだけである。 「ずいぶんお客様が多いんですね」 言いながら早くもファーミアは奥へと引っ込んだ。 外套を壁掛けの出っ張りに引っ掛けて、カーラモンはファーミアの後を追う。 借りた家は十二人が生活するには狭いが、サブリナの家と同程度の広さはある。 カーラモンが前に入った時はあまり物がなかったが、今は居住人数に追いつくべく家具が増えていた。 ファーミアが湯を沸かし、カーラモンは寝台を整える。 「面倒を見るのは二人か三人ってとこだな」 「そうですね。でも、そうすると少し長引いてしまうかもしれないから」 ティナはもちろんだが、サブリナとあの男もあまり具合がいいとは言えない。 だが、マカルがちゃんとするまで見届けようとするのもわかっている。 「無理強いするのは苦手なんです……。だから、後で寝込んでもいいと言うでしょうけど、仕方ないですね。 応急処置くらいはしておきたいから用意はしておきます」 それと、とファーミアが口にする。 「あの抱えられていた人……」 「ティナか」 「はい。その……ちょっと精神に異常があるかもしれません。強い薬もできないではないのですけど……」 「使わねーに越したことはない、と」 ファーミアは頷いてさらに奥へ行った。 ほぼ入れ替わる形でイラナがティナを抱えて入ってくる。 「もう寝かせてやっていいかい」 「あぁ、大丈夫だ」 治癒魔法をかければいくらか治せそうな気がしたが、人間の力でどうにかなるものまで魔法に頼るのは良くないと聞いたのを思い出してやめておいた。 魔法は元々エルフの持ちネタで、人間は潜在的には使えなかったのが何千年も前の『魔法戦争』の頃だという。 それに基づくと、確かに適性はあまり良くないと言える。 「あのお嬢ちゃん、すげぇよ。ティナをちょっと見ただけでわかっちまった。ハタから見たら体の具合が悪ぃようにしか見えないと思ったんだけどな」 「あんたと違ってマジメにやってたんじゃないかい?」 それを言われてしまうと小さくならざるを得ない。本当のところを言ってしまえばカーラモンは説教をする方が向いているのであって、魔法はあまり縁さえも持ちたがらなかった――治療魔法くらい使えないと僧になれなかったから、仕方なくやったのだが。 ティナを寝かしつけたイラナが火の側に寄って手をかざす。 「ところで、誰にサブリナを会わせるんだい。あんたのやろうとしてること何となくわかったけど、ハッキリとしないんだよね」 「うちのメンツを見てもらう。魔物を叩き出すだけじゃないから、本当におれらがやっていいのかを見てほしいんだ」 シーナが同じようなことをどこかに隠れているであろう抵抗軍の残党にして欲しいと言っていたが、カーラモンは反対の考えだった。 シーナは上の方を整えようとしている。つまりは、ゾーラを潰せばどうにかなると思っているのだ。また、それ以外のことに手をつける余裕がない。 「何かが欠けている気がするんだよ。考えてもラチあかないから見てもらおうかと思ってな」 (後略) * カーラモン達とサブリナ、ティナ、サブリナの同居人の男の七人は再びマカルへと向けて歩き出した。 ティナが(ショックを受けたものの)洗脳されていなかったのは、彼女の持っていた護りがゾーラ像の力を弾いたと予測され、これはうまく使えそうだとカーラモン達は考えていた。 ゾーラ像は精神への影響が強く、直接の敵に指名されたパイン以外の人間が自分の意思だけで対抗しようとしたら、とてつもなく強い意志が要求されるだろう。 だが、サブリナは十六人のような戦う人間ではないにもかかわらず、ゾーラ像の影響を受けていない。当面の問題として、少なくともマカルのゾーラ像を壊すことを彼女に託せば、あとはカーラモン達が地魔を退治するだけだ。 レイを出た時にはただの曇りだったが、マカルに着く寸前で雨に見舞われた。 「あのじーさんの予報もよく当たるよな」 カーラモンが言ったのはアーバルスの事だった。 フォレスチナ人魔法使いの予言めいた天気予報はよく当たる。ファイアーを使うばかりの爺様かと思っていたが、やはり副業を持っていた。それどころか、フォレスチナにおいて天文の分野では右を譲る者がいなかったという。 ここ五日ばかりは雨の降らない日はないと改めて言われて、ならば早々にこの居心地の悪いのを取っ払おうということになったのだ。 道中、女の腕でどうやったら像を早く壊せるだろうとサブリナが首を捻っていたが、これはカーラモン達にもわからない。サブリナをかばって延々と戦うのは得策ではないし……とは思うが、やってみないとどうしようもないと四人の意見は一致した。 とりあえずは一旦サブリナの家に入って(主にサブリナとティナの)足を休めていると、寺院の方角から奇妙な歌のようなものが七人の耳に入った。 魔物を讃える歌よ、とサブリナが言う。 「でも、チャンスといえばチャンスね。少なくとも、誰が何をしていようが咎められることはないわ」 留守を男に任せて、サブリナを先頭にした六人は神殿へと乗り込んだ。 と、早速彼女によって制止がかけられる。この先にゾーラ像があるのだ。 「少し待ってなさいよ」 様子を窺うための長い木の枝を持ってすたすたと進むサブリナに興味はあったが、カーラモン達は背を向けた。 その姿勢のまま、どんな感じかと呼びかけようとしたが、何やらくちゃくちゃという音が聞こえてくる。 イラナが横目で男達を見る。 「何なのさ、あれ」 「さぁ……」 カーラモンが首を傾げるのと同様にガウドも返したが、ゼクは瞑目して耳を澄ませるばかりだった。 時間がたつにつれて、音の大きさは増してくる。 くちゃくちゃくちゃくちゃ。 妙に耐えがたいものを感じてか、後ろを向いたままイラナが呼びかけた。 「サブリナ! あんた、何やってんのさ!」 「大丈夫よ、いい手応えしているから」 手応え? イラナはカーラモンを顔を見合わせる。 その横で、ゼクがぽつりと言った。 「像、壊してる」 「……あ、あれのどこが!?」 くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ。 何かを溶かしながらこねているような音はまだ続いている。 どうもイラナの気に障ったらしく懸命に耳を塞いでいるが、功を奏しているとは言えなかった。 「よほど嫌がっているようだの」 「相性悪いんじゃねぇ? うまく言えねーけど、癇にさわる感じだとか」 「ごちゃごちゃ言ってるヒマがあったら、紛らわせておくれよ!」 サブリナにやめろとなど言えるはずもなく、精一杯の抵抗である。 「怒ってんなぁ」 そういう様子のイラナもまた新鮮だと思いながら言ったカーラモンに、イラナの据わった目線が突き刺さってくる。 「あんた、あたいがこんな目にあってるのに、楽しんでないかい」 最後に、ぐっと拳を握るのを見て、カーラモンは両手を前に出しつつ後ずさった。 「い、いや、んなこと思ってねぇって! だから……」 「終わったわよ」 一触即発の空気をあっさりと打ち破りながら戻ってきたサブリナにちょっとした女神のようなものを感じつつ、カーラモンは彼女の手にけったいなものがあるのに気づいた。 よく見ればゾーラ像のところへ行く時に持っていた木の枝とわかるが、持ち手より先には鈍色の何かがびっしりとこびりついている。 それは、見た目には光を当てれば輝く石のように見えた。ひとつひとつはかなり細かい。 何かと問いかける前にサブリナが話し出した。 「像をつついたらぐにゃってへこんで、こねくり回しているうちに中から出てきたのよ。気になるなら調べてみたらいいけど、今はトマスを早く元に戻したいから、これは後回しにしましょう」 ティナの手をひいてサブリナはすたすたと先へ歩いていく。 いつのまにかサブリナに主導権を奪われていることにカーラモン達は気づき、急いで追っていった。 と同時に、前の獅子の年の時はあんな感じではなかった気がする――とカーラモンは思う。そもそもあの時はトマスは死んでいたけど、今とは違うわけで――。 普通ではありえない方法で二つの現実を見ていると理解はしているが、今ひとつ感情が追いついていない。ひょっとしたら、こうしているのは間違っているのではないかとすら思ってしまう。 祈りの間で女性ふたりに追いつき、ティナが正気に戻ったトマスに抱きついて泣いているのを見ても、それをサブリナが少し複雑な顔をして見ているのがわかっていても、何かそれは本当に意味で入り込むことさえできないという感触があった。 ティナとトマスの対面が落ち着いた後で、イラナが問うた。 「この奥に魔物の隊長がいるんだね?」 「はい。一匹ですが、お気をつけて」 トマスから忠告を受けるや否やガウドが嬉々として突入し、その後をイラナが慌てて追う。 「おっさん、抜け駆けしなくてもいいだろうに!」 「久々の獲物は逃せんよ」 立派な肥満体型のくせに足の速さではワイルに引けを取らないガウドが先手を打ったのは当然の事で、最強魔法サンダーはお得意様の地魔を一瞬で片付けた。 この様子を半ば呆然と見ていたサブリナは複雑な顔をしたものの、一種ふっきった面持ちでカーラモンを振り返った。 「いいわ。あなた達はちょっと飛んでいるけど、腕は確かみたいだから……認める。支持するし、協力もしましょう」 互いに右手を出して握手すると、サブリナは寺院の中にいた人達を外へと出していった。 解放があっさりしているのはいつもの事なのでカーラモンはその辺を特に考えず、自分の中に湧き出てきた疑惑をどうにかひとつの考えにまとめるために、じっくりと検討し始めた。 これはおれだけが思っている事なんだろうかと少しの不安を抱きながら。 * 「あたいら何か要領悪くないか? もっとスムーズに解放できたと思うんだけど」 カーラモン達四人は火を囲んで夕食がてらの反省会となった。 サブリナが提供してくれた食料は本当に家庭的なもので、どうやらマカル村の女性人が手をかけて作ってくれたらしかった。 舌鼓を打ちながらも話題は少ーし暗い。 イラナが今回の事で苛立つのはわからないでもない。基本的に今までの戦いは自分達でどうにかして来れた。迅速にやってこれた自負があるからこそ、いわゆる普通の女性であるサブリナの手を直接借りてしまった事には申し訳なさすら感じてしまうのだろう。 「向こうさんも少し手強くなったんかな」 「ゾーラが?」 「少なくとも手こずってるだろ?」 カーラモン達はガウドのサンダーがあるから、他の面々より早い解放を成し遂げることができる。魔法が効かなくてもイラナとゼクの戦闘力とメルドされた武器があれば勝ち目は見える。だから、戦力は充分についているのはわかる。 「わたしらは反乱の徒だから、そこから心苦しいものがあるのかもしれない。 人々には生活があって、それは壊したくない。ゾーラの統治に疑いを持っていなければなおさらであるらしいし。引け目があるのだろ。 こちらに、はっきりとした常識があるのに、ここでは通じない。魔物が居るのも当たり前のことなのだな」 今回はサブリナがうまくやってくれたから、人々はカーラモン達を受け入れてくれたが、ここから先はそんなに都合よくいくとは限らない。 これは皆のためにやっているのに、戦えるのは自分達だけである。四元素の攻撃魔法を備え、光落つた四人がいる――。 「……あのさ、おれちょっと思うんだけど」 「なに?」 「十五年前の時もここに光が落ちたって聞いたんだけど、そん時の子供はどこ行ったわけ?」 「…………ここにいるじゃん」 「おれらのいた時のちっちゃいグリ坊はゾーラにさらわれてまだ見つかってないんだろ? ……どうも、エルルは失敗したようだし。だいたい、十五年前のときの小っちぇえおれらに何かあったとしたら、今のおれらはいないことになる。でも、おれらは全員いる。だったら、ゾーラの支配下でずっと生きているおれらがもうひとりいるってことになるのか?」 |
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