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レイ〜マカル攻略 ずいぶん変わった“勇者”と思ったに違いない、と心中で呟いたのは誰だったか。 レイの学者・メギトス博士は弟子のマリオンを使いにして、噂立つ“勇者”の一行を魔物から隠す形で自宅に招き入れたが、甘めの薬湯を出すことになるとは思わなかっただろう。 救国の英雄となる人を招いたつもりが、お茶会になっている気がしないでもない。 「具合はいかがかな」 メギトスに様子を伺われて一人の病人――カーラモンは柄になく恐縮するしかなかった。 「いやっ、あの、すんません、こんなわざわざ……。もっとまともな連中があとから来ますんで」 「謙遜なさることはない。少なくともお仲間を見ればわかるというもの。お前さんもそうだが、見かけで全てを判断するものではない。まぁ、見かけだけでも強いのはわかるがね」 メギトスがマリオンに一言命じて数枚の羊皮紙を持って来させる。 それを机の上に広げると4人の反応はきれいに分かれた。 カーラモンとガウドは覗き込み、イラナとゼクは無関心を装った。4人とも識字の問題は全くなかったが、役割分担はしておくべきとの判断である。学者にしてみたら、武骨あるいは野蛮に過ぎない在野の斧戦士に首を突っ込まれたら大いに面白くなかろうと思われることを見越したのだった。 メギトスはその深慮を捉えた風ではなく、ごく普通にカーラモンとガウドに目を向ける。 「「メルド」はわかるかの?」 「原理はわからぬが、方法は聞き及んでおるの」 ガウドの答えに、メギトスは結構とだけ返して、羊皮紙の解説を始めた。 魔物との戦いにおいて、毒性のものは非常に有効になるが、魔物に効く毒というものを「メルド」で武器に付加する場合は、人間相手の毒とは全く別筋のものを使うことになる。メギトスは人伝てにその物質を知り、実験の成功の結果をもとに書き著したのである。 ガウドは羊皮紙を一読するや、外へと背を向けた。 「おっさん、行くのかぁ?」 ダレ気味のカーラモンに対して、ガウドは手をひらひらと振る。 「ちと厄介なものだから、足手まといはいらんよ。美味い獲物は残しておくさね、気にするものでなし」 よくわからないことを言って去っていったガウドを見送って、メギトスはほほぉ、と感心したものだった。 「相当の手練れということか……」 ガウドの見かけは48という齢の通り、腹は出っ張ってるわ、運動不足の典型そのものの体格だが、この一行にある以上立派な戦力とは察せられた。先ほどの足取りから見ても隙は窺えない。 「ガウドは イラナがメギトスの呟きに応えて、机の一片にある椅子に腰かけた。 「なぁ、あんた、時を越えるって言われたらどう思う?」 カーラモンはイラナを止めようと一瞬思ったが、はっきりと対抗する理由もなくそのまま言わせた。誰が何と言おうが信じられないものは信じられないし、だからといってここが本当はどこなのかという答えは出てこない。 「それは、わたしの考えで、ということかな」 「……?」 イラナが眉をひそめ、メギトスは机の上に組む手の中に視線を落とした。 「わたしは時を越えた わたしは今や可能性の否定はできない。具現したお前さん方が証明している」 「あたい達がそれを疑ってても?」 イラナの表情に不安はない。 メギトスは目を伏せた。 「何者もその証明はなるまい。わたしはこの研究に携わった時点で、わたしの かの少女にわたしの一部を託した。それで構わんと思っている」 主義主張。カーラモン達の最も大切にしているものを、メギトスは捨てている。でも、それはそれでかまわないとカーラモンは思った。案外、そんなものかもしれない、とも。 「あの、さ。あんたがそこまで言うエルザードって何者なのさ。あたい達はそいつの力を得ようとしているシーラルを殺しに行くところなんだけど」 「そのために時を越えてきたのだろう? 今のシーラルは、お前さんにとっては過去のものか未来のものであるはずじゃ。 「『わたしの宝は メギトスはわずかに目を見開いた。興味を引いたらしい。 イラナは首をひねって問う。 「何さ、それ」 「歌の題。おれ、あんま歌は特異じゃねぇけど、頭ん中は回ってんのさ。ひとりでボソボソ言ってたら、えらいベッピンの姉ちゃんがそりゃあエルフの歌だから、あんまわかる人っていないとか何とか言って……ディリリってのはエルザードの嫁さんっていうのだけははっきり覚えてる。 おれ、エルフの歌に縁あるのかな。『 カーラモンんが半ば得意気に言う中、メギトスは天を仰いだ。 やがて苦しそうな表情で目線を戻すと、カーラモンに言った。 「もしや……そなた、「光」の主か?」 メギトスのこのうめきは気の毒と言う他にない――カーラモンはそう判断したが、嘘をついても救われない。 「おれにゃよくわかんないけど、「土」ってのがおれにあたるらしい。「水」と「火」と「風」があとから来るけど、さ」 「……そうか。逝かれたか、 わたしはあの娘の計画に手を貸しているに過ぎないのかもしれん……。 お前さん方、エルルという」 「よほどの縁があるようだな」 「あれは縁じゃなくて、タチの悪い冗談っすよ。不吉なこと言うわ、勝手に命令するわ、そのくせ知りたいことだけは喋らねぇ。全く……」 その時、ドーン! と地響きがした。 「 「やっぱ中年ひとりはまずかったか……」 妙な冷静さをもって評するカーラモンの首根っこをつかんで、イラナの猫目がやんわりと問いかけた。 「もう休息は充分だね?」 「へ・へい」 首を放されて、カーラモンはいててとさすりながらメギトスに向かって帽子を取った。 「それじゃ、これで。ごちそうさまでした」 「いや、それはかまわん。あと6日じゃ。へばらぬようにな」 承知と三人は――そう、ゼクも――返して、雨の降り出した外へと飛び出した。 「 雨の「水」・地魔の「水」が影響して「土」の 「ひょっつして、ガウドの奴、全部やっちまってるんじゃねぇか?!」 恐るべし最強 (後略) * パイン達後発隊がレイに到着したのは、夜明けの前・暁の頃だった。 本職は学者のウッパラーがレイの学者ふたりに会うと言い、パインとラゼルがウッパラーに同行する。 だが、その道中でウッパラーは難しい顔をしている。レイの学者とは、ひとりはメギトス、もうひとりはウッパラーの亡き師トートである。 それを聞いてラゼルは首を傾げた。 「会えない人に会えるっていうのは嬉しいんじゃないの?」 「複雑だよ。先の話でダジオン連中打倒の研究で殺されるってわかってるんだから」 「でも、シーラルを倒したら魔物自体が、いなくなるんじゃない?」 そうだね、とパインは素直に言えずにいた。シーラルが魔物の源ではないことがひとつ。果たしてこうすることは、かつてパイン達のいた時を崩壊から本当に救うことになるのかということがひとつ。いまひとつの心配は29日の儀式の前にシーラルを殺せるか、というものだった。何せ先代は果たせていないのである。 村のある家で学者ふたりを待つ間、ウッパラーがパインとラゼルに対して語り出した。 「わしはガルで 何故 「戦争が始まるまでわしはここにいたのじゃが……わしも何かできることはないかと戦争勃発後も留まろうとしたら、村の他の者が『エルファリアの戦いはエルファリア人で事足りる』と言いおった。わしも強いことは言えなんだ……出ていくことにしたのじゃよ」 ウッパラーからしたら、どこから来たのかわからない“勇者”をアテにしているこの現状は皮肉にしか映らない。 聞いていたパインは、救ってやらない方がいいんじゃないかという考えが一瞬だけ脳裏をかすめたが、その結果をもってしても、エルファリア抵抗軍の国粋主義は強まっただけだった。そういえば、と振り返るとフォレスチナもそうだったのではないだろうか。 シーナはともかく、アルディスやカーラモンが統治者云々に難色を示す理由がよりわかって、パインは密かにため息をついた。 と、不意にある考えがまたパインの脳裏に浮かぶ。 シーラルを倒してエルザードの儀式を阻止する。それは当然のことだった。その為にここに来たのだから。 だが、それができたら自分達はどうなるのだろう。このまま居残るのか、それともエルル辺りが現れて「死んでくれ」とか言うのだろうか。 「ここで生きるのはいいとしても、どこに行くか、だよな……」 ロマが真っ先に思いついたが、既にここのウッパラーとラゼルがいるはずで、下手するともうギアでパインは拾われているかもしれない。どうせこのままでは、パインがエルファリア王子である立証をしたところでややこしくなるだろうから避けようとするはずで、それだけは救いではあるが。 「パイン?」 「へ?」 思案にふけっているうちに、部屋の人員は6名となっていた。 メギトスと、少年の面立ちのマリオン、緑衣の壮年男性が3人の前にいる。 マリオンが学者ふたりの前に立つ形で一礼した。 「お初にお目にかかります、勇者様。こちらが……」 「メギトス博士。君がマリオンだね」 パインはあえて“特別扱い”されることを狙って、マリオンの仕事を盗った。 「それから、あなたはトート博士ですな」 ウッパラーが緑衣の男に言い、ふたりの学者に一礼した。 それを受けて、トートが少し目を見開く。 「メギトス殿の言うこともあながち外れるものではないですな……」 トートの思うところによると、メギトスはいささか絵空事を真に受けすぎているのではないかと危惧していたのだった。 「とはいえ、それは今もって言うことでもない。 我らの技は先に来られた方々に託しました。ですが、これだけでは少々ケチくさいのでな。魔物を復活させた反乱国を廃するならもう少し力になりたい」 トートが言葉を重ねていくうちに、ウッパラーは心中でチリチリするものを感じた。 修業時代、あるいは一人前になっても譲られることのなかった はたして、時を遡らずに生きたトートと会えたとしたら、儂は譲ってもらえるだけの資格があると認められるだろうか……? 「時の勇者殿のうちに 白銀によって仕上げを施された杖が、師弟とは明かされないままにトートからウッパラーに手渡された。 * トートからの杖は、結局ウッパラーが決定的な(当人はしばらくの間だけだと言っている)所有者となった。ウッパラーがもらったのだから、と周りは行っていたが、どうもこの辺りはパインとラゼルの手回しがあったとかなかったとか。 (後略) * 人生何番目の悩みとなろうか。神官トマスはそんなことを思っていた。 禁欲生活に嫌気がさし、以前からのつきあいがあったサブリナとの約束もあって、神殿の地下から密かにトンネルを掘ってサブリナの家まで通そうとしていた。だがサブリナの家は村の中で神殿から最も遠く、途中には橋もある。果たして可能なのかと自問しながら掘り進めるうちに、光がさしてきた。間違って地上に出たのかと思いきや、たどり着いたのはティナの家だった。ティナは美人度でサブリナに劣るが、なかなか可愛く何よりも高圧的なところがない。突然現れたトマスに対して何事かと驚くティナに対して、トマスはとっさに「君のためにトンネルを掘ったんだ」と言ってしまったのもそのためだった。ティナはこのキザったらしいセリフにひどく喜んだ。 そこで二者択一が発生する。サブリナかティナか。 サブリナを取ればティナが悲しむ。ティナを取ればサブリナが怒る。第一、トマスとしてはどっちも捨てがたい。だが、下手をすると両方から突き放される。それだけは避けなくてはならなかった。 極論を言ってしまえば、こんな事態に持っていったトマスが一番悪いのだが、当人はそんなことはかけらも思っていない。モテモテウハウハでものすごく気持ちがいい真っ最中なのである。一夫多妻だったらよかったのに、と全女性を敵に回すことさえ言いかねない。 忘れられかけているかもしれないが、トマスは神官である。 もっと忘れかけられているかもしれないが、現在は未来の存亡のかかった戦いの最中なのである。 “15年前の勇者”がここをとっとと通過した気持ちがよくわかる、と言ったのはイラナだった。 「そんなことがあったのかよ……」 カーラモンはマカルの出自である。 だがカーラモンにはこんなおバカな事態の記憶はない。もしかしたら父親なら知っているかもしれないが、だからといってどうなるわけでもない。 「ちゃっちゃとやって先行こーぜ。人の色恋沙汰に口出ししたらロクなことがねぇよ。 なぁ?」 と、カーラモンが見上げた先にいたのはラの神殿の前に陣取る青年である。 どうやらこの青年、ムーラニア反乱国側についていて、入口前にいるのはカーラモンひいては「勇者」の邪魔をするためらしい。 「あんた、そんなに魔物化したいのかよ?」 カーラモンが不思議そうに問うのに、青年は顔を真っ赤にした。 「バ、バカな事を言うな! 俺はこのままでいい。ただ、勝つと思う方についているだけだ」 「って……ムーラニアが勝つってのか?」 カーラモンが言うのに、当たり前じゃないかと言いたげに青年が大袈裟に手を広げる。 「エルファリアの連中はお前らだけを戦わそうとしてるだろ。たかだか……16人だっけ、そんな数じゃ勝てっこないし、そのくせ連中はお前ら頼って動こうともしない。エルファスもリリも軍隊の残党は逃げることばっか考えたって聞いたらなおさらな」 「よく知ってるな、そんな事」 「魔物たちも教えちゃくれるんだがな。ここはリリに通じてるだろ、色んな不満ぶちまけながら北から逃げていくのがいるんだ。そいつらのせーさ」 「……協力してるのはいーかもしんねーけど、本当に魔物化されるぜ。あのダルカンだって、人魔になっちまった。別にそれが目的じゃなかったのにな」 青年は苦いばかりの顔つきになって押し黙る。 そこへカーラモンが畳みかけた。 「心ん中じゃ恐いんだろ? じゃなかったら、そんな顔しねーよ。 自分がどうなるとかそーいうのじゃなくて、今起こってることが恐いんだろーな。魔物は来るし、軍隊のカタマリだったリリじゃ、きっと虐殺が起こってる、エルファリアの王様は死んじまって、またわけのわかんない連中が魔物を追っ払うってふれ回ってて、反乱起こしたシーラルは変な儀式やろーとしてる。 つまり、さ。シーラルの狙いがわかんねーんだろーな。どう考えても、シーラルは国を治めるタイプじゃねぇし、そういったことをやろうともしない。この先どうやってやろうってよりも、ただ領土が欲しいだけ。儀式やって何になるのかもわからない。エルザードの力を得るっていうのは破壊の力だから、世界を全部押さえたらもう使い道が出てこない。 まずいんじゃねぇかぁ?」 カーラモンが胡散くさそうに言いながら自分の顎をくるんでそのノリでねめつけると、青年は明らかに動揺した。 半脅迫のカーラモンは、一人で座り込んでいる。自分に自信を持ち、さらに持続させるためだった。本当だったらこんな悠長なことをしている時間はないが、ここで焦ってはいけなかった。カーラモンのやってはいけないことはふたつ。イラナ達3人の消耗とカーラモン自身の冷静を切れさせること。 その「冷静」はティナの家から神殿へと通じる“抜け穴”を使うことをためらわせた。15年後、というよりも元々いた所のマカルにあった穴はどうにか整備してあったが(ティナの手によるものだろう)、トマスが一人で堀遂げたばかりの穴では、危険どころか手間もかかってしまう。 そこで、この青年を説得するしかないと思ったのだ。それも、強行策ではなく、あくまでも穏やかに。 「いいチャンスかもな」 カーラモンは立ち上がって歩き出した。 青年がその背中に向かって問いかける。 「おい、どこ行くんだよ」 「ムーラニア反乱国に味方したんだろ? いいきっかけだよ。 どうにかしてみろ。200の村でも、三万の軍隊から身を守るこたぁできるさ」 |
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