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フォーレス戦




(前略)

 「土」のしるしがカーラモンの手におさまると、8人は塔の内部を慌しく駆け下りていった。

 行きの時に水と土をぶちまけながら進んだため泥だらけになっているが、魔物が寄り付かなくなったのは彼らにとって幸いだった。

 その足取りが非常に急いだものになっているのは、国内の求心力を求めた結果としてアルディスが伯爵にされてしまう前に連れ去ろうという腹があったからだ。

 土都フォーレスの仕組みを見る限り、地魔導師と“勇者”は途中での待ち伏せがなければ玉座の間にいるに違いないと予測されている。

 1階へと下りると、ラゼルがパインにささやいた。

「逃げ出さないでよ」

「なんで」

 僕がそんなことを、と続けようとしたパインは行く先のモノを見て身を凍らせかけた。

 「土の門」という代物が土壁そのものだが、その隙間を電撃が走っている。

 ラゼルがニッと笑う。

「パイン、「水」でよかったわね」

「ほんとだよ」

 言いつつ、パインは奇妙な合致に気がついた。

 パインは雷を嫌い、アルディスは水を苦手とし、カーラモンは風の吹いている日は憂鬱そうにしている。

「水に雷、火に水、土に風……」

「どしたの?」

「…………」

 偶然の一致にしてはできすぎている仕組み。彼らがそうなると決まっているかのような“嫌いなもの”。

 それは“光”が落ちた(らしい)後そうなったのか、それ以前からなのか。

 15年前に記憶があるのは当時6歳のアルディスと4歳のカーラモン。だが、カーラモンは“光”の印象が強すぎて他の事は憶えていない。

 この際「鍵」はアルディスにかかっている、ということになる。

 だが、彼の中にどこまでが“残っている”だろうか。

 最近とみに人間離れした力を発揮している。得意の槍さえ握らずに村や町のひとつふたつを解放してみせる。

 常に何かを壊そうと躍起になる。

 そのうち壊すものが消えていき、ひとつの結論に達する。最も破壊に困難なもの――自らを壊そうと。

 破壊する「ラ」。

「複雑だよ。ややこしいものが更にややこしくなる」

「だから、何考えてたの?」

「大掃除。ラゼル、嫌いだろ?」

「ついでに洗濯も」

「そーゆーコトを考えてたんだよ。だから首を突っ込まないように」

「こんなとこでそんなコト考えてたの? 余裕よねー」

 ほっとけ、とこんなやりとりの間に、パインは「土の門」が砕けるのを見届けた。

 カーラモンが退いて、イラナとゼクが前衛に出て、その後ろのパインがつく。治療班と遠隔攻撃隊を挟んだ最後尾にジーンがついた。

 だが、この面子だとどうしても緊張感に欠けるらしく、魔物が出てこないのも手伝って観光ツアーモードになる。

 壁にかけられている肖像ひとつひとつにラゼルが関心を向けると、ウッパラーやフォレスチナの者が解説し、パインやジーンさえも聞き入ってしまった。

 しばらく話し込んでいる間に一行は玉座の間の前に着いていた。

「カーラモン、どっちがいると思う?」

「“勇者”の方が良くねぇか? 取り押さえるだけで済む」

「じゃ、僕は地魔導師にしとこ。かちあったら意味ないし」

 この二人、行きの最中といい、ともかく時間が空いた時は、失敗した時の言い訳役をどっちがやるかという話題に集中していた。

「バカは放っといて、とっとと行くとしよ」

「さんせー」

 中心人物が役立たずの時に割り切りがいいのは女二人である。

 さすがにお城だからと蹴り飛ばすのはやめて、手で押し開く。

 と。

 “勇者”はわざわざ攫ってきた女達を側に寄せるでもなく、周りに立たせて陶然の表情を浮かべていた。

 女達は何をされるでもなく困っていたが、何もされないのだからいいとしようと、黙って突っ立って顔だけはきれいな“勇者”をみつめていた。

 ラゼルが思い余って呟いたものである。

「プラトニックだわ……」

「あ〜ゆ〜のを究極の倖せっていうんだろーね。あいつにとっちゃあ」

 邪魔はしたいとも思わなかったが、何しろこちらには本物がいる。

「あたし、あいつが偽者でよかったと思うわ。。……パインのね」

 本物のパインがこういう事をしているところはどうやっても想像できない。どうしても目の前の光景と一致しないのだ。第一、陶酔している顔なんて見せはしないだろう。

 おいついてきた本物達は別の関心事に頷いた。

「とりあえず、今んとこはおれの勝ちな」

「今のところはね」

 パインとジーンがセオリーにならって、“勇者”に剣を向けた。

「こんにちは、僕の偽者さん」

「誰かと思えば偽の勇者か。……つまらぬ」

 端から見れば双子が話しているように見える。

 だが、傍観者になっていたジーンは明らかな差異を認めた。

 それを確かめるべく、実に珍しいことに彼の方から質問を始める。

「あなたは“勇者”を名乗ってますね。それは何故ですか?」

「お前ら偽者がのさばっておるからな。我慢ならなかったのだ」

「つまり“勇者”を勝手に名乗ったと」

「カナーナを救ったのもわたしだ。なのに、そこの偽者が言い張る」

 どこかで似たような態度の人間がいた気がしたが、とりあえずは我を保つ。

 この偽者は注目されたがっている。だから人気を集めるのに最もわかりやすい顔の造りをしたパインを真似た。それだけだったのだ。

「パインさん、もしかしたらこの勝負引き分けドローかもしれませんよ」

 カーラモンとパインが眉をひそめる。

「こいつは“勇者”じゃねぇってのか?」

「いえ、多分それはそうでしょう。ですが、地魔導師なら姿似くらいはできるのでは……と」

「それじゃあ意味がないね」

 パインが言っているのはこの賭けについてである。

「じゃ、こんな奴に殺された王様が一番可哀想ってことで」

「あと、仇を討てないまともな臣下一同の方々もね」

「やっぱ無理か……」

「時間ないからさ。ほら、あっちには個人的な好敵手がいるからそれで我慢してもらおう」

 この場において、最も置いてけぼりをくっている女達はラゼルとイラナが無理矢理部屋の外へ引っ張っていった。

 その中にはギスト保育園の保母もいた。

「イラナ……どうして?」

「それはこっちが言いたいよ。ガキ達が泣くもんだから、親切なおにーさんとおねえさんが世話をする羽目になっちまってる。死んだ先生が聞いたら泣くよ、きっと」

「……カーラモンもゼクも来てくれたのね。見違えてる」

「ま、ね。いつのまにかつるんでたから」

 他の女達はラゼルら3人が安全圏へと連れて行こうとしている。

「ほら、一緒に帰りな。今だったら危険はないから」

「イラナは?」

「“勇者”を語った馬鹿を倒す。あいつは王様を殺したから。……この国を守ってくれてた人をね」

 イラナは踵を返したが、保母となった娘はその場に残った。

 初めて見る保育園時代の友達の、別の顔。

 彼らはそのまま成長していった、そう思っていたのに。

 男勝りのイラナとやんちゃのカーラモン、既に少年だったゼクは字を学ぶために来ていたものの二人の良き遊び相手だった。

 そんな彼らが、武器を取って戦おうという。

「わたし、ここにいるわ。あんたたちを見ていたいの」

 イラナは背を向けたまま言い返した。

「勝手にしな!」



「ジーンさんよ、あんたここに残るのかい?」

「邪魔はしません。ただ、万一の時は引きずってでも帰らせます」

 おれらって信用ないなー、とカーラモンは苦笑いする。

「地魔導師さんよ、とっとと正体見せな! お前さん今のまんまじゃ結局は偽者のままだぜ!」

 “勇者”は苦虫を押しつぶしたような顔をカーラモンをねめつける。

「ブ男が命令するな!」

「うっせー! クソジジイのくせに若作りしてんじゃねー!」

 ただの口ゲンカである。

「ジジイはジジイなりにキメてればいいんだ!」

 そういう問題ではない。

「でもよー、純粋な魔物種っつっても大したことねーな。人間でもおれが何者かわかった奴がいたってのに」

 「土」の源がこうして目の前にいるのに、地魔導師はひとつも臆さない。

 カーラモンは「土」のしるしをかざす。

「これ、なーんだ」

 象徴の雷が地魔導師の目に入る。

「つッ……「土」の!」

「つーか、ここに来た時点で気付いてほしかったけどな。

 手加減無用! いくぜッ!」

 イラナとゼクが斧を繰り出し、ガウドが詠唱を始める。

 そうとなると、体=器の小さいままでは不利と悟ったのか、地魔導師は元の姿に戻った。

「ほんとーにクソジジイだな……」

 イボだらけの顔では若作りもしたいわけである。

 普段ならば高みの見物としゃれ込むカーラモンだが、今回は少し忙しくなった。

 ラゼルと同じように治癒ヒール以外の魔法が使えるのだから利用しない手はないと研究し続けていたのだ。

瞬動クイック!」

 カーラモンはこれまで面倒事を面倒がらない性分で、このわけのわからないものの正体を実用にまで至らせることができた。

 俊敏になったイラナとゼクがそれぞれ地魔導師の腕に斧を振り下ろす。

 あっさりと腕は落ちた。

 でかい図体をしているだけあって、その動きは鈍い。

「いける」

 イラナは不可思議なほどに勝機を確信していた。

 ゼクが間髪を開けず、足に刃を打ち込む。

 これがまたスパリときれいに斬れるのだ。

 当然、地魔導師の体が崩れる。

「何だよ、こんなに弱っちかったのか!」

「冗談も程々にしたらどうだい。こんな奴にこの国が負けるわけがないよ」

「まさか、まだ化けるんじゃねーだろーな……」

 地魔導師はあえぎあえぎ4人を睨む。

「“メルド”か……。こしゃくな」

「わざわざあんたの倒し方を教えてくれた奴がいたよ。変な魔術師さ」

「……ゾーラか! あやつ……!」

「仲間割れしてるんじゃ仕方ねーな。所詮、地魔導師っつっても死刑執行人に過ぎないっつってたよ」

「ゾーラ……が?」

 カーラモンは首を振った。

「おれらの中の一番の有名人さ。本当はその人があんたを討つはずだった。けど、そいつぁできないとよ。笑わせるよな、ずっと警戒してきたってのに」

 カーラモンの手が杖を強く強く握る。

 砕けそうな程に。

「……解放戦争か。とんだ笑いもんだ。どいつもこいつも。

 皆、ギストに戻ろう」

「とどめを刺さんでよいのか?」

 カーラモンをちらりとガウドを振り返る。

「悪ぃな。汚れ仕事ばっかで」

「こんなもんじゃろう。戦いなんぞ」

 ガウドは魔力を集中させて顔の大きさほどになった雷の塊を地魔導師に近づけた。

雷爆サンダー!」

 この一撃で地魔導師は完全に砕けて、消えた。

 1月余りの間、平穏を破った張本人はこうしてあっけなく死んだのである。

 ジーンと一緒に残っていた娘が外から姿を見せた。

「カーラモン……」

「おれは自分が何なのかわからなくなっちまったよ。偉そうに物言って、ケナして、その挙句がこれじゃあな……」

 カーラモンはジーンと娘の横をすり抜けて、外へと出た。

(後略)





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