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ウル行




 ギストの東にウル山はそびえ立つ。

 獅子の年 風の月 25日。夜の明けきらぬうちから、ギスト東の街道を進む一行の姿があった。カーラモン、イラナ、ゼク、ガウドの4人である。

 ギストが解放されるや、学者と賢者セイジはひとつの書物と格闘することになった。ゾーラが残していったその書物には「地魔導師の倒し方」と題されていた。

 かの地魔導師はシーラルやダルカンと異なり純粋な魔物種で、人間が混ざっていない。元から「大陸」にひそりと暮らしていたのだ。故に“特殊”である。

 そして、ウル山には地魔導師に対抗する“メルド”にひつような物質のひとつがある。

 だが入れる人間が限られている「雷の力場」であるために、「水」の影響を受けているラゼルやウッパラーは来れず、アーバルスは王侯軍の中で役職を持つためにギストを離れられなくなってしまった。――というのもあるが、「土」の4人は残務処理に巻き込まれないためにこちらを選んだとも言える。

 できることなら“メルド”の専門たるパインを連れて来たがったが、当人が雷を嫌がった。それも無理のない話だし、本当に雷が直撃して「水」が作用したらシャレにならないため、同行は叶わなかった。今頃は保育園の子供達の目を逃れるべく“保護”されているだろう。

 山の入口、もう入ろうという場所で前を歩くイラナとゼクの足が止まった。

「どした、イラナ、ゼク」

「ここに……本当に入るのかい?」

 イラナとゼクは揃って山頂の方を見上げる。

 暗雲がかかり、その中を稲光が走っている。

「平気だよ。前からこんなだったしな。……まー、ずいぶん強力になってる気もすっけど」

 そんな3人をさしおいてガウドが先頭に立った。

「ますます強くなっとる。このまま放っておいたら、正に天を裂きかねん程に、の」

 地の「ラ」である「土」が天の「ラ」を脅かす。ウル山はその象徴だった。

「そういや、ガウドはここで修業してたっつってたな」

「お前達の生まれる前からよ。降りてみとうたら、魔物がおじゃおじゃおるものだから驚いたわな」

 ガウドは当年48歳。20年の修業をもって雷撃魔法サンダーを体得したのも「暇潰し」と言って飄々としている。

「生身だった頃の儂が入っても平気だったからの。「土」を受け取るおぬしらは安全そのものだ」

「第一、ガキの頃におれが入っていってんだ。平気だって」

 ガウドがキョロリとカーラモンを見た。

「入っただと?」

「おうよ。そしたらまー中にいるおっさんの怒ること怒ること」

「そりゃ儂だ」

 あぁそーか、言われてみりゃそりゃそーだよなー。と笑うカーラモンと憮然とするガウドを置いて、イラナとゼクは再び先を進み始めた。

「あいつらに構ってると日が暮れちまうわ」

 ム。とゼクが頷いた。



 「雷の力場」というだけあって、ガウドも魔物も雷撃サンダーの威力が格段に増したものになる。

 山、といっても坑道を入るので戦いは専ら暗い中だった。

 つまり、この状況はとても目を傷めやすい。

「あたいたちは物取りに来たんじゃなかったのかい!?」

「しゃーねーよ。ここの連中が襲ってくるんだから」

 4人の中で元気なのはガウドひとりである。

「それよか、おれはガウドが味方で良かったとつくづく思うぜ」

 ウッパラーにしろアーバルスにしろ、きっかけを与えられなければ攻撃魔法は今ほどにならなかっただろうが、ガウドは自分で修業に赴いてここまでのものにしている。

「でもあれじゃー、こっちが保たないさ」

 おそらく地魔導師の討伐に選ばれるのは「水」に対抗しうる、しかも有利な「土」の彼らになるだろう。

 “勇者”の追跡は「水」の4人に任せることになる。“勇者”は「アイス」を使うのだから。

 冷徹の判断がその選択を選ぶ。

 たった12人の限界は、戦いを一度で切り抜ける必要も迫っているのだ。

「イラナ、おれらは憂さ晴らしに来てるよーなもんさ。解放者とか何とか言われても、やっぱ気詰まりにはなる」

 カーラモンの場合は力も源であるにもかかわらず大きな役割にいるわけでもなかったから、この重圧を微妙に実感できずにいた。

 アデンで演説をして住民の決起を促した結果、南部の復興は住民主導となった。フォレスチナ王侯残党中枢の存在を省みると、これは奇跡的なものだった。

 何もやっていないとうそぶく割にはかなりの功績を残しているカーラモンだが、いささか浮かない気分は続いている。

 土都フォーレスを取り返した後、どうやらこの12人が揃ってエルファリアに赴くことが難しくなる気配なのだ。

 「ラ」が乱れるだけでなく崩れかかっていると言ったところで、信じる者は少ない。脅かす者の排除を解放にかかげているために、その傾向は余計に強まる。

 フォレスチナ王侯残党軍。解放にあたっての、一番の壁だった。

「おれらは前線で戦っててもいいさ。けど、考え方が違うんじゃあな……」

 エルムで祭司長と名乗る温厚そうな老人に会った時、カーラモンら4人はパインと合流したばかりだった。プラムの惨状はいかんともし難いと落胆していたのだ。しかし、祭司長ら王侯残党軍は聖地よりも土都フォーレスの奪回に頭を巡らせていた。結果、橋渡し役としてアルディスの出馬を促さざるを得なかった。カーラモンとパインはこれをひどく悔やんだものだった。

「パインとは何か話したのかい?」

「一応、な。でも無理だ。不利な点が多すぎる」

「そう……だよねぇ」

「だから、できるだけのことをするしかねーのさ」

 行くぞ、と少なくなった魔物の集合点へ3人は入っていく。

 光るのはガウドの雷撃サンダーのみ。当てにかかるわけがない。

「ガウド、その辺にしとけよ。イラナとゼクの出番がなくなっちまう」

「お前さんの治癒ヒールは尚更じゃな」

「別にそりゃいーけどよー」

 どこで心得たのか、避けるのばかりは上手く、このやりとりも戦闘の只中だった。

 やがて敵が少なくなったのをいいことに、カーラモンとガウドが一体ずつ処分していく。

 ガウドは雷撃サンダー、カーラモンは杖でとどめを刺している。

「おれって器用だろ」

「一芸バカで悪かったの」

「違うって。……そースネんなよ」

 カーラモンは肩をすくめてみせたが、この時も内心は別の事に対して穏やかではなかった。自分の内にもある“源”に対してである。

 何を代償としてこの力があるのか未だに明らかになっていない。

 そもそも四素の根源の力が人間に降りて、帝国と戦うこの図式も、どうもはっきりしない。都合のいい事ばかりではないだろう、ということだけは薄々わかっているのだが。

 エルルは何かを知っている。おそらく、15年前の光のことも。

「カーラムのせがれよ、こっちじゃ」

「何とかならねーか? その呼び方」

 ガウドはカーラムとは知己の間柄である。だからこそその息子も縁ができたと言えよう。

 わからないままに戦いに身を投じる者よりも目的がある。うらやむのが半分と、それこそ投げ出しかねないのがもう半分である。

「もし戦いが終われば、お前さんは何をしようとする?」

「終わったら…………なぁガウド、ちらっと思ったんだけどよ。

 終わるのか、この戦いは」

 二つの聖地は破壊され、実際に四素も天地も荒れ狂って牙をむいている。もう既に対帝国ばかりではいられない。とも対することになる。その時最も苦しむのは“光”を受けた4人であろう。

「多分、帝国倒しただけじゃ終わんねぇよ。ただ帝国ブチ倒すなら、わざわざ“光”がおれらに落っこちなくてもいいし、数多く立ち上がれりゃいいのさ。ま、そんな単純じゃねーだろーけどな。

 終わってくれるなら、その方がいいけどよ」

「所帯は持たんのか?」

「持てるもんなら持ちてーけどよ。やっぱ、おれ自身も落ち着くにゃ、そいつも落ち着いてもらった方がいいし……」

「もう、決まっとるのか!?」

 カーラムの結婚は遅く、30直前だった。今から気をつけても足りないくらいだと計算していたガウドである。

「おれは気にいってるんだけどな。どーも向こうは独りでいたいらしい」

「だからといって、10年もかけるでないぞ」

「わあっってるって」



 ウルの山で見つかったのは、水晶クリスタルの原石だった。

「片っぽだけか……。ちょっと苦しいかもね」

 パインとカーラモンはギスト図書館の隠し部屋で水晶と剣と斧を見比べる。

「あの“勇者”と渡り合えんのか?」

「そっちこそ、地魔導師を倒せると思う?」

 互いに初の大戦で、勝手を掴めない。

 現場はプロフェッショナルに委ねたかったが、そのプロは今回後方待機になる。

「“勇者”がどういう魔物かわからないから……ね」

「こっちもガウドに頼りっぱなしだけどよ。もし雷撃サンダーが効かなかったらっつーのはある」

「じゃ、敵わないと思ったら退くしかないね。時間はかかるけど仕方ない」

 と、本棚がガタガタと動く音がした。

「お、誰だ?」

「あたし――ラゼルよ。ちょっと開けてくれない?」

 OKOKとカーラモンが本棚を前から動かす。

 ラゼルは片手に包みを持っていた。

「何だよ、それ」

氷石アイスストーンっていうやつ。土都フォーレスにいた人が心当たりがあるからって、一緒に取りに行ってくれたの」

 水晶と氷石の組み合わせが「地魔導師を倒す方法」なのである。

土都フォーレスから?」

「ちょっと聞き込んでたら、お城の倉庫にあるって人がいたから」

「行って来たわけ? んなとこに」

 あったり前じゃない、とラゼルは胸を張って言い切った。それほどまでに暇を持て余していたらしい。

 ラゼル特製グッズが効を奏したのか、魔物に傷を負わされることはなく、忍び込むのにさほど苦労はしなかったという。

「それから……「土」のしるしがあったわよ。その倉庫があった塔に」

「しるしが!?」

「そ。あと、雷がバチバチいってて通れないとこもあったわね。なんか「土の門」じゃないかって話だったけど」

 よーやくお役立ちになって良かったわね、とカーラモンに言ってラゼルは去っていった。

 言われたカーラモンはそれどころではない。

「また「土」が強くなるってことじゃねえか……?」

 バランスの崩れることこの上ない。比較的近い「水」との差も開く一方となってしまう。

「とりあえず勝てばいいって状況じゃなくなってきたね」

「それだったら楽だったろーよ……」

 「地」が強くなる。それは「天」を圧迫するということ。

「おれらさ……何かを殺していこうとしてねぇか?」

「……何か、か」

 パインは剣を眺める。

「もしかしたら、僕らは自分で自分を苦しめているのかもしれないね」





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