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ワース〜スンガ攻略




 危なくなったら歩を止めればいい。

 パインから発せられた言葉の意味が始めのうちはよくわからずに、ウッパラー、ラゼル、ジーンは闇雲体当たりの天魔の猛攻に大苦戦することになった。

 三人が外で大変な時に、パインは村人から譲り受けた物――ハーブやら何やらわけのわからない植物とあまり役立ち添うにない剣や鎧――と自らの遣う剣を眺め比べてみた。

 “メルド”という力を使うことによって廃物利用ができる、としか聞いていなかったから試す気も起こらなかった。だが、戦況は悲しいくらいにつらい。

 戦力分析の末、ワース村で戦う“身空き”の人間が彼ら四人しかいなかったことが一番の原因だった。

 ロマの人間は余裕を持ちながら戦闘をすることが条件だったから、ほとんどの人間が後方支援に回ることになったのだ。そのおかげで、手を出したくもない“メルド”の力を借りなければならなくなってしまっている。

 “メルド”も「ラ」の力を使うのだから、これは不毛という他ない。

「ラの力が尽きたら世界はヤバくなるんだよなぁ。確か」

 物の本にはそうなかったこともない。

 だが、問題というのはどこにでも発生するものである。

「……どうするんだ?」

 ハーブと剣をくっつけたところで“メルド”ができるわけはない。他のも同じだ。

 この役立たずめぇっ!

 そうやって捨てられれば楽なのに。

 現実はちと違う。

「パインっ! あんな何のんきに座ってんのよ!」

「だから、黙って突っ立てろよ」

 ラゼルはパインの言うことに鍵っては65%の確率で素直に言うことをきく。

 実にいいタイミングで、鳥と人間の集結体の親戚らしき天魔が近づいてきた。

 パインは澄ます。ラゼルはガンを飛ばす。

 結果。

 天魔はパタパタとどこかへと去っていった。

「……すごいわ。…………ねぇパイン、どうしてわかったの?」

 パインは頭で右側を示した。

 その先には切り株に座って何の気なしに空を見る男の姿がある。

 パインは呆れ気味に告げた。

「何で逃げないんだって言ったら、ここは別に危険じゃないからとか言うわけだよ。近づいてきた魔物がいたから、迎撃しようとしたら、向こうでやってくれとか勝手なこと言って、人を蹴り飛ばしたんだ。

 気持ちはわかんないでもないけど、もっと親切に教えてくれてもよさそうなもんだよ」

「……じゃあ、向こうにいるおじいちゃんとジーンさんは猛襲撃受けているんじゃない?」

 ひとつの沈黙。

「そういうことは先に言ってよ。さ、これを持って来て」

 パインはラゼルに「廃物」の袋を押し付けると、右手に剣を握って駆け出した。

 “メルド”の実戦はまだまだ先のようである。



 辺境には変わり者が思いの他多い。これは有名な格言である。

 だからといって、ヒョイヒョイ踊りながら氷塊を投げつける下帯一丁の老人を何者でもない顔で見られるかどいうと、そんなことはない。

 結果としてジーンはあまり襲撃の的にはされなかったが、自分一人が安全域にいるのを良しとしない性格である。

 事態の好転を受けて、ウッパラーの死角へと回る。

「博士殿! 助勢いたします」

 ウッパラーは振り返りもせずにジーンに言う。

「助勢よりも、治療してくれんか? ハーブの葉があったろう」

 ハーブは液体加工してしまえば薬になるため、たいていは一人二つの瓶を所持する計算になる。しかし、葉のままでは本当の苦い薬で飲み下すのが遅くなり治りが遅効性になる。ジーンの持つ葉というのも、廃材からの再利用品だった。

「博士殿! こんなものをどうするのです」

「ホッホホホ、見とれ見とれ」

 でも、頼んだよん、とウッパラーはジーンの剣のそばについた。

 ウッパラーはハーブの葉をひったくるや、剣の刃にぴたりとつけてはみ出した所を折り返すように引っ張った。

 うぬぃん。

 音がしたとしたが、そんな感じだっただろう。

 葉は破れるどころか、そのものの姿もウッパラーの手から消えたのだ。

「何です、今の……!」

「手品じゃよ。ほれ、老人にばかり働かすでない」

 バンと一押しされる背中。

 だが、ここで文句を言っては兵士の腕も泣く。

 老人の影に隠れていたことを思えば、天魔の二、三匹、敵ではない。

 いかに隙を見せないか。

 羽をそぎ、返しで別の天魔が脚から何色とも知れない液体を流す。

 あとの一匹は放っておいて、どちらかを潰す。

 脚に傷を負った方の天魔が、ジーンの剣で真っ二つになる。

 放たれるのはすさまじい腐臭。

「! ……何ッ……」

「これはまずいのぉ」

 純粋な「ラ」の産物とはいえ、死んできれいになくなってくれるわけがない。

「急いでパインさんに合流して「隊長」を倒すべきですね」

「お主の王のためにもな」

 結局、突っ走る為に追撃の天魔は絶えず、二人は中途半端な迎撃をすることになったわけだが、それはパインとラゼルも同じだった。

 走っては止まり、走っては止まりの連続は結構キツい。

「博士達は……」

「――……あっち」

 ラゼルが懸命に右手を指す。

「なるほど、ね」

 パインの目には迎撃兼逃走の二人が見える。

 体力の消耗があちらがより激しい。

「あれじゃあ、静止してもダメだな。攻撃される」

「なんで?」

「ジーンさんの攻撃で天魔を倒しちゃったんだろう。あいつら、体液には敏感だから」

「じゃあ、血を流しながら逃げるともっと危ないワケね」

 パインは手であごをくるむ。

「――そうかもな。……気づかなかった」

 魔物に対する知識はなるべく増やさなければ、太刀打ちも困難になる。

 ジーンとウッパラーが二人の元に到着する。

「ジーンさん、急いで剣の刃を拭いて! 奴ら、その体液に反応している」

 パインの言葉へ即座に対応するジーン。口と手が同時に動くのはそれなりに使える者の証拠である。

「できるだけ遠くに投げて。……はい、これ」

 少々重ための石がパインからジーンに手渡される。

「……では」

 半径70cmの円から離れた石つきの布は30mを越えた先へ落下していった。

 それを追う天魔、一軒の民家へとダッシュする四人。

「王様がいるのはこっちなんだな?」

「一番きれいなベッドのあった家ですから」

 さすが眠り王。あくまでも寝具にこだわる。

 よくもジーンはあんなのに付き合っていられるもんだと三人は思ったに違いない。

 かの民家にたどり着いた一番手はパイン。中をさっと見渡す。

 真っ先に、異形のモノと目が合った。

 かのモノとは、当人がいくら蝶だと主張しても常識人には耳の大きい顔が人間の7倍にもなって現れたようにしか見えないものだった。

「こいつが「隊長」……」

「そうだ。人魔の粗悪品」隊長ランクともなると口をきけるらしい。

「……なんのこっちゃ」

 パインのために通訳すると、人魔は人の祈りという「ラ」でつくられた魔物。純に「ラ」のみでつくられた人魔に人間は「ラ」のかけられた割合が小さいから、『粗悪品』ということらしい。

 後から着いた三人は、目の前の天魔に驚きつつも何も衝突がないのを不思議がった。

「どしたの、パイン?」

「……ラゼルには僕が人魔の悪い親戚に見えるかい?」

「何の冗談よ。それ」

 あっさり塩味である。

「そうだよなぁ……。じゃ、交戦開始。

 あ、でも殺しても問題ないから思いっきりやっちゃってね」

 四対一では決着がつくのも早く、すでに二時間後にはワース村の住人も戻ってきていた。

 ――ただ、ゴミ(天魔)二体を片付けるのに手間はかかったが。



「ふぅム。そなたらがのぉ……。ならば、聖地のことも頼むかの。水の妖精珠ブルージェムがあれば何とかなるというしの……。

 そう、それじゃ」

 実際に、カナーナ王がパイン達に言ったのはたったこれっぽっちだった。

 国を造った当人は素晴らしくてもその子孫はそうでもないというわかりやすい見本。

「でも、あの神経は称賛に値するよな……」

 下手にやられるよりはいい、と取れば少しは怒りもおさまる。

 ワース村の民家の一つを借り受けて四人は地図を睨んでいた。

 主に教鞭を振るうのはウッパラーの仕事である。

「ワース村から街道沿いに北へ行くとダムス村じゃ。そこからさらに北へ行くとスンガ町。ここをどうにかせんと聖地に行くのもかなわん。しかも、スンガ町は東西南北の街道の集合口じゃから、ここを守りきっての戦力保持……つまりは民間人の協力でも得られんにはおちおち聖地へと行ってはおれん」

 スンガ町はロス砦に守られたカナーナにおける文化と流通の一等地。下手をすると水都よりも重要な都市である。

(中略)



 ダムス村では、不機嫌そのものの顔をした少年が鬼神の如き強さで地魔をなぎ倒していた――とは、物好きにもパイン達の後をついてきた一般人の見たままの言葉である。

 村をひとつ解放したにもかかわらず戦力がひとりとして増えないことへの苛立ちと、自らの愛用の剣が妙な形になってしまったことから、パインの怒りの力は成り立っている。おまけに、相手は地魔で倒しても地に還るのをいいことに暴れ放題である。

 せっかくミストブレードを取り返し、かつ“メルド”も実地実験のおかげで上手く使えるようになったのにもかかわらず、ジーンはすっかりお株を取られてしまっている。

 ジーンの剣はさらに切れ味を増しているのに出番なし。パインの剣は何でもかんでもと“メルド”を試みたために扱いづらくなっているのに大車輪。

「皮肉なもんじゃな」

 踊りながら茶を飲むウッパラーの姿は、未だにジーンには慣れないものだった。

 ラゼルは動き回るパインを目で追いながら、治癒魔法のタイミングを測っている。当人はじっと動かないため、敵の標的対象にはならない。

「ジーン殿、そろそろパインのストレス解消を止めてやろうとは思わんか?」

「そうですね。隊長がのこのこ出てきてくれるわけでもないですから」

 それだったらこんなに楽な解放戦争もないだろう。

 しかし、ある所にはあるのだった。

 肌の色さえまともだったら人間に見えなくもない身の丈2m少しくらいの魔物が“のこのこ”姿を現したのだ。

 ここを逃す手はない。ジーンは半ばウッパラーをかつぎ上げながら叫んだ。

「ラゼルさん! パインさんをお願いします! 隊長が出てきました!」

「パイン! エサが出てきたわよ!」

 人間もどきの形の魔物とて、一応隊長。人語を解する。

「何ぃ、エサだとぉ?」

「そ、僕の剣の」

 パインが魔物の腹をめがけ、ウッパラーを手放したジーンは黙って足を狙う。そして、間髪をいれずにウッパラーが氷を矢の如く放つ。

 その間にラゼルが剣士二人の背中、不意の攻撃に晒させないように位置づく。

「もうひと押し」

 パインとジーンの攻め位置を入れ替え、ウッパラーは魔物の顔面に氷の塊を勢いよくぶつけた。

 これがケンカなら、もう詫びを入れる段階である。

「パイン! そろそろ後ろから魔物が来るわ!」

「それじゃあ、決着をつけなきゃな」

 現在のパインの不格好な剣は切っ先を二つ持ち、片方は割合角度の自由がきく――ハサミのようなものだった。もちろん、使い損ねの剣との“メルド”の結果である。

「ラゼル、手伝って」

 彼女はパインのその言葉に一瞬だけ躊躇した。当人もこれは「はっきりと誓って言えることだ」とあらわしている。あたしは医療部門(ちなみにパイン専門)なのに、と。

 しかし悲しいかな。65%の確率はここでも発動した。

 ラゼルは自由になる方の切っ先の柄を持ってずっと固定し、顔を背けた。

 やがて伝わった彼女の腕の感覚が間違っていなければ、地魔隊長の首が落ちたはずである。

 それを証明するように、ダムス村の上空から暗雲が去っていった。

「ラゼル、もういいよ。ありがと」

 パインの笑顔には疲労が浮かんでいる。

「パイン……! ……ちょっと休んだ方がいいわ。その顔じゃ……」

 ラゼルの心配顔の力もむなしく、他の人物の登場によってパインの体が心配されるのは先になった。

「あぁ、あなたはおとといの……。おかげんは良くなられましたか」

「えぇ。何とか……」

 ジーンと歓談するのはまぎれもなくエルルであった。

「もうここも解放されたのね。……あら」

 不意に(エルルがそう見せただけであって、彼女はパインがそこにいることは知っていたのだが)首をめぐらせた先にいたパインは、露骨に嫌な顔をした。

 エルルに対してはどうもいいイン所うがないからであろう。グリフの抱き上げの件然り、自らの言(“支配から脱するために立ち上がったりはしない”)を翻す結果になった件然り。

 嫌な顔のまま、パインはジーンの横に並んだ。顔見知り同士で話した方がわかりやすいとの判断だった。

「で、今度は何の用なんだ?」どうもエルルに対してはスタンスを貫かないと気が済まないらしい。

水妖精珠ブルージェムのことです」

「そういえば、カナーナ王がおっしゃっていました。聖地を戻すのに必要だと……」

 エルルは内心驚きながらも頷いた。

「今、“あの王様がそんなことをわかっていたなんて”って顔してただろ」

「……そんなことあるわけがないでしょう」

 嘘つけ、図星のくせに。パインは自分の腹の中が黒くなっていくのがよくよくわかっていた。あくまでも、エルルの前だけなのだが。

「あのグリフは? あんたの連れなんだろ」

「え?」

 あんなにでかい図体では目立つのだが、今回はその姿はない。

「嘘……。ごめんなさい、わたしパピを探さなきゃ……」

「その方がいいよ」

「ええ……そうね」

 パタパタと不安そうな顔つきでふたりの前からエルルは消えていった。

「そういや、ジーンさん、エルルから何かもらったよね。青くなかったっけ、それ」

「そうですね」

 ジーンは改めて、懐から青い珠を出す。

「多分、あのエルルという方はパインさんに直接渡したかったのだと思います。そうでなかったら、わざわざこんな危険な所にグリフを連れてまで来ないはずです」

「…………」

 直接渡したら渡したで“立ち上がって下さい”って直截に言って、こっちが何にもわからないことをいいことに操り回すつもりだったに違いない。

 油断のならない……。

「パイン! 魔物が人を!」

「わかった、早くその人を保護してくれ!」

 パインは抜き身の剣(すなわち、入る鞘がないためである)を手にラゼルの叫んだ方向へと走った。

 魔物の支配しない所に魔物が平気で入り込む。滅多にない事である。

 まだ魔物の何たるかがわかるかもしれない。パインはそう思わずにはいられなかった。

 全ては「ラ」の不可解さが原因である。



 ダムス村は解放されていた。その事はジェニスを奮い立たせる。無論、ただ一人の男の為に。

 しかし、どんな走法なのかあの赤い物体もなかなかの俊足(……かの怪物に足はないのだが)で、距離は全く離せない。

 村の中へ入れば、奴も手出しはできないだろう。状況の悪い彼女にとってはそう願うほかになかった。そもそも勢いで細槍を手に取ったものの槍での戦いは天魔に対して効果を持つだけのもので、彼女自身地を味方につける者相手では剣の方が分がいいのだ。全ての相手に槍で立ち向かうなどという芸は「騎士」の特技である。

「アルディスだったらこんな奴に負けないのに……」

 彼が健常そのものだったら、事態はもっと違ったものになっただろう。

「まず、こいつをどうにかしなきゃ」

 村に入るにはあとわずか。ここでケリをつけておきたい。

 急ブレーキをかけて、細槍を構えたまま魔物に向き合う。

 と、それがそのまま第一撃となった。それほど接近されていたのである。

「まずい!」

 このままではリーチのある槍の意味がなくなってしまう。加えて、攻撃なんか喰らおうものならアルディスとの再会かなわずにこの世からサヨナラである。

「負けるものですかッ!」

 縦横無尽に槍を繰り出すことで距離を取る。その上で気をつけるのはつけ入らせないこと。

 自ら仕掛けることよりも、敵の動きから自らの隙を封じる。

 ……五……六合目にして、魔物をはね飛ばすことに成功する。

「大丈夫ですか!?」

 遠くからの声ではあったが、ジェニスは迷いなく走り出した。今のうちである。

 魔物と対している人間にあんな言葉をかけるのだから、逃げ込んでも問題はなかろう。その上で文句を言うようなら、そいつが悪い。少しはものを考えて言えということだ。

 安全区域まであと200m。そこには誰かがいる。

「もうひと押し」

 ジェニスは振り返って大きく跳躍する。

 幸いかの物体の体長は1mちょい。飛び越すのは成功する。更に振り向いた。

「ナにぃィ!」

 魔物は驚きを表すとき押しつぶした声を出すらしい。

 驚かせている間に、ジェニスは細槍を一閃させる。次いで返しで体を真横から打ちすえる。

 意外にも手応えがいい。

「倒せるかも」

 当初はどうにかやりすごして逃げ着こうと思っていたが、それでは帰り際にやられてしまう可能性が相当にある。

 それなら――。

 しかし思惑というのは外れることのためにあるようなもので、彼女の前方から、二人の剣士が駆けつけてきた。

 3対1でなおも続ける馬鹿はいない。かの物体は脇道へと逃げていった。実にあっけない。

 誠実の見本のような剣士――どうやらカナーナの兵士のようだった――はジェニスに駆け寄って彼女の得物を見るなり、目を見張った。

「騎士――フォレスチナの方でありましたか」

「いえ、そうかしこまらないでください。今はこのような有様ですし。
 申し遅れました、わたしの名はジェニス。フォレスチナの騎士にございます。危険の身に陥ったところを救っていただき、ありがとうございました」

「本当に?」

 訊き返してきたのは遅れてやってきたもうひとりの剣士だった。在野の者にしては日が浅いのか幼く見える。

 ジェニスが内心で怪訝そうにしていたのがわかってしまったのか、この若い剣士は謝った。

「あぁ、ごめんなさい名乗りもしないままケチつけて。僕はロマのパイン。こっちはジーン」

 ジーンと紹介された兵士は同業者に対する礼を行った。

「カナーナ王の近衛兵士をしております」

「ジーンさん、ラゼルを呼んできてくれないかな」

「わかりました」

 ジーンは改めて礼をしてもと来た方向へと引き返していった。

 パインがジェニスをじっと見る。上から下まで。こう言っては何だが実に遠慮がない。

「……何かしら」

「スンガから来たの?」

「……そうよ」

 それとこれと何の関係があるのだろう。

「それにしては軽装だと思って。男物の平服であの町から外に出られたなんてすごいっていうのもあるし、たったそれだけの武装でハロスライムを完全退治しようとしてた」

「ハロスライムっていうの、あの魔物」

 頷くパイン。

「あいつには町から出てずっと追われていたのよ」

「何故?」

「わたし達がフォレスチナ王侯勢力の残党だから……」

「芽は摘んでおこうってわけだ」

「そうね……」

 いつ摘まれてしまうか。早くなりはすれども、遅くなることは絶対にない。

 物思いに沈むジェニス。状況を整理するパイン。

 そこへ、騒々しい(可愛らしい:本人談)闖入者が割り込んだ。ジーンを引っ張る形で突っ走ってきたラゼルである。

「パイン! あたしを呼んだのよね」

 確かめつつも、喜色満面の表情。

「そ。で、診て欲しいんだけど」

「パインを?」

「何でそこで僕が出てくるんだ」

 ストレス解消はしていたが、治癒魔法の世話になるようなやり方はしていない。

「診て欲しいのは、この人」

 無理矢理ラゼルをジェニスの方に向かせる。

「…………」

 絶句である。

 その反応の理由に各々違う予想をつけた。

 パイン・自分以外の女出現による対抗心。

 ジーン・ジェニスの怪我の酷さ。

 ジェニス・自分自身の妙な格好が原因。

 予想とは外れるためにあると言ったのは誰だったか、ラゼルは嬌声を上げた。

「わぁぁ、いいわねぇ。すっごい白い肌! ね、あなたエルファリアの人?」

 エルファリアの北部及びエルフ山(現在は登る道が閉ざされている)の周辺の人間は白い肌(の美人)が多いことで有名である。

「いえ、わたしはフォレスチナで生まれ育ちました。肌は……小さい頃に外に出なかったためだと思います」

 士家とはいえ、さすがお嬢育ちでどんな質問が来ても揺るがなかった。

 陶酔のラゼルにパインが肩をつつく。

「僕の言ったことが聞こえなかった?」

「え。……あ、あぁ、そうね。ごめんなさい、具合が悪そうなのに」

「いえ、そんなこと」

 謙虚のつもりで首を振ったが、こんな呑気なことをしていられないと気づいた。

 勢い込んで言う。

「ご好意はありがたいのですが、わたしを診てくださるよりもハーブの瓶をひと瓶いただけないでしょうか。わたしの仲間が生命の危機にさらされているのです」

「――そのお話は受けましょう。ですが、交換条件をひとつ」

 いつのまにかパインが交渉役になっていた。

「あなた方の置かれている状況を話していただきたい」

 パインはここに来てようやく「解放隊長」の身分を明らかにしたのだった。



 ジェニスがパイン達の提供した瓶を持って村を出たのは、すでに日暮れにさしかかる頃だった。本人の言の通りラゼルの治癒魔法は施されなかった。

 ラゼルはそのことがひどく不満だったようである。

「本当にあの人放っといてよかったの?」

 パインはまたも“メルド”で形が変容した自分の剣を眺めていた。

 今回は手甲付きの剣で、刃の形は比較的まともである。

「よくないに決まってるから今からスンガに向かうんじゃないか」

「え?」

「今日一戦やったけど、僕以外はあまり動いてないし、僕も余裕はある。これまで二つの村を解放したにもかかわらず戦力は増えそうもない。だったら確実に頼りにしたい方を取るべきだと思ったまでだよ」

「じゃあ、パインはあの人達に恩を売るつもり?」

「まさか。そんなことはしないよ」

 ジェニスの言によれば、土の国の賢者が急に火の魔法ファイアを使うようになったのは、現在怪我によって伏せっている騎士の影響だという。

 パインの方もそれは同じで、この30年ばかり魔法を使わなくなったウッパラーが氷魔法アイスを再び使うようになったのは、パインが立ち上がった直後である。

 ウッパラーの場合は土地に密着した魔法が復活しただけかもしれないが、かの賢者はどこをどうひいてもありえないことである。加えて、賢者も騎士も火の国ムーラニアには行ったことすらないという。

 この奇妙な現象に興味があった、というのも理由のひとつにはなる。

「それに、僕としては“メルド”の師匠が欲しいんだ」

 ウッパラーはあまり“メルド”を教えたがらないため、パインの剣士としての力は停滞気味なのだ。ジーンはうまく心得たようだが、あまりうまく説明ができないらしい。

「ジェニスさんにきいたら、その騎士の人は自分じゃあまりやらないけど民間人が武器を取った時に教えてたらしいから」

「“メルド”ねぇ……」

「「ラ」の消費をパカパカやってるシーラルに対抗するには一番早い手を取るべきだと思ったまでだよ。今の僕らじゃ戦力とはいえないんだから」

 悲しいながらもそれが現状だった。



 パイン達4人は夜の町に入る際、冷たい雨に迎えられた。

「こんな中をジェニスさんは入っていったのよね……」

 人魔と地魔の徘徊する所ではあるが、苦手な天魔がいないだけでもまだ状況はいい。

「パインさん……!」

 ジーンの甲冑の指が前方右手を指す。

 ジェニスが絶対に立ち入らないようにと注意した毒の花畑である。

 カンテラらしきものが壊れて花を燃やし、煙が立ちのぼる。当然ながらその煙は人体に良くない。

「『人を引き寄せる』か。……博士」

「行くかの?」

 パインは首を左右に振った。

「僕ひとりで行きます。この場をキープして下さい」

 魔物は灯りに反応しないから、じっとしていれば身の危険はない。

「パインひとりじゃ危険よ。あたしも行くわ」

 ラゼルの断定は誰も止められない。

「毒の花畑に入り込んじゃいけないよ」

 わかったわ、とばかりにラゼルはパインの後ろについた。戦いのさなかではあるが、幸せに違いない。

 大学へ行く道を右に逸れるとすぐに“問題”の原因が見えた。

 昼間のハロスライムが毒花畑の入口をふさいでいるのである。

 明るいうちにジェニスに打ちすえられた槍のあとがくっきりと残っている。軟体であろうが、さすがは魔物の耐久力である。

 ハロスライムは何者かを毒花畑に追い込んだのか、パインとラゼルには背(……)を向けている。

「じサツか、ジサつか! おマえらシいさいゴだナ!」

 毒の煙が彼ら(2人+1匹)の視界をさえぎる。

「コれで“あいつ”がシねバ、スべてハ……」ひへゅ。

「片付くってか?」

 パインのブーツは鋲だの棘っぽいものだのといった仕掛けが(それは涙ぐましいくらいに)施されている。

 そんなもので踏まれては、なまじ耐久力のある軟体物にとってはけっこう痛いはずである。

 さらにぷすぷすと剣を突き立てられては非常にありがたくない。

「ラゼル、“あれ”かけて」

 パインに応えるラゼルは、腰にくくりつけた多くの小袋の中から「水モノ用」と書かれたものを取り出し、中身をごく丁寧にハロスライムのできたての傷口に振りかける。

「合掌」

 ハロスライムは哀れにも消滅した。

「なーんか、ゲリラ戦法みたいね。これ」

 地魔は魔物のいない土地の土に弱い。まるっきり民間戦法である。

 後片付けには非常に便利なのだが、恰好のつかないことこの上ない。

「もっと華やかなものを期待するには腕前が不足しているんだから仕方ないよ」

「……うーん」

 じかに戦わない自分はともかく、パインにはもっと華やいで欲しいとラゼルが願わずにいられないのは、個人的感情とその容姿にある。

 パインはその願いを打ち崩すが如く、フードと外套にたっぷりとたくわえられた襟で鼻と口を覆う。

「ちょっと行ってくる。……まだ生きているだろうし」

 膝丈もない毒花の群生を一歩二歩と踏み進んでいるうちは、大したことないじゃないか、とパインはタカをくくったりもしていた。

 しかし、すぐに閉ざされる視界は求めるものの姿をきれいさっぱり真っ白の世界に消してしまう。

 下手に口を開こうものなら、余計に煙を吸い込むことになる。だから、呼びかけることはかなわない。

 僕の捜している人はジェニスさんなのだろうか。おそらく、そうでなければこうしている意味はないだろう。なぜなら……。

「待って!」

 思いの他その声は鮮明に響いた。直後に激しく咳き込む音。

 ――どこ? どこにいるんだ、ジェニスさん……。

 パインの踏みしめていく音のひとつひとつが、彼女にとっての希望に違いない。そして、たったひとつ残されていた手札を放った。

 あとはパインの仕事だった。

 彼女をあらわすもの、手・足・頭……。

 まだ、まだだ。さわりにしかすぎない。

 髪・顎・肩・膝…………細槍!

 パインは土のついた細槍の穂先から体ごと順にたどっていった。

 手。傷ついた素手。呻きはない。

「ジェニスさん……」

 黒土の中でかの女性はうつ伏せになっていた。体の下でハーブの瓶が守られている。死んでも守ろうとしたに違いない。

 意識があったら飲ませておこう。残酷な気もするけれども。

 起きてる? そっと体を揺らした。

 ジェニスは瞳で問いに応えた。それと共に、瓶を差し出す。

「駄目だ」

 パインが火を踏み消すことにより、白の視界と煙は消えつつあった。今はそれほど苦しくない。

「あなたが飲まなきゃ意味がない」

「……」

「ふたつの薬がある。1人が死んで1人が生き残るんじゃ、薬のある意味がない」

 パインは差し出されたままの瓶のコルクをそっと抜いた。

 ジェニスはゆっくりと自力で口元へと運ぶ。が、そこにはためらいがあるように見えた。

「死んじゃったら、ジェニスさんの救いたい人にとっては意味がなくなるんだよ。違う?」

「そう……そうよね。……生きないと」

 ひとつ意を決して、ジェニスはゆっくりと瓶を呷る。

 煙に侵されてひりつくはずの喉は、何の抵抗もなく良薬のエキスを通らせた。

 一方、パインはジェニスの言っていることがよくわからなかった。

 かの「騎士」はジェニスの主というわけではない。では恋人と見るにはそれらしい雰囲気は見えない。でも自分の命は捨ててでも……とは思ってる。あくまでもその人が生き残るのが大事。

「何か、僕もわからないな。……全然想像がつかない」

「あの人のこと?」

 ハーブ液を飲みきったジェニスは少々の傷を残すのみで、溌剌として見えた。

「まぁね。……ま、じきに会うことになりそうだけど」

「そうね。どう見えるかしらね……」

 二人は立ち上がって、花畑を出ようとしたがすでに毒の花は復活を始めていた。防御用にジェニスが掘り起こした足元も例外ではない。

 さすがに無尽蔵の魔物の影響、しつこい。

 パインのブーツは穴があきかけ、ジェニスのズボンは限界近くなっていて短靴の役割に期待するのは無謀に等しい。

 そこで、剣と細槍が本来とは違う働きを求められた。

 結果。

 花畑はただの畑と化した。

 農民が見たら喜ぶほどの腕前だったが、本人達はそれどころではない。

 ラゼルから治療を受けながら、二人の表情は苦々しげなものになった。

 あんなに苦労したのに早くも毒の花はにょきにょきと生え、不気味な群生となっていったのだ。

「めっちゃくちゃ腹立つ」

「同感ね」

 成り行き上、5人は(ウッパラーとジーンはパインが煙の中に入っていった時点で入口に駆け寄っていた)気持ち悪い花見をすることになった。

 そして、またも情報の交換である。

 あのハロスライムが言うにはね。という言に始まるジェニスの証言。

 フォレスチナからの逃走組が大学に逃げ込んだことは周知の事実になっており、人魔と地魔の隊長は揃って大学に陣取っているという。特に人魔の隊長はただ倒そうとしても無駄に終わるらしく、かの物体君はその倒し方のヒントはわざわざジェニスに喋ったのだ。

「その鍵は“メルド”にあり」

 真っ先に嫌そうな顔をしたのはパイン。ジーンは比較的余裕顔。

「なんでそこにメルドが?」

「特殊な「ラ」の力が作用するみたい。何が当たりになるかわわからないけど」

 そこで、多くの道具を所持するラゼルが小袋の中身を披露する。

 ハーブの葉、ナイトシェード、オーガの爪、ガーリック、ジンジャー、トネリコ、パール、ヒヨス、フリント、メノウ。このほかに地魔退治用通称“水モノ用”健全な土がある。

「今まで解放してきた所が前線に協力的じゃなかったから、ちょっとずつ拝借してきたの。でも、この中のもので効果があったら儲けものよね」

 しかも、実戦のさなかに実験するのである。

 剣士ふたりは、ひとりが実戦している間にもうひとりが“メルド”をしていなければならない。

「せめてあと1人くいとめる人間が欲しいよな……」

「それなら、わたしが……」

「駄目だよ。本当はジェニスさんには町の外にいてほしいところなんだから。だけど、僕らが負けちゃったらどうしようもないから見届け役を頼むんだ」

 パインの中では既に作戦が上がっているようである。

「ちょっと、パイン。もうやること決めちゃってるわけ?」

「人の命がかかっているんだ。議論してる暇はない。それに、夜の間だけだったら魔物に出遭うことも少なくなる。幸い人間と似ているようだから」

 強制認識はさせたものの、戦力不足は否めない。

「のぉ。ひとり忘れてはおらぬか?」

「博士は駄目ですよ」

「パインの“メルド”補佐のためか?」

 実に痛いところを突かれた。

「それなら、もう心配はあるまい。形だけでもやることはできよう。ならば、この儂がお主ら二人から注意をそらしておけばいい。そこのお嬢さんは儂の援護をして下され」

「承知いたしました」



「乱戦……か?」

 地下の出入口は崩れた本棚によってふさがれていたが、アーバルスにとっては状況を把握するには丁度よかった。

 出入口の周辺をうろついていた人魔の隊長が二人の剣士に襲われているのはわかるのだが、どうも1人が攻めてはもう一人が退くような戦い方をしている。

 どうにも奇妙であった。更にジェニスの居合いを発する声が聞こえるというのもわからなかった。どこをどうひいたら、あの魔物のうろつく中を極端な軽装で戻って来られたのか。

 だが状況打開の時が近いのは間違いないようだと、アーバルスは壁の中へ姿を消す。

 その紙一重の瞬間で鹿の頭蓋骨を仮面にした魔術師が地下に姿を現した。地魔の隊長である。

(後略・ダークウォリアーとの戦闘は原作でもカット)





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