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ロマ出発




 「大陸」の西の最果て。ロマの村。

 そこに、変り種で有名な少年がいた。

 武門の者でないにもかかわらず髪を肩甲骨のあたりまで伸ばし、日々古代語学を基とする研究にいそしみ、その一方で最近の状況に合わせて剣の修練に励み、自衛団トップの実力を有するという少年である。

 名は、パイン。少なくともよく耳にできるような名ではない。

 では彼は何なのかと問えば、当人からは実にわかりやすく返ってくる。

「僕は、学者の卵です」

 彼は様々な特技を持つ今でも、以前と全く変わらないと言いきるのだった。

 学者としての才はともかく、剣士の雄は完全に顔を見せている。

 いっそのこと水都の城兵になったらどうだと、顔を合わせる人間の五人のうち二人は口開く。

「どうせ、いつかは戦うことになるのよ。この調子じゃ」

 パインのお姉さん面する実は年下の少女ラゼルは、歯に衣着せぬ物言いで村の有名人である。これでも、パインと同じく学者の卵なのだが。

「あの王様も隣の村まで逃げてきたじゃない。情けないったらありゃしないわ」

 ちなみにカナーナ王は睡眠時間を平均12時間誇る前人未到・前代未聞の人である。

「あーあ、あたしももっと……こう、頑張りがいのある王様の国に生まれたかったなー。んー、まぁパインがいるからここも悪くないけどぉ」

 村一番のスローペースtheシゴトの娘がよく言うものだ。

 彼女の長いストレス解消は、祖父が帰ってきてなだめるか、出かけていったパインが戻るまで終わらない。



 ロマの村の奥にはほら穴があり、そこを抜けると裏山へと出る。

 しかし今はパインの持つ剣が出口を遮断し、事実上彼一人のはずだった。

 西を眺めれば、青と白。なれど、東は暗雲ばかり。

 隣村のワースは東の方向にある。それほどに魔物は近い。

 パインは、一人で見つけた妖精エルフの石碑の前に立つ。

 今では多くを解するに至っているが、彼はかえってそれが物悲しかった。

「“立ち向かえ”と言っている……。僕はやはり剣を取って、魔物を殺すのだろうか」

 生ける者全てが「ラ」。何者として例外はない。

「魔法戦争……同じ者同士のつぶしあい……」

 天の「風」、地の「水」、人祈の「火」と「土」、それぞれの「ラ」が荒れた。

 魔物の使役によって戦端を知らしめた皇帝シーラルは、15年前から少しずつ「ラ」を乱すに留まっている。

 そして「大陸」をほぼ制覇したシーラルは、この先何を望むのか。すでに“妖王エルザード”の儀式は済ませている。

 「治める」ことを基本的に好まないシーラルが、どう「大陸」に接するのか、という話題は学者として見るならば、希少価値満点のチャンスである。

 パインとしては放っておきたい心と魔物との共存を図れない限りは、村は死守すべきなのかという心がほぼ半々であった。

 しかし。「ラ」が荒れる乱れるというのは一体何だというのだろう。

 人が生まれるのも魔物が生まれるのも「ラ」の作用。

「例えば、僕の目の前10mにいるどう見たって二頭身なんだけど、くやしいことに僕より身長のあるグリフも「ラ」の産物なんだよな……」

 あぁ、くやしいったらありゃしない。

 “グリフ”とは聖獣と呼ばれる少数の民族。二足歩行を確立しており、それでいて先ほどパインが言った通りに170cmを超している二頭身で、角を見せて腹部以外(その腹部は真っ白である)は黄や青の繊毛で覆われている。

 パインの目の前にいるのは赤い繊毛のグリフだった。

「……でも、おかしいよな。クリフ村は15年前に壊滅しているはずだし……」

 そのグリフはそのまま10m地点でわきゃわきゃと何かしら騒いでいる。

 残念なことに、グリフの声を人間が解するには1m半径内で耳をすまさないと、内容識別不可能なのである。

 その上、グリフは人間嫌いだから、彼らの声を聴いた人間なんていうものは珍品中の珍品扱いであった。

 よって、近づけば絶対に逃げるとわかっているため、パインはあえて動かなかった。

 対して、グリフの方は何か言いたげである。

「……困ったな」

 これでは帰るに帰れないし、グリフ観察の機会を短くしようとも思わなかったというのもある。

 仕方ない。とばかりに、パインは掌におさまるくらい小さな笛をとりだした。

 パインは小さく息を吐き出したのちに、大きく吸い込んだ。

 彼の頭の中で時折渦巻く曲が、パイン自身から笛を通して滑り出た。

 歌詞を知っていれば、こう流れることだろう。

 水は清らか 火は輝き 土は緑に 風は唄う

 麗しのエルファリア 祝福されし緑の園

「麗しのエルファリア 思い出のエルフの国――

 今の御心は遠く 忘れゆくもの

 全ての緑に 駆ける花――」

 ぱふんぱふんぱふん。

 先ほどのグリフは手(人間から見ればそうだが、彼らに言わせると少し違うらしい)を大きい図体に当てて音を出している。

 パインは、あの歌とこの物体のギャップで笑うに笑えなかった。

「――君が?」

 この質問は勇気というより他にない。肯定されるという恐怖を押しのけているのだから。

 幸いにも(どうやら、人間の言葉を解するのにはさほどの苦労はないらしい)、グリフは否定して、ジャンプひとつで左を向いた。

 つられてパインも彼にとっての左――右を向く。

 金髪が腰を過ぎ、白の全身に浮かぶ蒼の瞳。

 少女とはいいがたいものの、ただ女とあらわすにもまだ固くもろい。

 こんな造形の人が、この「大陸」にいただろうか……。

 如何ばかりと知れがたい女人。

 あれを唄ったのはあの人なんだろうな…………。でも僕のことなんか瞳に入りもしないはずだ。ほら、あのグリフに駆け寄って抱き上げている……。

 抱き上げ? 100kgに近そうなあのグリフを?

「えぇ!?」

 前言撤回。あんなことのできる線の細い女の人なんて、この「大陸」には前代未聞だ。

 怪しいこと限りなし。

 美人とグリフのとりあわせは実にもったいないが、近づかないのが無難な線。

 さしたる荷物もないから、気がつかないうちにとっとと逃げるべし。

 あの二人の交わす会話というのも奇妙きわまりないに違いない。

 パインは洞穴の出口にたてかけた剣を取って、身を滑らせかけた。

「待って!」

 この声は「大陸」中他に類を見ないあの女に違いない。

「――パイン! 待って下さい」

 パインは最大限の譲歩をもって、剣に手をかけるのはやめた。

 それでも、警戒の意味で振り返る。

「なんで、僕の名前を知っているんですか?」

 この場合、パインが有名人であろうとなかろうと、この女には問題にもならないと判断したためである。

「あなたに、伝えることがあって来たんです」

「わざわざ裏山に来て?」

「そうです」

「誰に言われたの?」

 かの美女の顔が凍りついた。

 そう来たかとものすごく言いたげである。

 彼女の頭の中で多くのことが巡ったが、激しく頭を振って雑念を払った。

「……あまり詮索はしないで、お願いだから。聞くだけ聞いてくれればいいの」

 向こうが下手に出ている以上、手出しはしない方がいいと自動的に判断された。

「15年前に竜の年風の月に、あなたはわたしと初めて会うでしょう。エルファスの城で」

 15年前の風の月といえば、わずか16人の勢でシーラルを打倒直前まで追い込みながらもわずか2時間の差でエルザードの儀式を食い止めることができずに、「皇帝完成」の最初の事件として血祭りに上げられてしまった勇士達の出現と消滅の月であった。

 余談ながらも、確認された死体は15。あとの一人は生き残っただとか大陸を抜けただとか言われているが、真相は明らかになっていない。

「……暗号みたいだな。それでどうするんだい?」

「わたしがこのことを……憶えていない時にわたしに告げて下さい」

「記憶喪失にでもなるっていうのか?」

「そうかも……しれません」

 人生何があるかわからない。

「……じゃあ、そうなった時に会ったら、エルファスの城で会うって言えばいいんだね」

 やれやれ、これで用は済む……。

「いいえ」

「はぁ?」

「とりあえず、その日付と場所は憶えていて下さるだけでいいです。わたしに伝えるのは、今日ここでわたしとあなたが初めて会ったことです」

 納得がいかないこと極まりないが、記憶喪失ならそれも許されるのだろう。

「――わかった。で、君の名前は?」

「エルル」

 ナンパに間違われようものならパインは逃げ出していただろう。不幸中の幸いというか、やはり不幸は不幸というべきか。こんなことを押しつけられたことだし。

「それで用事は終わりだね?」

「…………そうね……。パイン、あなたは今のこの国の状況をどう思う?」

 急な方向転換である。

「魔物が人間にかわって治めることかい?」

「えぇ」

「やっていることは人間と変わらないさ。ただ、異形に見てとれるから嫌がっているだけで、「ラ」の力同士の戦争ってことには、誰とやっても同じだと思う。けど、僕は自分の生活も守ってみたいから、あくまでも力で向かわなきゃならないとは感じている。だから、別にシーラルの支配から脱したくて立ち上がるとか、そんなことは考える気はない」

 それじゃあ。そう言って、パインはその場を去った。



 カナーナ王は居眠りの天才として認められている。

 そんな頼りない王をどうにか盛り立てるべく、兵士の質はマジメそのものである。

 24歳の若き小隊長ジーンもその例にもれることはなかった。

 そして、唐突な悩みと衝突していたのである。

 まず、それはうかつにも何でもなさそうな質問に答えてしまったことから始まる。

「ごめんなさいねぇ。今おじいちゃんもパインも出てて……。あ、でもすくに戻るから、そこの居間で待っててくださいね」

 ラゼルは、国の主と違って信頼できるカナーナ兵士に対して、ごくごく丁寧に対応した。

 彼女からすれば、礼のある人には礼をもって接するのは普通と思うのだが、村の人間が聞けば思わず空を仰いでしまうだろう。雨が降るんじゃないのか、と。

「えーーーーーと、ジーンさんは何か苦手なものはあるかしら」

「いえ、別にありませんが」

 でも、と。

「一応、昼間なので酒は入れないで下さい」

 念を押したのは、酒を嫌っているからでもあった。

 そんなことを知る由もなく、ラゼルは普通に紅茶を出してきた。

 そして。問題の時へと移る。

 夕暮れのロマの村で木剣の試合がひとつ催されることになった。

 と、いうのもジーンがロマを訪ねたのは、隣のワース村でカナーナ王が魔物の監視下に置かれ、一人ではさすがに太刀打ちできないために(助け出そうという気力を持っていたことにも驚きだが)、ロマの自衛団を頼ったところ、その条件としてこの試合を提示されたのだ。

 対戦相手はパインである。

 若年であろうが、一番の遣い手ならば相手に不足なし。と、挑みかかったジーンだが、もう一つの条件として出されたものには表情が凍りついた。

 村の名士ウッパラー博士が高らかに読み上げる。

「一つ、この試合の勝敗は結論に直接関係なく、あくまでも力量を測るためのものとする。

 一つ、ジーン殿がパインを始めとする自衛団の意思を動かすことができたならば、我々の用意したものを受けてもらう」

 このタイミングでウッパラーがニヤリと口元をゆがめたのを見た者は何人いただろうか。

 ラゼルは釈然としないままの顔で、ジーンに一つのグラスを見せる。

 赤ワインが並程度におさまっていた。

「なぁに、さほど強くはのぉて。明日の朝には完全に抜けるわ」

 ウッパラーの孫娘ラゼルは決まって客の苦手なものを承るようにしつけられていた。客の好みではなく。

 まだまだあの娘も経験が足りぬのぉ。ウッパラーの内心はそんな所である。

 さて、ここでジレンマ発生である。

 どこをどう引いても、ジーンの得一色というのはどこにもない。

 他人に無茶な願いを押し付けるのは、それ相応のしっぺ返しが待っている。いい教訓である。

 それでも、目の前の試合に立ち向かうのには、どこも変わりはない。



 出来事には常に余談がついて回る。

 今回のそれは賭け騒動であった。

 この時は、パインの倍率が低かったかというと実はそうでもない。

 ほぼ半数に割れたのだ。

 どこから流れたのか、その情報はジーンが王から下賜された「霧の大剣ミストブレード」を所有しているというもので、それというのも御前の評価会で剣勝負においてある『騎士』と戦って引けをとらなかったところからなのだが。

 その当人こと、ジーンは現在所持していないという。

 多くの村人が詰め寄ったところで、答えたのはラゼルだった。

 世間話よ、と前置きをしておいて。

「隣村で多くの魔物に襲われて逃げようとしたんだけど、王様が足を引っ張ってその上ジーンさんにダダこねたのよね、行かないでくれって。で、安心させるためにミストブレードを置いていったんですって。気の毒よねー」

 ジーンの弁護もラゼルにかかれば形無しである。

 そうして、全体がジーンへ賭けるかと思いきや、やはりここは希望を持ってみたいと物好きな連中がパインに張ったのだ。

 一方、そんなことは知りゃしない対戦者二人は、ウッパラーに顔を合わせるなと言われたくせに、既にワース村攻略の手立てを打ち合わせていた。

 ここでは不思議なことに二人の見解は一致していた。

 魔物は「ラ」の集成。こちらも対して「ラ」の集成された武器で立ち向かう。勝ち負けは当人達の体力と気力の不足なのだ、と。

「そういえば」そう口火を切ったのはジーンだった。

 懐から青い珠を出す。

「村の入口で女の方が泣いて、これを差し出して去っていったのですが……。

 村の方で心当たりはありませんか?」

 パインにとって心当たりは大ありだった。

「名前……聞きましたか?」

「いえ、ただ……肖像を眺めておられたようでした」

 ジーンがかいま見たのは二人ずつの男女が描かれている、とわかったのみ。

 絵についてはわからないが、そんな女の人は多分エルルだ。言い足りないことがあったに違いない。まだ。

「……せっかく試合になっても、茶番になっちまうな……」

「そうですね」

 パインが持ちかけたのも以外ならば、あっさりと引き受けたのも意外極まりなかった。

「でも、ワインは飲んでもらうからね」

 ウッパラーと二人で組み込んだ仕掛けである。

 わざわざつぶすのはもったいない。



 二人の手合わせは、予想外にも多くの効果を生んだ。

 魔物との実戦を想定するわけだから、多対一あるいはその逆をやらねば無意味になる。

 今のところパインは粗削りすぎて、ジーンは規則的すぎるのだ。

「修業、ですね」

 ジーンが折れた剣を手にひっくり返っていた。

 他ならぬ酒の作用である。



 カナーナ王を奪回するために動けば、当然戦端は開かれる。パインも巻き添えをくうことだろう。死ぬつもりがなくても、生還は難しい。

「だから、ラゼルは後方待機だ」

「ちょっ……と! そんな勝手言わないでよ。大体、あたしに対してそんなの許されるとでも思ってるわけ!?」

「思ってるよ」

 ただの無能なら置いていくとはっきり言うし、パインの足を引かないなら前線に出てもいい。だが、怪我人を治療できる人間を最前線に置いても意味はない。有効活用すべきだ。

「それじゃあ、パインが怪我したらどうすんのよ!」

「あのねぇ、薬があるでしょうが。もし強制送還させられたらその時はその時だし」

「そんなのは駄目っ! 怪我なんてのはすぐに治さなきゃその人がダメになっちゃうのよ!」

 華々しい口喧嘩を尻目にウッパラーは茶をすすり、ジーンは次の戦から使う剣のチェックを入れていた。

「仲良きことは素晴らしき哉、じゃな」

「……老師殿も行かれるのですか」

「わしはあの二人の保護者じゃてな。これでも、役には立つものよぉ」

 ウッパラーが近くの水溜りを指差すと、瞬時のうちに凍りついた。

「何の縁かはわからんが、こういうこともあろう」

 彼らの出立は幸いにも雨にはならなかった。始めはとりあえずよかったようである。





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